中川シゲオ写文集

中川シゲオの写真と文章、フィクションとノンフィクション、物語と日記、そういうところです。

_20190908_064358
<手記>という熟語に文学的な匂いを感じている自分がいます。
なにか秘密めいた隠し事を表に出す、みたいな感覚があって、戸惑ってしまいます。
日記とか記録とか記憶、<記>という文字が含まれる熟語にはあまり抵抗はありません。
ドストエフスキーだったかに、手記という熟語がはいったタイトルがあった。
そんな闇の中からの記憶が立ち昇ってきて、なにか感情をゆすぶってくるんですね。

手記っていうと、自分の生い立ちとか、性関連とか、性癖とか、そういうのを暴露する。
私研究という枠組みならば、肉体に関する諸般の見識、とかを話題にするべきか。
なんてむつかしい言葉を使って、考えようとしているけれど、もっと単純ですね。
掲載の写真は、昨日食べた、天ぷら定食の膳です。
食べ物の話でいくと、そこにも変質者の趣向みたいな匂いがしてきます。

生きるってことが、実はかなり変質だと思うのは、自分が自分と向き合うからかも。
なにが良質で、なにが変質なのか、この境界線なんて、曖昧だし、一線は引けない。
社会で、表現や行為が許される範囲というか、枠があるじゃないですか。
そこを外れると犯罪というレベルになるという境界線のことです。
心のなかでは犯罪していても、行為しなければ許される、というのでしょうね。

_20190903_150332
NAGASAWAさんとは数か月に一回、SANOさんとは二か月に一回、会っています。
高校からの知り合いで、ここ数年、朝ミーティングを行っています。
SANOさんは、小学校から高校まで、一緒に勉強した友だちです。
明るい陽が射し込む喫茶店の、デラックスモーニングを嗜みながらです。
定例的に会っているのはこのお二人で、よもやまの話を交わしています。
お二人の特徴は、定年まで一つの企業で勤め上げられた人ということです。

まともに人生を送ってこられたひとは、枠組みが安定していて、紳士です。
ぼくなんかは、そういうことでいえば、ちゃらんぽらん、という男子です。
きっちり社会的基盤を持っておられるから、発想がぶれませんね。
ぼくなんかは、その基盤が浮遊してきたから、あれこれ発想がぶれます。
でも、まあ、ぼくが、深い話ができる相手のようで、個別に関係が続いています。

もう人生ここまで来たぜ、という感じで、共通の興味の話を交わして勉強会です。
でも、一番肝心な、セックスにかんする話題は、やったことがないですね。
一般に避けてとおる話題だから、親密なる友とは、そこの話をしたいところですが。
ましてや、私を探求する、なんてフレームは持っていないから、話題にならない。
この歳になって、政治経済の話や、国際情勢の話よりも、もっと別のテーマでも。
このようには、個人的には思うところですが、それ以上には話題交換できないですね。

_20190830_143149
この一年ほど、評論に値する文章を書いていないことがわかりました。
というのも評論でブログに書いた文は、ホームページにまとめているのです。
そのホームページのページを更新していて気がついたところです。
先月に、管理していたブログの大半を潰してしまって、今は見れないです。
それらしき文章を書いていたようにも思えますが、それらは駄文の類だと思います。

写真一枚と文章を書く、という方法をとっていますが、最近は文章なしで写真のみ。
そういうブログページが多いです。
文章が書けなくなった、駄文にすぎないから、書いてもしやない、との気持ちです。
その点、写真はあっけなくページを作れるから、楽なんです。
あ、写真は、それなりに厳選しているところですが、駄作も結構ありますね。

もの心ついたころから、自分のことしか考えていない気がします。
利己主義とか自己主義とかではなくて、自分のことがテーマなのでした。
自分に向かう刃物、とでもいえばいいか、自分を対象化する作業に向けていた。
作家というのは、そういう作業回路を持っているもんだと思うけど、と思っています。
IQのことが話題になっていたけど、ぼくのIQは中学のとき130でした、高い方ですかね。

_20190824_181103
さあ写真を撮ろう、と思って出かけた最初は下鴨神社であった。
盆が過ぎて、もたもたしているうちに8月も後半になってきて、焦りが出てきた。
何をするもの、手につかない、そんなときにはふらっと外に出て、バスに乗る。
バスも地下鉄もフリーパスなので、行き当たりばったり、来たバスに乗る。
とはいっても、方向を決めないと、バス停で待てないので北か南か、決める。
この日は北へ、205系統で、下鴨神社前まで、乗っていったのであった。

等身大の白い風船玉が、あちこちに置かれていて、不思議な空間を作っている。
なにやらイベントのために、夜には光るオブジェになるのか、まあ、いい。
G5Xカメラが潰れたので、G1Xをもって撮影のトレーニングです。
そこそこに撮って、帰りにギャラリーを訪ねるとOKADAさんがいらした。
コーヒーを飲ませてもらい、しばらく歓談して、別の人が来たので、外に出た。
バスを待ち、来た経路で帰る、慣れた手順の行程だ、迷いはない。

京都という土地に生まれ育ったから、写真の被写体は京都の様々にしている。
総枠でのタイトルは「京都」、既存イメージの京都のなかで新イメージを創る。
そうはいっても、新しいイメージなんて、どうしたら、そうなるんだろうか。
まるで迷路のような、あっちに行ったり、こっちに来たり、右往左往です。
作家であることを意識するから、そうなるので、そんな意識は脱ぎ捨てろ。
なんて思っても、習性ですね、そういう意識から抜け出せない自分がいます。

_20190815_230211
やっぱり食い物の話が妥当で適当で無難な感じなので、食べ物の話です。
寿司が好き、日本人ならだいたい好きらしい、ぼくもその一人、好きです。
子供のころ、寿司といえばかなり高級食の感じで、にぎり寿司なんて、高級。
寿司一人前は9個が相場ですが、盛り合わせ寿司を、たまに食べました。
巻き寿司に箱寿司に握り寿司、握りのネタは、いか、たこ、マグロ赤身だったか。
一人前60円ぐらいだったのを覚えています、今の価値で800円くらいでしょうか。

アルバイトで寿司寅さんにお世話になったのが、高校一年から三年の夏まで。
出前要員でしたが、寿司のことを、いろいろと教えてもらいました。
このころ、寿司寅の盛り合わせは一人前120円、今価値で1200円でしょうか。
内藤さんというのが大将で、関本さんというのが握り寿司のベテランさん。
ほかに店員さん3人、ご飯炊きの賄さん、女将さん、お顔を思い出します。
蒸し寿司にはアナゴがまぶされるけれど、チラシ寿司には魚はまぶさない。

巻き寿司の海苔は、柔らかくてもダメ、ちぎれない堅いのもダメ、というのです。
噛んで難なくちぎれる堅さ、だけど、それは時間がたつととろける海苔です。
もちろん、高級海苔の話だと思うけど、とろける、だから、少し硬い目の海苔を。
マグロ、そのころ10センチ四方ほどのマグロの赤身が1万円だと聞いた。
バイト料一日500円の時代に、1万円とは、おどろいた、驚きましたよ。
同い年の男子が住み込んでいて、友達になって、単車を乗り回した記憶があります。

_20190804_145828

やっぱりウナギ、鰻ですよね、夏にお気に入りの食べ物、ぼくのナンバーワン。
外食で、牛丼の店で食べられるし、回転すしの店でも食べられるし、いい時代です。
稚魚の生産ができないから、高値のまま、このうな重なんて1250円だったか。
つい数年前には、このレベル、千円未満で二枚重ねが食べられたと思うんですが。
今夜は、自宅で、鰻丼、重箱ではなくて丼茶碗だから、鰻丼です。

あいちトリエンナーレの話題で、アートと政治問題なんて、意見が交錯しています。
ぼくは、あえて言えるほどの技量もなく、知識もないから、発言しませんけど。
津田さんに矛先向けても始まらないでしょ、と思うわけ、相手はそこじゃないでしょ。
では、どこが問題なのか、どこへ矛先を向けたらいいのか、妥協点を見つけて和解。
こんなわけにはいかないか、みんな自己主張だから、そういう世界の出来事だから。

でも、戦争の被害者として、従軍慰安婦として働かされた、ということが、あった。
そのことを顕在化させて、基本的には、戦争反対を呼び掛けているんじゃないのかな。
シベリアでの遺骨が、日本兵のものではないという話が、公表されたけど、悲惨です。
人間が、人間扱いされていない、大昔の話じゃなくて、近代、現代、の話しですよ。
ちょっと言い過ぎたかなぁ、でも載せてしまいます。

このページのトップヘ