中川繁夫写文集

中川繁夫の写真と文章、フィクションとノンフィクション、物語と日記、そういうところです。

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アートのかたち-1-
2006.6.6

アートまたは芸術と言われるものに、今様の形を当てはめるとしたら、どうゆう形がのぞましいのだろうと、考えてしまうわけです。というのも、かってあり、今もあり続けるアート作品または芸術作品と言われるものの、その制作プロセスを思うとき、世の中のツールが変化した現在、新しいツールをもってアートの形が生じると思うからです。

インターネットに代表されるコミュニケーションツールがあります。双方向のネットワーク、リアルタイムのネットワークです。これが最新のツールです。かってあったアートの形は、個人の営みが基軸にあり、個別性を持って作品世界を作り上げてきたものです。制作の現場は、個人の密室だったわけです。

たしかにコラボレーション、共同作業という場がありました。教会建築をはじめ、映画やTV番組や、その他、共同工房をもって作品群を生み出してきた場がありました。しかし、この工房の形は、トップがいて、末端がいるという構造であります。また、役割分担をして全体をまとめるという構造であります。

いま、ここで考察したいのは、インターネットに代表されるネットワーク時代に入り、新しいツールを手に入れてしまった個人の位置の確認作業から、その関係性を見てみたいと思うのです。個を越えるコミュニケーションの形、と表現すればいいかも知れません。

ヒトは個体です。人間関係は個体と個体の関係です。で、この関係を繋ぐものが何かとゆうと、コミュニケーションツールなのです。インターネットツールが、これまであった個人の関係から、関係の場の形が変化したと思うのです。この変化の中味が、何なのかということを、まづはテーマにしてみたいのです。

アートのかたち-2-
2006.6.8

インターネットがリアルタイムのネットワークだとしたら、そこに成立するコミュニケーションもリアルタイムに生成してきます。

かってアートは、成しえた成果物を介在させて、コミュニケーションを図ったものです。あらゆるアートの形が、作品というモノを介在させてきました。手に触ることが出来、見ることができるアート作品、それらは美術館に収められてきました。あるいは出版物として紙の上に書き置かれました。また、ある一定の時間と空間を共有することで、成立してきたアート作品。たとえば音楽、たとえば映画、演劇・・・。これらのアート作品が共有されるとゆうことは、そこに作り出したヒトと享受するヒトが、共感することを意味します。つまりヒトの心と心の共有・共感関係なのです。これはリアルです。

近年には、体感型アート作品というのがあります。ホロスコープとか立体映像とかミラールームといった装置を使った、身体で感じ、五感で刺激を受け入れるといった感じのアート作品です。また、参加者のボディから生じる電気信号を、数値に変えたり、音に変えたり、映像に変えたりするアートがあります。これは無限に、リアルタイムで生成・変化していくアート作品です。これはリアル体験です。

音・音楽・音声といった聴覚において感じるモノ。絵画類・写真・映像といった視覚において感じるモノ。文字という記号で記された文・文章を読むことでイメージ・像を生成させる詩や小説といった類のモノ。おおむねアート作品は、これらを単体または複合させた形で、成立するのです。

さて、この延長線上に、インターネットというツールが出現しているわけで、聴覚、視覚、読み取る、の三つの作業が実現することになります。でもこのツールは、先に見たリアルではありません。しかし、リアル体験は生成させることが出来ます。だとすれば、インターネットならではのリアル体験とは、どのようなモノをいうのだろか。

アートのかたち-3-
2006.6.30

ネットワーク・アートのかたちは、個人内部の営みが表出されて作品が作られるというこれまでの制作過程と作品の有り方とは違って、ネットワークという共同体のなかで形成されていくかたちです。究極には、個人の作品というより匿名性です。とはいえ作業(制作と操作)をする個人がいるわけで、この個人を、コンピュータ(ロボット)が代替していく未来があるかも知れないです。コンピューターがアートするということは、大いにありうることです。

アートのかたちが、出来上がったモノではなくて、制作のプロセスだ!という捉えかたがあります。これは個人の営みの過程そのものを重視する捉えかたです。出来上がってきたモノは結果であって、プロセスに立ち会う個人の心のありかたそのものに重点を置いた捉えかたです。ネットワーク・アートというかたちは、その生成過程に携わる個人の心のありかたを重視する、というヒントを提示していると思われます。

またパフォーミング、演劇舞台、音楽舞台など、上演されている時間をもって、かたちが存在するものもあります。しかし、ここには演じる側と鑑賞する側という区別がなされます。もちろんその場に居合わせる観客をも巻き込んで、かたちになるというのも成立します。かって東京ミキサー計画なんてパフォーマンスがありましたが、これなど典型だと思います。

プロデュースし演じる主体があって、これを個人またはユニットの作品として認めるかたちから、匿名の作品としていく方向が、ネットワーク・アートとしては、いま求められている考え方です。個人の著作権利主体の現行システムでは、これはアートの範疇からはみ出してしまう概念です。アートのかたちが、変容していくとすれば、この匿名性を容認できる心理変容が求められると思います。

このようなネットワーク環境の変化は、一方で、アートという概念を変えていかなければならない時代です。詠み人知らず、作者不詳・・・。かってある作品の制作者が、その後にいたって判らない作品があります。個人名と作品が直結し、ユニットと作品が直結する時代から、いまや匿名性の時代へ、アートのかたちは移行しはじめているのです。

アートのかたち-4-
2006.7.10

ここでの問題は、アートしている場で、個を超えることができるかどうかです。あるいは<個を超える>とはどういう状態をいうのかです。個を超えるとは、トランスパーソナルということです。

この前から、アートのかたちを、想い、考えてきても、基本的には個人が個としてあることが前提の、上位的組み合わせ、あるいは下部的組み合わせの論でしかないように思えています。個を超えるとは、自我を消去することにつながるのだとの想いですが、個という意識のバリアーを外していくことなんですね。もともとこの自我たるもの、これを自分の中に確立した後に、消去していくことになります。こういう論議は、個の内面問題だから、系列化し比較対照し、推し量ることができない領域だと思うんです。

でもヒントがあるんです。つまりトランス状態になった個というもの。この状態をもって、個を超えた状態だと想定することができる。儀礼における特異な心の状態。これなんかが、ヒントになるかも知れないです。それと儀礼行為といえるかどうかはわからないんですが、セクスの最中の心と身体のありかた。トランス状態に入ったような儀礼の場です。

心理的には、日常でない状態にある心の状態。いよいよややこしくなってきたけれど、バランスが崩れた心の状態。もちろん感じるものだから、言葉でいい表すことがちょっと無理目なんだけど、そうゆう状態にあるとき、個を超えている、といえるのかも知れない。

何が言いたいのかといえば、ネットワークアートの生成過程において、結果として個の営みが基底にあるにもかかわらず、この個を消去することができるのかどうか、という問題なんです。アートしている、あるいはアートの真っ只中にいるときの、個のありかたなんです。というのも、現在のアートには、享受者にトランスパーソナルな状態に至らしめることを目的とする形があると思っているんですが、この場合、作り手としてのアーティストは、あいかわらず個としての存在のように察するからです。

では、作り手自身もトランスパーソナル状態になり、享受者もトランスパーソナルな状態になるアートの形とか、どんなものか。とか、このトランスパーソナル状態を、ライブに交信できるアートの形とは、どんなものか、とかを考えているのです。なんやそれやったらセクスの最中が、個を超えたアートやないか、と短絡的にはいいませんけれど、です。

アートのかたち-5-
2006.7.19

<写メールアートの試み>

最新の身近なハード環境を使って、写メール交換をおこなって、そのなかにアート性を見い出そうとの試みを始めています。すでに日常的に、ごく普通になされている行為を、写メール交換者は、これはアートだと思うことで、フィクション化しようとの試みです。つまり、意識的に写メールを交換することになります。

個人が個人の想像により全体を創りだし、それを他者に公表する、発表するということで成立してきたアート作品に対して、写メールアートの形式は、相互交換日記です。作品を構成する作者は、複数です。現在は二つの主体が受発信しています。

この受発信された写メールが、セットになってブログにアップされます。二つの主体間にて交換された画像と文章が、公開されるのです。この受発信された写メールが日々増殖していくという作品です。

ボクは、この写メールアートに参加しながら、その周辺にて批評・評論を試みています。このコーナーもそのひとつです。アートの世界には、作家と批評家、作品と批評、という関係があります。作品に批評が与えられることによって、作品の価値を定着化させる関係です。作者自身が批評者になる。近代アートにおいて、これまであった形式を分解し、ミキシングし、新たに生成させることを目論んでいます。

近代的自我とゆわれる個。この個を超えることができるか、という思いがあります。さて、どうなんでしょうね。自我・個が解体されるとは思えない。むしろ自我・個という自覚をベースに、クロスオーバー、あるいはオーバーラップ現象が生じるかも知れない。そういう予感なわけです。

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中川繁夫の寫眞帖
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芸術に向かう心
2006.9.30
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ぼくには、芸術というと、なにか高尚な精神の産物というイメージがあるんですけど、どうなんでしょうね。高尚な精神なんてゆう表記も、ちょっとおつでおすましかげんのかっこよさ、みたいなイメージですけど、心のおもむくままに深いところへ落ちていく道筋だ、なんてことをイメージしてるんです。

水平垂直のはなしで、垂直が自己超越と自己崩壊で、芸術はやっぱり自己崩壊の深みだなと思ってしまうんですね。そうすると自己超越とは、宗教だね。

高尚な精神の反義語は、お下劣な心、とでも定義しておきましょう。いいえ、内側でね、見つめていくとね、このお下劣な心ってのが垣間見えるのですよね。高尚な精神を求めて宗教、お下劣な心を求めて芸術、っとまあ、こうゆう図式になるんだとぼくは思うんですね。

文学も美術も、宗教に交わることで営まれてきた精神だったと思うんだけど、それを切り離してしまう現代といえば、芸術は、お下劣な心の具現化だ、なんて思ったりして、崩壊の道筋をたどっている感じ・・・。

そういえば最近
2006.9.29
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なにかしら終わったな、って感じがしてきて、それで文筆がすすまないのかも知れないですね。

引用;すべてのホロンは全体/部分なので、それらはさまざまな「引き」を受けるのです。全体であらせようとする引き、部分であらせようとする引き、引き上げ、引き下げ、すなわち、エージェンシー、コミュニオン、超越、崩壊です。(P41)

これに則していうと、水平的なエージェンシー、コミュニオンが縮小し、垂直的な超越、崩壊のほうへきているのだと思います。
超越は、より高いレベルへの移動・自己超越・崩壊は、より低いレベルへの移動・自己崩壊。

なんだか、どっちかいうと自己崩壊の方へ向かってしまったのかも、なんて思ってるしだいで、うようよしてる感じですね。いったん崩壊させてしまえば、ふたたび高いレベルへのぼっていくようになるのかも知れない。でも、まだしばらく、低いレベルのところで、うろちょろしてしまう感じですね。まあ、待つしかないんでしょうね。

秋めいて
2006.10.26
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日時の過ぎるが矢のごとし、いつになく早く過ぎてしまうような感じがしてくるのは老いのせいだと思います。日々、なにかに追い立てられてるような気分のなかで、あれもこれも、と思いをはせて、けっきょくできることはたかが知れているんだから、ゆっくり地に足着けてやればいい、と言ってあげているんですけど・・・。

なにに追い立てられているのかといえば、命の終わりが迫っているという切迫観念です。


2006.12.4
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この海は、越前海岸の海です。京都と金沢へ往復するときに通る越前の海です。京都に生まれ育ったぼくには、海は日常の光景のなかにはない光景です。たまたま写真を撮るようになって、いま、越前のこのポイントに立って、通るたびにカメラを向けてシャッターを切っています。この海の向こうに朝鮮半島があります。このポイントに立つたびに、ぼくの記憶はとおい処へ誘われてしまいます。

小学6年生のときだったか、クラスの友だちがその半島へ帰っていったのです。それから50年ほどの歳月が過ぎてしまったわけですけれど、最近、むしょうに思い出してしまうのです。その友だちの家は理髪店をやっていて、ぼくの母が理容師の免許をもっていたので、毎年、年末の繁忙期に仕事をしていたのです。理髪店はぼくの友だちの兄がやっていて、ぼくはよく遊びにいってたんです。いま、友だちの家族の顔をふつふつと思い出しながら、この海の写真を載せ、文をしたためています。それはまた、母への追憶でもあるのです。

鏡石
2006.12.7
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京都は鹿苑寺(金閣寺)の北方向、山沿いに歩いて5分ばかりの処に「鏡石」があります。山際に露出した石です。昨日のことですが、その鏡石を写真に収めようと思って、出かけたのです。自宅を出て、いくつか道草を食いながらたどり着いた鏡石。どこが鏡なんよ、ただの山肌に露出した石じゃないか。

念のため、聞き伝えですが、かって地殻変動によって京都盆地が形成されたときに、地すべりの結果、岩が切り落とされて鏡の面のようになったといいます。ボクには、鏡石はその痕跡だという認識です。

子供のころといっても小学生も上級のころだと思いますが、自宅から遊びに行く最北端が、この鏡石でした。ボクの推測ですが、鏡石の前の通りは、千束&鷹ヶ峰に通じ、そこから山越え(京見峠)で山国、美山へ、そうして小浜に抜けていく街道です。そんなことを思い浮かべながら、子供のころの記憶へと入っていくのでした。

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自然というかたち-1-
2006.11.2
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なんでもモノには形があります。そこで自然の形を考えてみます。自然のかたちには総称として、空と海と大地があります。かって宇宙創成から、地球が出来て、闇から明へと移りきて、空と海と大地に別れて形となった。海と大地は地球上の表面だから、二つにわけると、空と地球の表面という区分になるかも知れない。

ボクの興味は科学的興味であると同時に非科学的興味もあります。何が科学で、何が非科学なのかなんて、いまここでは論議しないけれど、概念として<空と海と地>を違う形として認識するわけです。

そこでぼくは、どっちかゆうと論理タイプの写真を撮るたちだから、この外枠を想定して、取材しはじめたというところです。ぼくの想いでは、<空と海と地>これを自然の器だとおもうわけで、ぼくが日常にいる場所において、カメラをそれに向けていこうと思ったのでした。

ということで、今日の写真は、痕跡シリーズと名づけたうちの<空>から1枚をアップします。

自然というかたち-2-
2006.11.5
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この海は日本海、越前岬の近くから大陸の方へカメラを向けて撮った写真です。
この被写体となった海の生成は、約2000万年から1700万年前だとされています。つまり大陸続きだったのが、日本海として広がりだしたというのです。
その頃の区分を新生代第三期とされていて、恐竜時代が終わり、哺乳類が進化してくる時代だというのです。人類の出現は、200万年ほど前だったとあります。

地球生成の全時間から見れば、この海の生成は比較的新しいといえるのかもしれません。とはいえ一言で、にせんまんねんまえ、なんて言ってしまいますけど、おそろしいほど膨大な時間なんですよね。
この項では、ちょっと科学的視点から、時間を遡ってみました。

自然というかたち-3-
2006.11.14
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地表に生える植物、どちらかというと陰性植物とイメージする苔の類があります。ぼくは、この苔の類を、生命のよみがえりというイメージで見つめています。空があり海があり地があります。空と海の現象により地に植物が生える原基が、苔のような気がします。動物が死に土に帰ったのち、再び生命としてよみがえる精気をもって、苔の類があるように思えるのです。

苔は動物ではありません。苔は植物です。植物ということを、ここでは大地から栄養素を吸収して、その生命を維持していく装置を備えた生き物だと定義しているわけです。この苔の類は、比喩的に人間模様を示唆してきます。苔は群生します。密集します。触覚をのばし花を咲かせます。じっと見つめていると、宇宙の縮図を見ているような錯覚がします。

自然というかたち-4-
2006.11.23
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この木の葉は、秋になると色づき、落葉します。
木々の生の営みを四季を通じてみていると、不思議な気持ちに見舞われてきます。自然の営みだといえば、それで解決することではなくて、その生の営みにたいする驚異と畏怖の気持ちです。

自然というかたち-5-
2006.11.29
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自然というかたちについて、いくつかの枠を考えて区切ってみて、空、海、地に生える苔、木立の葉、そうしてここでは<地>です。写真に説明は不要なのかもしれないけれど、この地は<さざれいし>と銘打たれて、下鴨神社の境内にあったものです。

これにて自然の5つの枠組みが揃ったわけです。ええ、ぼくのこれからの写真を集めていくテーマとなる枠です。そのように考えて、夏以降、写真にしたためてストックしています。このほかに<花>の枠もあり、そうしてまだ未着手<動物>、それから<ヒト>、ぼくの構想は、世界の構図をつくりたいとの思いです。
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自分自身研究室-1-
2006.10.8

ここに至って自分自身を研究する枠組みをつくっていこうと思ってしまって、自分自身研究室なるものを作り出したというわけです。
そこでなにをするのかとえいば、悟る、悟りを開く、そのための心を養うために、わけのわかったようなわからないようなことを言い出したわけです。

外向けにいろいろな仕掛けをつくって、その仕掛けを動かしていくことを、これまでにいくつか携わってきたんですけど、いつも気になっていた自分自身という器です。
自分が自分を研究するなんて、どうしたらええんやろ、なんて思いながら、恥ずかし気もなく、自分自身研究室なんて設定してしもた、というのが実態で、中味はこれから、考えていくことにします。

綜合文化研究なんて枠をつくり、地域文化研究の枠をつくったんですけど、どうも腑に落ちない、いったい自分は何なんだ、という疑問について少し思いをめぐらせてみようとしているわけです。ある意味、いまどきのテーマだと思っているわけで、ここにのろしをあげたような次第です。

掲載の写真、ぼくのいちばん古いぼくが写った写真。二歳から三歳くらい、いや一歳かもしれない、いちばん古い写真です。いまにいたる面影があるなぁと思っています。
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自分自身研究室-2-
2006.10.9

自分自身への興味を分けると、ひとつは身体のこと、ひとつは心のこと、この身体と心への興味です。
ぼくの身体は男体です。機能的に男体です。偽りなく男体です。
生まれてきて、成長してきて、生殖機能が成熟してきて、生殖させて、その機能が衰えてきて、そうして死滅していく最中にあります。
このように身体についての区分は、単純明快なわけだけれど、心っていう領域を想い描くとき、そこが混沌としているんです。

男らしさ女らしさとゆうときの「らしさ」のことです。
男は男らしく、女は女らしく、この「らしく」を含む「らしさ」です。
ここに世の中へのエージェンシー、コミュニオンが関係してくるんですね。
世の中での見かた語られかたと自分の心のありかたとの関係です。
ぼくはいったい男なのか女なのかと質問して、返る答えは、男らしくもあり女らしくもある、という感じなんです。
こういう質問と答えは、ぼく自身を混乱させ、錯乱させてしまうのですが、自分自身研究の入り口が、ここにあるような気がしているんです。
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自分自身研究室-3-
2006.12.5

自分自身研究室を開設してはや二ヶ月が経ったんですけど、いっこうに進展しない現状です。そりゃそうなんです、自分自身研究なんて言ったって、何をどのようにしていけばよいのか、迷ってしまうんですね。本音で、こころのなかを開くと、たぶん発禁になっちゃうだろうし、そうかといって履歴的なことを書いてもしやないし、なんて思っているところです。

でも、自分自身研究室を立ち上げたことによって、意識の上で、変化が起こってきてるようにも思えるんです。それまででも、自分って何?なんて自問してきたとこだけど、あらためて、考えたり、思ったりする機会に恵まれてきて、文章にはでけないけれど、写真が撮れるようになってきたと思っています。

ここに載せた写真は、今日撮った写真で、木の根っ子です。地面から、地中に根を張り、地面から、地上に幹を立てる樹木です。イメージとして、これは男イメージなんですけど、この地面の上下の様子が、何かしら自分を研究するヒントを与えてくれているような感じだといえばいいのでしょうか。まあ、まだ始まったばかり、とはいえ、デカルトさんとかカントさんとか、一生懸命考えてこられた経緯もあることだし、少しずつ紐解いていくしかないなぁ・・・。
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自分自身研究室-4-
2006.12.26

別の場所で、日々淡々と流れる、なんて書いていますけど、それはウソで、日々が淡々と流れているわけがない、と内心は思っているのですけど、血みどろだというほどの過激なものでもないな~、ただ怖さはあるわけで、過ぎ去ってきた過去を思い出すこともしばしで、特に少年期の出来事を思い出すことが多くなってきて、あるひとがゆうには、死期が近づいているのでは、なんて脅かされると、もう必死な気持ちになったりするから、やっぱり血みどろなのかな~、と過激に思ってみたり、つまり、ぼくの意識というものが醒めてあるとき、いつも網膜に映る光景を見ていたり、目を瞑っているときには、妄想が湧き出てきたり、それといっしょに感情が浮いたり沈んだりしていて、もう始末に負えないんですよね。

始末に負えないとはいっても、どっかで辻褄合わせをしていて、決して狂気のなかにいるとは思ってないから、読んだり聞いたりしてきた過去の記憶のなかに、ぼく自身がなにものであるのかを知る手立てとして、写真を持ち出してきて、自分の痕跡をたどってみたりを試みているんですね。ここに三枚目の写真、ぼく自身が保有している、ぼく自身がストレートに映っっている写真があります。向かって左がぼくで、右が弟で、いくつのときだろう?小学生になっていたのか、その前だったのか、記憶はあいまいだけど、撮られた場所は西本願寺の門を潜ったところで、そこにカメラを設えた写真師さんに撮られたものです。覚えているんです。写真師さんが鳩を呼び寄せるために餌をまいて、鳩が足元に寄ってきたところを撮ってもらった。

この写真なんかの場合だと、ストレートにぼくが写っているから判りやすいんだけれど、記憶のなかの光景を求めて、記憶の現場に立って写真を撮っても、ああ、そのときこそ淡々とした写真でしかないように思えるのです。いいえ、ぼくにはその淡々風景が、記憶の光景とダブっているから、まだリアリティがあるように思えるんだけど、他者においては、なんら意味をなさない、淡々とした光景でしかないと思っているのです。自分自身研究の切り口は、ここかもしれへんなあ、小説を書いたり、写真を組み合わせて物語を作ったりして、フィクションする原形が、ここにあるのかも知れないですね。
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自分自身研究室-5-
2007.5.6

写真の右下に1955.8とあるから、ぼくが9才のときです。今を遡ること52年前ということになります。男の子も女の子も浴衣すがたで、記念写真を撮ってもらった写真です。この写真は、ぼくの手許のものではなくて、知り合いが持っていらしたのを、複写させてもらったものです。この写真があったことは、記憶にあります。

写真を見ていると、記憶が甦ってきます。かなり具体的な記憶が甦ってきます。それらの日々が写真を見ることによって、甦ってきますから、写真は記憶を甦らせる誘発剤ですね。それと同時に、そこに定着された自分の姿が、9才だったときの自分の姿が留められているんですね。自分が自分であることを、こうして写真を介して確認するんですね。

自分が自分自身であること。この自分自身とは、いったいなんなんやろなぁ。浮遊して、前後の見境がつかなくなって、自分のいる場所がわからなくなってしまうことがままあります。現実の世界と虚構の世界を区別することができなくなってしまうことがままあります。そうゆうときに<時>を序列化し、現実を立体化させて虚構を排する作用を、写真が持っている。そうしてノスタルジックに、自分を安定させてくれます。
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中川繁夫の寫眞帖
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愛と美について
2006.8.26~2006.11.2
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まあ、なんて滑稽なタイトルなんでしょうね、愛と美だなんて・・・自分でもそう思ってしまうほどに、古いフレーズですよね。なんか、ふっと記憶の底から湧き出てきた言葉、そういえば太宰治って作家のタイトルに「愛と美について」なんてのがありましたね。太宰治って本屋さんへ行けば、文庫本でお勧め小説として並んでいるから、いまもって古典的現役小説なんでしょうね。そういえばボクだって、ええっ、40年前になるんかいな、ファンといえばファンでありました。その当時、筑摩書房から太宰治全集が出るっていうので、発売を待ちうけながら、貪り読んだって記憶がよみがえってきますねぇ。

愛と美について、まあ、そんな記憶があって、そういえば自分流に、愛と美について・・・、なんて呟いているんですね。ううん、最近、この愛と美っていうイメージについて思うことが多くなってきているんです。あっちゃ流に言い換えれば、エロスとカロスについて・・・。このブログのタイトルを「徒然えろす日記」なんて付けてるから、そうゆうことで言い換えれば「徒然愛日記」ってことになるんですね。まあね、愛って概念も漠然としていて、愛とは何?ってことも考えたいな、って思っているところです。

かって転向なんてことが文学研究の対象になっていたことがありました。亀井勝一郎なんて文学者が、左から右へ転向してしまうってことがあったと思うんだけど、ボクも、いま、ひょっとしたら転向しだしてる。転向というより、基から資質としてあった日本的な美が、賛美とはいわないけれど、素直に気持ちに直結してきたな、って思うんです。谷崎とか川端とか、昔読んだままだけど、彼らの晩年期のエロっぽさに、なんとなく理解できるよなぁ、って感じで、愛と美について、ボクがこれから知りたいイメージの大きな枠が、これのようにも思っているのです。

えろすという愛
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「えろす」という言葉を、国語辞典で引いてみると<ギリシャ神話の恋愛の神>と書いてあり、<愛>とあります。ボクが愛用の国語辞典は、中学生になったときに買ってもらった辞書で、昭和31年に初版、角川国語辞典です。えろすの隣に「えろちっく」 という言葉があり<性的。扇情的。肉感的>とあります。また、「愛」という言葉を国語辞典で引いてみると<かわいがること。大切にすること。いつくしむ心。男女が思い合うこと。>とあります。

愛と美について、なんて言葉を思い出したかのように話題にしてから、ボクが最近頻繁に使う「えろす」という言葉のイメージを明確にしたいと思いだしているのです。自分自身に引き寄せて思うと、ボク自身の肉体的衰えを日々感じてしまうことの反動として、意識してしまうのだと感じています。

ボクとしては、おおきなテーマとして<愛>というイメージを、文章とか写真に置き換えていきたいという想いがあるんですね。だから、その外枠を自分ながらに作っておきたいと思うわけです。たぶん、愛という形のなかの部分として、「えろす」という愛の形があるようですね。愛イコールえろすではなくて、愛にはいくつかの形がある。このように、いま、思っているわけです。

にっき20060930
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ケン・ウイルバー著・万物の歴史の序論冒頭に、セックスとジェンダーの話が記されているんだけど、単の読者をひきつけるためのテクニックということじゃなくて、知的興味の先端がここに行き着いてきているんだ、と思っているわけです。単純ではないけれど、ぼくもそのように思っているところがあるから、ここに話題として書いているわけで、顕在化させていこうとしているのです。

ぼくはまったく専門家でも運動家でもないので、野次馬なんだけど、セックスという言葉、ジェンダーという言葉、を読んだり書いたりするときって、けっこう複雑な心境にいるんです。このブログタイトルも、徒然えろす日記なんてつけて、なんとなく人の興味をひきそうな感じがして、でもちょっと後ろめたい感じもあって、複雑な環境に置かれてしまうわけです。

つまりここでゆう「えろす」領域について、非常に現代的な未来志向のテーマだと思っているんですが、どのように地図を描けばいいのか、まだ未確定で、ゆらゆら揺れているところです。数日前から、美しい○○、なんて言い触らしだされたけれど、それをも包みこんでしまう「えろす」なんだといっておきます。

えろすは生きる力
    800hana1102210008
けっきょくえろすとは何かといえば、生きる力そのエネルギーの発露だと思えています。生命力そのもの、からだが生き生きと成熟しているさま、イメージとしてそのように思えてきます。いま、このようなことを、ここに書いてる自分という器は、そのエネルギー減退の危機にさらされているからに他ならないと思っています。からだに若さがあったころ、あえてこのようなことを書かなくても、十分にえろす、つまり生きる力に溢れていたように思います。ところが歳を経るにしたがって、昔ならこの世とおさらばする歳になって、えろす恋しや、の気分が起こってきているのだと思うのです。減退していく生きる力に掉さすために、まあ、こんなタイトルをつけているわけですね。

気分入れ替えて
    800hana1102210011
気分を新たにして、ちょっとぶつぶつ呟いていかんとあかんなぁ、って思い出して、久々、記事を書いてやろうと思った。字を並べて、意味不明にしてもいいかなぁ、なんて思ったりして、あんまり深刻にしてもおもしろうないし、ええかげんにえかげんなことを、ええかげんにしていこう。とゆうのも、しょせんええかげんなんだと思うから、論理詰めていこうとしても、しょせんええかげん、にやったら、ええかげんなこと書いて、まあ、お遊び気分がええのやろなぁ。

というのも、気分、気持ち、情、この揺れ動きに注視していて、それを言葉にしていくことが至難のワザだと思いだし、ちょっとこのかたご無沙汰していたところでした。どっちみち汚していくだけやから、ここは、あっけからん、いいたいこと言って、っていっても言いたいこと言えないんだけど、そこそこごまかして、乗り切っていくか~!これが気分の入れ替えってことだと思っています。

えろす気分
    800hana1102210010
熟した柿を二つに割って、中を覗き見る。
じゅるじゅるに熟した柿の味はえろす気分を味わっている感じです。
生きているという現象のなかに、気分としてこの柿の中味のような感覚があると思っていて、なんだか湿っぽい体内が疼いているような気になっていきます。
視覚と味覚はえろすの代理体験なんだと思います。

色写真
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写真機をもって30年を越えたんですけど、3年前にキャノンのデジカメを買って撮影再開、いっぱい撮りだしたんです。ええ、カラーフォト、色写真です。昔なら天然色写真といってた代物ですね。いろ、色、色彩、いいですねぇ。モノクロ、ゼラチンシルバー、白黒、経費的にそれしかできなかったころからみると、いいですねぇ。

色があるということは、この世の色を感じるということにつながって、この世の色が、色艶につながって、色艶の領域を<えろす>と規定して、色写真を撮ろうと思って、世間的にもボク的にも、色艶写真を集めだしたとゆうことです。歳とって色艶に魅了されだしてきたのは、そうやねぇ、からだが侘び寂びてきたからなんやろなぁ。

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中川繁夫寫眞集
中川繁夫の寫眞帖
中川繁夫の釜ヶ崎寫眞帖

洞窟の奥は闇
2006.7.28~2006.8.18
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地球ってゆう物体の表面にぽっかりあいた穴があり、そこへ這入っていくとね、光が届かない、闇になっていくとゆうじゃありませんか。そんなのを洞窟って云ってるんですね。ものの本によると、そんな洞窟にね、手形(ネガティブ・ハンド)とか、動物の絵(馬とかビゾン)とかがあるといいます。それらが描かれたのが、いまから2万5千年ほど前のことだとゆじゃありませんか。南仏にあるアルタミラやラスコーなどの洞窟で、旧石器時代の出来事だとゆうじゃありませんか。

その洞窟の内部は、光が届かない闇です。当時のヒトが、火を持って這入って、描いたのだといいます。わたしが、興味をもって驚くのは、そうゆうことをしたということ、それ自体なんです。その行いは、ヒトの心が形成されてくる、最初のころの出来事だともいいます。わたしはいま、想像力をはたらかせて、そのころのヒトの心を知ってみたい気持ちにさせられています。いいえ、わたしは、そのころのヒトになってみたいと願望しているのかも知れないです。

混沌としたヒトの内部意識は、洞窟にたとえられると思っています。表面、光が届くところは見える、意識できる。でもね、だんだんと光の届く量が少なくなって、ぼんやり、うっすら、そうして闇になる。その闇を見てみたいな~っと思うわけです。見えないから闇であって、見えるところは闇ではない。意識できることは、闇ではない。心のなかにイメージをつくることは、闇ではない。それでは、闇というものは意識できないから、無いのだとは言い切れない。有るとも無いとも・・・。

有るけれど無いとしか思えない処は、闇、ヒトの中にある洞窟の奥です。わたしが存在する証である身体。有機体として生理活動をおこなっている身体。この身体細胞に依存する物質が、寄り集まって、心にイメージを立ち昇らせる。そんな作用を起こすのだともいいます。目の前にあるモノを見たとき、音を聞いたとき、匂いを感じたとき、触れて感じる感覚。そういうときに反応する物質が、闇のなかに漂っているのかな?

そうですね、いま現在だったら、デジタル電子信号がメモリーに蓄積されていて、ある操作によってモニターに現れる、そんなことと類似なんですね。いやはや、メモリーに蓄積されたデジタル信号は、わたしの身体、特に脳に集約されるグジュグジュ物質の、もうひとつの、別の塊だと思えばいいのかも知れないですね。で、其処は闇、有るけれど無い処だとはいえませんか。

闇からの声
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闇からの声が聴こえるということが、ホントにあるのかウソなのかはわかりません。でも、ヒトのこころに闇があり、その闇を鎮めるかのように、善行を尽くし、手を合わせて祈る、ってことをするじゃありませんか。とある場所に赴き、魔界に入り、そうしてインスピレーションってゆうか、闇の彼方からの声と交信する。このように感じられることがあります。

この世は色で埋め尽くされて、心はぐじゅぐじゅ、生きることじたいが苦るしみだ。なんて思うときがあります。闇というと地獄とか、地の底とか、洞窟の奥とかのイメージです。それじゃ~天上の彼方からは、光が降り注ぐイメージで、あこがれ、ひたすら祈り、恩恵を待つ・・・。ボクは、夏の日々になると、魔界といわれる世界に棲むようになります。いいえ、心が傾いていくとでもいえばいいのでしょうかね。この文化土壌から刷り込まれた宗教儀式を、よみがえらせていくのです。

お盆です。ボクには、闇からの声として、それらの日々に聴こえてくる感覚があるのです。決して天上からの光が見えるのではなくて、地下から、いいえ洞窟の奥から、悪夢のような声が聴こえてくるように思えるのです。生への渇望はえろすです。この色に満ちたえろす感覚を、消滅させていくその奥に、闇がお控えなすっているのですかね。きっと闇ってゆうのは、ヒトの気持ちを、恐怖と畏怖を混ぜ合わせたような、感覚にさせてしまう代物なんですね。

闇の声へ
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もうこの話は50年も前の出来事ですが、ボクは拝みやさんの護摩焚き神事の真っ只中で、奇妙な声を聴いたのです。<心配せんでもよい>という女の太い性質の声でした。当時、ボクは小学生低学年だったから、1950年代初めごろです。

拝みやさんというのは、金閣寺の裏、衣笠山の麓にある身代不動尊から、一年に一度、自宅神棚の下で、ホウラクに積み上げた護摩木を燃やして魔よけをするのです。白装束のおばさんが、呪文を唱え、ええい、やあぁ~!って大きな声を出すのです。組んだ手指を人差し指だけ合わせて突き出し、ええい、やあぁ~ってやるわけです。そのとき声が聴こえてきたのです。ボクは、狐に抓まれたという表現のとおりに、狐に抓まれたようなのです。

参考のために記しておきますと、この神事で燃え残った護摩木の炭を、大事に保存しておいて、熱が出たとか、腹痛とかが起こると、おばあちゃんは黒炭を砕いて、ボクに飲ますのでした。小学生だったボクには、そのありがたさが判らなかったけれど、薬として飲みました。ええ、もちろん熱が下がり、腹痛が治ったのだと思います。炭素を腹に入れて、自力で治っただけでしょうね、ホントはね。

その声(女のヒトの声でした)が、幻聴だったのかどうなのか、ボクにはわからない。しかし、たしかに聴こえたのです。このはなしを同席していた叔母に言うと、叔母は、笑ってこのはなしを真剣に聞いてくれなかったのですけれど・・・。ボクには確かに聴こえた、と今でも思い出したかのように思います。

今日、ぼくはその拝みやさんが住んでいた場所へ行ってみました。50年ぶりのことです。記憶の谷間から光景が滲みだし、そうしてボクは祠のある場所で写真に撮ったのです。そこは氷室と呼ばれる処です。かって池があったところは、小学校の運動場になっています。ボクは原谷へつながる道路から、小学校の縁を辿って、裏手へまわり、そうしてその場所へいきました。衣笠山身代不動尊です。うんうん、記憶のままに祠があって、ちょっと不気味な感じの、霊界です。かなり朽ちているから、今はもうだれもいないのかも知れない。信者さんが細々と管理していらっしゃるのかも知れないと思ったのです。

祠の周辺を写真に収め、自動車道路に出たころから雲行きが怪しくなり、それから金閣寺の前まで歩いて戻ってきたときに、雷がごろごろ鳴りだし、大粒の雨が降ってきました。ボクの記憶は、不動さんの小屋へ行ったとき、激しい雷と夕立に見舞われた記憶。少年だったボクの夏の日のことを思い出しているのでした。

心の感情帯へ
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<心>と書いて<こころ>と読む。この心の問題です。生体としての脳作用をもって、心を解析するなんてことではなくて、感情を含む総体としての心、とくにその感情というものを考えてみたいと思うのです。感情の種類として、喜怒哀楽とは、実にうまく表現したものだと感心します。 この世にヒトの感情として、大きくはこの四つの種類に分類されています。で、この喜怒哀楽という感情は、自分の外界に対して感じる感情だといえます。

ここではもっと身体的というか、内発的というか、外界からの刺激に対して起こる感情ではない、身体欲求において発生する感情について解き明かしたいと思うのです。食欲、性欲、それに伴う快感感情、充実感情、つまり満ち足りた感情といった類の感情を有する心のことです。

というのも小説を書く、写真を撮る。そうして出来上がった文章や画像を触媒として、身体欲求をどこまで喚起させることができるか。ボクは、この問題に立ち入ってしまったようにも感じているのです。食欲を喚起させても腹を満たす代替はできないことです。で、性欲においてはどうだろうと考えているのです。ひょっとすると、これの代替は可能かも知れない。小説を書き、写真を撮る。そうして自分を含む他者への提示は、この代替作用を代替でなく、ホンモノとさせることにある。これが究極の目的だと考えているのです。

主客転倒、小説も写真も、現実、現物ではない。いずれも疑似体験させることで、現実、現物以上の感情を喚起させることができるかも知れない。この<かも知れない>可能性に向けて、ボクは小説が書かれ、写真が撮られるのではないか、と思うわけです。読んで、見て、感情を疑似体験させるだけにとどまらず、まさにナマ体験そのもの。いいえ、バーチャルなナマ体験として、ホンモノ体験をさせることができるかどうかなのです。

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