中川繁夫写文集

中川繁夫の写真と文章、フィクションとノンフィクション、物語と日記、そういうところです。

<自然>を考える

自然を考える 2006.2.21~2006.4.12
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自然派生活のベースに、採取生活を採り入れてみる。その具体的な手段として、山へ入って木の実を採取する。自然食品ブームで、山菜や木の実が注目されてきていて、あたかも自然のままを装って、栽培される商品として、山菜・木の実があります。ここでいうのは、そうではなくて、実際に山へ入って、自生種の山菜や木の実を採取するということです。

理想的にいえば、山菜や木の実を採取する土地は、共有のものでなければいけません。ここに掲載した写真は、胡桃と銀杏なんですが、これは私有地において採取できたものです。でも、山へ入って採取する、と云っても、自分の私有地でない限り、土地所有者がある現状では、純粋自然採取にはならないですね。ここに問題があります。

領土問題とか、国境問題とか、そこまで広げちゃうとことは簡単に処理できない状態に陥りますが、でも一種ブーム化している山菜採りとか木の実拾い・・・これなんかも突き詰めれば、大小の違いはあっても、他人所有の土地にて行う違法行為(笑)なんですね。じゃあ、どうすればいいのかな?考えてしまいますね。

ここで思うことは、制度上、持つ者と持たない者があるわけだから、この両者がうまく共有できる方法を模索することだと思います。これは、所有権をどのように捉えて、所有する者と所有しない者とが、うまく融合する方法のことです。

自然を考える-1-

<自然と文化>
自然とは、ありのまま、素のまま、なにも人間の手が加えられていない状態・・・。<自然>ということを考えてみます。自然とは、地球環境でいえば、人間の手が加わっていない状態を想定します。人間の手が加わっていない状態を自然状態とします。そしてボクは、ここで<自然>と対になった概念を<文化>という言葉においてみようと思います。

動物や植物という生命現象をもった生成物は、地球環境に順応して生命を維持しています。鳥たちが、虫たちが、猿や猪や鹿たちが、それぞれに地球環境に手を加えずに、生命を維持しています。樹木や草花なども同じです。ここで、自然のままにと想定するのは、この動物や植物が生命を維持している状態です。

ボクは、人間の英知を否定するのではありません。現代科学技術の最先端を否定して、自然に帰れとは全く考えていません。人間が自然に手を加え、加工してきた全てを文化という概念でくくりますが、この文化を育んできた力を褒め称えてあげたいと思っています。そりゃ、現象の個別には否定的見解が多々あります。戦うという概念なんて、否定的見解の最たるものです。

自然を考える枠組みも、当然のことながら、現代の文化状況に立った上での<自然>ということになります。むしろ、文化に包まれたボクの日々生活のなかに、自然がどこまで発見できるか、という試みでもあるのです。そこで、ボクたちが日常的に<自然>と云っている中味について点検していきたいと思っているわけです。その最初は、ボクの体を養う食料について考えていきたいと思います。

自然を考える-2-

<自然>というなかには、ありのまま、という捉え方があります。つまり人間の手が加わっていない状態、ありのままの状態です。究極、本当にそういう状態があるのかどうかは別にして、まあ、極力、ありのままの姿を維持している状態をいいます。

山の食べ物でいえば、自然、山や野に自生する山菜とか木の実です。ヒトの集団が、採取生活を営んでいた頃、縄文時代以前、参照すべきイメージとしては、そこです。一応、現代文明につながる以前の文明・文化の中にあった<自然>です。ボクの興味は、そのへんにあって、できるできないは別にして、採取生活を優先的に取り入れてみたいと思っているのです。そこに自分を置くことで、意識のあり方が変わってくるのではないか。そのようにも思うのです。

自然を考えるということは、生活態度を変えていくという前提が含まれます。様々な技術と道具に囲まれた現代生活です。野菜をつくる農作業といえども、技術のかたまりです。ましてや農機具を使った栽培など、現代技術の集積です。ボクは、現代技術を否定する気は、毛頭ありません。地球環境に様々な影響を与えてきたとはいえ、ヒトの物資的生存をより豊かな環境にしてきたのだから、その価値は大いに認めます。

つぎにヒトの置かれている構造を考えると、心の部分と物質の部分の綜合で成り立っているのがヒトです。ヒトを構成する心と物質。ヒトを物質関係で連なる人、人間関係。そのここのヒトの心の関係が、ボクの注目しているところです。ヒトの心が置かれている場所が、現代技術に満たされた場所であり、この場所において、心の疎外が起こっているとすれば、この現代物質圏から心を遠のけることで、安息・安定を求めている場所が見つかるかも知れないと想像するのです。自然と文化という対置関係において、捉えられる視点です。

自然を考える-3-

ヒトが生存するための基本に、食べることがあります。この食べることの食料、農産物生産の現場が、現代技術に満たされた場所であるかぎり、心の疎外が解消されることはないと思っています。山へ入って、山菜を採取し、木の実を拾って食べる・・・。これで賄えられればいうことないのですが、そうはいかないのが現実で、栽培野菜に依存することになります。

この野菜栽培は、現在の全体を見る限り、化学肥料や農薬を使って、機械による大量生産がおこなわれています。でも一方で、自然環境保護だとか、人体への影響などの認識が高まり、有機肥料による無農薬栽培が注目を浴びてきています。大手スーパーマーケットなどにおいても、その種の販売コーナーが設けられたりしています。 しかしこれらは、化学肥料と農薬から、有機肥料と無農薬へと手法が変わるだけで、現代農法を放棄したわけではありません。

心の開放と食料を一体のものとして捉えるなかで、仮説として、自然のままの食料を手に入れることを置いたとき、農法じたいを自然のままに戻していかないといけないと思うのです。たとえば、赤熊自然農園(京都府亀岡市に所在)では、不耕起農法を長年にわたって研究されています。自然農法といわれるもので、なるべく自然のままに、野菜類を育てることを主眼に置かれています。土の力と野菜の生命力を、最大限自然のままにまかせようとの試みです。

この自然農法と自然採取で、自らの食料確保の手段としていくこと。このことが、現代物質圏から一歩でも遠ざかる手段となりうると考えています。生命が自然と一体のものであるという認識を、自ら自覚していくことが必要であり、壊されつつある自然を、恢復させるという全体の目的を思うと同時に、心の開放をも夢見るのです。



京都で写真を学ぶなら
 <京都写真学校>

日々徒然-1-
2014.1.1~2014.1.14
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2014.1.1
新年、朝から、パソコンに向かっている。
これはまた、どうしたことかと、思ってしまう。
元旦ってゆうのは、田舎へ行くことが多かった。
久々、京都で迎える、暇な元旦、2014年
年号でゆうと平成26年、西暦で2014年ですね。
昭和21年、1946年生まれだから68歳になる。

中途半端な一年になりそうに思う。
若くもなく、年寄りでもない、中途半端さ。
写真も新しいテーマが定まらず。
写真学校も先行き不透明。
自分の立っている場所を考える。
社会的基盤というやつです。

ぼくなんかは、行先があるからラッキーかも。
ヒマつぶしにパソコンがあるから幸せ。
とりとめなく雑文を書いて時間を潰す。
でも、先々のこと思うと、落ちこみます。
決してラッキーではなくて、アンラッキー。
音楽、文学、写真、陶芸、いろいろ経てきました。

なにが残るのだろうか。
結局、ひとりよがり体質は変わらないなぁ。
組織化を嫌って、作っては潰す。
そうして、孤独にさいなまれるんですね。
いよいよ、ここまで来たか、なんて思う。
今年もまた、紆余曲折、元気でいたいです。
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正月は二日には長女夫婦と孫が訪問してくれた。
孫二人はそのまま泊まって翌日には金沢へ。
敦賀までR161号、敦賀から高速に乗って、午後4時過ぎ着。
その夜は夢の湯、サイゼリア、イオンの食料品売り場へ。
翌日4日は雨、雪がない金沢の正月、雨が降っている。
昼をはさんで買い物、夕方からは妻の姉妹が集まる。
帰路は金沢から敦賀まで高速、敦賀からR161号で帰着。

ことしの読書は「風俗小説論」、中村光夫氏の文学評論。
昭和25年に書かれた「近代リアリズム批判」、名著だと思う。
ぼくの文学歴のなかで、初期、影響を受けた書です。
今、再び、文学への傾斜を認めるぼく自身のこと。
耽美試行というタイトルのブログを昨年末に立ち上げた。
平成風俗小説論、現在の小説と寫眞の環境を考える。

小説を手がけていきたいと思っているところだ。
すでに名を伏せて書いてるけれど、文学作品にはならない。
ネット時代のネット小説の、風俗文学の限界を思う。
現在の文学状況なんて知る由もない現状ですが。
かって学んだ論をベースに展開しようと思う。
さて、この意志がどこまで続くのか、三日坊主かな。

寫眞と小説。
昭和とか平成とか年号を使うことに抵抗がなくなった。
むしろ、ぼくは右翼っぽくなったのか、神社へ。
ロマン主義、耽美主義、そちらの方へ、傾いていく。
残された時間を、年月を、どちらに向けるかといえば。
やはり、一番興味がある領域へ、と思うところです。
釜ヶ崎も白虎社も京都も、ロマン主義、ロマンリアルです。
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急ぐことなかれとは言い聞かせても急いでしまう。
何回も始めて終えて始まって終わっての繰り返し。
ひところなら戻ってもやり直しが効くなぁと思ったけど。
いま戻ってももう一度構築なんてできないなぁ、と。
平均的年齢による自分換算をしての結論。
だから急ぐ気持ちが起こって押さえて言い聞かせだ。

風俗小説論、中村光夫氏の文学評論です。
1950年に書かれた文学評論で、近代リアリズム批判です。
これは大学にはいる前後に読んだ感銘深い文庫本です。
それをとり出してきて、読んでいるところです。
20世紀前半の半世紀、日本文学の小説の方法です。
いまの立場で思うと、文学もモダニズムであった、と。

文学の動向は、その後、離れているからわからない。
戦後文学、その後の動向がつかめない。
かってあった純文学というジャンルは解体した?
空想物語とかポルノ的物語とか、通俗小説になった?
どのように読み込んでいけばいいのだろう。
あらためて、いま、文学史を勉強しようと思っています。

文化研究という側面でいえば、小説の構造です。
文化状況と文学状況、生活空間と小説空間。
音楽、映像、小説、感覚でいえば聴覚、視覚、想像力かな。
作りたいとは思う、小説を書こうと思う、文学として。
でも、通俗小説、風俗小説、それもいいだろうと思う。
軟派文学、えろ小説、大衆文学、いいじゃないか!
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成熟と崩壊なんて題の小説があったような気がする。
いやちがうそんなタイトルではなかったかも知れない。
それでふと小説は仮構であって事実ではないと思う。
小説は物語であって想像力の作り物の世界であろうと思う。
目の前に起こったことを記述しても作者のフィルターがかかる。
事実が出来事として記述されたとたんに仮構となる。

自分の中でそういう事実確認をしたうえで考える。
持つ者と持たない者が水平関係でいられるかどうか。
理想の関係が崩壊していくと感じたとき人はどうするか。
対等なんてことは理想であって、やっぱり現実にはありえない。
そうゆう場面にさしかかったときは引きさがるしかない。
空しいけれどこれが現実を生きることなのでしょうね。

人生劇場は実験劇場、幕があがって幕がおりる。
幕がおりたあとの客席は、次の開幕を待つだけです。
最後のステージは、どのような劇になるのだろうか。
次の登場人物は、ストーリーは、どうなるのだろうか。
台本を書かなくっちゃ次が始まらないですね。
やっぱりいまの時代、滑稽な物語にしなくちゃいけない。

築きあげえた成果でものの価値が計られるのなら。
純粋さというものが第一に尊重されねばならぬ倫理であるなら。
ふとよみがえってくる小説の冒頭、たしか高橋和巳。
我が心は石にあらず、本を引きだして見る。
なにかしら知識人ぶってる自分をみて空しいけど。
人は生きるその支えに何を求めているのでしょうね。
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もう30年以上も前に撮った白黒フィルム。
デジタルにスキャンし始めて丸二年になります。
釜ヶ崎、京都が終わって白虎社の途中です。
順次アルバムに載せていってるところです。
まだ残っています、大量に、最後までできるかなぁ。
昔の写真と今の写真、それだけで歴史であり記録ですね。

今日は、連帯フェスタの打ち合わせ会があります。
今年でもう6年目になるのか、釜ヶ崎で撮った写真を展示します。
今年は4月28日(日)、万博公園お祭り広場にて展示します。
テントふたつ、壁面パネルにラミネート加工した写真を張ります。
釜ヶ崎現地の労働者が展示を手伝ってくれます。
今年は新作なしで、昨年までに使ったのを再構成しようか。

運動体が運動のために使ってくれる、それに使う。
これはこれで写真の役割として機能しています。
その場に集まってくる人たちが見て、記憶にとどめてくれる。
今、ブログで当時の取材日記をデジタル化しています。
写真もブログに載せはじめています。
それらも含め、今日は会議です。

朝から、写真学校、この4月からのカリキュラムをまとめた。
紆余曲折、現在のプログラムはいったん終了します。
その次は、時流に沿ったテーマのワークショップを構想します。
月に一回程度の写真ワークショップ、コンセプト中心です。
カメラの扱い方なんてことは、プログラムには入りません。
必要とあれば、別途、個人対応でもいいのかもと思ったり。
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(おわり 2014.1.14)

京都で写真を学ぶなら
 <京都写真学校>

徒然日記
2013.3.29~2014.1.14
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2013.11.13
寒くなって、冬到来って感じですね。
灯油が高くなって、経費がかかります。
年金生活、金銭的にはまったく豊かではないです。
だから、せめて、こころでも豊かにしようと思う。
こころの豊かさ、いったいどんな状態をいうのか。
こころおだやかな状態、ストレスのない状態。
年と共に生き方の価値観も変わってきます。
余分なものは捨て去って、気楽に生きよう。
そのように思うけど、なかなかですわ。
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社会の仕組みの中に生きている。
自動車の車検、2年に一回です。
今朝、カローラのお店へ持っていく。
なにかとお金がいります。
一式で十数万円の費用、年金1ヶ月分弱。
なにかと経費がかかるから、どうしようかと。
次の免許切り替えが5年後だから、そこで切りに。
なかなか手放せないというけれど、その気持ちはわかる。
5年後といえば72才になっている。
引き際だと思うけど、田舎生活、どうするか。
悩んでいても仕方がないけど、悩む。

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昔、昭和20年代、1950年代のころの雑誌。
奇譚クラブとか風俗草紙とかがあったというはなし。
今でいうSMの初期雑誌とでもいえるのでしょうか。
小学生のころ、見たことがあるんです。
不思議な感じ、女の人が縛られて、みたいな。
それから半世紀以上が過ぎて、ネットで発見したんです。
その雑誌の誌面がスキャンされてブログに載ってる。
記憶が、思い起こされて、なつかしくって、どうしよう。
なんだか、裏面史というか、芸能秘話というか、ですね。
シュールリアリズムといえばいいかも。
耽美派といえばいいかも。
そういう世界があるんですね。
そういうところへ出入りしたことはありません。
人間の、男子の、本能をかきたてる世界かも。
正面から取り組んでみたいとは願望的に想う。
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パソコンでネット環境を使うようになって約10年です。
たしか1996年ごろにホームページのことを知った。
1985年ごろか草の根BBC、パソコン通信を使った。
およそ30年の時間のなかで、飛躍的に拡張した環境です。
ネット環境はメディアの形だと思うんです。
個人の内面が、パソコンを通して、直結するメディアかも。

かって、手に触れる、目に見える、この環境しかなかった。
それが、手に触れなくても、目に見えないところで。
ネット環境のなかで情報が手に入るようになっています。
書店へ行かなくても本の内容が手に入る。
図書館へ行かなくても調べものができる。
パソコンに向かって、なにもかも事足りる。

ネット環境を使て個人が情報発信ができる。
ブログなんかは全部お膳立てしてあって文章を書くだけ。
見栄えよく、自分が変身できるツールです。
同人誌とか個人誌とか、冊子にしていた時代があった。
最近はまた、紙媒体で情報を発信する傾向があります。
写真の本、文章の本、少部数発行できるようになった。

これらが実現してきたことの背景に、技術革新があります。
通信環境、電話が今のスマホになるまでの経緯。
子供の頃、半世紀前は、町内の富裕家にしかなかった電話機。
それがいまやだれもが手元に電話機、携帯・スマホです。
パソコン環境だって、30年でものすごい進化・深化です。
そんな時代になったことは、やはりうれしいことです。
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ここも整理しなくちゃと思いながら書いています。
パソコンでHPを作ったりしだして10年がたちます。
なにかとチリが積もって古臭くなった。
ブログをいくつが消しました。
愛着があって忍びない気持ちだけど。
だからここも消そうかとおもながら、今はあります。

積上げてきたことを自分で否定するのはきつい。
せりあげてきていただけに、ショックは大きかった。
でも、これまでにも、何度かあったことだ。
三日たって、もう気持ちも落ちつきだしたと思える。
空しさと寂しさとの寂寞感に耐えています。
あとは淡々と終わりを迎えていく手続きだけだ。

10年やってきたことだし、それなりに老体になったから。
受け入れてくれるところでやっていこうと思う。
よろこばれてなんぼ、それだけです。
いやがられて、いることはない。
京都写真学校、もういいですね。
新たにはつくれないけど、それでよい。
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2013年の年末になってきました。
今年も残すところ4日、今日は金曜日。
なにかと一年、振り返ると、多々ありました。
政治の世界では、経済の世界では、です。
もう大きな世界の出来事は、関係なし。
小さな、些細な出来事で、感情が動きます。

10年間積もり積もった過去を清算したい。
清算したいといっても表面だけだけど。
ブログを大分解消しました。
写真学校関係はクローズです。
自分の作品となる写真関係のブログ。
アルバム類も整理しだしています。

身軽になって、あらたなる世界をなんて言ったって。
60の手習いじゃなくて、70前のあがき。
まだ枯れるには少しばかり滓が残っている。
この滓の処置を、自分できめていかなければならぬ。
2013年、ほんとに一年が早く過ぎた、年寄感覚です。
まだまだ、生かしてもらえるのかなぁ。
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新しい写真表現のトレンド、新しい潮流。
このことについて、自分の感性が対応しているか。
そう自問するのは、かなり怖いことでした。
今年の自分をふり返ると、過去しかない。
現在と未来がない、このように思うのです。
かなり時代のトレンドとずれているなぁ。

京都写真学校のカリキュラムは10年前です。
小刻みな変更は施してきているところだけど。
枠組みの基本は、10年前のフレームです。
フレームがそうであっても内容が現在ならよろしい。
この内容についても、10年前のコンセプトだ。
やはり、このことが自責の念に駆られるところです。

もう一度組み直しにチャレンジしたいと思う。
あらたなフレームを模索しています。
写真家と名乗った。
これまでかなり抵抗があったけれど、です。
名乗ることによって、責任が生じるように思う。
写真批評家ではなくて写真家です。

京都写真学校の試みは不作に終わった。
広報媒体はネットのみ、お金を使わない写真学校。
時代に合った内容とトレンドを作りだす装置。
この想定が出来えなかったとの反省です。
来年一年は継続するとして、その次はない。
いま、このように決断して、新年を迎えたい。
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暮れも押し迫った大晦日前日の今朝。
音楽はハンガリー舞曲が聴きたくなって。
言葉は、耽美。
耽美について、ウイキペディアを参照。
そうしていま、このブログへやってきた。
どうしようかと迷いながら、キーを打つ。

耽美という得体の知れないイメージが立ち昇る。
谷崎、三島、渋澤、それにボードレール。
バタイユとかも含まれるのかなぁ。
それにしても自分的にとらえて内省してみる。
興味のほどは、どうもそちら方面へ向かっていた。
自分の性格的方向といえばいいかも知れない。

いまさら、ではなくて、いまだから、だろうと思う。
若いうちの体力ではなくて、老体の体力だから。
内に沈んでいく感性が求めている領域。
耽美という領域に、こうして言葉にすること。
文学の世界、寫眞で求めているのも耽美かも。
ああ、これらは時代の裏面史だ。

寫眞における荒木さんなんぞは耽美派か。
森山さんは自然派だね。
東松さんなら、そのように言うんだろうな。
東松さんが亡くなられて一年が経つ。
まだ夜があけない朝に、想いはめぐるばかりだ。
耽美について、論究していきたいけど。



京都で写真を学ぶなら
 <京都写真学校>

徒然日記
2013.3.29~2014.1.14
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宝塚メディア図書館の蔵書の写真集。
この写真集をひろげて、写真に撮っています。
ページを作家別にして、写真の歴史が俯瞰できるように。
この前にはブログで名取洋之助から、数人分、作りました。
そうこうしているうちに、やっぱり関西の流れも、と思った。
浪華写真クラブ、丹平写真クラブ、シュピーゲル、等々。
1930年ごろから、掘り起こしていこう思うところです。

思うまではよくって、少しやり始めると欲がでてくる。
だんだんと大きくなってきて、それをやろうとする。
それが大きすぎて、けっきょくできなくなる。
途中で行きずまってしまう。
目が疲れてきて、見えなくなってきた。
思うことだけは思うけど、中味がともなわない。
それなら最初からやななければいいのに。

歴代の写真家たちを取り上げて、何を見ようとしているのか。
作品、そのイメージ、こんな写真、あんな写真。
でも、その時代と、今、年月が過ぎ去って、見方も変わる。
何のためにとってたんやろ、と思う。
仕事で写真を撮る職業なら、クライアントのために。
では仕事ではなくて、撮る写真は、何のために?。
この「何のために」の中味こそを、明らかにしたい。

釣りとか、ゴルフとか、ヨットとか。
ぼくは全くしないけど、これと同じレベルで写真。
趣味とか遊びとか、そういう範疇で括れる。
そのために、人が集まり、競い合う。
コンテストとか、グループ展とか・・・・。
でも、そうではなくて、何ンのために撮るのか。
これが時代と共に変わってきていると思う。

文学との共通項、写真を撮ってまとめる。
その行為は、自分を表現する手段として。
自分の内面を見つめる作業につながる。
ぼくの文学体験からくる、そのあり方論。
それを写真を撮っていく、あり方論に転用だ。
おそらく、どうなんやろ、内面の記憶と記録の表出。
もうちょっと具体的に、書き出さないとあかんね。

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2013.6.1
音楽CDをパソコンに取りこんで630枚ほど。
クラシック音楽が主ですが。
パソコンの能力が向上したから音もいい。
バッハから始まって、映画音楽とかまで。
いちおうクラシック音楽といえるものを網羅か。

写真においては、自分が撮った写真が。
それと歴代の写真をコピーしておきたい。
そう思っても、なかなか進まない。
つい最近、日本の写真家の写真をコピーしている。
ぼくのなかで、関係する作家と写真集からの抜粋。

写真の歴史をまとめたいと思っています。
写真史の外観をならべてみる。
作家とその作家の写真を一記事にして。
関西の写真史1980、ってのもやってる最中。
なかなか、次に進まない、気持ちが、です。

写真を撮る、ちょっと遠のきそうです。
撮らなくっても焦らないようになっています。
実質、京都は終わった感じもします。
花にチャレンジだけど、これはこれから。
とはいっても、興味的には、つなぎですね。

作家を名乗りはしませんが心のなかは。
けっこう複雑な心境です。
ただ淡々と撮ればいい、なんてわけにはいかない。
自分のなかでの葛藤ですね。
ちょっと区切りの年になるかな。

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宝塚市逆瀬川にある宝塚メディア図書館。
そこへ週に一遍、行くことになって約一年が経ちます。
10年ぶりのことだったから、戸惑いがあったけど。
だいぶん気持ちも通勤にも作業にも、慣れてきた。
たぶん、最後のお招きであるように、思えます。

なんてったって、自分では自覚しないけど、年が。
高齢になるということは、それだけ動きが鈍くなる。
前向きのエネルギーが少なくなってしまう。
このエネルギーは体力に関係してると思うけど。
ふんばりがきかない、集中力がなくなる。

そんななか新しいシステムとして、宝塚メディア図書館。
お呼ばれして、入れてもらえて、とってもうれしい。
人との関わりが、つまり世界との接点になるから。
たぶん、最後のチャンスだと、思えています。
人間、仲間がいないと、淋しくって虚しいものだ。

昨日は光影会の撮影会で越前海岸へ。
今日は京都写真学校の開講日。
なにかと時間が詰まってくると撮影がおろそかに。
京都の写真ももう取材ストップというところ。
気持ちの成り行きにまかせて、ストレス溜めないように。
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ベートーベンの英雄、第三番ですけど、いま聴いています。
聴いているというより、パソコンから流れてきている。
ちょっと違うなと思ってみたら、バーンステインの指揮。
いつもカラヤンのベートーベンを聴いているから。
でも、いま、思い出したけど、高校の時はバーンステイン。
どっちかゆうと派手な大ぶりなイメージのバーンステイン。
いまやどっちでもいいわけですけど。

この徒然日記と愛と癒しのと花のワルツ。
続けて書いたけど、三つのブログですが。
ぼくの個人的な、私的なといっても公的な。
言葉をつらねているブログです、お遊び。
いろいろと使い分けていて、たくさんあるんです。
フェースブックとツイッター、これも使っています。
記事はブログで書いて載せて、SNSへ転送しています。

いちおうブログは、開かれていて、誰でも見れる。
SNSは会員に登録しないと、見れません。
ぼくの発表するものは、すべて一般公開です。
一切の限定はつけていません。
危険とかリスクがあるとか、そうかも知れない。
でもそれ以上のメリットがあると思っています。

ほんとうの日記は、おもてには出せません。
表出する中味は、読んでもらってもいいもの。
匿名にしてないかぎり、やっぱり表面、繕います。
言葉も可能な限りつぶして、文体つくり、します。
文筆家になれなかったけど、しやないですね。
もちろん写真家にもなりきれていませんけど。
今日は、ここまで、久しぶりでした。

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どうも最近は鬱気味ですね。
原因がどこにあるのかわからないけど。
年齢的なこともあるんでしょうか。
ハッピーに、とは思っているけど、いけない。
前向きの姿勢が、後向きになってる気がする。
一人でいる時間が多いからかも。

置いて行かれてる気分です。
時代の波にのれていない。
悠々自適なんていいほうに解釈。
世間から抹消されてしまうんではないか。
なにかくらいこと書いてる。
書くことがなくて、行き詰まります。

外向きのネット中毒にかかってる。
そのように思えるけどやめられない。
ああ、たばこのときも、そんな感覚だった。
やめることは、失うこと、喪失感。
世間との窓口、良きにつけ悪きにつけ。
他者との接点、でもみんな遠いところにいる。

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今日は月曜日、金土日の出来事を書いておこう。
金曜日は、宝塚メディア図書館へボランティア。
この日は大阪府庁へ、以前のWTCビルの38階へ。
NPO法人の件で相談、ということで行った。
かってIMIがあった場所だから、感慨深い気持ちでした。

それから土曜日は、光影会の撮影会。
日本海の舞鶴から高浜へ連れていってもらった。
舞鶴は20年前に単身赴任していた街だ。
引揚記念館、海上自衛隊見学、あじさい園へ。
高浜は七年祭ということで神輿を写す。
神社から海へ、神輿を中心に撮った。

それから日曜日は、京都写真学校の開講日。
受講生が一人となった9年目だ。
カリキュラム等について、いろいろと悩むところだ。
なにかと勉強不足で、「いま」に対処できていない。
最近情報については、そのように思えて仕方がない。

三日間、連続で外出すると、疲れます。
今日は午後から植物園でも、と思っていたが。
いやはや、天気が良すぎて、暑くて自宅待機だ。
自宅待機だと思うことじたいが、老いた証拠だ。
これを書いていて、そのように思う。
というのも、ひところは、だから撮影となったわけだ。

いすれにしてもストレスを感じないように、と。
何事も重荷にならないように、と。
悠々自適、マイペースで、なんて思っているけど。
やっぱり気になることだらけ、凡人だ。
思うように年老いて枯れていけるのかどうか。
外的には高齢者の部類に入った自分だから。


京都で写真を学ぶなら
 <京都写真学校>

徒然日記
2013.3.29~2014.1.14
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3月29日、今年は桜の開花が早いらしい。
気象条件によってるのだと思うけど。
年々桜の開花が早くなってるように思う。
地球温暖化に影響されているんでしょうか。
桜の花はなにかと話題になることが多いです。
桜は日本を代表する花でしょうね。

花の写真を撮っています。
花といっても様々な花があるんですけど。
そうですね、どちらかといえば、和風。
日本とか京都という風土になびいてます。
桜はその代表ですね。
梅、桃、桜、冬から春へと季節は移り、です。

花はやはり女性です。
椿を撮って、牡丹を撮って、芍薬を撮る。
あでやかでつややかな美の世界です。
もちろん美の典型はなにか、と問えばです。
ビーナス、美人画、といったところでしょう。
いずれにしても春、春はうらら、まどろみます。

ここも新しいタイトルにしました。
徒然日記、おおきくは変わっていません。
もうひとつ、アメーバも「徒然にっき」だったから。
同じタイトルはまぎらわしいから。
なにより、いくつもブログをつくっているのがまぎらわしい。
使い古したのは、整理したほうがよさそうですね。
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朝からベートーベンの曲を聴いています。
いまピアノ三重奏曲第7番って表示されています。
CDからパソコンのハードデスクに取りこんだものです。
ウインドウズメディアプレーヤー、ソフトウエアです。
CDからHDに、総計500枚近くをコピーしています。
再生するのにパソコンは便利ですね。
音響のいい大きなスピーカーじゃないけれど。
充分に聴ける音質だと思っています。

パソコンでなにもかも処理できるんですね。
食べること、匂うこと、これはダメですね。
映像を見る、音楽を聴く、文章を読む、この三つ。
かってなら、別々にあったものが、統合されて。
制作するのも、パソコンを使って、します。
以前には、なんていうのは古いですね。
いまはいま、いまの時代に生きてメディアを使う。
スマートフォーンは使っていませんが。

もう65年余りを過ごしてきたこの世のできごと。
時代の変化というか変容というか、様変わりです。
昔はなんてことは野暮なことですけど、すごい時代です。
書店へ行かなくても、読める、見れる、ですね。
そんなコンテンツを世界から集めることができる。
かって書店でしか手にはいらなくて、といったことが。
いまやパソコンとかスマホとかで、手に入れられる。
ボーダーレスな時代、ソーシャルネットワークの時代。

写真を撮っているけどデジタルカメラです。
フィルム時代からみれば、めちゃくちゃ使い良いです。
なによりお金がかからない、魅力です。
この10年をみてもデジカメ環境はものすごく変わった。
1000枚の写真が、90分の動画が、撮れちゃう。
フィルム1本36枚時代には想像できなかったこと。
でも東松さんはこのことを30年前に予測していたみたい。
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おととい10日は平野神社の桜祭りでした。
何年か前に取材していてHPにもアップしています。
今年は、あらためて写真を撮ろうと思ったわけ。
ところが沿道にロープが張られています。
以前にはそんなふうになっていなかった。
もっと自由に写真が撮れた。
昨今のことだから事故防止でしょね。

明後日の14日はやすらい祭りです。
玄武神社のお祭りで京都最古とか。
我が家が氏子になるから自分の祭り。
子供のころから聞きなれたお囃子。
赤い衣を着た踊り手四名若い男子です。
長年この世にいるといっぱい経験しています。
その経験がゆすられて感動しちゃうんですね。

年を取るにしたがって涙もろくなる。
年を取るにしたがって感情が剥き出しになる。
年を取ると扱いにくくなる。
なんてったって年寄は邪魔者です。
生産活動を担っていなくて消費者です。
とかくこの世は住みにくい、漱石?。
ぼくもその部類にはいってきたのかなぁ。
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今日は4月30日、4月の末日。
昨日は奈良、明日香の万葉文化館へ行きました。
万葉集にちなむ日本画と写真展。
写真は荒木経惟氏と繰上和美氏の競作。
いろいろと参考になりました。
写真の現在、どうとらえるか、です。

明日香、飛鳥、その地域へは初めて行きました。
飛鳥寺の釈迦如来像とか、日本最古と書いてあった。
それから高松塚古墳、見に行きました。
明日香村、明るい風景が、暗くはないですね。
文化が育む陽の世界、そんな感じがします。
明日香って字も、なつかしい、記憶があります。

陽といえば陰、この二つのイメージを思います。
ぼくはおととい28日が誕生日で67才になった。
なるべく陽の方向で目をむけていきたいと思っています。
でも、陰、影、日の当たらない処、あるんですけど。
残る時間、残る年月は、陽気にいきたいと思う限り。
表現は、それだけではいけないのかも、なんて思うけど。
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早くも5月の中旬。
昨日は初夏の暑さかと思っていたけれど。
今日は少し寒いくらいの気温です。
毎日、なにをしてるんやろ、なんて。
確かに時間の中で作業をしているわけだけど。
それがいったい、何になるんやろ。

昨日は、稲垣さんとふえろう村塾へ行った。
養豚場で、豚肉、ロースとヒレを買ってきた。
稲垣さんにはたいへん世話になっているところ。
なにかと懇意になって、いい友だち関係。
もう30年来の知り合い、お付き合い。
稲垣さんは、まれにみる美徳の人物です。

釜ヶ崎の運動に身をささげ、闘っておられる。
ぼくなんかとは、その精神力が違うんです。
死ぬときって、なんて話題で言葉を交わしたり。
生きざまのこと、幸福とは、みたいな。
彼ももう70才に近い、ぼくだって67才だ。
老年、それにふえろう村塾の三浦さん。

三浦さんは、少し若いが、後継者をどうする。
なかなか養豚運営、きびしいんやろなぁ。
なにかのご縁で、知りあって、豚肉を買ってあげる。
ふえろう村塾で写真を撮って、なにに使うかはこれから。
連帯フェスタでは、ハンバーガーの店をだしてた。
来年も、また、連帯フェスタが、行われるのでしょう。

人との縁、ぼくはそんなに多くの人はいない。
長澤さん、岡田さん、稲垣さん。
懇意な人って、こんなところでしかない。
利害をもたない関係にして、長続きさせたい。
もう、あと、残すところ、どれだけなのか。
なにかと思うこと多いけど、時間がない。
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雨が降ってきました。
日曜日、午後4時前、中途半端な時間。
第三番「英雄」のこれは第一楽章。
オーケストラの音がパソコンからでてきます。
マルチタスク、1980年代にそんな言葉を読みました。
パソコンからスマホの時代になって、ますます便利に。
世の中、革新、革新、革新だらけ。

カメラはデジタルになって、コストがかからない。
かってフィルムを使って撮影してた時代。
まあ、あと処理に時間がかかる、経費がかかる。
それからみたら、デジカメ、夢のようです。
フィルムと比較する向きもありますがナンセンス。
そんなの時代とともに劣化していく論議です。
フィルムはフィルム、デジタルはデジタルです。

キャノンG1Xって機種を使っています。
その前はキャノンG11、G1Xの方が画質はいい。
でもG1X、接写が使えないから、G11も使うはめに。
微妙に操作方法、露出などが違うから、戸惑う。
新しい機種が、確実に進歩してる、とは言えない。
これは、個人の趣向と進歩がかみ合わないときです。

上位機種の一眼カメラが恐らく性能的にはいいだろう。
でも撮影する対象によって、最適なカメラを使わないと。
まあ、スナップ写真では、G1Xが使い良い。
確実にピントを合わせるためには、手動が必要。
でも、オートに馴れたら手動なんてめんどくさい。
シャッターを多く切って、そっからピントが合ったのをえらぶ。
そんなふうにカメラを使って、カメラマンしています。
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京都で写真を学ぶなら
 <京都写真学校>

徒然にっき
2012.10.2~2013.3.18
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写真家東松照明さんの訃報に接す。
2012年12月17日、沖縄の病院にて死去。
死因は肺炎、82歳。
人間は死ぬ、いつの日にか死ぬ。
1930年生まれの東松照明さんでした。

彼が京都取材のために京都へ来た1981年年末。
1982年の正月、京都に来てた彼から電話があった。
三条河原町の六曜社で待ち合わせ、午後9時。
それが東松照明さんとの最初だった。
その後三年間、京都取材が終わるまで取材に同行した。

ぼくの最近は京都をテーマに写真を撮っています。
先輩東松照明さんの京都を意識しないわけはありません。
桜にしてもそうでした。
東松さんの「桜」は、風景を取りこみます。
ぼくは、桜の花そのものをクローズアップ。

彼の京都は有名人を撮って並べる。
ぼくは無名の人を撮って並べる。
いえいえ、彼には及ばないかも知れない。
ただ、通りすがりの彼とは違う、ぼくは地場です。
通りすがりの方がいい写真が撮れるかも、とは彼の弁。

三年間、二人だけのワークショップ、セッションをしてもらった。
西井一夫さん、平木収さん、東松さんを通じて、知った。
東京のマンション、代々木、中野、千葉の一軒家へ、赴いた。
妻と一緒に千葉の家へ行ったのは1994年だったか。
思い出尽きない東松照明さん、ありがとうございました。
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このまえに東松照明さんの訃報にふれました。
弔いの気持ちを持ったまま、あれこれ考えていました。
そうしているうちに大島渚さんの訃報です。
大島渚さんとは、ぼくは直接の面識はありません。
でも映画監督として興味ある方でした。

若松孝二さんでしたね、そのころエロ映画の監督。
そうゆうことでいえば大島さんは「愛のコリーダ」。
DVD版で見たけど、これには影響受けます。
愛欲シーンがたっぷりあるじゃないですか。
刺激的な映像、色彩もまた、素晴らしい。

ぼくの人生、その年月の長さは66年強です。
いつのころからか文章や写真や映画の濡れ場に興味を。
ぼくのできないもうひとつの表現世界だと、思ってきました。
そのころの作家さん、おおむね性の解放運動。
人間の本能、欲望、満ちる情と欲、その世界です。

東松照明さんだって、本音、撮りたいと言ったんです。
でも、作品の流れ上、作品にはできなかったと思う。
縛りやりたいねぇ、なんて酒の場で聞いた。
京都を継続されておれば、その領域に至ったかも。
いすれにしても、彼らは逝ってしまわれた。

残された者は、何をと思う。
その継承者たらんとするかぁ。
ねじまげて継承しないと二番煎じだ。
東松さん、大島さん、ありがとうございました。
三辺さんのお葬式の時、大島さんに会いました。
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冬はどうもこもりがちになっていけません。
こころが萎えるってゆうか、鬱になるってゆうか。
外の世界がこわいようにも思えて、おびえています。
自分のいる場所が、明確にならない感じです。
分裂してる、自意識とか、視線とか。

過去の文章をあらためて書き起こしています。
デジタルデーターにするための作業です。
没頭するというほどではないけど、時間をかけてる。
昨年のいまごろに、フィルムスキャンを買って一年。
釜ヶ崎、京都、とフィルムをスキャンして、いま白虎社。

フィルムで撮っていたころのこと、思い出します。
1977年ごろから本格的に撮りだして1984年に終わる。
自分の写真をといえば、釜ヶ崎、労働者の写真。
いま、ブログに、アルバムに、発表しているところです。
まだまだ、これからの作業になると思います。

それらと並行して、その当時に書いた文章を再録。
むくむくアーカイブ<物語と評論>目次ページ
いま、写真行為とは何か、現代写真の視座1984、写真への手紙・覚書。
いくつかの残りを、これからも再録していくつもり。
まあ、命あってのことだから、いましかできない。
そのように思っているところです。

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ウエブ上で写真集を構成しているところです。
この写真集には、HPで、ブログで、フォトアルバムで。
フォトアルバムは、容量が大きいから、使いよい。
ぼくの場合、キャノンとニコンのアルバムを使っています。
カメラメーカーのアルバムの他に、ピカサとかも使います。

最近、昨年はキャノンのアルバムがリニューアル。
今年になってニコンのピクチャータウンがリニューアル。
ニコンイメージスペースということになった。
容量がニコン製品を使っているから20ギガにアップできた。
ところがアドレスが変わったから、組み直しを迫られて。

ウェブ上で提供されるフォトアルバム。
パソコンとかウエブの環境によって変更される。
バージョンアップだから、文句はいいません。
それを承知で利用させていただいているから。
時代の要請、最新の形になっていくんでしょう。

写真のアップ枚数、京都関連一万枚を超えた。
2003年末からはじめたデジタルカメラでの撮影。
それらをウエブアルバムに収録して公開していきます。
かって1980年前後に撮ったフィルムのスキャン。
スキャンをはじめて一年になります、これもまとめます。

作家を名乗っていませんが、作家しています。
テーマは京都、どのように撮って表現するか、です。
今年になって、ふたたび京都撮影にチャレンジです。
東松照明さんの京都ではない「京都」です。
67歳になる今年、もう少し頑張ろうと思う。

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二月が明日でおわっていきます。
早いですね、日々過ぎるのが、とっても。
意識するから、よけいに早く感じるのかも。
少年の頃は、そんなに年月を数えることもなかった。
未来がいっぱいあって、数えきれないんだね。

最近、未来において、なんて数少なくて。
過去が、どうだったのかとの、懐古趣味。
昔を懐かしがるわけではないけれど。
生きてきて、生きてる証をなんて、キザに思う。
そうそう、井原西鶴、どんな男子だったのか。

元禄六年、五十二歳で逝去したとゆう西鶴さん。
浮世草子、写実小説だとゆうじゃありませんか。
ぼくは、古典読めないから、解説書で読むだけ。
写実といえば、写真じゃありませんか。
リアリズムとでもいえばよいか、写実主義。

その時代、浮世絵とか浮世草子とか、浮世もの。
歌舞伎も浄瑠璃も、浮世のこと。
浮世とは、この世のこと、生きてるこの場。
いよいよぼくだって、老いの境地に至らないと。
いつまでも浮世では、死にきれないよなぁ。

<京都>を作品に仕上げようとの無謀な試み。
写真をもって作るから、その時代の絵巻物風。
21世紀洛中洛外光絵図、なんてサブタイトルで。
写真集<京都>を模索しつつ制作中です。
エンドレスですねこのテーマは、いつまでも中途半端です。

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あれっ?、徒然にっきがここにもあった。
アメーバの花のワルツってブログで連載中。
ここは、ブログの名前が、徒然にっき。
吉田兼好さんの徒然草からの引用です。
ピアノの曲、ベートーベン、ワルトシュタイン。
その第二章ですが、ここでは音を再現できない。

パソコンに取りこんで、メディアプレイヤーで聴いています。
なかなか、いい音で聞こえますよ。
田舎では大きなスピーカーで聴くときがあります。
やっぱり、音質が違うけど、これはこれ。
なんといえばいいのか、こころむしられる。
ピアノの曲には、けっこう思い入れがあるから。

最近のことですが、けっこう忙しい?
作業を抱えすぎてるのかもしれない。
此処へは、なかなか来れない。
文章書くのが、なかなか重いんです。
別バージョン、小説については精力的に。
つまり、興味の対象が、いまは、別にある。

来月満67歳になる。
自分で信じられない。
体力落ちてきた、老体になってる。
でも、気持ちは、どうなんやろ、変わった?
精力なくなって、エロさもなくなった?
ほんとかなぁ、ここでは真相を語れないけど。

なんやかやゆうても、真相を語れない。
言論の自由とはいっても、枠がある。
ネットは公共の器だから、ガイドラインに従う。
しかし、こころは、いつも逸脱していくんです。
井原西鶴、ベルメール、モリニエ、谷崎、永井。
なんてったって、文学者であり芸術家ですね。
ぼくもその境地へ行きたいです。

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視力が落ちています。
この時間、この作成画面の文字が見えにくい。
使いすぎなことは、わかっているけど。
パソコンの画面を一日何時間見てる?
ほぼ12時間、そんなにも見てないけど8時間以上。
やりたい作業がいっぱいあるから、です。

4月に出品する展覧会の写真をまとめる。
フォトコンプレックス第五回展です。
USBに入れて、パソコンで見せる。
12作品全部を混合して、流す。
スライドショーするのに、今年はパソコンで。
まえのバージョンのパソコンがあるから、これ。

IMIOBの三木さん、葛城さんが作ってるフォトマガジン。
港さんと勝又さんが作家、三木さん編集、葛城さん発行人。
東京発、新しい試み、料金は月600円+消費税。
毎週木曜日にメール配信される、というもの。
カード決済ではなくて、特別に振りこみにしてもらった。
ネットでクレジットカードを使いたくなくて、です。

寫眞、その他のアート潮流、その現状をどうつかむのか。
ネットで情報が得られるとはいえ、やっぱりこの目で見る。
いま宝塚にあるメディア図書館へ、毎金曜日、行ってる。
そこには情報がいっぱい、それを体感します。
情報は魔物で、知る必要があるのかないのか。
なくても良いけど、なければ何かしら不安になる。

あれから10年を超えた。
あたらしい流れがぼくのまわりに起こっている。
昔の知り合いと会うだけが目的ではなくて。
功名心を得たいと思うわけでもなくて。
なにかしら、得体のしれない空気が、ぼくを連れて行く。
あと何年、このようなことができるのだろうか。



 京都で写真を学ぶなら
 <京都写真学校>


徒然にっき
2012.10.2~2013.3.18
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12月になると、気持ちがあわただしくなります。
世間があわただしくなるからかも知れない。
なんとなく、そわそわ、落ち着かない。
今年なんか、総選挙っていってるから、なおのこと。
じつは60歳になるまで、選挙へは行かなかった。

20歳になった時の最初の選挙には行った。
それ以来、選挙に行かなかったけれど、心変わり。
体制から逃れることなんてできないんだから。
せめて権利を行使して、義務を果たそう。
そう思ったわけで、心がとっても従順になった。

年金生活がベースにあって、それに依存してる。
基本的に、日本国国民として、権利義務を行なっている。
なんだかんだと言っても、しょせん枠の中。
なんとか楽して生き延びよう。
それが生活の知恵というものだ。

気ままに、好きなこと、好きなように、したい。
ストレスのたまることはしたくない。
正義の味方なんてちゃらちゃらおかしくって。
悪の華みたいな、あだ花、せせら笑って、なんて。
遠回りしながら、人生の最後のあだ花、咲かせようか。
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12月になると、気持ちがあわただしくなります。
世間があわただしくなるからかも知れない。
なんとなく、そわそわ、落ち着かない。
今年なんか、総選挙っていってるから、なおのこと。
じつは60歳になるまで、選挙へは行かなかった。

20歳になった時の最初の選挙には行った。
それ以来、選挙に行かなかったけれど、心変わり。
体制から逃れることなんてできないんだから。
せめて権利を行使して、義務を果たそう。
そう思ったわけで、心がとっても従順になった。

年金生活がベースにあって、それに依存してる。
基本的に、日本国国民として、権利義務を行なっている。
なんだかんだと言っても、しょせん枠の中。
なんとか楽して生き延びよう。
それが生活の知恵というものだ。

気ままに、好きなこと、好きなように、したい。
ストレスのたまることはしたくない。
正義の味方なんてちゃらちゃらおかしくって。
悪の華みたいな、あだ花、せせら笑って、なんて。
遠回りしながら、人生の最後のあだ花、咲かせようか。
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師走、12月、今日はその13日目、木曜日。
一年の過ぎるのが早く感じます。
毎日、こうして、パソコンに向かっています。
単調な日々だから、早く感じるのかも知れない。
今年66歳、来年67歳、自分で信じられない。

今年は、7月だったかに、宝塚メディア図書館へ。
目下、毎週金曜日に、通っています。
いつまでも続けているわけにもいかない。
引き際を思い描いて、どうしょうかなぁ、です。
いま、いちばんの懸案です。

陶芸は6年目かなぁ。
ちまちまと月に2回ほど、通って続けています。
自分が使う食器のほぼ九割が自作の食器。
ここまでこれたとは、自分でも驚き、継続の結果です。
自分と他者、いい関係だけ、これからはそれでいこう。

京都写真学校、これは9年目を迎えます。
来年の入学問い合わせが今のところない。
毎年、問い合わせが少ないけど、開講できている。
不安だけど、開講できるかどうか、です。
入学者がなかったら、開講できない、ということです。
そんなこんなで、一年が終わっていきます。
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毎年のことながら、この時期、気が急きます。
大晦日まであと一週間。
それから新年です。
2013年、平成25年。
もうそんな年になるんですね。

記憶をたどっていくことが多い昨今。
同窓会の集まりで、昔の美男美女に会う。
いまも美男美女だけど、老齢者になった。
淡い、十代のころの思い出が通り過ぎます。
今年は、そんなことで思いにふける。

もう会えないと思っていた人に巡りあう。
まだ巡りあっていない会いたい人もいる。
人のつながりって奇妙な縁ですね。
けっきょく、つまり、ひとは一人で生きれない。
同好の集まり、写真、これも人との交流。

それでいいのだ。
人と接することが、社会とのつながりです。
接せられるということが、ラッキーなことです。
いくつかの社会と接しているけど、大事にしよう。
なにかのご縁、なんて、いいじゃないですか。
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2012.12.28
総選挙が終わって、自民党が独り勝ち。
なんてこった、このざまは、って感じです。
元の木阿弥、元に戻った、とは言ってないけど。
何の変化もないままに、継続されていく世の中。
そんな時代に、どのように生きるのか。

ぼくなんかは、もう社会人終えて隠居の身。
なんだかんだで年金生活、これで確定。
だから、もうあくせくしない、のほほん生きる。
でも、まだ、稼いで生活をしていく人は大変。
先が見えないから、それに辛い時代です。

自分が生きてきた年月、その中にあった辛いこと。
いやいや、いろいろ、ありましたよなぁ。
でも、過ぎ去ったこと、いまは悠々自適です。
あとは消えゆくまで、なにをするか、です。
パソコンで、カメラで、遊んでいる自分。

社会との接点が、少なくなってきているから。
社会との接点を、大切にしていきたい。
時代感覚でいけば、生活実感が乏しい。
流動的な世の中に、自分を泳がせている。
はたして、これでいいのかと、問うこともなく。




 京都で写真を学ぶなら
 <京都写真学校>


徒然にっき
2012.10.2~2013.3.18
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最近の出来事では、政治の世界、党首が変わった。
政治のことは、ブログでは触れないようにしています。
でも、まあ、なんていえばいいのか、だましですね。
ぼくなんか、もう年金生活だから、左うちわ。
なんて思っていたら、年金だって変動するんですね。

まあ、いいや、生活していけるから。
かって働いたおかげで、年金積立したから。
いま、三カ所から年金もらっています。
国家公務員共済、私学共済、厚生年金です。
フリーター諸君ぐらいの収入です。

内閣総理大臣は民主党の野田さん。
昨日、内閣改造で、メンバーが入れ替わった。
もう、どうでもいいけど、嘘つくの、やめてね。
恥ずかしいこと、しないでください。
嘘ついたあかん、これ子供でも知ってる。

なんか、こんな話題は空しいです。
だから、そっから逃げて、愛の話しとか。
愛と癒し、なんて内心、笑いながら、ですけど、
政治とか経済の話しをするより、癒されます。
なんとか、ならへんのかなぁ。

では、また。
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今年ぼくの年齢は66才。
もう老体だけど、最近の感覚では、まだ若い。
若いといっても、この先、知れてる。
なによりも、このままの健康を維持できるか。
いつ切れてもおかしくない年齢だと自覚します。

ここにこうして文章を書いている。
このことが突然できなくなるということが。
そういうことでいえば、いつも刹那です。
わかいころには、年老いの実感なんて知る由もなし。
年相応なんてゆうけど、それなりに老化が進んでいる。

健康保険は、三割負担だけど、行政が二割負担してくれる。
つまり、ぼくは、65歳をすぎて、収入が少ないから、減免処置。
なるべく医療費は使わないでおこうなんて思っているんですけど。
高い保険料払っているから、使わにゃ損損なんて思う。
年金収入の一割が健康保険料として払ってるかな?

こんな現実的な話をしても、生産性低いですね。
さりとて、理論、理屈なんて、もう御免こうむる。
感情、これは豊かにして、喜怒哀楽、感じたい。
生き方そのものが、変わってくるんですね。
つまり社会生活に生産活動に参加してないからか。
むつかしい話は、しないでおきましょう。

でわ、また。
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ノーベル賞の発表があって、京大の山中教授が受賞。
とっても喜ばしいことです。
昨夜から今日の朝は、この受賞ニュースでいっぱい。
ぼくなんかやと、大江健三郎さんの受賞が浮かびます。
でも、大江さんの名前、出てきませんねぇ。
ニュースのなかで川端康成でてきたけど、です。
まあ、それぞれ、放送意図があってのことでしょうかね。

すっかり秋。
さわやか、いいお天気、朝なんか肌寒い。
古いフィルム、ネガをスキャンしています。
釜ヶ崎のスキャンが終わって、いま、京都。
スキャンしてデジタル化して、アルバムにする。

フィルムからデジタルへ、です。
記録の方法が、媒体が、変わっていきます。
発表の方法も、変わってくる筈です。
ギャラリーで展示から、ネット上で展示へ。
発表媒体の枠が拡がるってわけですね。
これからも、ハード環境はまだまだ変化しますね。

テレビモニターが、薄型になって、廉価になる。
額装のプリントから、デジタルデータ表示へ。
写真のギャラリーは、展示する方法が変わる。
展示内容を支えるハード環境が変わる、が正解。
あたらしい時代がきて、新しい表現方法も来ます。
まあ、欲望を満たす道具として、昔の比ではないですね。
この内容は、また。
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2012.10.19
岩波講座「哲学」を少しずつゴミに出しています。
1968年から配本された全18冊。
ぼくの手元にあった岩波講座の最後です。
日本歴史、文学、それにこの哲学です。
まあ、もう、ぼくは哲学はいらない。
そんな感じですね。

だんだんと学問の成果とか、受けてるけれど。
いまさら、学問なんて、いらないと思ってる。
ただし、感覚的には、研ぎ澄ましておきたい。
といいながら、感覚だって鈍ってくるってもんだ。
いやいや、多感な頃に受けた感性が、そのままだ。
だから、時代が変われば、感性もかわる。

考え方とか、構想力とか、想像力とか。
これらだって、その時代の空気みたいな感受性。
そっから生じてくるんだ、としたら。
やっぱり、年代が変わると、これも変わる。
そう思うと、老体は、いまの若い人とは、ちがう。
いつも、若い世代の感性が、中心です。

もう30年とか50年とか、年齢の差。
一世代15年区切りだとすると、です。
そうすると、二世代、三世代、違うことになる。
つまり、理解しあえない、感性の交換ができない。
本当か嘘か知らないけれど、ぼくは信じない。
信じないけれど、本当のような気がする。
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寒くなってきて、ストーブ入れだしました。
ぼくの部屋には、灯油ストーブ。
灯油の値段が上がって、㍑95円とか。
ひところは、電気よりガスより灯油が安い、と。
どうなんでしょう、いまなら、ガスが安かったり。
必要経費だから、しかたないけど。

電気の節約ということで、夏にトライした。
関西電力からクオカード1500円分送ってきた。
節電トライ、昨年比11%でした。
そういえば、昨年の夏は途中から節電モード。
昨年に節電したあとの節電だから。
昨年同月比5%ほど減でした。
6月が26%ほどの節電になっていたから全体で11%。

まあ、まあ、電気を使う生活になっている。
なんでも電気を使うようになってきている。
ひところの電気消費に抑えれば、いいのに。
便利な便利な電気、なんてほんとかな?
これから先、これでいいのか、と思う。
政治も含め、これでいいのかなぁ。
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まあ、無責任に生きよう、なんて。
だいたいここのタイトル、徒然にっき。
これがイージー否めない。
タイトルないのと同じですよね。
それと写真を貼り付ける。
写真もイージー極まりない。

文章書くのは、面倒です。
でも写真は、とってもイージーです。
撮って、パソコンに吸い上げて、保管。
選択して、処理して、保存しておきます。
ブログなんかに使うときはここから出す。
写真は、とってもイージーだ。

イージーさが売り物の写真。
だれでもカメラマン、写真家。
携帯、スマートフォーン、デジカメ。
高級一眼なんて、いらない。
コンパクトデジカメを使っているぼく。
今年は、写真集を12冊を作っています。

ますます写真を作ることが簡単になる。
そうなると苦労して作ることに意義がでてくる。
苦労して写真をつくる、手作り。
なんか、手間と価値は、相関関係になるのかも。
そういえば会席料理だって、そのようだ。
苦労して、時間をかけて、写真を作ろう、ですね。
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音楽、おんがく、さまざまな音楽ジャンルがあります。
ぼくは、クラシック派でしょうね。
表向き、公式には、クラシック音楽。
バッハ、モーツアルト、ベートーベン。
それに最近は、ヘンデル、ハイドンが加わった。
つまり西洋音楽の古典派の作曲した音楽。

小さいころから、ピアノとかに興味があった。
学科の中で、音楽は得意な科目でした。
中学ではブラスバンド、クラリネット。
中三のときには、パレードの指揮をしていた。
高校では、二年の時にブラスバンドを作った。
高校を卒業して十字屋に入社した。

音大へ行きたいと思っていて、ピアノを習った。
二年間、二十歳になるまで、ソナチネまで弾けた。
そうして、その後は文学へとすすんできました。
音楽は、ぐるっとまわってベートーベンに帰り着きます。
演歌も好きですね、日本の演歌、ぐっときます。
西洋音楽のほうは、ぐぐっとくることはないですけど。

かって買いためたCDから、パソコンに取りこんで聞きます。
宝塚メディア図書館にあるクラシックCDから、コピー。
畑由美子さんが所蔵されていたCDであります。
なにやかや、パソコンに取りこんで聴ける。
たまにオーディオで聴くと音響はやっぱり、いい。
でも、便利な時代になったものだ、パソコンです。
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もう30年以上も前のことになるんですね。
釜ヶ崎を取材していたころ、1980年前後。
いまも、稲垣さんとは懇意にしてもらっています。
今日、京都まで来てくれました。
デジタルビデオのSDカードからDVDデスクに転写。
ぼくは、初めての経験だけど、できました。

釜ヶ崎の職安、あいりん職安ですけど、就職斡旋しない。
そのことに対して、問題化しているのが稲垣さん。
その稲垣さんの闘志というか、継続の強さに敬服します。
いやはや、40年、釜ヶ崎でがんばっておられます。
炊き出し、もう40年も続けられているんです。
なかなか、できることじゃないですよ、ほんと。

そんな稲垣さん、昨日、いっしょに「ふえろう村塾」へ。
ふえろう村塾の代表はいま、三浦さん。
どうも昔釜ヶ崎で会っているようです。
ふえろう村塾。
養豚で、豚肉をつくって、販売しています。
それは経済の商売のことで、ほんとうは。

本当は、コミューン建設、仲間、共同体。
ぼくらの世代、その上の世代が、ある意味、理想とした。
それが、いま、ぼくの目の前に、現われ出てきたんです。
なんだか、縁というか。
別に関係ないといえば関係ないんですけど。
仲間っていっても、ぼくなんか、ちゃらんぽらんやし。

なにかしら、最近、昔がよみがえってきている感じ。
宝塚メディア図書館にしても、です。
この時代、人間の関係が粗末になっている時代。
それなのに、結ばれていく感じは、うれしいかぎる。
呼ばれたら行きます、呼ばれないところにはいきません。
これが処世術、ラッキーな処世術だと思えています。
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-9-

写真図書館がオープンしたのが1992年でした。
それから20年が経過しました。
やっぱり長い年月です、20年、ふた昔。
いま、宝塚メディア図書館という名称です。
NPO法人になってから10年少しが過ぎたところです。
南森町から中津、南港WTC、万博公園、そして宝塚。

なによりの功労者は、畑祥雄氏です。
ぼくが所有の写真集等と畑氏が所有の写真集&カタログ。
この二人の所有物を公開したのが、写真図書館。
それから、ぼくは写真の専門学校の副校長になりました。
これも畑氏のあっせんによって実現したものです。
良くも悪くも、ぼくはその世界へ本職として踏み出した。

いま、宝塚メディア図書館へ来ています。
この7月中旬から毎週金曜日に来ています。
今年度いっぱいは、来てみようと思っています。
いろいろなころがあったから、思い出します。
この思い出すこと自体が、ナマしいこともあるから。
良し悪し、いろいろ、思うところです。

IMI、インターメディウム研究所、いまや昔のこと。
そこを最後に、退職してから早10年が経った。
大石氏と先ほど顔を合わせました。
OICP写真学校の校長さん、スタジオの経営者でした。
ぼくの年齢がただいま66才、大石氏は少し上、畑氏は少し下。
いずれも、還暦過ぎた年代です、この先は、いかに。


 京都で写真を学ぶなら
 <京都写真学校>


徒然日記-1-
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-1-

2012年7月10日。
これが今日の日付です。
暦ってゆうものがあって、それにしたがって年をとる。
混沌とした世界イメージから、クリアーで透明な世界。
その透明な世界を、区切っていく暦。
自分には自分の区切り方がありますね。

ひとそれぞれに、個別、そのひとだけの体験の連なり。
ぼくにはぼくの、あなたにはあなたの、個別。
その個別の体験を、整列させてくれるのが暦。
ぼくなんかもう66年も生きてるから、それなりに長い。
履歴ってゆうのも、けっこうたっぷりあって、いろいろ。
個人史なんてこと目論んだって、なかなか出来ない。

あれこれ、過去のことを書くのは、おこがましい。
今と未来について語ろうと思う。
ところが、どっこい、すぐに過去を語りたがる。
過去を語るってゆうのは、おおむね自慢話。
そんなの、だれも聞いてくれへん、って。
といいながら、過去にこだわってしまう習性がある。

年寄りは、老い先短いから、長い過去を語りたがる。
小学校や中学校の同窓会なんて、半世紀も昔の話。
あたかも、いま現在のように、語っています。
時代がちゃうやろ、めちゃくちゃ違うやろ、半世紀やぜ。
年と共に、時代区分とか、年月とか、関係ない感じ。
ふうううっと空へ舞いあがって、いってしまう、そんな感じ。
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-2-

2012.7.11(水)。
ここをぼくのメインにしようと以前から思っていました。
でも、なんていうか、扱いにくいんですね、なんとなく。
それにアクセス数も少ないんです。
ほかにアメーバーとか楽天とかのブログもあります。
でも、まあ、なんてゆうか、ここがメイン。
というのも、いまプロバイダー契約は、ここですから。
そのほかは、ぜんぶ、無料で使っているんです。

無料で、といえば、ブログにしろホームページにしろ。
それからアルバムですね、これも無料。
無料であることは、広告がついてくる。
広告をつけて、走ってるみたいなもんだ。
ええ、宣伝してあげてるんです、お礼に、です。
いいじゃないですか、そうゆう世の中だから。

でも、無料で作ってるホームページ。
これは、更新しても、なかなか画面が変わらない。
遅いときには、数週間とか、それ以上とか。
うたい文句は、500メガまで、とか、1ギガまでとか。
そんなの、たしかにそうかも知れんけど。
100メガ超えてしまうと、使えないと言いながら。
使っているんですけど、その奥には、有料がある。

保険とかサプリメントとか、勧誘電話がかかってくる。
原則、いや全面に、電話勧誘は断ります。
その奥に、なにがあるかわからない。
悪徳業者がいるかも知れない、だから。
ぶっそうな世の中、信じられない世の中。
なんか、そう思うと、この世の中、どうにかならないか。
そんなこと、思うこと自体、もう、つまらない。
でわ、また、愚痴を書いてしまいました。
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暑いさなかですが、ここにいます。
30年前撮影の釜ヶ崎、そのスキャンが終わった。
大阪梅田界隈から釜ヶ崎の奥まで、6年間の撮影。
1978年から1983年ごろまでです。
まだ、最後のスキャン分、五千カットは、未整理。
これから、セレクトして、修正して、まとめます。

スキャンしながら、画像を見て、思い出すことしきり。
いっぱい思い出が詰まっていて、甦ってきます。
写真とは、そうゆう存在なのでしょう。
記憶を甦らせてくれます。
一段落、そんな気持ちですが、次は京都です。
京都、西陣、釜ヶ崎の後半と平行して、取材したネガ。

釜ヶ崎も京都も、いまにつながっています。
1984年からフォトハウス構想を立てて、実行。
これもいまにつながっています。
なんかしら、人生って、けっこう連続している時間だ。
時間といえばスパンが短い感じ、年月がふさわしい。
年月、生まれてきてこのかた66年がすぎた。

一昔なら、もう人生が終わっていた年齢ですね。
それがいまや、まだまだ終わらないじゃないですか。
でも、いつ終わるわからない、これ実感です。
ぐるぐるまわる回り灯篭、幻、そんな光景が、目の前です。
まもなくお盆、今年は、どうするんやろ。
まだ、未定、取材するかどうかも、未定。
父親の一周忌をしてあげないといけません。
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むかいのおばさんが亡くなられた。
99歳と半年、来年早々には100歳という。
長寿、ほんとに長寿の時代。
ちょうどお盆が近くなって、霊を迎える頃。
ぼくは、無神論者のつもりだったけど。
今は、信じてないけど、不思議、霊感とかはあるかも。

人間って、柔くって脆くって浮き沈みする感情です。
それにからだ、肉体ってのがくっついている。
肉体が先で、感情はそのあと、肉体ありきですね。
そんな肉体を意識しだしたのは、最近のことです。
老いていく自分、年寄のからだになっていく自分。
精神だって、からだの老いにしたがっている感じ。

若さの残滓が、もう初老でもない自分をせめます。
つくづく、肉体があって、精神があることを実感です。
でも、物忘れしたり、想像力が弱ったりしても、です。
意識が広がる、高みから見れる、なんでも許す、みたいな。
ふわ~っとした、ああ、これが仙人の境地なのか。
なんて、少しだけ、思えるような感覚もある。

性欲、食欲、何々欲、人間って欲望のかたまりだ。
その欲望が希薄になっていくってのが老いかもしれない。
だいぶん、そういうことでは、希薄になってきたと思う。
ひとのためになるのなら、できるだけのことをしよう。
必要としてくれる人がいるなら、尽くしてあげよう。
なんかしら、仙人の訓示みたい、笑えちゃうね。
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お盆が終わった。
いつもお盆の時期になると写真取材のことを思う。
お盆行事を追って、夢幻舞台を制作するためです。
夢、幻、その舞台。
舞台とはこの世のこと、夢と幻のこの世。
今年は、どないしようかなぁと、迷っていたけど。
8月7日、六道まいりの道を、撮影した。

思い起こせば、もう30年ほどまえのことです。
写真と文章を載せた夢幻舞台って小冊子を出した。
その年、瀬川恵美って子が、亡くなったその鎮魂。
昔、撮ったフィルムをスキャンしているんですが。
その瀬川恵美、出てきたんです、かなりの枚数。
ほとんど記憶になかったフィルムに、驚きました。
昔のことを、記憶をたどって、まとめようとしています。

66歳になって、いまならできる、そんな気持ちです。
まあ、4~5年、70歳前後、これが目安ですね。
それと最近また文章を書けるようになってきたみたい。
文章を書く循環ってのがあるんでしょうかね。
ここ数年、あんまり文章が書けなかったのに。
そのぶん、写真が撮れなくなった。
被写体に迫れない、距離をとってしまう。

父の一周忌の法事をすませて、やれやれ。
気にかかることは、一応クリアーした感じ。
あとは、ちまちま、好き勝手に、できたらなぁ。
宝塚メディア図書館、SVTPにボランティア。
畑さん、中島さん、あとは若いスタッフばかり。
関西写真史を書くのに、刺激をもらえそう。
お人好し父ちゃんの登場、でいいんじゃない。
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あれから11年目、2001年9月11日、思い出しました。
ニューヨークのWTCビルへ飛行機が突っ込んだ日。
午後10時過ぎ、タクシーのなかで声のニュース。
自宅に入ってテレビの画面、二機目が突入するとき。
テレビでライブ、目撃しました。
なにが起こってるのか、わからなかった。

翌日の早朝には、関空からグアムへ家族旅行。
家族は準備をして、MKが迎えに来るだけ。
JTBへ問い合わせると、飛行機、飛ばないとのこと。
旅行中止、そうやったなぁ、思い出します。
前便は、着陸できず途中で関空へ戻ったとか。
でも、具体的な悲劇性は、伝わらなかった。

悲劇であることは、感情がゆすられてくること。
時間の経過とともに、何とも言えぬ滅入り感を意識します。
1年半前のあの地震と津波。
悲惨さは、映像見るたびに、いまもって甦ります。
テレビとか、見ちゃおれないから、逃避します。
人が死ぬなんて、耐え難い気持ちになります。

まあまあ、ほんとに、わが身でなくてよかった。
こんなこと言っちゃあかんと思うけど。
ほんと、悲しい出来事、自分の家族でなくてよかった。
せめてもの追悼は、こころのなかで、行います。
ぼくは悪人じゃないです、善良な市民です。
ほんとです、閻魔様。
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世の中の動き、あわただしいです。
すべてリセットして、戻ればよろしい。
どこまで戻るかって?
そうやね、縄文時代あたりまで!
そしたら、みんな幸せな気持ち?

気持ちでいえば、30年前くらい昔。
それでも1980年、それなら半世紀前。
それやと1960年、長生きしてるよなぁ。
縄文時代に戻るというのは比喩ですけど。
何もない、目の前に食べ物だけ。

そんな時代が来るような予感。
まあ、実質、はりぼて捨てたら、それだけ。
からだと、着るものと、食べるもの。
それに寝るところ。
男には女が、女には男が必要。
それぐらいシンプルにしないとあかん。

そんな夢ばっかり見ている昨今。
どっちゃみっち、金なんてない人生。
これから、どうしようか、生きる中身。
お金ではない、価値観、ああ、無情。
言葉知ってるから、こんなの書いてる。
突然ですが、バッハ、いいですね。

徒然に
 2012.3.4~2012.9.14
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徒然日記にあやかるわけで、タイトルを「徒然に」とした。
2012年3月4日、きょうの日付です。
東日本大震災から一年、2011年3月11日。
この最近、一年ってゆう単位が、非情に短い。
年取ると、年月過ぎるの早し、というけどほんとですね。
あれよあれよで10年が過ぎる。
中学校を卒業して半世紀が過ぎた。

今朝、ブラームスのハンガリー舞曲集を聴いていた。
聞き覚えのある音の連なりが、思い出をよみがえらせる。
思い出をよみがえらせる光景より、感情、感覚、ですね。
なんといえばよいか、ノスタルジックな感覚とか。
その当時の感覚ではないと思うが、その感覚とか。
いろいろ思い出すこと、いっぱいあります。

思い出は、思い出だから、いまさらどうすることも。
いやな思い、いい思い、全部含めて、いま、ここに、いる。
まだ五体満足、あたまがちょっとボケてるかな、くらい。
いつまで続けられるんやろ、これが不安種です。
過ぎ去ってきた時間からみて、あと少ししかない。
そう思うと、整理しておくことは整理しておく。

釜ヶ崎というところに撮影に入ったのが1978年ごろ。
それから35年近くが経ってしまいました。
稲垣氏の勧めで、ネガを掘り起しています。
フィルムスキャナーでスキャンして、調整して。
釜ヶ崎ドキュメントとして、まとめています。
全駒からピックアップしたのをランダムにならべています。
いつまでかかることか、はじめています。
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あれから一年、早くも過ぎ去りてきました。
東日本大震災のニュースでにぎわっています。
被害にあわれた当事者の方の心中を察します。
身内を失われた方のこと、思うだけで、切なくなります。
でも、一年、過ぎていく、過去になっていく。

ここを、徒然に、というタイトルでシリーズしていこうとしています。
でも、なかなか、この文章を書く作業が、ちょっとめんどくさい。
つまり、別のところに興味の中心があって、そこ優先するから。
だから、なんか、義務化してるんです、ここなんか。
過去を整理できない性格のぼくは、切り捨てられない。

今日は、岩波講座の日本歴史の本を4冊ごみに出した。
古本屋さんに売るのは、気持ちで、できないから、ごみだ。
そういえば、転向三冊は、前々回、前回から日本歴史。
過去を切って、整理して、身軽になる。
そのようにも思うが、いざとなるとできにくい。

最近は、Facebook、フェースブック、これが情報交換の中心。
知った他人さまとつながっている感覚は、気持ち安定します。
そういえば、社交クラブ、そんな感じですね、フェースブック。
人恋しい気持ちは、年寄りになって、社会から切れつつあるから。
やっぱり、人は、他人様と一緒でないと、生きれない。
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もう4月の終わりかけ、ごぶさたしていました。
明日、4月28日はぼくの誕生日、66才。
それと結婚記念日、1970年だから42年目。
最近は京都写真学校、も8年目を迎えました。

1946年生まれ。
いつの間にか66才。
あとどれほどの時間、年月が残っているんやろ。
それを思うこのごろ、そんなことばっかり。

文章を書き連ねるのがけっこう億劫です。
写真、これは撮って整理して載せる。
比較的簡単に処理しています。
込み入ったことはしない。

京都の写真集を作っている。
どのようにまとめるのか、まだできない。
できないけれど、撮って連ねて、見せてる。
日本の絵巻物とか、歳時記とかのまとめ方。

絵巻物が参考になります。
写真は絵巻の現代版だと思う。
内容は、雅のなかの京都。
対語で鄙(ひな)という概念を持ち出した。

まだまだ制作意欲は衰えていないなぁ。
でも取材するのが億劫になってきた。
どこまでいけばいいのか。
今日は、別件、過去の写真、釜ヶ崎。

釜ヶ崎ドキュメント、撮ったコマをスキャンしている。
モノクロフィルム、400本ほどスキャンした。
あと300本ほど残っている。
そのあとには、京都、白虎社、その他がある。
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2012.6.13

世の中、物騒なことばかりが起こっています。
日本を含む世界で、悲しいことばかりが起こっています。
ぼくは感情的に、良し悪しを判断しようとしています。
しょせん専門家じゃないから、感情のレベルで、判断します。

原発の問題。
これは廃止すべきです、ぼくの感情です。

消費税アップの問題。
消費税アップには反対です。
生活者として反対です。

経済危機の問題。
つけがまわってきてるんだからしやないですね。
なるべく経済活動から遠ざかろうと思っている自分。
自己矛盾を抱えながら、存在している自分。

なにかしら、むなしい気持ちになってきます。
民主党、約束を守れよ!
選挙では投票しなかった。
実践活動してる党の候補者に投票しました。

なんか枠組みが崩れていく感覚ですね。
世界の枠組みが、壊れて、再生される。
どっかで、断ち切って、新生世界を、ですかね。
いまって、おおきな変化期なんでしょうね。
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1984年に書き起こした「写真ノート」を再録しはじめました。
このブログじゃないけど、別のブログです。
1984年といえば、およそ30年ほど前になります。
ちょうどぼく自身にとっても過渡期な時期。
釜ヶ崎、白虎社、京都と取材をしてきて、終える時期。

そのころからフォトハウス構想の具体化を目論みます。
まあまあ、出発するんですけど、今に続きますけど。
紆余曲折、いろいろあったなぁ、ですわ。
写真を撮らなくなって、ワークショップを目論みます。
年齢としては、三十代の後半ですね。

今年になって、フィルムスキャンをしています。
釜ヶ崎取材のフィルムを、デジタル化しています。
すでにキャノンのアルバムに載せていて、目下制作中です。
と同時に、その後に書いた写真評論、メモ、を整理中。
順次ブログに書いていて、まとめていこうと思っています。

過去のことにこだわるのは、新しいネタがないからです。
ついに自分も、ここまで来たか、って感じ。
振り返る、そんな時もあっていいだろう、なんて。
結局、自分が成してきたものを、整理している。
死に際に至って、自分を記憶しておくために、かな。

ここに掲載する写真は、直近のを使おうと思っています。
タイトルとか、撮影場所とか、つけません。
イメージだけを載せていく予定です。
まあ、これも、コンセプトかなぁ。
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いま、このブログフォーマットとともに音楽が聴こえます。
朝に、パソコンの前にすわって、音楽を選定しているようだ。
今朝は、どうしたことか、チャイコフスキー。
交響曲第四番、このあと五番、六番、およそ三時間。
作業をしながら、音楽を流しておく。
ボリュームを上げたり下げたり。

チャイコフスキーの四番は、ファンファーレから始まります。
高校生のことかなぁ、千円のディスカウント盤を買って、聴いた。
懐かしいですね、懐かしい。
懐かしがるのは、先が短い、とか。
1946年生まれ、先日、中学の同窓会幹事が集まった。
半世紀、五十年が過ぎているんですよね。

別のブログに、かって書き残した文章を掲載しています。
なにより、自分の過去を、思い起こすため、みたい。
この先が、見えない、ええ、自分の先が、です。
写真を撮ってる、今日は午後から、京豆庵の商品写真撮り。
これはお金もらうの拒否しています、ボランティア。
お金もらわないのは、責任逃れ、これですね。

半世紀の記憶を、前後左右させながら、辿っていく作業。
ここに、こうして、書いているのは、現在そのもの。
現在に立って、過去をふりかえって、今を書く。
かって書いた文章を載せるのは、その時代の風潮のなかで。
まあ、自分だけの思い入れ、ですけど、見せる、見てもらう。
他者の目を意識して、作業を続けてきていますねぇ。

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2011.12.6~2012.9.14
近況&徒然に
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もう12月、早くも一年が過ぎ去る。
この「早くも」という実感は、年々実感として感じます。
感じなんですよね、きっと。
年齢を経ると、そのように感じる感じ方。
いま、ベートーベンのピアノソナタを聴いています。
パソコンにダウンロードしたもの、29番。
29番といえば、ハンマグラービア、ですね。
なにかしら、ぼくの人生に関わっている感じ。

父が死んで、三か月が過ぎて、もう忘れてしまった。
喪中だというのに、喪に服していない。
なんと非常識な自分だろう、と思います。
ことごとくが、そんなお年寄りになっていく自分。
まあ、人生。人の生き方に、定型はあるようでない。
自分流、生き方。
それもままならないではないか。
どうすれば、自由が得られるのか。
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大晦日、2011年の終わりです。
今年一年、なにがあったのか。
あっちもこっちも、その話題に尽きています。
ここも、そうゆうことで、締めくくりましょう。
身内的には、父の死、8月20日。
なにより、大きな出来事です。
東北大震災、これは大きい出来事。
こころ痛みます。

自分的には、パソコンを買った。
ブログとホームページを作ってきている。
来年に向けて、新しい枠組み。
花、京都、愛の巣、この三つをリンクさせます。
表現、自分とは何か、なんて。
写真と映像と文章で表す。
65才になって、老人日記の部類です。
来春は66才、いやはや、どうしたことか。
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2012.1.6
あけましておめでとうございます。
ことしもよろしくお導きください。
昨年は、喪中でしたけど、今年は晴れています。
お正月早々は、毎年、金沢シフトです。
昨年は妻が入院で変則でしたが、今年は例年とおり。

元旦に京都の家をでて、娘の家へいきます。
そこから金沢へ出発です。
高速道路を使って、行きます。
タダにするって、うそつくな、って思ってしまいます。
幻滅しますよね、公約反故にしたら、信頼ゼロですよ。
なにかしら、むなしいのは、そんな政治のせいもあります。
それだけじゃないけど、気持ち、むなしいです。
今年66才、ええ年ですよね。
ひと昔なら、もう寿命が尽きるって年代ですよ。
いやはや、だから、なにが起こるかわからない。

先が見えないから、どうしたらいいのか。
といいながら、続けるしかありませんね。
今年は、京都と花、それに愛の巣、三つのHP制作。
リンクさせながら、ぼくの制作物としたい。
ということで、よろしく、ね。
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調子に乗って、文章と写真をまとめようと意気込んでいます。
現代写真の視座1984、これはドキュメンタリー論です。
表題にもあるように1984年に書いたからおよそ30年前。
それから、写真への手紙・覚書、これは写真論。
1988年から1994年にかけて書いた写真論です。
どうしていまごろになって、そんなものを。
つまり、見直し、自分の痕跡確認、そんなもの。
京都を取材してきたのが2007年から。
いちおう取材終了としたのが2011年。
でも、あらためて、京都の写真をまとめています。

次から次へ、自分の中で、企画が起こってきます。
すこしづつ、新しい方へシフトしていくわけです。
京都、花、愛の巣、この三つのテーマをHPに立てた。
それぞれをリンクさせながら、新しい作品群をつくる。
さて、そう見栄を切ったが、はたして、どのようになるのか。
問題は、愛の巣とタイトルした領域のことです。
公然と表に出すにはおこがましい内容です。
といいながら、公然化させてしまったわけです。
中味をどのように公然化させるか。
まだまだ、未定形の中味です。
 800kyoto1112080018
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このまえに、ここに近況報告をしたのが1月16日。
それからひと月半のごぶさたでした。
きょうは2月29日、うるう年です。
せめてひと月に一回の記事をアップする。
やめられないなら、それぐらいしなきゃあ。
今年になって、ぼくの動向が変化してきているんです。
気持ちの在りようで、写真とか文章とか、してるわけです。
なので、その時々の興味の在処が、中心になるんです。
釜ヶ崎の写真を、フィルムからスキャンしています。
66才になる年齢で、これまでのものを整理しておこう。
こんな気持ちになってきている。

新しい論を書く、少しこの作業を少なくして、温故知新。
そのためにも、古き自分の著作を再現する。
15年ほど前に、ファイルを作ったのがある。
でも、いまやパソコンでネットで、デジタルデーターで。
この流れに沿って、データーを作っている。
現代写真の視座・1984、ドキュメンタリー写真のゆくえ。
写真への手紙・覚書。
釜ヶ崎の写真と文章。
まだまだ、デジタルデーター化するのがある。
できるところまで、やっていこうと思う。
 800kyoto1112080001

2010.11.15~2012.2.5
そのころ&近況
 800kyoto1011150019
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写真学校の問い合わせ者がありません。
この4月からの第七期が開講できないかも。
そんな危惧を抱きだしました。
まだ2月中旬とはいえ、問い合わせが激減しています。

毎年、いまごろの時期には、心配することです。
でも、昨年から今年にかけて、何かが変化している。
時代が大きく変わろうとしている。
その変化に、学校がついていけてない。

そうなのか、どうなのかは、わからない。
いずれにしても、問い合わせがない。
なにか、割り切れない気分です。
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今年65歳になる人が考えること。
これから、どないしょうかなぁ。
これまでやってきたことの区切り。
何度か区切ってきた節目がありますが。
どうも今年は、その節目なのかも。

いまこれを書きながら、そのように思う。
整理せよといわれて、ぼちぼち。
書籍とか、ビデオとか、雑誌とか。
かさばるものを捨てる。
捨てるのもなかなか難しい。

手元にある物たち、それぞれに思い入れがある。
些細なペーパー一枚にしても、思い入れがある。
捨てるってゆうのは、その思い入れを断ち切ることだ。
捨てられるもの、捨てられないもの。
それは、時間が経過して、捨てられる。
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2011.3.20
東北関東大震災。
発生から10日が経った。

強烈なショック、ダメージを受けたのは被災者。
被災者ではないぼくなんかも、ショックとダメージ。
それほどに、強烈な災害なのだと思う。
被災者のこと思うと、悲しみ、胸が詰まる。

昨日、お寺の彼岸会に行った。
本法寺、ぼくは初めての参列。
なにかしら、年のせいもあるのかと思う。
感覚が、かなり身近なものとなってきている。
母の23回忌、平成元年4月15日死去だった。
4月13日に23回忌の法会を行うこととした。

弟と、父の見舞いに行く。
月に一度ペースだ。
それとは別に、週に一回程度の見舞い。
双岡病院、終の棲家となる父。
父、母のこと、65歳にして、さまざま思う。
今日は、妻の63歳の誕生日。
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4月も終わっていきます、今日は2011年4月26日。
明後日、65歳の誕生日、41年目の結婚記念日。
総合文化研究所、むくむく通信社、京都写真学校。
つくって7年を迎えました。

いま、新世界より、を聞いています。
いまあるパソコン、2テラバイトのハードデスクです。
カメラはデジタル、キャノン、ニコン、静止画を作っています。
ネットにアルバムを作って、写真展にしています。

時代が大きく変わっている感じ。
科学、技術、ものすごい変化、進化、信じられへんくらい。
人間の心も、それなりに変化してるんでしょうね。
パソコン介して、さまざまな情報を、手元にゲットできます。

かって集めた音楽CD、それをいまパソコンに取り込んでいます。
中学のとき、ベートーベンの運命を千円で買った、それはレコード盤です。
クラシック、ベートーベンとかの、ピアノ、交響曲、その他。
中学生のころ、思い出しては、胸を詰まらせてしまう。

そういえば、中学の同窓会が6月に。
卒業50年になるそうです、そのとおりです。
何回か幹事会に出席しているけど、なにもしていません。
そろそろ、65歳ってゆうのは、区切り時なのかも、ね。
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京都写真学校が開校して7年目。
今年は、ぎりぎりになって応募者が増えた。
先日には、里さんの講座を実施、サイアノプリント。
9月には長澤さんのジャーナリズム論を実施できることになった。
写真を制作する作家養成講座となればいいと思う。

なんだか、書くのが億劫、めんどい、そんな気分。
音楽、といってもクラシック。
持っているCDをパソコンに取り込んで、聞くようになった。
バッハ、ベートーベン、ショパン、それにシューベルト。
容量が大きいから、それに音質もいいから、ストックしている。

とにかくすごい。
パソコン、インターネット、デジタル環境。
ここ数年でさえ、すごい大容量になっている。
あきらかに時代が変わってきている。
それをどう使いこなすか、が問われるところだ。

最近は、花、植物を主体に写真作業している。
京都の取材は、いちおう終了。
食べ物、環境、それも終了か。
流動的といえば流動的な写真テーマだ。
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2011.5.27
自分のことを、生い立ちを書いていこうとしています。
他人様が読んでいただくなんてことは、考えないほうがよろしい。
だれもが、自分のことを中心に、動くわけだから、他人様のことなんか、どうでもよろしい。
とは言いながら、ひそかに、自分のことを知って欲しいと、思う気持ちがあります。
ひそかにと書いたが、かなり強く、その気持ちがあります。

自分史を書く。

どこから書こうかしら。
今年2011年、中学の同窓会が6月にあるから、ここから始めようか。
中学は衣笠中学校、1960年かなぁ、まあ、その頃。
中学生といえば13歳、十三参りって、父に連れられ行きましたよ。
嵐山の渡月橋を渡るとき、後ろを向いちゃあかん。
その時のこと覚えているから、書いておきます。
父と弟とぼくの三人、なぜか母はいなかった。

中学の入学式の日。
ステージでブラスバンドの演奏がありました。
どうしたことか、ものすごく感動しました。
音楽担当は沢村先生、クラブに入りたい人いるか、と聞かれました。
ぼくは、猛烈に、吹奏楽部ですね、入りたいと思いました。
それから、ぼくの中学時代、ブラスバンド、吹奏楽部入部と日参が始まるのでした
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京都は祇園祭り。
今年も宵山と山鉾巡行を見に行った。
山鉾巡行は三年連続の見物&写真撮影。
一昨年は河原町通で、昨年は四条烏丸で、今年は御池新町。
祭りを撮る目的は、写真集京都に収めるためだ。

写真集京都は、たぶんぼくのライフワークとなるはずだ。
まとめ方に新鮮さ、斬新さはない。
なるべく京都というイメージを自分なりに作りたい。
そしてなにより、ぼく自身が京都生まれ、京都育ち、京都在住。
このことが重要なポイントにはなると思う。

かって写真を撮る行為を、日常の方へ、と考えていた。
その方向からいえば、祭りを撮る行為は、非日常の方へ、だ。
だから、そんなわだかまりがある、とはいっても、祭りがある。
祭事、法事、歳時記、風土記、名称はさまざまにつけられた中身。
まだまだ、入り口に立ったばかりの認識。
京都がすべてではないけれど、大きなファクターではあるのです。
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今日からお盆に入ります。
毎年、祇園祭からはじまって、大文字の送り火まで。
夏のセレモニーとして、夢幻舞台を、制作します。
今年も、また、その気になっているところです。

写真を撮って、静止画でまとめているけれど、動画。
ニコンのカメラにしてから、動画をも、撮りだしました。
ウエブアルバムでも、動画を載せられる。
ニコンのフォト蔵、グーグルのピカサ。
ユーチューブとかニコニコ動画とか。

そのうち、パソコンで編集でもするようになるか。
年を取ってくると、なにかと億劫になるのがわかります。
なんなんやろ、年寄りの傾向を、認めなければなりません。
年寄り、高齢者、その部類に入ってきた自分。
今日は、京都写真学校、ライティングのレクです。

お盆のお迎え行事が今日から。
レクの前に千本閻魔堂へ寄って、取材するか。
いちおう京都取材は終わったんですけど、まだ。
行事とか、祭りとか、そんなの拾います。
京都風土記を、作りつつあるんですけど、まとまりません。
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お盆が終わったと思ったら、父の死。
2011年8月20日午後4時25分。
享年91歳。
大往生だと思う。

21日に通夜、22日は午後1時から葬儀、告別式。
やまから帰ってきて、初七日。
入院していた双ヶ岡病院からセレマの玉泉院へ移動。
父の遺体は、家にかえらず、そのまま葬儀場へ移した。

ぼくと弟、兄弟夫婦、それぞれの子供、父から見れば孫、4人。
ひ孫5人中3人が列席。
家族だけの家族葬でした。
昨夜、終えて、今日は、整理。

父との思い出とか、母を交えての思い出とか。
これから、記述する機会があれば、記述します。
父を送る。
それが終わって、一段落である。
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2011.10.14
久しぶりの近況記録です。
このまえの記事が、父の葬儀直後でした。
あれから、満中陰、49日も終え、お骨おさめも終えました。
次第に、記憶からも薄らいでいくのでしょうね、父のこと。
順送りだから、悲しみとかの感情はありません。
でも、生きるってこと、生きる意味みたいな。
そんなこと、思わさせられますね。

つぎは、自分の番ですけど。
妻が先か、自分が先か、ですね。
これだけは、いまのところ、わかりません。
なにより、老いていくこと、必然なんですね。
このままで、いられるわけではなくて、老いていく。
もう、65才だから、今しかできないことを、したい。

人間って、どこまで貪欲なんでしょう。
精力尽きてきてるのに、気持ちだけが高ぶります。
65才の体力、ひところと比べると、これも衰えています。
でも、まだまだ、これから、衰えていくのだと思うと。
ちょっとみじめな気分になります。
だれにも明かさない秘密みたいなもの、えろすかろす。

つぎは、いつ、ここへ来てかくのやら。

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