中川シゲオ写文集

中川シゲオの写真と文章、フィクションとノンフィクション、物語と日記、そういうところです。

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撮ったばかりの曼殊沙華、庭に咲いている彼岸花、スマホで撮っております。
いつも感心するんですが、彼岸の頃になるとにょろにょろ茎が伸びて咲くんですね。
その植物の感覚ってゆうか、感度ってゆうか、これが自然体位なんですね。
人間様も、この自然体位で生きたいところですが、社会ってのはそうはさせない。
人間には、特有の思い入れってのがあって、記憶に基づいて行為があるみたいな。
ここまで生きてきて、生命の不思議に、素直に忠実に、残りは生きていきたいなぁ、と。

最近はまっているのが、かなり昔の小説というか文章の塊を探して読む、こと。
1940年代後半から50年代半ばまで、和暦でいえば昭和20年から昭和30年頃まで。
ネット上に公開されている、当時の雑誌のページがそのままスキャンされているのです。
カストリ雑誌とはちがうSM雑誌のようなそうでないような、風俗史研究の資料でしょうか。
風俗史研究の資料、なんていうとカッコいいけど、人間の性欲を満たす、資料でしょうか。
文学史には表れてこない裏文学史とでもいえるか、いやいや文学史幅を拡大するべき。

野間宏とか大岡昇平とかの、硬派な戦後文学なら、正々堂々、研究してますって名乗れる。
でも、たぶん、それらと並列できそうな、軟派な戦後文学、隠れた文士たちの小説がある。
小学生のころに、乱歩とかと同列で、雑誌のページを見て読んだ記憶があって、それが蘇る。
野間とか大岡とかを読むのは、高校から大学生のころで、少年期はカストリ雑誌を読んだ。
まだまだ開放的ではない領域ですが、私の研究表現塾でも立ち上げて、研究しようかな。
写真もそうだし、映像もだけど、軟派文学を研究対象としても先鋭的なのではないですか。

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<手記>という熟語に文学的な匂いを感じている自分がいます。
なにか秘密めいた隠し事を表に出す、みたいな感覚があって、戸惑ってしまいます。
日記とか記録とか記憶、<記>という文字が含まれる熟語にはあまり抵抗はありません。
ドストエフスキーだったかに、手記という熟語がはいったタイトルがあった。
そんな闇の中からの記憶が立ち昇ってきて、なにか感情をゆすぶってくるんですね。

手記っていうと、自分の生い立ちとか、性関連とか、性癖とか、そういうのを暴露する。
私研究という枠組みならば、肉体に関する諸般の見識、とかを話題にするべきか。
なんてむつかしい言葉を使って、考えようとしているけれど、もっと単純ですね。
掲載の写真は、昨日食べた、天ぷら定食の膳です。
食べ物の話でいくと、そこにも変質者の趣向みたいな匂いがしてきます。

生きるってことが、実はかなり変質だと思うのは、自分が自分と向き合うからかも。
なにが良質で、なにが変質なのか、この境界線なんて、曖昧だし、一線は引けない。
社会で、表現や行為が許される範囲というか、枠があるじゃないですか。
そこを外れると犯罪というレベルになるという境界線のことです。
心のなかでは犯罪していても、行為しなければ許される、というのでしょうね。

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NAGASAWAさんとは数か月に一回、SANOさんとは二か月に一回、会っています。
高校からの知り合いで、ここ数年、朝ミーティングを行っています。
SANOさんは、小学校から高校まで、一緒に勉強した友だちです。
明るい陽が射し込む喫茶店の、デラックスモーニングを嗜みながらです。
定例的に会っているのはこのお二人で、よもやまの話を交わしています。
お二人の特徴は、定年まで一つの企業で勤め上げられた人ということです。

まともに人生を送ってこられたひとは、枠組みが安定していて、紳士です。
ぼくなんかは、そういうことでいえば、ちゃらんぽらん、という男子です。
きっちり社会的基盤を持っておられるから、発想がぶれませんね。
ぼくなんかは、その基盤が浮遊してきたから、あれこれ発想がぶれます。
でも、まあ、ぼくが、深い話ができる相手のようで、個別に関係が続いています。

もう人生ここまで来たぜ、という感じで、共通の興味の話を交わして勉強会です。
でも、一番肝心な、セックスにかんする話題は、やったことがないですね。
一般に避けてとおる話題だから、親密なる友とは、そこの話をしたいところですが。
ましてや、私を探求する、なんてフレームは持っていないから、話題にならない。
この歳になって、政治経済の話や、国際情勢の話よりも、もっと別のテーマでも。
このようには、個人的には思うところですが、それ以上には話題交換できないですね。

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この一年ほど、評論に値する文章を書いていないことがわかりました。
というのも評論でブログに書いた文は、ホームページにまとめているのです。
そのホームページのページを更新していて気がついたところです。
先月に、管理していたブログの大半を潰してしまって、今は見れないです。
それらしき文章を書いていたようにも思えますが、それらは駄文の類だと思います。

写真一枚と文章を書く、という方法をとっていますが、最近は文章なしで写真のみ。
そういうブログページが多いです。
文章が書けなくなった、駄文にすぎないから、書いてもしやない、との気持ちです。
その点、写真はあっけなくページを作れるから、楽なんです。
あ、写真は、それなりに厳選しているところですが、駄作も結構ありますね。

もの心ついたころから、自分のことしか考えていない気がします。
利己主義とか自己主義とかではなくて、自分のことがテーマなのでした。
自分に向かう刃物、とでもいえばいいか、自分を対象化する作業に向けていた。
作家というのは、そういう作業回路を持っているもんだと思うけど、と思っています。
IQのことが話題になっていたけど、ぼくのIQは中学のとき130でした、高い方ですかね。

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さあ写真を撮ろう、と思って出かけた最初は下鴨神社であった。
盆が過ぎて、もたもたしているうちに8月も後半になってきて、焦りが出てきた。
何をするもの、手につかない、そんなときにはふらっと外に出て、バスに乗る。
バスも地下鉄もフリーパスなので、行き当たりばったり、来たバスに乗る。
とはいっても、方向を決めないと、バス停で待てないので北か南か、決める。
この日は北へ、205系統で、下鴨神社前まで、乗っていったのであった。

等身大の白い風船玉が、あちこちに置かれていて、不思議な空間を作っている。
なにやらイベントのために、夜には光るオブジェになるのか、まあ、いい。
G5Xカメラが潰れたので、G1Xをもって撮影のトレーニングです。
そこそこに撮って、帰りにギャラリーを訪ねるとOKADAさんがいらした。
コーヒーを飲ませてもらい、しばらく歓談して、別の人が来たので、外に出た。
バスを待ち、来た経路で帰る、慣れた手順の行程だ、迷いはない。

京都という土地に生まれ育ったから、写真の被写体は京都の様々にしている。
総枠でのタイトルは「京都」、既存イメージの京都のなかで新イメージを創る。
そうはいっても、新しいイメージなんて、どうしたら、そうなるんだろうか。
まるで迷路のような、あっちに行ったり、こっちに来たり、右往左往です。
作家であることを意識するから、そうなるので、そんな意識は脱ぎ捨てろ。
なんて思っても、習性ですね、そういう意識から抜け出せない自分がいます。

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やっぱり食い物の話が妥当で適当で無難な感じなので、食べ物の話です。
寿司が好き、日本人ならだいたい好きらしい、ぼくもその一人、好きです。
子供のころ、寿司といえばかなり高級食の感じで、にぎり寿司なんて、高級。
寿司一人前は9個が相場ですが、盛り合わせ寿司を、たまに食べました。
巻き寿司に箱寿司に握り寿司、握りのネタは、いか、たこ、マグロ赤身だったか。
一人前60円ぐらいだったのを覚えています、今の価値で800円くらいでしょうか。

アルバイトで寿司寅さんにお世話になったのが、高校一年から三年の夏まで。
出前要員でしたが、寿司のことを、いろいろと教えてもらいました。
このころ、寿司寅の盛り合わせは一人前120円、今価値で1200円でしょうか。
内藤さんというのが大将で、関本さんというのが握り寿司のベテランさん。
ほかに店員さん3人、ご飯炊きの賄さん、女将さん、お顔を思い出します。
蒸し寿司にはアナゴがまぶされるけれど、チラシ寿司には魚はまぶさない。

巻き寿司の海苔は、柔らかくてもダメ、ちぎれない堅いのもダメ、というのです。
噛んで難なくちぎれる堅さ、だけど、それは時間がたつととろける海苔です。
もちろん、高級海苔の話だと思うけど、とろける、だから、少し硬い目の海苔を。
マグロ、そのころ10センチ四方ほどのマグロの赤身が1万円だと聞いた。
バイト料一日500円の時代に、1万円とは、おどろいた、驚きましたよ。
同い年の男子が住み込んでいて、友達になって、単車を乗り回した記憶があります。

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