中川繁夫写文集

2013年11月

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2006.5.12
地下室&洞窟-1-

光と闇。健康と病気。そこで地下室&洞窟のイメージを捉えてみます。
地下も洞窟も、光が当たらない場所であるというイメージです。光が当たらないというのは、見えない場所です。光が、当たる、当たらないという捉え方は、もともと根本に光がある、ということを条件とした捉え方です。光という世界があることに対して、光がない世界ではなくて、光が届かない世界、ということになります。

もともと闇、光のない世界から、光がある世界が誕生する。老子のタオ(道)、聖書の闇と光、古事記もそうですね、ビッグバーンが起こった宇宙の科学的根拠も、無から有を生むわけですね。このように見ると、人間のイメージのなかに、闇、光の届かない場所が、かたちつくられてきた経緯を知りたくなります。

地下室&洞窟は、そういう意味で、光の当たらない場所です。暗闇です。これをヒトの意識のなかに置き換えると、覆い隠しておきたい秘密の世界、もしくは無意識の世界ということになるし、人間社会のなかに置き換えると、社会が見てはいけない世界、見せては都合悪い世界、ということになります。

そこでヒトの習癖として、見えないものを見てみたい、隠しておきたいものを見てみたい、覗き見根性があるんですね。この習癖というのが、実は、ボクの興味なのです。つまり、見えないものを見る、見てはいけないものを見る。その闇の世界と光の世界を、往復していきたいと思うのです。

おっとどっこい、これは危険極まりないことなのです。ヒトの本能にあるホメオスタシスを壊してしまう可能性がある。そうゆう代物です。だから、禁止命令が出されているのだけれど、ヒトはそれでもピーピングしたいとゆう願望を持っているのでしょうね。

地下室&洞窟を探検することは、往々、この危険と隣り合わせなのです。ある一線を越えて、行為すると犯罪とゆうことになるし、ある一線を越えて、心を通わすと、自己崩壊をを招くことになりそうですね。ああ怖い、だから行っちゃだめよ、立ち入り禁止!いつしかイメージ作られてしまった世界です。さあ、どうするかな~、ボクはそこで立ち尽くすのです。


2006.5.24
地下室&洞窟-2-


立ち入り禁止!だったらしゃがんで入ろう、ならいいんでしょ?!なんて冗談めかしていってあげるけど、人間って変な習性があって、入ってはいけないとゆわれると入りたくなるんですね。写真も文章も、そういうことでゆうと、かって立ち入り禁止区域だった場所が、いまはかなり立ち入りできるように、なっては来ています。

ワイセツの領域についてゆうと、たとえば写真、ヘアーヌードが騒がれたのが1990代、今から14~5年前、メープルソープの写真集を巡ってとか、マドンナの写真集を巡ってとか、それにアイドル写真集にヘアー解禁なんていってたのが、そのころです。地下室でもなければ洞窟でもない。ヒトの意識の中心だけど、良識のヘッジに置かれていた。つまり光が当たっていたわけです。

1980年代に「写真時代」を代表とする月刊雑誌が盛隆だったし、そのころビニ本、一冊千円、大流行だったし、でもビニ本無修正ってのは五千円ほどぼった食ってました。そうだね、女性器を分解してパズル・モザイク、のようにして印刷してあったり、でしたね。SM雑誌など際領域の雑誌や写真集が大量に出版されだすのもこのあたりです。

いま、ワイセツ領域を中心にメモってますけど、国際政治領域、つまりあっち側の情報も、我らにとっては地下室&洞窟です。最近ならテロ領域です。たまに、もどかしそうに、ニュースネタになる。ええ、事実が羅列されても、本音は語られないんだけれど、本屋さんへいけば、サイードの著作とか、けっこうあっち側の情報も手に入るようになってきています。

要は、光が当たる地表&洞窟の入り口、そのちょっと暗くなって識別不可寸前のところまでは、サーチライトに照らされだしたといえます。ボクは、なお、その奥へ探検隊として入り込みたいと思っているわけで、まあね、人生の終わりに向けて、そこへ行ってみたいと思うんだけど、躊躇しているのも事実です。


2006.7.27
地下室&洞窟-3-

地下室を身体、洞窟を頭脳と置き換えれば、地下室&洞窟という別名は、ボクの身体と頭脳のはたらきだといえます。つまりボクはここで、ボク自身の構造について、考えてみたいと思うわけです。ところが、自分のことを自分で分析するということが、可能なのかどうかという疑問と、自尊心とか羞恥心とか、心の内部の出来事を見つめるわけだから、ちょっと躊躇しているのも事実です。でも、なぜこの講を立てたかというと、直接には、自分と写真表現というテーマがあるからなのです。

つまり、カメラは外界を光によって画像としてくれる装置なわけで、そこに自分をどのように関わらせるのか、という問題に直面しているのです。そこで光がとらえる光景をカメラに収める技術のこと、その光景が社会との関係においてどうなのかということ、それにその行為を行う自分存在のこと。この技術のことと社会関係のことについては、反復学習により取得できると想定しているのですが、自分存在の意識化とその意識行為の根底にあると想定する、情、感情というレベルを、どのように表現し、他者と共有するのか。

その情、感情のレベルにおいて、クロスオーバーできないか、オーバーラップできないか、共有できないか、個を超えることができないか、このようなことを考えているのです。平たく言えば、性器を交わらせるときに発生する感情、感覚という体験のレベルを、カメラ行為のなかで体感することができないだろうか・・・。

写真画像を制作するにあたって、ヒトの意識の発生ということ、ヒトの記憶の生成と成立ということ、そういうことが発生してくるころをイメージ化できないか、との思いがあるのです。いってみればボクの写真のテーマということです。では、そこで、なにをしようとしているのかということです。よりプリミティブな、より源泉的な感情を見つけ出すことだ、といえるかも知れない。心を別の位相で奮わせたいと思っているわけです。このようなたわけたことをイメージしているわけです。心の発生、イメージの発生、記憶の生成、ヒト個体の肉体と共にあるそういう装置を、カメラでもって作り出せないかと思っているのです。


2006.3.15


花はなんといってもやっぱり桜がいい。つくづくそう思うようになった。そういえば、桜の季節には、桜だよりが報じられます。桜前線北上中なんていって、南の地域から順次北上して北海道まで・・・。

けっこう素直な人になったみたいなボクなんだけど~なんていってあげたいお年頃になったってゆうわけでしょうね。桜とか牡丹とか、かってはこんなお花を愛でることを嫌がっていた自分があったけど、今はもう違うんですね。素直にこころの中を見つめてあげると、感じちゃってるんですね。

写真を撮ったり文章を書いたりしてますけれど、その根底のこころの表れ方とでもいうようなことに興味を持ち出して、花、それも和風な花に関心を寄せているんです。桜なんてその最たるもので、なんだかんだと云っても、見てると感じちゃう。そういう花です、桜とは、ね。


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2006.4.9
桜を撮る


桜の季節に桜の写真を撮る。なぜなら、写真はそのときの光景しか撮れないからです。これは写真の宿命といえるものです。それでボクは、この三年、桜の季節に桜の花の写真を撮っています。

撮影にあたって桜の撮り方、つまり桜のなにを撮るのか、桜を撮ることでなにを云いたいのか、なにを表現したいのか、ということを考えます。ボクは端的に、桜は情だ、と捉えています。人間の情、ヒトの情、ボクの情、つまり感情ということです。

写真表現とは、社会の関係図を表現する、つまり社会の構造とか社会における個人のあり方などを示唆し、解きほぐし、関係を明確にする行為です。でもそれだけではありません。そこに作家個人の考え方や感じ方というものが組み込まれるのです。この図式のなかで、写真はおおむね、社会の関係図を理知的に明確にしてきたと考えています。

そのような写真表現の現在地点は、社会構造を理性的に図式化することを超えており、個人の社会構造の解釈を提示することを超えており、あるいはこれを含みこんだうえで、個人の<情>の具現化なのだと思われます。桜取材におけるボクの写真の構図は、桜だけです。桜の群生、桜のクローズアップ。光と桜の花だけで構成する写真です。

ボクの情が、桜の花を見て揺れ動く。妖しく艶やかに色めかしく揺れ動きます。セクシュアルな情が揺り動かされているのに気がつきます。この心の揺れ動き、つまり情が動いている様を表現したいと思っているのです。


2006.4.20
再び桜について

ボクの桜の取材地は、京都と金沢です。いずれもボクの生活空間においての撮影です。京都は、平野神社、法華宗本法寺、今年は千本釈迦堂の桜も撮りました。金沢は、別荘の庭に植えられた桜です。

平野神社の桜は、子供の頃から見慣れたというかよく遊びに行った場所としてあった場所の桜です。法華宗本法寺の桜は、ボクのお墓があるお寺です。千本釈迦堂の桜は、子供の頃に遊んだ場所です。金沢は、いま別荘として使っている家の桜です。

三年前の秋にデジカメを手にして、再び写真撮影をしているわけだけれど、撮影場所は、自宅とその周辺、それに、かって思い出を作った場所。それに限定しているんです。だから、桜の取材地は、子供の頃から親しんだ場所である平野神社と千本釈迦堂となるのです。本法寺は、ボクの墓所だから、近場すぎる場所です。金沢の桜は、苗で植えた桜です。枝垂れ桜、ソメイヨシノ、山桜、ボタン桜などです。

生活周辺と記憶の光景。これがいまボクが撮影する場所です。桜を撮る意識のなかに、東松照明さんの桜作品を思い起こしています。かって取材に同行したとき、彼の作風は桜一輪ではなくて風景を含む全体を撮る手法だった。その背後に社会性、桜が置かれた社会性とでもいえばいいでしょうか、それが撮影の本質だったようです。ボクは、そっから派生してきて、桜に向き合うボクの情感に絞っているわけです。

老いぼれていくボクの身体と、桜の初々しい美しさへの憧憬の具現化、とでもいえばいいかと思っています。憧れとしての若さ、そこにエロティシズムを感じるわけだけれど、そろそろ老体の感じる嫉妬心なのかも知れない。


2006.5.8
ぼくは健康な人間だ・・・・


ぼくは病んだ人間だ・・・・、で始まる小説があるわけですが、ボクがいま思うのは、ぼくは健康な人間だ、と思おうとしていることなんです。
多少でも文学を齧ったヒトなら、そうですね、近代文学なんて、病気であるわたし、なんてのが底流にあって、やっぱり<病む>というのがコンセプトだったわけです。
地球が病んで、戦争があって人間が病んで、からだの病気があって、精神科の病気があって、こうしてみると、まわりは病みだらけ、っていうイメージです。

でもね、まあ、だから、発想の転換、ぼくは健康な人間だ、と宣言したくなる気分なんです。病み文学から健康文学へ・・・。エロスもカロスも、表現のテーブルに乗せることは、健康だ~!って宣言したいんです。
そのためには、ボクという人間の、闇、ブラックホール、だとイメージされるものを、明るい場所に解き放ってあげないといけないんですね。そこで、ぶつかっちやうのが、モラルってゆう代物だってことも、承知のうえで、開放できないんかな~なんて思考してるわけです。ボクの地下室は、健康な場所だと思いたい、ですね。

2006.1.28
芸術ということ-1-

芸術ということを考えてみます。考えるに当たって、単に芸術とは何か、という問いをしても漠然として、当を得ないように思われる。そこでいくつかのフレームにわけてみる。目的は、現代社会の枠組みのなかでの芸術作品、芸術行為の大勢現状を把握してみること。そうしてそこから導き出される将来的あり方を考えてみるのです。

全てが商品として価値化される大勢があります。だから当然、芸術作品と呼ばれるモノも商品価値のなかに置かれています。絵画も彫刻もしかり、現代美術の作品群においてもしかり。つまり商業資本の枠組みのなかで、商品取引の対象となるモノでなければならない、といいます。

でも、作家行為つまり芸術行為は、違うといいます。芸術行為は、商品経済の枠組みの外だ、という理屈です。たしかにそうでありたいという願望はありますが、実際の現場はどうなのでしょうか。自分の作品を世に出したい。作品を制作し、お金に替えることで実生活を支える。世に出すためには、なるべく高尚なるものの裏づけによって、商品価値を高めたい。

ここで云えることは、商品価値を生み出す仕組みに自分を置くことで、それを作家行為、芸術行為の目的としてしまう傾向があるということです。ここでは、この傾向を作り出す経済構造の話ではなくて、それ以前の位置において、芸術行為というものを捉えていきたいと思うのです。

つまり商品としての価値を高める戦略を抜いたところで、個の営みとしての創造行為を、捉えてみたいのです。作家と呼ばれたい願望を構成する、作家の社会的目的とは違う位相での、考察なのです。それは、大きな基準となる社会価値とは別の価値軸に、もう一つの価値軸に足を置いた立場での考察となりたいのです。

2006.2.16
芸術ということ-2-

近年、自給自足ということが話題になります。この自給自足の実現は、貨幣経済からの独立、あるいは商品ではない概念のなかで、食料とか什器類を生産し、自分のものとしていく構造です。
この発想と具体的な実践活動が、随所で取り組まれつつあります。その文脈において、芸術ということを考えてみるのが、目的でもあります。

商品価値から逸脱する芸術作品は、すでにその前提となる商品経済を持たないから、もはや芸術作品とは呼ばないほうが良いのかも知れません。
自給自足においては、生産と消費が統合されるものです。生産とは、モノを作り出す工程です。おおむね食料と生活道具を作り出すことを意味します。でもここで、ヒトのヒトたる由縁をいうならば、身体を養い安定させるために、食料をつくることと同時に、心を養い安定させることも必要になります。

衣食住足りて芸術がある。そのような捕え方ではなく、衣食住と芸術は同じレベルで、ヒトには必要だとの考えです。では、ここでいう芸術とは、いったい何なのか。
ここで芸術とは、ヒトが生きるエネルギーの中にある、あるいは生きるための、心のエネルギーの発露であると捉えます。このことを自給自足の枠で捉えると、自分の生存のための行為であると導かれます。

自給自足は、一人でできるものではなくて、一定の集団によってなしえるものだと認識しています。でも、今の世において自給自足を考える、このこと自体、すでに思考の産物であり、それに基づいて実行していくものです。ここには、個の自立が必要になります。ということを援用すれば、芸術ということは、かって洞窟で描かれた絵画とそれを成すヒトの心とは、違ったものとなる。この前提として、ヒトの心は進化する、という捉え方があります。

2006.4.28
芸術ということ-3-

ある物事を極めていく道筋の結果、出来上がってくるものがあります。経済効率を優先する道筋ではなくて、ある種、経済効率から遠ざかり、合理性から遠ざかり、好奇心とか情の動くままに、作って光っていくもの、まあ、いま思いつきで、言葉を連ねているんだけれど、そんなもんを<芸術>の範疇にいれようかと、思います。

そんな理屈とは関係なしに、やっぱりこころときめく気持ちを大事にしたいと思います。今年も、桜を写真に撮った。カメラっていう道具を使って、写真を撮った。デジカメです。そりゃ便利なものですね。取材して持ち帰って、パソコンに繋いで、すぐさま画像をみることが出来る。ここで、芸術の価値についていうと、手間をかけることで価値が決まるものではない、と思っているわけで、絵具を使った絵画の方が芸術性が高いなんぞは、毛頭、思ってないわけです。

芸術ということには、スキルが要求される、これは認めたいんです。ツールを巧妙に扱うということです。そうしてそのツールが最良の効果を発揮できるように使いこなしてあげること、これがスキルです。
でも、これは外枠であって、大事なのは、光る心、この<光る>ということです。情の発露として光っていることが必要だと思うのです。

光り方は様々にあると思います。花火のような光り方があれば、宝石のような光り方もあれば・・・、心がときめくこと、キラキラときめいてくること、これが条件だろうな、と思うのです。光輝く心、作者の心内とは、この感情に包まれることかな~と思うのです。

なんだろ、桜の花が満開になっていくとき、心ときめいて、うずうずだね。それで、このうずうず気分のままに、写真を撮ってあげた。その結果、満足いくように撮れたわけではないけれど、それなりにうっとりしてしまって、心、光っている感じ。これだね、と思ったわけです。これが芸術の心だな。

2006.6.6
芸術ということ-4-

芸術ということの中味は、いったい何なんやろ。あるいはどういう状態をゆうんやろう。ボクは、こんな疑問に苛まれているわけです。芸術作品ってのがあります。形になったもの、存在するもの、美術館であれ、路上であれ、目に見えて存在するもの、芸術作品とゆうときには、内容はともあれ、このように言えるんですけど、単に「芸術」ってゆうときの内容は、何を指していえばええのやろ?まあ、こんなたわけた疑問に苛まれているわけです。

そこで、芸術の中味を考えてみて、文章にしてみたいわけです。とゆうのも頭のなかでブツブツ言ってみても始まらんわけで、言葉で喋って伝達するって手もあるけれど、それでは形に残らないから、文章にして定着させるわけです。こんな形式を評論とか批評とか言うわけです。だから、ボクは、ここで評論をやろうと思っているんです。

ボクが思うに、芸術という枠は、心の動きだと解釈したい。心の動きには情が伴い、情動のなせる自意識。この自意識の伝達、つまりコミュニケーションのプロセスじゃなかろうかと思うのです。このプロセスを、見たり読んだりできる形に仕上げていくことで、芸術作品となって結実していくのではなかろうか。そのように考えるわけです。

芸術は、ひとり単独で成立するか、といえば成立しないと考えています。情動がなせる自意識が、他者に伝達される契機を含み、そのことを自覚的に捉えて、関係を紡ぎだす。つまり、コミュニケーションの手段だと考えているのです。芸術の基本概念には、このことがなければならない。そう考えています。

とゆうことは、他者に伝達を意識しない情の動きは、芸術以前のものであって、芸術か否かの境界線は、他者を意識するか否か、ということなんだろうと考えているのです。他者を意識して、何かを作りだそうとすれば、それが全て芸術かといえば、それはウソで、そこにはコミュニケーションの成立と、情動のパッションが伝わらなくてはダメだと思ってるのです。

他人がどのように思おうと、知ったことではない!なんてことを、作品提示の段階で言う人がありますけれど、これはボクは認めないんです。他者と共有し、情に感じ合う関係が成立することを、ボクは芸術の基底をなすものだと考える。ここですね、ボクが思う芸術の基本形。基本スタイル、基本プロセス・・・。

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2006.1.8
門を開ける-1-

教家を目指す者は、門を開けなければならぬ。ボクは、このことを命題として捉えてきたけれど、門の向うは異端とゆわれる領域だから、躊躇してきた。さて、その門を開ける当事者となるかどうかの選択を迫られているのが、現在のボクだ。

1978年から1984年にかかて、ボクは釜ヶ崎において写真を撮った。その場を軸に文章を書いた。いま思い起こすのは、このときのボクのあり方だ。ボクは、門を開けようとしたのだと思っている。既存秩序のなかで、政治的、経済的、社会的な世の枠組みのなかで、そこから逸脱することを試みた。

特殊な場所、そこは特殊な場所だ、という認識が世にはばかる。一定の線引きをしようとする秩序とゆわれる領域から、あたかも逸脱した場所であるかのように認知させる。いわばその特殊とゆわれる場所を、秩序の領域に組み入れること。このことが、芸術家や宗教家の仕事だ。

いまやテーマは、ヒトの内面のことだ。秩序に封じられてきた内面を、秩序の領域に組み入れること。それはセクシュアルな領域である。フロイトが云い、ユングが云い、ベルメールやモリニエが手がけた芸術表現があり、まだまだ特殊領域であるSMの世界であり、男と女のセックス現場であり・・・といったセクシュアルの領域へだ。門を開けた向うには、そういう領域があるのです。

2006.1.21
門を開ける-2-

門を開けた向うにみえだしてきたのは、こころの曼荼羅です。
おとことおんなが入り乱れ、静かな感情と乱れた感情があり、おとこがおんなになり、おんながおとこになる。そうして動物のうごめく内臓があり、叫びが聴こえる。
整理された世界が、ぐらつきはじめて、混沌の海に投げ出されていく。遠くで海鳴りが聴こえる。遠くで山彦が聴こえる。幻覚幻聴、全て夢幻だ。

夢を見る。理屈の通らないストーリーだ。渦巻く記憶が再編成されて、夢幻のなかに組み立てられる。これを無意識からの呼びかけだとすれば、その深淵はやはり混沌なのだ。色がある。赤い色に黒い色。それに白がある。色の無限ディテールのなかで、情欲を覚える。桃色遊戯、蒼ざめた馬、オレンジやピンクがあればブルーもある。グリーンもある。色のディテールで、感情が揺すられる、情が動く。理屈を抜いた内面の世界は、情と欲、感じることと前へ出るエネルギーしかない。

いま門を開けて、なすべく作業は、この混沌を整合化していく作業に他ならない。アートが、及びアーティストが、これから向かう道筋は、この混沌を具体的な形象やイメージに仕上げていく作業なのだ。肉体のシンボルを形象化しイメージ化するか、肉体そのものを形象化しイメージ化するか、それの組み合わせの問題だ。

アートが様々な意匠を着せて飾るのは仕方がない。しかし、その根源は<知>ではなくて<情>である。知は意匠でしかない。知のゲームが全てではない。いうなれば、アートは、徹底的に情のゲームに徹するべきなのだ。知の領域、世の意匠の領域をむしろ排除して、情の領域を前へ押し出していこう。デジタルネットワークの領域で露出している個人の情を、裏とか表とかの判断基準の線引きではなく、一体のものとして捉えるべきなのだ。表が裏に、裏が表になっていく、表裏一体のものとして捉えていく必要がある。デジタルネットワーク時代の、リアルとヴァーチャルという問題は、じつはパラダイム変換の途中でこそ解決の糸口がみえるように思われる。

2006.1.24
門を開ける-3-

情の世界を考える。この考えることじたい、すでに情ではないのだけれど、この世は、なにかとゆうと言葉に置き換えなければいけないし、言葉を紡いで、読み物にしなければならない。特にこの枠組み、ここ、は文化&芸術批評なんてことを標榜してるんだから・・・。

区分のひとつに「男と女」という分け方がある。じゃあ、情とゆう領域でみると、これは何処でどのように分けられるのだろうか。この問題に、もう何年も前から突き当たっている。で、いま思うことは、シームレスなんだ!という思いです。世の中を区分したがる習性のなかで、あえて区分するとすれば、これはシームレス、区切りが無い・・・。そのように思う。

ボクの意識のなかに、男性と女性がある・・・。で、身体は男だから、身体とともにある意識が向く興味は、女性の方へ、である。そう思って、幼年のころからのボクの興味のありかたは、世に区分される、女的なほうに向かっていたと思われる。子供の遊びは、ボクらの時代、明確に男女区分があったようだ。その女の遊びに興味が向いていた。めめしかったのだ。

いまもそうだけれど、たとえば被服の肌触り感がある。男物のごわごわ感より、女物のしっとり感が好きだ。木綿にしろ羊毛にしろ、柔らかい感触が好きだ。女家族だったから、洗顔クリームとか、シャンプとかリンスとか、その他諸々を女性ものを使っているけれど、違和感は全く無い。むしろ整髪料など男物を使ったことがあったけれど、全く違和感を覚えていた。

これっていったいナンなのだろう・・・。そうしていま、情のレベルはシームレスだと認定する。ヒトの情に、幅があって、世の中の区分の、より男よりとより女より区分がなされて、そのヒトが、どの位置にいるのかというのがあるだけのような気がする。曼荼羅には全ての情が含まれて、ヒトの曼荼羅にも全ての情が含まれているのではないか。その全ての無意識から、意識されるもの、これが、そのヒト性質・性格としてあるのではないかと思うのだ。

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2005.11.4
過去・過去・過去

生きてきた過去を振り返る。十年単位で振り返る。
なんとなく10年という単位が、区切りよさそうに思うのだろう。
0才代の終わり、10代の終わり、20代の終わり、30代の終わり、40代の終わり、50代のおわり・・・
6つ目の終わりの<いま>だ。

生きること、生きてきたこと、これはいったい何だったんだろ~?!
肉体が生成し、衰退していく。この衰退期に入った<いま>自分の行為を振り返ってみたい欲望、欲求に苛まれている。
ヒトがそれぞれに、自分の痕跡を残すために金をつぎ込み労力を注ぐ、という実感がわかる。

この文を書いているときに郵便が来た。
ギャラリー新居にて、東松照明展、11/7~11/26の案内はがきだ。
見覚えのある執筆、彼の直筆である。

朝から、写真史のイメージをアルバムにアップしていたとき、彼のことを脳裏に描きながら、作業をしていた。
会える、と一瞬思った。
さてどうだろう、それは不明だけれど、見にいこうと思う。

写真は記録であり記憶を保持する。
82.6.26とサインされた東松照明さんとの写真。
ポラロイドで撮られた写真だから1枚オリジナルである。
奇遇といえば奇遇的に遭遇した東松照明さんだった。
過去の同伴写真をここに掲載することをお許し願います。

30代の後半の3年間。懇意にお付き合いいただき、それからボクの方から疎遠にしていました。
それから20数年という月日が過ぎ去り<いま>
いま出発しようとしているボクは、この頃に原点を置きつつあります。
作家しようと思う日々、残された時間のメインを、作家として生きたい。
どれほどの時間が残されているのか不明だけれども、だからこそ切羽詰るということも云える。
過去は循環し未来となる。

2005.11.7
東松照明展

そう、今日、大阪は淀屋橋にあるギャラリー新居まで行った。東松照明展のオープニング初日。東松さんは居なかった。

Camp カラフルな!あまりにもカラフルな!!
これが展覧会のタイトルです。撮影場所は沖縄。今回、基地の問題がクローズアップされている。
写真は1970年代の撮影から今年2005年撮影の写真まで。最近のは、デジタルカメラで撮られたと聞いた。
何十年と変わらない視線がある。東松照明という写真家のスタイルである。数十年前の写真と現在の写真と、撮影年が付記してなければ、判らない。

テーマがリアルな現実へ戻ってきた。太陽の鉛筆から京都を経てインターフェースへと辿ってきた写真の表面と、思想の在処が、一巡した感がある。
再びリアルな基地を、写真のテーマとして浮上させてきた。
展覧会から自宅へ帰ってきて、テレビをつけると、普天間基地の移転について、知事が反対声明とも取れる発言をしている。
世界軍事地図、そうしてグローバル化の中のアメリカ。生臭い現実が、ここに掉さされる。
風化する時。・・・かって長崎の写真群においてつけられた括りだ。取り扱う写真の問題は<いま>、生々しい世界、現実世界なのである。

2005.11.23
キリスト

イタリア旅行最初の訪問地はミラノでした。案内にはドゥオモと記してあります、聖堂です。そこで遭遇したのが、磔刑のキリスト像でした。
聖堂の中に入ると、なにかゾクゾクする感覚になる。高い天井、広い空間、入って右にはステンドグラス、左に磔刑のキリストの祭壇があった。照明が当てられ、蝋燭台があった。
仰ぎ見るようになる角度で、蝋燭台の前に立った。

ボクの知識は断片の繋ぎ合わせだ。むか~し聖書を少し読んだことがあった。はたちの頃だ。それからキリスト受難の物語は、遠藤周作氏の小説で読んだ。これはもう50になってからだ。マタイ受難曲がキリスト受難の音楽物語だというのもその頃だ。

ボクの記憶の断片を繋ぎ合わせても、まったく全体にはならない断片でしかない。書のなかで、写真で見たことがある。でも、ああ、そうか~って程度の認識でしかなかった。
ジッドの狭き門を数年前に読んだ。信仰に向かう気持ちを説いた小説だと思った。

目に見た磔刑のキリスト像。その飾り立ても影響しているのだろう、ボクは感動する。身体がゾクゾクと震える感覚だ。
ボクは、これまでイメージでキリストを描いていた。現実、現物を見たとき、立ち現れた感覚。これが信仰に向ける気持ちなのかも知れない、と思った。

最近、信仰ということに興味がある。芸術に向かう気持ちと信仰に向かう気持ち。この「気持ち」という感覚についての興味だ。理屈ではなく、感覚である。当然そこから写真のあり方につながる。

まったく未整理のまま、ボクの思いのなかに立ち現れた磔刑のキリスト像だった。いま、ここに、未整理のまま、言葉を羅列した。

2005.12.24
門が開くとき-1-

門は、向こう側とこっち側を区切る境界です。バリアーといえばいい。あらゆる物事に門がある、バリアーがあるといえば良い。
写真においても同じこと。発表できる、つまり人様に見せることができる写真と、見せることができない写真があるようだ。要するに話は、この境界を閉ざしている門のことだ。
この話じたい、危ういものだ。タブーといったり、禁句といったり、触りたいけれど触れない、そんな門の向こう側の話のことだ。

インターネットに繋いで2年少しが経った。自分でホームページを立ち上げ、ブログを駆使している。メールアドレスを方々で公開している格好だ。そういう前提に立って、現在のメール環境を見ると、俗に迷惑メールとして処理されるメールが、一日にどれだけ到着するのだろうか。

迷惑メールとして処理されるメールが100通以上だ。迷惑メールとして処理されないメールも、それくらいある。つまり一日200通以上かも知れない。これが現在の実態件数だ。
これらのメール内容が、ほとんセックス関連である。

セックス関連のことは、ヒトの興味をそそることだ。興味があるからこそ、それが産業となるのだ。かってインターネットがまだなかったころ、出版物、ビデオという代物であった。これがインターネット時代になって、このツールが使われるようになった。あたかもセックス関連の門が開かれたかのような状況が到来しているのだと、認定しだしている。

だからこそ、いまこの現状を避けて通れない門なのだ、と思うのです。
門の向うから、猛烈な勢いでサイバー攻撃してきてる・・・。国際情勢でいえば、アメリカの攻撃をかわすためのテロみたいな構図だ。
ボクはこっち側にいて、向こう側を撃墜できないから、ひとまづ融合しちゃおうと思う。無視するのは、ダメです。嘆くだけもダメです。禁止しても無駄です。だから、受け入れてあげて、融合してあげる。

敵にも理あり・・・。求める心があるから、やってくるんです。無駄な抵抗しないで、門を開いてあげればいんです。反撃するもしないも、ここから始まるのではないか、と思うのです。


2005.12.26
門が開くとき-2-

<男-女の軸>
世の中が男と女の区分軸で成り立っているとすれば、この男と女を取り替えてみれば、どのようなことになるのだろうか。これが興味の発端だ。男のなかの女性、女の中の男性。ボクの捉え方の根底に、男と女の身体的違いを外してみると、男から女へ、女から男へ、変わり得るのではないか、というより男と女のあいだはシームレスではないか、という想いがある。

この風土が、男軸と女軸に分割されてきた風土だとしたら、ここで、いちど融合できないかと考えるわけだ。女装する男がいる。男装する女がいる。身体と心が一致しない男女の性ということもある。ずいぶんと長いことボクは、自分のなかの男と女に着目している。どっちかといえば男的、どっちかといえば女的、社会の掟にしたがって男として生きているのだけれど、かいま見える女性。

ヴァーチャルな環境が広がってくるなかで、男が女に変わることが可能だ、と考えるようになった。女になりきる。これは現在的なテーマではないだろうか、と思い出してきたのだ。多かれ少なかれ、男-女軸風土のなかでは異性願望があるのではないか。そこでこの願望を願望でなく、実践していく、とこのように考えた。

そこでわかってくるものがある。男が女を見る視点ということだ。「或る女」を想定して虚構として創りあげていくことが、ヴァーチャル環境ではできる。そのように考えたのです。この実験はさまざまな誤解を招くと思っているのだが、目的は、男-女軸の見直しなのだと認定している。二分法から融合へ、である。あるいは混沌・・・「とりかえばや、男と女」河合隼雄さんの著作を読んだ。ヒントはこの中にあった。

男の立場で見ていた男や女の習性を、女の立場でみると、その習性がどのように変わるのか。男女の群れのなかにいて、どのような変化が起こるのか。それは自分の中の問題意識だ。


2005.12.31
門が開くとき-3-

門を開いた向こう側は、混沌の世界だと思う。分割整理されたこちら側には、苦しいけれど安定した領域だ。ところが、たぶん、向こう側は、不安定、混沌の世界だ。

ヒトの心のなかに、この混沌の世界があると思う。未分化領域、無意識領域、混沌領域だ。情が動く、情動という場所は、この混沌領域をねぐらにしているようだ。

男であることと女であることを、分割されたこちら側の区分だとすれば、男であり女であることは、向こう側の混沌の世界だ。いや、ここで男、女という区分を持ち出すことじたい、こちら側の発想だ。

このテーマを持ち出すのは、現在の写真表現の領域で、また文学表現の領域で、極私的視野が必要になっているからだ。情動はエロスである。極私的視野はエロス視野である。開かなければならぬ門は、エロスの門である。

情動はエロスだとすれば、この情動は封印されてきた。公共園という概念がある。この公共園のなかで封印されてきたのだ。封印を解くことは、もうひとつの公共園を、あるいはオルタナティブヴィジョンを立ちあがらせることだ。

この領域は妄想である。妄想の具体化は、たぶん反社会的なのだ。芸術は妄想の具体化。芸術が既存の領域を打ち壊すものだとすると、妄想の具体化は秩序を壊して混沌へ導くものになる。

科学がヒトを分析し、その身体構成をミクロな領域で解明していく。芸術は科学を超えた妄想だから、ヒトを科学を超えた妄想によってイメージ提起をしなければならぬのだ。


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