芸術に向かう心
2006.9.30
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ぼくには、芸術というと、なにか高尚な精神の産物というイメージがあるんですけど、どうなんでしょうね。高尚な精神なんてゆう表記も、ちょっとおつでおすましかげんのかっこよさ、みたいなイメージですけど、心のおもむくままに深いところへ落ちていく道筋だ、なんてことをイメージしてるんです。

水平垂直のはなしで、垂直が自己超越と自己崩壊で、芸術はやっぱり自己崩壊の深みだなと思ってしまうんですね。そうすると自己超越とは、宗教だね。

高尚な精神の反義語は、お下劣な心、とでも定義しておきましょう。いいえ、内側でね、見つめていくとね、このお下劣な心ってのが垣間見えるのですよね。高尚な精神を求めて宗教、お下劣な心を求めて芸術、っとまあ、こうゆう図式になるんだとぼくは思うんですね。

文学も美術も、宗教に交わることで営まれてきた精神だったと思うんだけど、それを切り離してしまう現代といえば、芸術は、お下劣な心の具現化だ、なんて思ったりして、崩壊の道筋をたどっている感じ・・・。

そういえば最近
2006.9.29
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なにかしら終わったな、って感じがしてきて、それで文筆がすすまないのかも知れないですね。

引用;すべてのホロンは全体/部分なので、それらはさまざまな「引き」を受けるのです。全体であらせようとする引き、部分であらせようとする引き、引き上げ、引き下げ、すなわち、エージェンシー、コミュニオン、超越、崩壊です。(P41)

これに則していうと、水平的なエージェンシー、コミュニオンが縮小し、垂直的な超越、崩壊のほうへきているのだと思います。
超越は、より高いレベルへの移動・自己超越・崩壊は、より低いレベルへの移動・自己崩壊。

なんだか、どっちかいうと自己崩壊の方へ向かってしまったのかも、なんて思ってるしだいで、うようよしてる感じですね。いったん崩壊させてしまえば、ふたたび高いレベルへのぼっていくようになるのかも知れない。でも、まだしばらく、低いレベルのところで、うろちょろしてしまう感じですね。まあ、待つしかないんでしょうね。

秋めいて
2006.10.26
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日時の過ぎるが矢のごとし、いつになく早く過ぎてしまうような感じがしてくるのは老いのせいだと思います。日々、なにかに追い立てられてるような気分のなかで、あれもこれも、と思いをはせて、けっきょくできることはたかが知れているんだから、ゆっくり地に足着けてやればいい、と言ってあげているんですけど・・・。

なにに追い立てられているのかといえば、命の終わりが迫っているという切迫観念です。


2006.12.4
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この海は、越前海岸の海です。京都と金沢へ往復するときに通る越前の海です。京都に生まれ育ったぼくには、海は日常の光景のなかにはない光景です。たまたま写真を撮るようになって、いま、越前のこのポイントに立って、通るたびにカメラを向けてシャッターを切っています。この海の向こうに朝鮮半島があります。このポイントに立つたびに、ぼくの記憶はとおい処へ誘われてしまいます。

小学6年生のときだったか、クラスの友だちがその半島へ帰っていったのです。それから50年ほどの歳月が過ぎてしまったわけですけれど、最近、むしょうに思い出してしまうのです。その友だちの家は理髪店をやっていて、ぼくの母が理容師の免許をもっていたので、毎年、年末の繁忙期に仕事をしていたのです。理髪店はぼくの友だちの兄がやっていて、ぼくはよく遊びにいってたんです。いま、友だちの家族の顔をふつふつと思い出しながら、この海の写真を載せ、文をしたためています。それはまた、母への追憶でもあるのです。

鏡石
2006.12.7
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京都は鹿苑寺(金閣寺)の北方向、山沿いに歩いて5分ばかりの処に「鏡石」があります。山際に露出した石です。昨日のことですが、その鏡石を写真に収めようと思って、出かけたのです。自宅を出て、いくつか道草を食いながらたどり着いた鏡石。どこが鏡なんよ、ただの山肌に露出した石じゃないか。

念のため、聞き伝えですが、かって地殻変動によって京都盆地が形成されたときに、地すべりの結果、岩が切り落とされて鏡の面のようになったといいます。ボクには、鏡石はその痕跡だという認識です。

子供のころといっても小学生も上級のころだと思いますが、自宅から遊びに行く最北端が、この鏡石でした。ボクの推測ですが、鏡石の前の通りは、千束&鷹ヶ峰に通じ、そこから山越え(京見峠)で山国、美山へ、そうして小浜に抜けていく街道です。そんなことを思い浮かべながら、子供のころの記憶へと入っていくのでした。

<リンク>
中川繁夫寫眞集
中川繁夫の寫眞帖
中川繁夫の釜ヶ崎寫眞帖