中川繁夫写文集

2015年01月

<自然>を考える

自然を考える 2006.2.21~2006.4.12
    002_800yama0801010004
-1-

自然派生活のベースに、採取生活を採り入れてみる。その具体的な手段として、山へ入って木の実を採取する。自然食品ブームで、山菜や木の実が注目されてきていて、あたかも自然のままを装って、栽培される商品として、山菜・木の実があります。ここでいうのは、そうではなくて、実際に山へ入って、自生種の山菜や木の実を採取するということです。

理想的にいえば、山菜や木の実を採取する土地は、共有のものでなければいけません。ここに掲載した写真は、胡桃と銀杏なんですが、これは私有地において採取できたものです。でも、山へ入って採取する、と云っても、自分の私有地でない限り、土地所有者がある現状では、純粋自然採取にはならないですね。ここに問題があります。

領土問題とか、国境問題とか、そこまで広げちゃうとことは簡単に処理できない状態に陥りますが、でも一種ブーム化している山菜採りとか木の実拾い・・・これなんかも突き詰めれば、大小の違いはあっても、他人所有の土地にて行う違法行為(笑)なんですね。じゃあ、どうすればいいのかな?考えてしまいますね。

ここで思うことは、制度上、持つ者と持たない者があるわけだから、この両者がうまく共有できる方法を模索することだと思います。これは、所有権をどのように捉えて、所有する者と所有しない者とが、うまく融合する方法のことです。

自然を考える-1-

<自然と文化>
自然とは、ありのまま、素のまま、なにも人間の手が加えられていない状態・・・。<自然>ということを考えてみます。自然とは、地球環境でいえば、人間の手が加わっていない状態を想定します。人間の手が加わっていない状態を自然状態とします。そしてボクは、ここで<自然>と対になった概念を<文化>という言葉においてみようと思います。

動物や植物という生命現象をもった生成物は、地球環境に順応して生命を維持しています。鳥たちが、虫たちが、猿や猪や鹿たちが、それぞれに地球環境に手を加えずに、生命を維持しています。樹木や草花なども同じです。ここで、自然のままにと想定するのは、この動物や植物が生命を維持している状態です。

ボクは、人間の英知を否定するのではありません。現代科学技術の最先端を否定して、自然に帰れとは全く考えていません。人間が自然に手を加え、加工してきた全てを文化という概念でくくりますが、この文化を育んできた力を褒め称えてあげたいと思っています。そりゃ、現象の個別には否定的見解が多々あります。戦うという概念なんて、否定的見解の最たるものです。

自然を考える枠組みも、当然のことながら、現代の文化状況に立った上での<自然>ということになります。むしろ、文化に包まれたボクの日々生活のなかに、自然がどこまで発見できるか、という試みでもあるのです。そこで、ボクたちが日常的に<自然>と云っている中味について点検していきたいと思っているわけです。その最初は、ボクの体を養う食料について考えていきたいと思います。

自然を考える-2-

<自然>というなかには、ありのまま、という捉え方があります。つまり人間の手が加わっていない状態、ありのままの状態です。究極、本当にそういう状態があるのかどうかは別にして、まあ、極力、ありのままの姿を維持している状態をいいます。

山の食べ物でいえば、自然、山や野に自生する山菜とか木の実です。ヒトの集団が、採取生活を営んでいた頃、縄文時代以前、参照すべきイメージとしては、そこです。一応、現代文明につながる以前の文明・文化の中にあった<自然>です。ボクの興味は、そのへんにあって、できるできないは別にして、採取生活を優先的に取り入れてみたいと思っているのです。そこに自分を置くことで、意識のあり方が変わってくるのではないか。そのようにも思うのです。

自然を考えるということは、生活態度を変えていくという前提が含まれます。様々な技術と道具に囲まれた現代生活です。野菜をつくる農作業といえども、技術のかたまりです。ましてや農機具を使った栽培など、現代技術の集積です。ボクは、現代技術を否定する気は、毛頭ありません。地球環境に様々な影響を与えてきたとはいえ、ヒトの物資的生存をより豊かな環境にしてきたのだから、その価値は大いに認めます。

つぎにヒトの置かれている構造を考えると、心の部分と物質の部分の綜合で成り立っているのがヒトです。ヒトを構成する心と物質。ヒトを物質関係で連なる人、人間関係。そのここのヒトの心の関係が、ボクの注目しているところです。ヒトの心が置かれている場所が、現代技術に満たされた場所であり、この場所において、心の疎外が起こっているとすれば、この現代物質圏から心を遠のけることで、安息・安定を求めている場所が見つかるかも知れないと想像するのです。自然と文化という対置関係において、捉えられる視点です。

自然を考える-3-

ヒトが生存するための基本に、食べることがあります。この食べることの食料、農産物生産の現場が、現代技術に満たされた場所であるかぎり、心の疎外が解消されることはないと思っています。山へ入って、山菜を採取し、木の実を拾って食べる・・・。これで賄えられればいうことないのですが、そうはいかないのが現実で、栽培野菜に依存することになります。

この野菜栽培は、現在の全体を見る限り、化学肥料や農薬を使って、機械による大量生産がおこなわれています。でも一方で、自然環境保護だとか、人体への影響などの認識が高まり、有機肥料による無農薬栽培が注目を浴びてきています。大手スーパーマーケットなどにおいても、その種の販売コーナーが設けられたりしています。 しかしこれらは、化学肥料と農薬から、有機肥料と無農薬へと手法が変わるだけで、現代農法を放棄したわけではありません。

心の開放と食料を一体のものとして捉えるなかで、仮説として、自然のままの食料を手に入れることを置いたとき、農法じたいを自然のままに戻していかないといけないと思うのです。たとえば、赤熊自然農園(京都府亀岡市に所在)では、不耕起農法を長年にわたって研究されています。自然農法といわれるもので、なるべく自然のままに、野菜類を育てることを主眼に置かれています。土の力と野菜の生命力を、最大限自然のままにまかせようとの試みです。

この自然農法と自然採取で、自らの食料確保の手段としていくこと。このことが、現代物質圏から一歩でも遠ざかる手段となりうると考えています。生命が自然と一体のものであるという認識を、自ら自覚していくことが必要であり、壊されつつある自然を、恢復させるという全体の目的を思うと同時に、心の開放をも夢見るのです。



京都で写真を学ぶなら
 <京都写真学校>

日々徒然-1-
2014.1.1~2014.1.14
  120kyoto1401010007
-1-

2014.1.1
新年、朝から、パソコンに向かっている。
これはまた、どうしたことかと、思ってしまう。
元旦ってゆうのは、田舎へ行くことが多かった。
久々、京都で迎える、暇な元旦、2014年
年号でゆうと平成26年、西暦で2014年ですね。
昭和21年、1946年生まれだから68歳になる。

中途半端な一年になりそうに思う。
若くもなく、年寄りでもない、中途半端さ。
写真も新しいテーマが定まらず。
写真学校も先行き不透明。
自分の立っている場所を考える。
社会的基盤というやつです。

ぼくなんかは、行先があるからラッキーかも。
ヒマつぶしにパソコンがあるから幸せ。
とりとめなく雑文を書いて時間を潰す。
でも、先々のこと思うと、落ちこみます。
決してラッキーではなくて、アンラッキー。
音楽、文学、写真、陶芸、いろいろ経てきました。

なにが残るのだろうか。
結局、ひとりよがり体質は変わらないなぁ。
組織化を嫌って、作っては潰す。
そうして、孤独にさいなまれるんですね。
いよいよ、ここまで来たか、なんて思う。
今年もまた、紆余曲折、元気でいたいです。
  120kyoto1401010006
-2-

正月は二日には長女夫婦と孫が訪問してくれた。
孫二人はそのまま泊まって翌日には金沢へ。
敦賀までR161号、敦賀から高速に乗って、午後4時過ぎ着。
その夜は夢の湯、サイゼリア、イオンの食料品売り場へ。
翌日4日は雨、雪がない金沢の正月、雨が降っている。
昼をはさんで買い物、夕方からは妻の姉妹が集まる。
帰路は金沢から敦賀まで高速、敦賀からR161号で帰着。

ことしの読書は「風俗小説論」、中村光夫氏の文学評論。
昭和25年に書かれた「近代リアリズム批判」、名著だと思う。
ぼくの文学歴のなかで、初期、影響を受けた書です。
今、再び、文学への傾斜を認めるぼく自身のこと。
耽美試行というタイトルのブログを昨年末に立ち上げた。
平成風俗小説論、現在の小説と寫眞の環境を考える。

小説を手がけていきたいと思っているところだ。
すでに名を伏せて書いてるけれど、文学作品にはならない。
ネット時代のネット小説の、風俗文学の限界を思う。
現在の文学状況なんて知る由もない現状ですが。
かって学んだ論をベースに展開しようと思う。
さて、この意志がどこまで続くのか、三日坊主かな。

寫眞と小説。
昭和とか平成とか年号を使うことに抵抗がなくなった。
むしろ、ぼくは右翼っぽくなったのか、神社へ。
ロマン主義、耽美主義、そちらの方へ、傾いていく。
残された時間を、年月を、どちらに向けるかといえば。
やはり、一番興味がある領域へ、と思うところです。
釜ヶ崎も白虎社も京都も、ロマン主義、ロマンリアルです。
  120kyoto1401010012
-3-

急ぐことなかれとは言い聞かせても急いでしまう。
何回も始めて終えて始まって終わっての繰り返し。
ひところなら戻ってもやり直しが効くなぁと思ったけど。
いま戻ってももう一度構築なんてできないなぁ、と。
平均的年齢による自分換算をしての結論。
だから急ぐ気持ちが起こって押さえて言い聞かせだ。

風俗小説論、中村光夫氏の文学評論です。
1950年に書かれた文学評論で、近代リアリズム批判です。
これは大学にはいる前後に読んだ感銘深い文庫本です。
それをとり出してきて、読んでいるところです。
20世紀前半の半世紀、日本文学の小説の方法です。
いまの立場で思うと、文学もモダニズムであった、と。

文学の動向は、その後、離れているからわからない。
戦後文学、その後の動向がつかめない。
かってあった純文学というジャンルは解体した?
空想物語とかポルノ的物語とか、通俗小説になった?
どのように読み込んでいけばいいのだろう。
あらためて、いま、文学史を勉強しようと思っています。

文化研究という側面でいえば、小説の構造です。
文化状況と文学状況、生活空間と小説空間。
音楽、映像、小説、感覚でいえば聴覚、視覚、想像力かな。
作りたいとは思う、小説を書こうと思う、文学として。
でも、通俗小説、風俗小説、それもいいだろうと思う。
軟派文学、えろ小説、大衆文学、いいじゃないか!
  120kyoto1401010017
-4-

成熟と崩壊なんて題の小説があったような気がする。
いやちがうそんなタイトルではなかったかも知れない。
それでふと小説は仮構であって事実ではないと思う。
小説は物語であって想像力の作り物の世界であろうと思う。
目の前に起こったことを記述しても作者のフィルターがかかる。
事実が出来事として記述されたとたんに仮構となる。

自分の中でそういう事実確認をしたうえで考える。
持つ者と持たない者が水平関係でいられるかどうか。
理想の関係が崩壊していくと感じたとき人はどうするか。
対等なんてことは理想であって、やっぱり現実にはありえない。
そうゆう場面にさしかかったときは引きさがるしかない。
空しいけれどこれが現実を生きることなのでしょうね。

人生劇場は実験劇場、幕があがって幕がおりる。
幕がおりたあとの客席は、次の開幕を待つだけです。
最後のステージは、どのような劇になるのだろうか。
次の登場人物は、ストーリーは、どうなるのだろうか。
台本を書かなくっちゃ次が始まらないですね。
やっぱりいまの時代、滑稽な物語にしなくちゃいけない。

築きあげえた成果でものの価値が計られるのなら。
純粋さというものが第一に尊重されねばならぬ倫理であるなら。
ふとよみがえってくる小説の冒頭、たしか高橋和巳。
我が心は石にあらず、本を引きだして見る。
なにかしら知識人ぶってる自分をみて空しいけど。
人は生きるその支えに何を求めているのでしょうね。
  120kyoto1401010021
-5-

もう30年以上も前に撮った白黒フィルム。
デジタルにスキャンし始めて丸二年になります。
釜ヶ崎、京都が終わって白虎社の途中です。
順次アルバムに載せていってるところです。
まだ残っています、大量に、最後までできるかなぁ。
昔の写真と今の写真、それだけで歴史であり記録ですね。

今日は、連帯フェスタの打ち合わせ会があります。
今年でもう6年目になるのか、釜ヶ崎で撮った写真を展示します。
今年は4月28日(日)、万博公園お祭り広場にて展示します。
テントふたつ、壁面パネルにラミネート加工した写真を張ります。
釜ヶ崎現地の労働者が展示を手伝ってくれます。
今年は新作なしで、昨年までに使ったのを再構成しようか。

運動体が運動のために使ってくれる、それに使う。
これはこれで写真の役割として機能しています。
その場に集まってくる人たちが見て、記憶にとどめてくれる。
今、ブログで当時の取材日記をデジタル化しています。
写真もブログに載せはじめています。
それらも含め、今日は会議です。

朝から、写真学校、この4月からのカリキュラムをまとめた。
紆余曲折、現在のプログラムはいったん終了します。
その次は、時流に沿ったテーマのワークショップを構想します。
月に一回程度の写真ワークショップ、コンセプト中心です。
カメラの扱い方なんてことは、プログラムには入りません。
必要とあれば、別途、個人対応でもいいのかもと思ったり。
  120kyoto1311180001
(おわり 2014.1.14)

京都で写真を学ぶなら
 <京都写真学校>

徒然日記
2013.3.29~2014.1.14
  120hana1311130014
-14-

2013.11.13
寒くなって、冬到来って感じですね。
灯油が高くなって、経費がかかります。
年金生活、金銭的にはまったく豊かではないです。
だから、せめて、こころでも豊かにしようと思う。
こころの豊かさ、いったいどんな状態をいうのか。
こころおだやかな状態、ストレスのない状態。
年と共に生き方の価値観も変わってきます。
余分なものは捨て去って、気楽に生きよう。
そのように思うけど、なかなかですわ。
  120kyoto1311250001
-15-

社会の仕組みの中に生きている。
自動車の車検、2年に一回です。
今朝、カローラのお店へ持っていく。
なにかとお金がいります。
一式で十数万円の費用、年金1ヶ月分弱。
なにかと経費がかかるから、どうしようかと。
次の免許切り替えが5年後だから、そこで切りに。
なかなか手放せないというけれど、その気持ちはわかる。
5年後といえば72才になっている。
引き際だと思うけど、田舎生活、どうするか。
悩んでいても仕方がないけど、悩む。

-16-

昔、昭和20年代、1950年代のころの雑誌。
奇譚クラブとか風俗草紙とかがあったというはなし。
今でいうSMの初期雑誌とでもいえるのでしょうか。
小学生のころ、見たことがあるんです。
不思議な感じ、女の人が縛られて、みたいな。
それから半世紀以上が過ぎて、ネットで発見したんです。
その雑誌の誌面がスキャンされてブログに載ってる。
記憶が、思い起こされて、なつかしくって、どうしよう。
なんだか、裏面史というか、芸能秘話というか、ですね。
シュールリアリズムといえばいいかも。
耽美派といえばいいかも。
そういう世界があるんですね。
そういうところへ出入りしたことはありません。
人間の、男子の、本能をかきたてる世界かも。
正面から取り組んでみたいとは願望的に想う。
  120kyoto1311250002
-17-

パソコンでネット環境を使うようになって約10年です。
たしか1996年ごろにホームページのことを知った。
1985年ごろか草の根BBC、パソコン通信を使った。
およそ30年の時間のなかで、飛躍的に拡張した環境です。
ネット環境はメディアの形だと思うんです。
個人の内面が、パソコンを通して、直結するメディアかも。

かって、手に触れる、目に見える、この環境しかなかった。
それが、手に触れなくても、目に見えないところで。
ネット環境のなかで情報が手に入るようになっています。
書店へ行かなくても本の内容が手に入る。
図書館へ行かなくても調べものができる。
パソコンに向かって、なにもかも事足りる。

ネット環境を使て個人が情報発信ができる。
ブログなんかは全部お膳立てしてあって文章を書くだけ。
見栄えよく、自分が変身できるツールです。
同人誌とか個人誌とか、冊子にしていた時代があった。
最近はまた、紙媒体で情報を発信する傾向があります。
写真の本、文章の本、少部数発行できるようになった。

これらが実現してきたことの背景に、技術革新があります。
通信環境、電話が今のスマホになるまでの経緯。
子供の頃、半世紀前は、町内の富裕家にしかなかった電話機。
それがいまやだれもが手元に電話機、携帯・スマホです。
パソコン環境だって、30年でものすごい進化・深化です。
そんな時代になったことは、やはりうれしいことです。
  120kyoto1311250004
-18-

ここも整理しなくちゃと思いながら書いています。
パソコンでHPを作ったりしだして10年がたちます。
なにかとチリが積もって古臭くなった。
ブログをいくつが消しました。
愛着があって忍びない気持ちだけど。
だからここも消そうかとおもながら、今はあります。

積上げてきたことを自分で否定するのはきつい。
せりあげてきていただけに、ショックは大きかった。
でも、これまでにも、何度かあったことだ。
三日たって、もう気持ちも落ちつきだしたと思える。
空しさと寂しさとの寂寞感に耐えています。
あとは淡々と終わりを迎えていく手続きだけだ。

10年やってきたことだし、それなりに老体になったから。
受け入れてくれるところでやっていこうと思う。
よろこばれてなんぼ、それだけです。
いやがられて、いることはない。
京都写真学校、もういいですね。
新たにはつくれないけど、それでよい。
  120kyoto1312300008
-19-

2013年の年末になってきました。
今年も残すところ4日、今日は金曜日。
なにかと一年、振り返ると、多々ありました。
政治の世界では、経済の世界では、です。
もう大きな世界の出来事は、関係なし。
小さな、些細な出来事で、感情が動きます。

10年間積もり積もった過去を清算したい。
清算したいといっても表面だけだけど。
ブログを大分解消しました。
写真学校関係はクローズです。
自分の作品となる写真関係のブログ。
アルバム類も整理しだしています。

身軽になって、あらたなる世界をなんて言ったって。
60の手習いじゃなくて、70前のあがき。
まだ枯れるには少しばかり滓が残っている。
この滓の処置を、自分できめていかなければならぬ。
2013年、ほんとに一年が早く過ぎた、年寄感覚です。
まだまだ、生かしてもらえるのかなぁ。
  120kyoto1312300012
-20-

新しい写真表現のトレンド、新しい潮流。
このことについて、自分の感性が対応しているか。
そう自問するのは、かなり怖いことでした。
今年の自分をふり返ると、過去しかない。
現在と未来がない、このように思うのです。
かなり時代のトレンドとずれているなぁ。

京都写真学校のカリキュラムは10年前です。
小刻みな変更は施してきているところだけど。
枠組みの基本は、10年前のフレームです。
フレームがそうであっても内容が現在ならよろしい。
この内容についても、10年前のコンセプトだ。
やはり、このことが自責の念に駆られるところです。

もう一度組み直しにチャレンジしたいと思う。
あらたなフレームを模索しています。
写真家と名乗った。
これまでかなり抵抗があったけれど、です。
名乗ることによって、責任が生じるように思う。
写真批評家ではなくて写真家です。

京都写真学校の試みは不作に終わった。
広報媒体はネットのみ、お金を使わない写真学校。
時代に合った内容とトレンドを作りだす装置。
この想定が出来えなかったとの反省です。
来年一年は継続するとして、その次はない。
いま、このように決断して、新年を迎えたい。
  120kyoto1312300015
-21-

暮れも押し迫った大晦日前日の今朝。
音楽はハンガリー舞曲が聴きたくなって。
言葉は、耽美。
耽美について、ウイキペディアを参照。
そうしていま、このブログへやってきた。
どうしようかと迷いながら、キーを打つ。

耽美という得体の知れないイメージが立ち昇る。
谷崎、三島、渋澤、それにボードレール。
バタイユとかも含まれるのかなぁ。
それにしても自分的にとらえて内省してみる。
興味のほどは、どうもそちら方面へ向かっていた。
自分の性格的方向といえばいいかも知れない。

いまさら、ではなくて、いまだから、だろうと思う。
若いうちの体力ではなくて、老体の体力だから。
内に沈んでいく感性が求めている領域。
耽美という領域に、こうして言葉にすること。
文学の世界、寫眞で求めているのも耽美かも。
ああ、これらは時代の裏面史だ。

寫眞における荒木さんなんぞは耽美派か。
森山さんは自然派だね。
東松さんなら、そのように言うんだろうな。
東松さんが亡くなられて一年が経つ。
まだ夜があけない朝に、想いはめぐるばかりだ。
耽美について、論究していきたいけど。



京都で写真を学ぶなら
 <京都写真学校>

徒然日記
2013.3.29~2014.1.14
    120siryo1310180001
-7-

宝塚メディア図書館の蔵書の写真集。
この写真集をひろげて、写真に撮っています。
ページを作家別にして、写真の歴史が俯瞰できるように。
この前にはブログで名取洋之助から、数人分、作りました。
そうこうしているうちに、やっぱり関西の流れも、と思った。
浪華写真クラブ、丹平写真クラブ、シュピーゲル、等々。
1930年ごろから、掘り起こしていこう思うところです。

思うまではよくって、少しやり始めると欲がでてくる。
だんだんと大きくなってきて、それをやろうとする。
それが大きすぎて、けっきょくできなくなる。
途中で行きずまってしまう。
目が疲れてきて、見えなくなってきた。
思うことだけは思うけど、中味がともなわない。
それなら最初からやななければいいのに。

歴代の写真家たちを取り上げて、何を見ようとしているのか。
作品、そのイメージ、こんな写真、あんな写真。
でも、その時代と、今、年月が過ぎ去って、見方も変わる。
何のためにとってたんやろ、と思う。
仕事で写真を撮る職業なら、クライアントのために。
では仕事ではなくて、撮る写真は、何のために?。
この「何のために」の中味こそを、明らかにしたい。

釣りとか、ゴルフとか、ヨットとか。
ぼくは全くしないけど、これと同じレベルで写真。
趣味とか遊びとか、そういう範疇で括れる。
そのために、人が集まり、競い合う。
コンテストとか、グループ展とか・・・・。
でも、そうではなくて、何ンのために撮るのか。
これが時代と共に変わってきていると思う。

文学との共通項、写真を撮ってまとめる。
その行為は、自分を表現する手段として。
自分の内面を見つめる作業につながる。
ぼくの文学体験からくる、そのあり方論。
それを写真を撮っていく、あり方論に転用だ。
おそらく、どうなんやろ、内面の記憶と記録の表出。
もうちょっと具体的に、書き出さないとあかんね。

-8-

2013.6.1
音楽CDをパソコンに取りこんで630枚ほど。
クラシック音楽が主ですが。
パソコンの能力が向上したから音もいい。
バッハから始まって、映画音楽とかまで。
いちおうクラシック音楽といえるものを網羅か。

写真においては、自分が撮った写真が。
それと歴代の写真をコピーしておきたい。
そう思っても、なかなか進まない。
つい最近、日本の写真家の写真をコピーしている。
ぼくのなかで、関係する作家と写真集からの抜粋。

写真の歴史をまとめたいと思っています。
写真史の外観をならべてみる。
作家とその作家の写真を一記事にして。
関西の写真史1980、ってのもやってる最中。
なかなか、次に進まない、気持ちが、です。

写真を撮る、ちょっと遠のきそうです。
撮らなくっても焦らないようになっています。
実質、京都は終わった感じもします。
花にチャレンジだけど、これはこれから。
とはいっても、興味的には、つなぎですね。

作家を名乗りはしませんが心のなかは。
けっこう複雑な心境です。
ただ淡々と撮ればいい、なんてわけにはいかない。
自分のなかでの葛藤ですね。
ちょっと区切りの年になるかな。

-9-

宝塚市逆瀬川にある宝塚メディア図書館。
そこへ週に一遍、行くことになって約一年が経ちます。
10年ぶりのことだったから、戸惑いがあったけど。
だいぶん気持ちも通勤にも作業にも、慣れてきた。
たぶん、最後のお招きであるように、思えます。

なんてったって、自分では自覚しないけど、年が。
高齢になるということは、それだけ動きが鈍くなる。
前向きのエネルギーが少なくなってしまう。
このエネルギーは体力に関係してると思うけど。
ふんばりがきかない、集中力がなくなる。

そんななか新しいシステムとして、宝塚メディア図書館。
お呼ばれして、入れてもらえて、とってもうれしい。
人との関わりが、つまり世界との接点になるから。
たぶん、最後のチャンスだと、思えています。
人間、仲間がいないと、淋しくって虚しいものだ。

昨日は光影会の撮影会で越前海岸へ。
今日は京都写真学校の開講日。
なにかと時間が詰まってくると撮影がおろそかに。
京都の写真ももう取材ストップというところ。
気持ちの成り行きにまかせて、ストレス溜めないように。
  120tabi1306080024
  120tabi1306080025
-10-

ベートーベンの英雄、第三番ですけど、いま聴いています。
聴いているというより、パソコンから流れてきている。
ちょっと違うなと思ってみたら、バーンステインの指揮。
いつもカラヤンのベートーベンを聴いているから。
でも、いま、思い出したけど、高校の時はバーンステイン。
どっちかゆうと派手な大ぶりなイメージのバーンステイン。
いまやどっちでもいいわけですけど。

この徒然日記と愛と癒しのと花のワルツ。
続けて書いたけど、三つのブログですが。
ぼくの個人的な、私的なといっても公的な。
言葉をつらねているブログです、お遊び。
いろいろと使い分けていて、たくさんあるんです。
フェースブックとツイッター、これも使っています。
記事はブログで書いて載せて、SNSへ転送しています。

いちおうブログは、開かれていて、誰でも見れる。
SNSは会員に登録しないと、見れません。
ぼくの発表するものは、すべて一般公開です。
一切の限定はつけていません。
危険とかリスクがあるとか、そうかも知れない。
でもそれ以上のメリットがあると思っています。

ほんとうの日記は、おもてには出せません。
表出する中味は、読んでもらってもいいもの。
匿名にしてないかぎり、やっぱり表面、繕います。
言葉も可能な限りつぶして、文体つくり、します。
文筆家になれなかったけど、しやないですね。
もちろん写真家にもなりきれていませんけど。
今日は、ここまで、久しぶりでした。

-11-

どうも最近は鬱気味ですね。
原因がどこにあるのかわからないけど。
年齢的なこともあるんでしょうか。
ハッピーに、とは思っているけど、いけない。
前向きの姿勢が、後向きになってる気がする。
一人でいる時間が多いからかも。

置いて行かれてる気分です。
時代の波にのれていない。
悠々自適なんていいほうに解釈。
世間から抹消されてしまうんではないか。
なにかくらいこと書いてる。
書くことがなくて、行き詰まります。

外向きのネット中毒にかかってる。
そのように思えるけどやめられない。
ああ、たばこのときも、そんな感覚だった。
やめることは、失うこと、喪失感。
世間との窓口、良きにつけ悪きにつけ。
他者との接点、でもみんな遠いところにいる。

-12-
  120tabi1307060009
今日は月曜日、金土日の出来事を書いておこう。
金曜日は、宝塚メディア図書館へボランティア。
この日は大阪府庁へ、以前のWTCビルの38階へ。
NPO法人の件で相談、ということで行った。
かってIMIがあった場所だから、感慨深い気持ちでした。

それから土曜日は、光影会の撮影会。
日本海の舞鶴から高浜へ連れていってもらった。
舞鶴は20年前に単身赴任していた街だ。
引揚記念館、海上自衛隊見学、あじさい園へ。
高浜は七年祭ということで神輿を写す。
神社から海へ、神輿を中心に撮った。

それから日曜日は、京都写真学校の開講日。
受講生が一人となった9年目だ。
カリキュラム等について、いろいろと悩むところだ。
なにかと勉強不足で、「いま」に対処できていない。
最近情報については、そのように思えて仕方がない。

三日間、連続で外出すると、疲れます。
今日は午後から植物園でも、と思っていたが。
いやはや、天気が良すぎて、暑くて自宅待機だ。
自宅待機だと思うことじたいが、老いた証拠だ。
これを書いていて、そのように思う。
というのも、ひところは、だから撮影となったわけだ。

いすれにしてもストレスを感じないように、と。
何事も重荷にならないように、と。
悠々自適、マイペースで、なんて思っているけど。
やっぱり気になることだらけ、凡人だ。
思うように年老いて枯れていけるのかどうか。
外的には高齢者の部類に入った自分だから。


このページのトップヘ