フォトハウス写真評論-3-
2004.07.07
2004.07.08
2004.07.09
2004.07.07
写真の歴史-1-写真発明のころ
写真発明のころっていうと19世紀前半です。
英国やフランスで写真術研究がおこなわれていたんです。
1839年にフランスアカデミーがダゲレオタイプの写真術に特許権を与えたので、
写真の発明はフランス、ということになっています。
写真の発明っていうのはフィルム、印画紙にあたる感光材料の開発だったんですね。
装置としてのカメラは、カメラ・オブ・スキュラといっている暗箱で、
すでに絵描きさんが下絵かきに使ってたんです。
いまの状況でいえば、フィルムがデジタルになる、
デジタル装置の開発とでもいえますかね。
最初の頃って大変だったと思いますね。
フィルムにあたる支持体に銅版使ったりガラス版使ったりですね。
感光材料を混ぜる定着剤(材)に卵白使ったりゴム使ったりですね。
工業製品となった現在のフィルムは、
セルロイドに銀を混ぜたゼラチンを塗ったものです。
ですから、この材料をつかった写真プリントを「ゼラチン・シルバー・プリント」といいます。
その当時の写真術っていうのは、化学実験とでもいえばいいのでしょうかね。
あの手この手を使って、光を定着させようと努力しています。
趨勢がデジタル写真に移行していく現在から近未来において、
フィルムを使った写真が行くべき方向として、
この発明前後の原点回帰の方へという指向があります。
つまりカメラと感光材料であるフィルム(印画紙)を手作りしていこうとの指向ですね。
この傾向は身体行為としての写真作業が根底にあります。
心と身体のことが論じられる昨今の思考の流れとの合流ですね。
野菜を有機栽培する手作り的な傾向と同じような傾向ですね。
写真が発明されるころって19世紀前半から半ばです。
そのころの工業力ってまだまだ未熟時代だったんですが、
未熟だったからこそ、まだ心と身体が融合していた時代だったのかも知れませんね。
フィルム写真の160年余りをいまあらためて遡っていこうとの思考が、
デジタル写真時代のフィルム写真が残る手立てなのかもしれないと思っています。
2004.07.12
写真の歴史-2-発明の頃
写真が発明される19世紀の前半から半ばにかけての時代って、
どんな状態だったんでしょうかね?
写真が発明される1839年頃のフランスです。
農業国から工業国への変化が起こってくる時期だといいます。
交通の便がよくなり、都市が形成されて来て、近代国家が誕生してくる時期ですかね?
1850年代にはパリの都市改造計画(オスマン計画)は行われて、
幹線道路や上下水道が整備される時期にあたります。
そういう時代に写真術が発明されるんです。
市民層人々の意識のなかでの欲求も増大してくる時代だったのでしょうね。
所有や娯楽への欲求がそれまで以上に増大してきたんでしょうね。
そんな欲求・欲望のなかで写真が誕生してきます。
市民が絵描きに肖像画を描いてもらって、自分の姿を残しておくという欲求もありますね。
でも絵描きに肖像画を描いてもらえるのは富をもたなければ実現できなかったでしょうね。
写真の発明によって、肖像画が肖像写真になります。
その他大勢市民層にとってお手軽で自分の姿を残すことができるんですから、
新しい需要拡大をもたらしたんでしょうね。
写真術を学んで肖像写真館開業が新商売として出てきたんですね。
なんだか今、21世紀に入った私たちの生活のなかの欲求・欲望と、
余り変わらない人間の心の内側だったのでしょうかね。
たしかにまだ工業力は小さく、自動車産業とかIT産業とかはなかったとしても、
人間の欲望レベルでみるとよく似たものか~って思います。
デジタルビデオやデジタルカメラという新商品を手に入れる私たち市民。
IT家電製品やパソコンを使いこなす市民。
外見上の生活スタイルは違っても、内面の構図はその時代の発展系だと思います。
新たな写真術、デジタル写真発展の頃、っていうのが現在です。
そのように捉えると、165年前の歴史的事実を今に引き寄せて考えることができますよね。
写真ワークショップ京都に集う人たちが、カメラの需要者、写真の消費者にとどまらず、
こういった方面への研究、分析をおこなって未来を予測するという、
研究作業を始めていってほしいな~って思うのです。
2004.07.08
写真で気持を伝える
人が自分の体験したことを人に伝えようとするときってどうしますか?
会って言葉で話すというのがあります。
電話で話をするということがあります。
手紙、最近ならメールですね、これで文章にする、ということがあります。
この方法の中心にあるのは、音声(言葉)とか文章(書き言葉)です。
言葉や文章で状況説明すると同時に、体験したときの気持をつけますよね。
たとえばこんな話:
さっきね、道を歩いていたら乗用車と単車がぶつかるのを目撃したんです。
単車に乗ってた男の人がすっ飛んで、ああ、怖かったな~、心臓ドキドキしてしまって~~
今日は「写真で気持を伝える」という題なんですが、
写真では、交通事故が起こった瞬間の写真は理屈として撮ることができます。
でも、たいがいはその後の写真ですね。
ロバート・キャパっていう写真家が、
弾があたって倒れる瞬間の兵士を撮った写真がありますが、
これは運よくカメラを向けていたら、兵士が倒れた、その瞬間が撮れた、
だから貴重な写真として今に残されていて展覧会などで観る機会も多いですね。
でもその倒れる兵士の写真を見て、現実として写真家の気持まで伝わってきますか?
たぶんそこまで感じない人が多いんじゃないかと思います。
写真って具体的な光景が写ってるから状況ていうのは判りやすいです。
でも、撮ったときの気持を伝えるっていうのは、きっと苦手なんですね。
苦手だといいながらも、写真を撮ってるみなさん、気持を伝えたいと思っているんですね。
そうなんです、写真って、こころとこころのコミュニケーションなんです。
でも、これは究極の写真のあり方を言っているんだと思います。
客観的な事実を伝えることは得意です(といいながらこの言い方には異論があります)
でも一応ここでは、事実を伝えることが得意な写真、としておきます。
で、写真を撮った人のそのときの気持、これを伝えようとするんですが、
おっとどっこい、そうは簡単にいきませんね。
言葉や文章なら「哀しい」「楽しい」の言葉で伝わることが、写真ではなかなか伝わらないです。
「哀しい」とか「楽しい」なら、お葬式の場面とか、子供が遊園地でいもいっきり遊んでる表情、
これで気持が伝わってきます。
その場面を共有することで、一定の社会的に創られた気持の読み方を知っていますからね。
でも、そうはいかない場合が多いんではないですかね?
写真に写ってるものは判る(判らない写真も多々ありますが・・・)
でも、その写真を撮った人の気持がどうも判りにくい・・・
気持が伝わってこない・・・
でも写真ってやっぱり気持を伝えることなんだと思っています。
わたしとあなたが、気持や感情を共有することだと思っています。
そしたら、どうすりゃいいの?
これが、本題です。
今日は問題提起だけした感じですね。
追って、ああでもないこうでもないと、ぐるぐる回りながら、
わたしの気持をあなたに伝える方法を探っていきましょう・・・・。
2004.07.09
写真学校の設計図(1)
写真学校「写真ワークショップ京都」が10月からプレ開校します。
月1回のセミナーを半年間実施して、来年4月に正式開校します。
とはいっても大々的広報をやるわけではありません。
綜合ゼミコースで定員10名の少数教育です。
通信学習と現場学習の組み合わせで年間120時間。
個別のメールやりとりは際限なしという設定で経費76,000円です。
お金の換わりに自分の作った生産物を経費として収めてもよい設定です。
内容のボリュームとしては集団指導数十万円というのが世間相場ですね。
それを個別対応で極力経費がかからないシステムをつくろうとしています。
安くて内容の高いものをめざします。
技術も理論も既存学校に劣らない内容のものを設計しています。
京都発の写真学校です。
設計図は3年前2001年夏から着手しました。
開校は写真の学校ですが、並列して文学校とか音学校とか農学校とかを開校したいのです。
それはなによりも、個人がこの先を生きていくことの意味を、
自分なりに見つけていく場としたいからなのです。
すでにある価値軸の上に学校を創ろうというのではないんです。
新しい時代を創り出す、新しい人材を育てていきたいと目論むんです。
この新しい時代っていうのは未知なんですね。
その未知なる未来をイメージするためにも、写真だけではなくて、
文学校とか音学校とか農学校を並立させる必要があるんです。
こういったコンセプトの学校が各地に出来ていくといいんです。
その先鞭をつける意味もあって、設計図を公開でつくっています。
必要のむきにはリンク「写真ワークショップ京都」させていますのでご覧ください。
そしてあなたの参加を心待ちしていますね^o^:
2004.07.18
写真学校の設計図(2)
新しく写真学校を京都に開校する。
写真学校っていってますが、
写真の技術と理論をマスターするだけではないんです。
それと学費というか諸経費ですね。
これにどういう名目を立てるかです。
写真学校の目標とするところは、
技術と理論は時代の最高レベルを保証し、経費は最低を目指す。
ここでいう技術は写真を作るための技術ノウハウです。
工業製品としてのカメラや感材だけでなく、
カメラも感材も自作するところまでの技術ノウハウです。
理論は何が時代の最高レベルかっていうのは難しいですね。
主流となる理論が最高とは思っていませんから、
ここから新しい写真・哲学者(笑)が出てこないかな~っていう期待です。
この期待があります。
つぎは経費のことです。
勉強するという場を商品化しないこと。
この場所で教える立場で生活費を生み出さないこと。
つまり商品パッケージとして講座を売らないことと、
講師(アドバイザー)は給与をもらわない。
こういう方針を立てました。
既存の学校運営・経営者からみたら、これは学校ではない!
同好会かカメラクラブの類だ!!!サロン程度でしょ?
でもね、人間って不思議で、こういう方針だからこそ、
参加してもいいな、って思う気持があるんです。
教育ということ、学校ということの本質を考えると、
こういう立場に行き着いてしまったんです。
本質的には1968年にあった教育という問題を再燃させたいんです。
あらためてこの教育本質論を問いなおす学校にしようと思うのですね。