中川繁夫写文集

2016年02月

<ドキュメンタリー・フォト>3

写真で記録される現場が、ある特異な意味をもっているとき、ドキュメンタリー・フォトという手法が精彩を放つ。現場が持つ特異な意味とは、たとえば2014年の今なら、原発事故から三年が過ぎた福島、毎週金曜日に行われている抗議行動、などが思い浮かびます。特異な意味とは、原子力発電所が事故を起こしたというそのことです。おおむね、写真の撮られる現場が、特異な意味を込めてしまわれた現場ということなのです。特異な意味を持った事柄とか場所が、写真が撮られる現場ですが、その事柄とか場所は、一様ではありません。

たとえば原子爆弾が日本の広島と長崎に投下された。1945年8月6日が広島で、8月9日が長崎で、それぞれに投下されたという事実があります。炸裂した時の記録、その時の地上の光景、そのとき撮られた写真が残されています。これぞまさに記録写真そのものです。この原爆が投下された日から、日を過ぎるごとにその事実は過去の時間となっていきます。一年経てば、一年前、三年経てば、三年前、というような時が刻まれていきます。投下され、炸裂する瞬間は、瞬間であるから、その後に撮られる写真は、過去に起こった事柄をベースとして、撮るときの今を組み立てていきます。

特異な事柄は、人々の間に共有されるシンボルとして意識の底辺に記憶されているものです。写真が呈示されることによって、このことがよみがえり起立してきて、意識の表層に出てきます。前例の原爆の投下された事実とその後の記録によって、そのことが風化するのではなくて、意識の表層に出てきます。記録が単に記録として残ると同時に、意識の底辺に沈められた記録が、その後には記憶となって人の意識の中にしまい込まれるです。ドキュメンタリー・フォトの構造は、特異な事柄が起こったその時、それからの時間、それを経て、記憶のなかにしまい込まれ、あるきっかけで呼び覚まされる、ということにしておこうと思います。

  IMG_9902
   写真は、福井県三方町の海岸、原発遠望 2011.7.9撮影

<ドキュメンタリー・フォト>2

ドキュメンタリーとは記録することであると定義しましたが、この記録とは何かということを、考えておかなければいけないと思います。記録とは、歴史を形成する資料です。歴史は、資料の集積です。資料の羅列です。この素材としての記録を、組み合わせて、ストーリーをつくり、歴史として定着されるのです。このことが、ドキュメンタリー・フォトの素材としての存在価値であると考えています。

この歴史という範囲は、世界の政治史の領域から、文化の領域まで、記録された、この場合だと写真が使われて、組み上げられて、それだけではなくて、言葉の介助が必要で、記録された写真には、時と場所が言葉(文字)によって並列されると考えています。歴史そのものは、言葉が先にありきで、その素材として、ここでは写真を使うわけです。そこに呈示される写真の第一義は、そこに写された物や事が、言葉や文字によって意味づけられるといえます。

ドキュメンタリー・フォトを制作する人は、上記のことを基本的に理解して、写真の意味を考える必要があろうかと思います。写真を撮る現場。この現場が持つ歴史的な意味。先験的にそのことを考えたうえで、現場に立つことが必要なわけです。現場に立つということは、ドキュメンタリー・フォトの写真は、この現場がないと記録できないという宿命を負っているからです。とはいえ、現場に立つ人は、その時空を組み立て、ドキュメンタリー・フォトとします。

具体的な例をあげるとすれば、たとえばロバート・キャパの「ノルマンデー上陸作戦のとき」の現場写真がありますが、これは現場そのものが写真に撮られ、歴史を形成する資料となった例です。一方、たとえば東松照明は「11時02分NAGASAKI」という作品において、背後に被爆した長崎という歴史があり、それから十数年を経て、「被爆地」という場所で、歴史を振り返る作業をおこなった行為です。

このように写真が撮られた時の記録が、直接的な関係と、間接的な関係とが、あります。ドキュメンタリー・フォトが持つ基本的な性格は、記録ですが、直接的な記録と間接的な記録がある、といえます。

  120kama1510160002

<ドキュメンタリー・フォト>1

写真は、最近の言葉でいえば静止画。これは、カメラ装置によって、ある瞬間のカメラの前にあったモノが定着されたモノです。ある瞬間という時間は、たとえば500分の1秒とかのレベルで、切りとられた現実の断片であるわけです。カメラは、現実に目に見えるモノが、かってならフィルムに、現在ならデジタル信号にして、定着させる道具です。この定着されたモノが、写真です。

写真の発明は1839年、フランスにおいて、ダゲールが考案した定着の方法、ダゲレオタイプにおいて、特許権が与えられ、これをもって写真の発明としています。このダゲレオタイプは一枚の銅板に、画像を定着させるモノで、複製がききません。これに対して、イギリスのタルボットが考案するカロタイプ、これは紙ネガをつくって、ポジにする方法で、フィルムに引き継がれる手法、陰画と陽画の方法です。

さて、ドキュメンタリーとは、ドキュメントすること。ドキュメントとは、記録のこと。つまりドキュメンタリーとは、直訳で<記録すること>ということになります。単純に、カメラ装置は、カメラの外にある現実の光景が定着されるものだから、これは「記録」です。ドキュメンタリーとは、記録すること、だから、そこには人為(人の行為)が入りこむことになります。

カメラがあって、記録媒体があって、この記録媒体(フィルムとかSDカードとか)に、厳密にはカメラにつけられたレンズ、ピンホールカメラにおいては針穴、の置かれた前の光景が写し込まれます。カメラとカメラレンズの、基本作業はこのようもので、現実にあったモノが記録媒体平面に転写されるのです。

カメラとレンズなどを組み合わせて、写真という静止画を得る道具一式のことを、カメラ装置と言っていいかと思います。カメラ装置は、その装置によって、写り具合が違いますが、現実の光景がそこには写っている、ということが写真が写真であることの条件です。
 120iphon1602120016
リンク:中川繁夫の著作/物語と評論のページです

はじめに

あたらしくこの論を立ち上げた理由は、写真論を構成していきたいと思うからです。かってなら原稿用紙にペン書きで、タイプライターで打って活字にし、紙に刷っていたものです。1980年頃からはワープロが出始め、パソコンが使われるようになり、キーボードで打ちだしてきたところです。1990年代の半ばごろから、インターネットが普及しだして、いまや、ここに立ち上げたブログのように、書き上げて即、公開するというシステムになっています。

いまや話題のソーシャルネットワークサービス、SNSですが、ツイッターやフェースブックが主流になっている現在、ここで作成したブログ記事をインフォメーションできるから、これも連動させています。ぼくはモバイル版を使っていなくてパソコンですから、最新の最前線ではないけれど、おおむね最前線に位置していると思っています。

というのも、写真論を構成するにあたって、写真の歴史に思いを巡らせてみると、その時々のハード環境としてのメディア(出版社・新聞社・通信社など)と深い関わりがあって、ハード環境としての現在をというのなら、タイムラグなしにネット上に配信していくのが筋合いだろうと思います。

記事のタイトルを「現代写真の視座」としたのは、かって1984年に同名の写真評論を試みたからであって、それから30年後になるいま、2014年にふたたび、あるいは続編としたいところです。副題として「ドキュメンタリー写真のゆくえ」と題されていたのですが、今回、ここで試行していくのも、ドキュメンタリーフォトの概要を明らかにしていきたいとの思いがあるからです。

120iphon1602120005

リンク:中川繁夫の著作/物語と評論のページです

このページのトップヘ