<ドキュメンタリー・フォト>4

たとえば1961年に「Hiroshima-Nagasaki: document 1961」が、原水爆禁止日本協議会により刊行されますが、被爆後十数年を経た広島の光景を土門拳が、長崎の光景を東松照明が、撮影してできあがります。原爆投下された年月日と場所、1945年8月6日広島、同年8月9日長崎、そのときから十数年が経って取材されたことです。ここでは、それから十数年が経った痕跡を、写真として残されていきます。東松照明は、その後に継続して長崎を取材していきます。

原爆が投下されたという特異な出来事、悲劇としてとらえるべき事象に対して、写真は特別の意味を付加されます。特別の意味は言葉によって付加され、写真イメージや動画イメージと言語によって、相乗効果をうみながら、人々の胸の内に深く刻まれていくのです。かってあった特異な出来事を扱うドキュメンタリー・フォトの典型は、戦争の現場を扱った写真であると思っています。第二次世界大戦におけるロバート・キャパやユージン・スミス、べベトナム戦争における日本人写真家たち。

一方で、ドキュメントされる現場が、社会的な現場から、私的な現場が撮られるというほうに移行してきます。ドキュメンタリー・フォトの、特異な現場が、日常の風景、家族がいる現場へと向けられてきたように思います。特異な現場を撮るドキュメンタリー・フォトはいまもって有効ですが、その枠が拡がり深まり、個人という立場が浮上してくる方法も、主要な位置を占めるようになってきた、と思います。社会的な立場から、個人的な立場へ、社会的な現場から、個人的な現場へ、カメラが介在する位置が、変化してきたのです。

  120kama1411120010