中川シゲオ写文集

中川シゲオの写真と文章、フィクションとノンフィクション、物語と日記、そういうところです。

2017年11月

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<掲載写真は、2010.12.26 仁左衛門朝市風景>
※2002年2月17日付の文書を掲載します。

<地域の自然と生活の出来事を提供する工房>
コミュニティカフェの開業について

コミュニティカフェ&プレスオフィスの基本的性格
 これまで重要視されてきた「自己」を超えて、人と人の間で共有する深い結びつきが生まれてくるような場所。このような場所で、私とあなたの関係を創っていくことで自己の居場所を手に入れる。このことを原点あるいは原風景として場所創りを始めていく。
 この原風景を共有して何かをはじめていく「何か」についてのキーワードは、ローカル地域内での生産と消費と、それに伴う付加価値である生活情報の共有だと考えられます。
 「カフェ&プレス」の組み合わせられてある場所。この空間領域の今後の生成展開のなかに、地域経済の活性化と生活の充実、生涯教育的側面、アート化側面、心と身体の合一的な術を伝授される場所、などとして設定される。
 いま、老若男女、人々がそれぞれに生きていく目的・目標を定めるとしたら、「こころの安定」と「生活の安定」、それに「知的充実感」といったところでしょうか。自己を超えて共有するという意味合いは、それぞれの自己が持っているものをその場所に提供していくことであり、新しい生き方を過去のさまざまなスタイルを参考にしながら、自分なりのスタイルを生きていこうとすることです。
 自己の持っている様々な財産(物質的、精神的)を地域で共有していく、といったようなことでしょうか。このことで、他者や地球の生態系や宇宙の存在や、動物たち植物たちと同一化、していくこととでもいえるでしょうか。
 自己を超えて共有できていくもの、創りあげていけるもの、そしてこの創りあげるための戦略といったような思考と実践の繰り返しが必要だと思うのですが、これを通り超えたところに、あたらしい社会の枠組みがあるように思います。

 さて、その自己を超えるところに生じる枠組みが、<地域の自然と生活の出来事を提供する工房>コミュニティカフェ&プレスオフィス、という概念です。
 この基本コンセプトは、個人と個人をつないでいくためのフレームとユニットの構成です。今後の社会において必要な組織というのは、これまでのような組織ではないと思います、
 スケールメリットや収益を追求するような組織ではなく、単体または複数の人間が組み合わされるユニットのネットワークで生命活動が展開されていくものと想定しています。
 その基本形は、相手が見える関係です。その関係のなかで生産されたものが流通する。生産されたものとは貨幣または地域通貨で交換される品物です。
 その基本形を創生していく試みとしての工房が、コミュニティカフェ&プレスオフィスの場所・空間です。(この項おわり)







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<掲載写真は、2009.5.17 京都大原の朝市風景>
※2002年2月17日付の文書を掲載します。

1、基本コンセプト
地域の自然と生活の出来事を提供する
コミュニティカフェ&プレスオフィス(CCPO)

<地域の自然と生活の出来事を提供する工房>
コミュニティカフェの開業について

はじめに
 あたらしい社会の枠組みが目の前に来ており、人間が新しい生き方を実行していくとしたら、どのようなシステムが必要なのだろうか?。
 こういう質問を発し、解決していこうとすることは、あたらしい社会の枠組みのイメージがどのようなものなにかを、明確にしていくことと同義です。
 この枠組みの明確化は、いま私たちが直面している、いろいろな問題への解決を探る道筋として、あたらしい枠組みを生み出すための場所・空間が機能していくことで明確になってくることでしょう。
 このように根本的な領域で、あたらしいシステムを考えるべく場所・空間の創出を試みなければならないでしょう。 

 私たちのまわりには様々な問題が提起されています。たとえば地球環境問題やエネルギー問題、また、個人の心と商品のあらたな関係を探る「宗教的領域と近代主義」の融合化問題などがあります。
 世界の構造は、ますます加速するグローバル化の波で、日本の経済構造をも大きく変容させていくと同時に、人々の心のあり方やあたらしい生活管理システムの開発、流通のあり方、等々、私たちが直面している問題は、マクロには地球規模で、ミクロでは対面する人と人との関係で、あたらしい創生をどのように捉えていくのかという、基本的認識を必要としています。
 時はすでにあたらしい社会構造の入り口のところに立っており、その構造も少しづつは見えてきているように思われます。それはグローバル化に内在するローカル化の現象だと思います。この現象を創造的に捉えて、実践していくことを具体的戦略として、パラダイムシフトをどのように実現するのかのプロセスを、考えることが必要だと思います。



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<掲載写真は、2006.9.2 京都農塾の収穫風景>
※2001年8月5日付の文書を掲載します

1、なぜ、いまフリースクールが必要なのですか

 現在、日本の社会現象件でいうと、政治構造の行き詰まり、経済的活動の行き詰まりといったように見える変動が起こっています。また世界に目を向けると、民族、地域、国家といった領域で、新たな枠組みが生まれる兆しが見えてきます。そこから派生して、あるいはその関係の真っただ中で、私たちの周辺に起こっている雇用形態問題と職業観の変化、産業構造変化と就業観の変化、銀行資本の統廃合などの事態による社会不安と生活不安といった社会変動が認知できます。

 また生活者のレベルでは、学校の教室としての教育の崩壊、さまざまな心の病による個人の崩壊、グローバル化(価値の世界単一化)する経済とローカル化(価値の地域分散化)が統合されないまま、流動的に交差しています。
 こういった現象面を認知したうえで、今後の統合されていく方向を見極め、その良否を模索することが必要ではないかと考えるのです。

 フリースクールというと学校のイメージが強いですが、上記のような社会現象が認知され、今後の人間の在り方、生活スタイル、関係の捉え方、などを考えること、それを共有する場所の創造が、ここでいうスクール機能です。そしてその場所で様々に論議されることと、そこに集まった人たちにより、実際に生産の関係を創っていくことを近未来の目標としていきます。

 現実には、いまある社会から変化していく近未来に対して、5年、10年の計画のなかで、各段階の目標を見定めながら、それぞれのステップにおいて検証と方向の修正を行う機能が必要です。それは21世紀全体を示唆すると同時に、その検証を行っていく機能をもった人の集まりです。

 これらのことを実現していくためには、具体的な現状の把握を行い、同時にあるべく姿の世界像をイメージする必要があると思います。そういった内容のものを考え実行していける人材を育成するための場所として創られる場がフリースクールです。

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