中川シゲオ写文集

中川シゲオの写真と文章、フィクションとノンフィクション、物語と日記、そういうところです。

2019年10月

_20191022_165016
10月28日月曜日、もう10月が終わっていきますね。
十月は31日まであるから、あと三日あります。
明日は京都新聞のツアーで奈良方面へ小旅行します。
30、31、は予定が入っていないので、フリーディーです。

25日(金)はギャラリーDOTで辻中育子さんの個展を見にいきました。
26日(土)はギャラリー176で鈴木郁子さんの個展を見に行きました。
27日(日)昨日は、京都自由学校が主催の集まりに参加させてもらいました。
終わってから米田さん瀧井さんとともにDOTへ行き、辻中さんの写真展を見ました。

合間見てブログを書いて、ブログに写真を載せて、ちまちま現役作家をしています。
作家といっても世間が認めてくれてるわけではないから、自称作家です。
夏ごろから近辺が目まぐるしく変わってきていて、自分の居場所が分からなくなる。
既存と新規、新規には未知の部分があるから戸惑う、というのも年齢のせいかな。

今日のことを書いておかなくちゃいけませんね。
朝からブログに連載小説のひとつを書き、午後からコナミスポーツジムへいきました。
体力維持のため、筋トレして水泳してサウナで汗流して約2時間です。
コーチなしの気儘な運動ですが、これでいいのだと、思っているところです。

_20191020_150258
雨降りで午後からの外出は控えていてブログの更新をおこなっております。
二か月に一回、健康診断をかねて診療所へ行って血圧の薬をもらっています。
最近、悪玉コレステロール値が高くなっていて、どうしたことかと思っています。
適度な運動、適切な食事、ということですが、食事療法をしていかないといけません。
年取ると代謝がわるくなって、エネルギーにならなくて、体重が増えてきています。
健康のことは、わかっているけど、その通りになっていないので、困っているのです。

毎日が休みのような休みでないような、もたもたの日々を過ごしております。
好きなことだけをすればいい、そういう立場になっていて、好きなことしかしない。
社会正義がどうこうとか、世の中のためになることを、とかはあまり考えません。
悪徳はしておりませんが、悪の華じゃないけれど、悪の領域に降りていきます。
生きること、身体が生きることと精神が生きることとの整合性とでもいえばいいのか。

年取って、肉体が萎えてくると、精神が高揚してくる、肉体と精神が反比例していく。
文学のテーマとして、性をテーマとする、文学の領域をそこまで拡大しないといけない。
浪漫派というか、耽美派というか、ぼくなんか自然主義を学んだが、いまは耽美主義。
生きていくのに、もうそんなに時間がないんだから、もっと色艶の世界に生きたい。
<花と小説>というホームページを運営しているところですが、行き先は如何に、です。

_20191018_215008
雨が降りそうな土曜日の朝です。
久しぶりにどうしたことかCDをプレーヤーにかけて部屋のなかに流しています。
選んだCDはバロック名曲集というやつでかなり前に購入したものです。
1995年ごろ、毎月の給与からCDを何枚か買ってコレクションしていたのです。
クラシック音楽で、もうかなり揃えていたと思っていたけど、そんなにはなかった。
昨日、音楽家の文字さんと話をしていて、昔のことを思い出したところでした。

東山三条にあるとんかつ屋さんで昼食をとったのが掲載の写真です。
国立博物館で「佐竹本三十六歌仙絵と王朝の美」という展覧会を見たあとでした。
切り取られて売られた佐竹本を切られて100年というので集められた展覧会。
とんかつとは直接の関係はありませんが、美術鑑賞のあとの食事、でした。
ひとことでは言い切れませんが、佐竹本というのがどうして売りに出されたのか。
高価で売れなかったから切り売りしたという話ですが、財界人らが買ったようです。

100年前、1919年のことですが、ロシア革命の頃ですね、バウハウス設立の年。
その年に切り売りされたということで、買った奴に住友とか野村とかの名前があった。
大名が持っていて、貴族の家にしまわれていて、売りに出された、その背景は何か。
没落していく貴族が、金に困っていて、成金の商売人が買った、組織的に行われた。
ともあれ、三十六歌仙、万葉の時代からの36人の歌人は、日本文化の財産なのか。
ぼく自身は混とんとしているところですが、今の時節にこの展覧会という裏が知りたい。


_20191014_155136
「神々への旅」というタイトルで、写真を掲載して写真集にするべく目論んでいます。
それで第一回目を先っ飛鳥の古墳群からまとめたところですが、時期尚早かと思っています。
全体のイメージがまだつかめていないと思えていて、もう少し思考錯誤を繰り返す必要あり。
このように思っている今日現在です。

ギャラリー176にて開催されている「異種交配」というタイトルの写真展にいきました。
作者は板東正沙子さん、生命の根源的な歴史、進化、を問うていると見受けました。
生命体、人間の、私自身の、肉体には興味あるところで、私研究の中核にもなろうか。
それと同時に精神、心の領域、これの歴史、進化をどうとらえればいいのか、を問います。

神々への旅、というのは、この精神、心の領域を、どう目に見えるイメージにするか。
ここのところを、考え、イメージしているんですが、いや、これは言葉ではない、と思える。
人の心に神が発生する現象から、心的イメージをつないで、神社となってくる歴史がある。
この最初のイメージをどう現わせばいいのか、写真は目に見えるものしか写らないから。

※掲載写真はギャラリー176で開催「異種交配」の会場風景、2019.10.14です。

このページのトップヘ