(5)
ぼくは山のなかに棲んでいる精になってしまいました。ひそかに愛をよせるそれらは同じ山の中に棲んでいる「花」の精です。ぼくの深~くの情動は山に棲んでいる花や草木の無垢な生命力をつかさどる花の精を通していつもぼくのからだと情動を恍惚に導いてくれています。

ぼくと花の精との交感はいつも光に導かれて内なる自然の根元に結びつけてくれます。ぼくがこの光を大切にすることで激しく欲望し苦悩し絶望するこころを鎮めることができたのかも知れません。

ぼくたちが精として生きているところには花や草や木や昆虫や小鳥たちが物質として存在しています。この物質としての存在は眼や望遠鏡や顕微鏡で確かめることができる物質の集合体なのですね。でも物質ではないけれども存在しているものもあると思うんですけどぼくにはこれは確かでないんです。

物質っていうのは光の粒子、原子、遺伝子と名づけられたミクロなものから星・星雲といったマクロなものまで科学という領域において拡大させてきた結果としてぼくたちに知覚される存在なのだっていいますよね。

物資ではない存在っていうのは不在といえばいいのでしょうか。眼では確かめられないけれども存在するものだと思うんです。記憶としてぼくのどこか深~いところから起こってくる像ってのがあります。これって存在するものではないのですかね。

その不在といわれる存在をぼくが知覚するときいつも一緒に感情が湧き出してきます。それを突き動かしているからだの中の情動は形を確かめられないけれどもそこにあるものに出会うのです。この不在の存在は精と呼ばれるぼくそのものをさしているのかな。

ぼくはいま広い記憶の風景のなかに脈々と形成されてきたものが溶解し消滅していくのを見ています。これは概念といわれている枠組みですよね。ぼくにはこの溶解し消滅していく概念が衝動的に湧き起こしてくる情動が情動そのものとしてすがたを見せはじめるのです。

この情動のなかではぼくたちの磁力が発生しているようです。ぼくたちが不在という存在の磁場を生成する力はすでにそこは強弱が消滅していた風景でした。磁力は交じり合い磁場に融けあっていました。ぼくの触覚は花の精と同化してしまっていました。

この磁場のなかにいるぼくたちに問いかけてくる声がありました。カミサマハソンザイシテイマスカ・・・・・・。この声についてぼくは無神論者を名乗っていましたから否という答えであったと思うのです。

いつのころから生じはじめたのか確かなことはわからないのですがぼくの内面が淋しさに疼いているという感覚の発生を辿ってみると幼年あたりに行き着いてしまいました。おぼろげにその先をみると母の胎内のような気もします。その感じって奈落の底に転げ落ちるような崩壊感覚です。

そしていつのころか自覚されてきたのがあなたは不在であるということでした。ぼくは十六のときに断定をくだしました。

あなたは不在。でもいまぼくはあなたの化身を認めようとしています。磔刑の像とはいいませんが花や木の精といった化身です。

それらの化身への物語をどのように理解したらいいのかという思いが生じはじめたのです。現実の生活の日々。生の在処を探しに旅たちはじめて数年がたったころでした。日々が苦に感じられて日々に情欲が希薄になりつつあったころのことです。

ぼくはあなたの痕跡を探す旅にでかけました。あなたは存在するのかも知れない。存在するとしたらどのように存在しているのでしょうか。あなたが存在していることとはどのような状態をいうのでしょうか。ぼくのあなたへの像は太母なるものの像であるように思われます。

あなたに反抗してきたぼくの結末は虚しく出口の見いだせない状況をぼく自身のなかに創り出すことになってしまいました。そうした生活の日々のなかでのある日でした。

仰ぎみて救われる気持ちのすべてとしてあなたを受け入れるべきなのだとの想いが立ち現れてきたのです。ぼくをかたちつくっている全てのものを統括しているものそれ自体。ぼくを包み込む気分の全体。目をあげて全てを告白する存在。光そのもの。

ぼくは自然の現象といわれるものたちと共に生きようと思っていました。あれらの物語が余りにも悲惨だったように思われたからでした。信じることを喪失した関係のゆくえは自らのからだを滅ぼすことにつながるのではないかという恐怖が襲ってきたからです。

それらのことをいかにして無化していくのか。母がぼくを呼んでいる声が幻想のうちに聴こえてきたとき涙がぽろぽろ流れだしました。みえてきたのは母の最後の日のうしろ姿でした。そしてベッドに横たえられた母のからだは空をもがき苦しんでいました。

そんなに来たいんやったらもうこっち来てもいいよと手招きでわたしに微笑みかける母を想起しながらぼくは明確には返事をしませんでした。母の記憶のある風景はまだぼくの深くて遠いところにあるようにも思われたからでした。宇宙という存在と不在が統合する彼方に母のいる風景ががあるようにも思われたから。

ぼくの生への渇望は暗い欲望の河を渡っていくことでした。ぼくの気分はささやかな欲情に満たされてきました。生のなまなましさがそこにはありました。ぼくの生の根拠はねじれた欲情でした。

ぼくにはまだあなたへの共感と反抗が入り乱れていました。そういうなかで生きている実感を得ようとしていたのです。ぼくはもの言わぬあなたの化身を求めていたのだったと思います。
   800hana20040085