はじめに

あたらしくこの論を立ち上げた理由は、写真論を構成していきたいと思うからです。かってなら原稿用紙にペン書きで、タイプライターで打って活字にし、紙に刷っていたものです。1980年頃からはワープロが出始め、パソコンが使われるようになり、キーボードで打ちだしてきたところです。1990年代の半ばごろから、インターネットが普及しだして、いまや、ここに立ち上げたブログのように、書き上げて即、公開するというシステムになっています。

いまや話題のソーシャルネットワークサービス、SNSですが、ツイッターやフェースブックが主流になっている現在、ここで作成したブログ記事をインフォメーションできるから、これも連動させています。ぼくはモバイル版を使っていなくてパソコンですから、最新の最前線ではないけれど、おおむね最前線に位置していると思っています。

というのも、写真論を構成するにあたって、写真の歴史に思いを巡らせてみると、その時々のハード環境としてのメディア(出版社・新聞社・通信社など)と深い関わりがあって、ハード環境としての現在をというのなら、タイムラグなしにネット上に配信していくのが筋合いだろうと思います。

記事のタイトルを「現代写真の視座」としたのは、かって1984年に同名の写真評論を試みたからであって、それから30年後になるいま、2014年にふたたび、あるいは続編としたいところです。副題として「ドキュメンタリー写真のゆくえ」と題されていたのですが、今回、ここで試行していくのも、ドキュメンタリーフォトの概要を明らかにしていきたいとの思いがあるからです。

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