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フォトハウス表現研究所のHP
 自分の居場所ということを考えると、わけがわからなくなってきます。あるべくしてある、そのあるべくしてあるものが、壊れていくような感覚が、夢のなかに出てきます。ふっと気がついて、暗闇の中、夢だと気づいて、言い知れぬ不安にさいなまれることがあります。自分を支えている世界との関係が、砂上の楼閣のように崩れてしまうのです。こういうときって、ひとは、どう対処するんでしょうか。ええ?、そんなことになるなんて、ありえないことだ、とおっしゃるんですか。そうかも知れないですね、自分が破たんするなんて、想像すらできない人がいるんですね。何の疑いもなく、昨日あったことが今日にもあって、明日にはそれがそのままあり続ける、とまあ、そういうことです。そうこういいながら、破たんするかといえば、破たんしないままに、ここにこうしていて、こんな話をするんだから、滑稽だといえば滑稽なはなしです。

 ふっとなんだか「とりかへばや物語」なんて句が浮かんできて、なんだったけなぁ、男と女がいれかわる話じゃなかったかなぁ、距離的にいえば、京都から、宇治までは、男は男、女は女、ところが、吉野へまで行くと、男は女に変容する、なんてことだったかなぁ、いろいろと思うわけです。記憶を辿っているところですが、男が女として育てられ、女が男として育てられ、そのことがばれてしまう、というような話だったかも知れませんね。詳しいことは、もうかなり昔に読んだ本の中だから、うすら覚えです。なのに、いま、ふっとそのイメージがよみがえってくるのです。いまさら、もう古希を越えたという身体の男が、なにを、思うや、です。年とれば年とるほどに、自分が中性化していくように思えてなりません。性欲を失っていく兆候なのでしょうか。生殖機能がダウンして、中性化してしまうのかも知れません。

 このバーチャルなインターネットという領域の、現実ではないフィクションの世界がひろがっているように思えます。ひところの昔にはなかった感覚で、いま、ネットで世界の隅々までフィクションでみれるようになった感です。物語は、あきこという女子らしき若いヒトが主人公です。ネットの中で、生かしていく、あの犬を飼っていくゲームがあったじゃないですか、それみたいな、あきこをバーチャルで育てるわけです。この子は小説を書こうとして、書いているわけです。写真を撮ろうとして写真を撮っているわけです。そうしてバーチャルソフィアにおいて、人格を持ったかのようにして小説を書き、写真を載せる、そういう全体を、一つの作品として成立させていこうとの試みです。失われたる時を求めて、壮大なバーチャル空間を、一つの球体にまとめ上げていくプロセス、みたいな作品で、その筋書きは、エロスな、時代の中で、究極のエロスを描けないかと考えるのでした。