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まだ幼かったころ、この道、千本鞍馬口から北大路にいく道ですが、きつい坂道に見えた。
幼児で背の高さが60㎝か70㎝くらいなので、すごい坂道に見えていたんだと思えます。
坂道だといいっても、祖母にはそのことが分からなかったようでした。
大人になって、そのことを思い出すたびに、ぼくの目線は幼児のままなので坂道とわかる。
実は、この道は、千本通りで、蓮台野に成っていく坂道なのです。
野辺に死者を送る葬列が、この道を昇って行ったのではないかと、空想します。
京都の地場の記憶を辿りながら、文章を書くと、どうして、暗い場面ばかり思い起こすのか。
祭の光景といっても、明るいはずなのに、暗いイメージで色彩されてしまいます。
その当時を記録した写真の、モノクロやカラーの色彩が、そのイメージにあるのかも。

蓮台野、蓮の台といえば仏像がのっている蓮の形をしてる台座です。
その台座のように見えたから、このあたり一帯を蓮台野と呼ぶようになったのでしょう。
鞍馬口の手前にはえんま堂があり、鞍馬口を越えると上品蓮台寺があり、千本北大路。
そのあたりから、北にひろがる一帯が、死者を野晒しにして風化させる地だった。
いつごろからか、平安京の時代には、そのような風習だったのかも、知れません。
なにかしら、坂口安吾じゃないけれど、桜の樹の下は血なまぐさい、そんなイメージです。
最近、そういう死者を葬った場所のイメージを追いかけている感じがしています。
死んだ人の想い出ばかりがよみがえってくることが、朝、目ざめのときに、あります。
身内というより、知人、先輩、といった関係の人々のことです。

こちらも、もういい年だから、世間では、もう隠遁生活者の部類です。
診療所へ行ってきたけれど、高齢者扱いです。
バスに乗ると、若い女の子が席を譲ってくれます。
もう外面は、老人なんだな、と自覚するようにしています。
ここまで、生きてきたことに感謝して、水に流そう、利害のことは。
淡々と生きていくことが望ましい、というところでしょうね。
では、そういうことで、今日は終わります。