田舎暮らしの方へ-1-
むくむく叢書のご案内
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November 06, 2004

田舎暮らしの方へ-1-
具体的に、都会生活から田舎暮らしへと生活スタイルを変えようと思うと、
いくつもの山を越えなくてはいけないのが、現状だと思います。

たとえば、現金を得る仕事をどうするのか、
農業でやっていけるのだろうか。
それ以前に、田舎暮らしを実行するには、
手持ち資金がどれほどいるのか、などお金にまつわることが多数あります。
この「田舎暮らしの方へ」シリーズでは、そんな問題を考えながら、
具体的な、田舎暮らしの設計図を描いていきたいと思っています。

というのもターゲットは、田舎を持たない都会人が、
都会人であるから故、田舎暮らしを夢見ることが多いからです。

最近の傾向として、気持ちのなかにルーラル化現象が起こってきていませんか?
ここで”田舎”って言葉つかいますが、差別的に使うことではありません。
かって、都市と田舎、雅と鄙、中央と地方というように、
真ん中と周辺があって、真ん中は価値の中心、周辺ほど価値が低い、
こんな捉え方が代々続いてきたと思いますが、
いまや、この価値軸そのものを変化させていくものとして、
田舎暮らしということを捉えていきたいと思っているんです。

この発想は、米国が先にあってこちらが従属する関係を、
断ち切ろうとする考えと連動するものであると思います。
また、世界のこちらとあちらを区分する境界を、
ゆるやかになくしていく実践の方法でもあると思います。

とはいっても、具体的に、行動するには多くのリスクを背負います。
このリスクは、都会生活に慣れた場所から田舎生活を考える視点です。
経済活動の中心は、お金所有の多寡です。
お金優先の考え方をリニューアルすることが必要です。
それから、権威という代物です、これもリニューアルです。
いい会社に勤めることで優位に立つ、という無意識の意識の払拭ですね。

このような案件にリニューアルできれば、リスクはなくなります。
ということで、田舎暮らしを考えてる人、いっしょに考えましょう。
新しい生活スタイルは、新しい自分を作り出します。
 
田舎暮らしの方へ-2-
田舎暮らしを考えるために、ボクの体験談をお話していきます。
なにかの参考になれば幸いです。

住む場所の選定ですが、ボクの場合、彼女の実家が金沢なので、その近くを選びました。
現在、主たる生活地は京都市内にあります。
田舎暮らしを考え出したのが10数年前です。

さて、どの場所がいいかな~、新聞で売り物件の詮索をしました。
仕事を離れて悠々自適生活を、なんてこと考えてましたから、
京都からの離れることは、当然のことですが、
近郊地なら、京都府北部とか滋賀県内、和歌山、岡山・・・
里山がいいのか、海辺がいいのか、
選択の幅を決めなければいけませんね。

それから、田舎暮らしの具体的な中味です。
お百姓をするのかどうか、つまり農業に従事するのかどうかですね。
現金収入を得るための仕事を現場にどう作るか、があります。
ボクの場合は、専業農家はできない、はたけ仕事を主にはできないな~。
もう40代になっておりましたから、10年計画で、50代半ばくらいに移住する。
それまでに、どこにいても多少収入が見込める仕事を作り出そう!

そうして、候補地を絞って土地を選定しました。
彼女の実家に近い土地、そこには親類縁者がいますから、
助け合って生活していくには、何かと都合いいかとの思いです。

山の中の、あるいは野原の一軒屋というのは、電気も水道もない場所です。
でも、これでは困ります。
といって古~い集落の中へ入るのも新参者で入りにくい。
そこで、都会地郊外の団地要素のある場所を選びました。

地場の不動産屋を何件か訪問し、親切そうな不動産屋をみつけました。
土地130坪、坪単価7万円ほどの物件がありましたので、そこに決めました。
土地は原野、公示価格は坪3000円ですが売買値段はその20数倍ですね。
公示価格が低いということは、固定資産税が安い!これは知恵ですね。

建物はどうする?
次回は住居についての話をします。

田舎暮らしの方へ-3-
田舎で住む家、家屋のことです。
土地がそこそこあって、ヒトが住まなくなった家屋があります。
ボクの場合も、当初は土地と家屋が一緒にある物件というのも探しました。

築50年とか築100年近く経った家屋もあります。
たしかに田舎暮らしのイメージとして、旧い家屋を改造して住む。
そういう感じもしないではないです。
そういう物件は、家屋は価値としてただ同然ですし、
更地じゃないから安いかもしれないですね。

でも、そこそこ快適に住むことを考えれば、
やはり現代向きではないような気もします。

田舎暮らしだから、都会でいう快適さは不要かも知れません。
でもやはり、都会生活に慣れてしまった感覚からいうと、
山の中の一軒屋なら、新規に引き込まなければならない、
電気・水道・ガス・電話、これは困ります(ボクの場合です)

いやいやそんなもんいらん!
というのは別荘としてたまに使うなら、山小屋風設備でいいかもしれません。
永住希望ですから、電気もガスも水道も電話もほしい、
結果は、これは旧家といえども完備されてます。

でも都会的快適さを希望しましたから、結論はプレハブ住宅で新築。
ボクの場合、工場生産率の高い家屋を選びました。
地場の工務店との交鈔など出来にくいですし、
途中の管理ができないからです。
京都にいて設計から価格までの交鈔をしました。
建築設計は、積水ハイム社の普通グレードです。
公的住宅ローンが使えましたので全額近くを30年ローンにしました。

November 11, 2004
田舎暮らしの方へ-4-
田舎暮らしを計画されている方の立場とか条件には様々あります。
ここでの話は、あくまで私個人の立場と条件から導かれた結果です。
こんな話もあるんや~ってご参考になれば幸いです。

で、住宅金融公庫融資を受けて、1600万円の30年ローンを組みました。
年齢が30代なら、年収所得の3年~5年分を借り入れてもいいんですが、
すでに40代の後半でしたし、60才までお勤めなんてことも保障できないし、
そんな条件の中でのローン額を決定、住宅本体部分の価格分でした。

一方で、個人年金をかけました、当時の郵政省終身個人年金です。
ローン返済月額が7万円ほどです。アドオンでしたので、
まあ、金利分が大半ですね、当時の貸付金利でローン額の倍を30年で返済。

大きな組織で働いておりましたが、そのころ退職しました。
すでにその組織から、住宅融資などを受けておりましたから、
退職時の退職金は、プラマイゼロに近かったです。
ですので、当時住んでいた家のローンは完済ですが、
新たに組んだローン分が、負債としての再出発でした。

それと、子供が独立していくことも計算に入れました。
親としての教育費負担と結婚時の負担です。
なんとか年収1000万を確保したいな~、だったら生活維持できる!
そういう計算式でした。

都会生活者が、田舎暮らしを目論むときに、
お金の工面って、けっこう大事な要素だと思います。
親からの遺産があるわけでなく、田舎に土地建物があるわけでなく・・・。
そういう条件での、田舎暮らしの方への計画ですから、あえて公開してます。

November 12, 2004
田舎暮らしの方へ-5-
田舎にプレハブメーカーの住宅を建ててから約10年が過ぎました。
住居として、プレハブメーカーの住宅は、たしかに居住性いいです。
価格も手ごろですし、規格が決まっているから安心。
それにメンテナンスもけっこう行き届いているように思います。

これまでにも新築、増築の経験があるんですが、
いつも小さなトラブルがありました。
設計では、5ミリのガラスが指定してあるのに、3ミリが入っていたり、
追加工事での価格の不明瞭さやなんか、ありました。

施工管理に目の届かない田舎での新築だったので、
工場生産率80%というメーカーの家にしたんです。
贅沢を言ったらきりがありませんから、そこそこ妥協です。

家屋は単純構造、4間四方の正方形です。
土地130坪に建物一階部分は約50平米のワンルーム仕立てです。
二階部分は3畳和室、12畳書斎、4.5畳の共有スペース。
テラス部分が、4m×3m、全体で90平米ほどです。

だいたい夫婦2人暮らしですから、この程度の広さで十分だと思っています。
掃除するにも、メンテするにも楽ですから・・・
これで庭には、はたけコーナーや花壇コーナーなど、
10箇所ほどのコーナーがつくれました。

10年前は、この家の周辺って静かだったんですよ~
もともとバスが通っていましたから県道ではあったんですが、
交通量も少なかったです。
晴れた日の夜ともなれば、空は一杯のお星様。
夏には蛍が庭にまでやってきましたね~。

ところがそれから、開発事業が始まったんですね。
道が拡大されて、橋が付け替えられて、山奥にトンネルや高い陸橋や、が出来て、
土建の一大開発事業が起こったようです。
山が平らになり、施設が建設されてきました。
環境が一変した観があります。

でも、まあ文句いっても仕方ないですね~。
歩いて5分、山へはいれば自然の山菜や木の実が採れます。
お茶にできる野草がいっぱいあります。

December 01, 2004
田舎暮らしの方へ-6-
金沢の市内から約10キロ、そこはもう田舎の風景です。
大都会なら街のど真ん中みたいな距離ですが、
そこは田んぼやはたけがある里山風景です。

さて、住む家と土地を確保して、プレハブ住宅を建てました。
その場所は団地、1970年代?に造成された団地です。
田舎暮らしといえば、わらぶきの旧家に住むことを連想しがちですが、
同じ苗字が並ぶ集落のなかに住むことには抵抗感があります。

先住の人たちと馴染めるか、っていえば、
都市生活に慣れてしまったヒトが生活習慣で馴染めない?
いや、ホントは、田舎暮らしという考え方の主流は、それに馴染むことですが~。
ぼくの思いでは、無理して馴染まなくてもいいじゃない?と思うことです。

この半世紀、農村が解体してきた歴史と、
都市生活のスタイルが定着してきた歴史がクロスします。
ぼくの生活感性は、つまるところ都市型感性だと判断しています。
俗にゆう、隠居暮らしは田舎で・・・のたぐいです。

いま30代の幼子をもった家族なら、就農か半農か?
というような問題を解決しなければならないと思います。
生活手段としての収入の道、子供の将来への教育費。
そこそこのお金が必要となりますから、ね。

でも、晴耕雨読、なんて悠長な思いをもっての田舎暮らし志向ですから、
なるべく気持ちの負担にならないような日々の暮らしがしたいです。
気分としては、都市型人間が、田舎暮らし実験をしている、って感じです。
ですから、田舎暮らしの目的のひとつは、自然のなかで思索したい!
自然の恵みのなかで自分という人間を見つめてみたい!

そんななかで、田舎暮らしの自己経済をどのようにするかなんです。
このシリーズのまもなく後に、食べ物の話をしていきますが、
コンビニやディスカウントショップに頼ってしまう都会、
ではない生活を披露していきたいと思っています。

December 03, 2004
田舎暮らしの方へ-7-
確かに、田舎暮らしは、都会生活よりも家計支出は少なくて済みます。
田舎暮らしの目的のひとつは、自分の勝手気ままな時間を作りたい!
このような発想から入っていきますから、時間はたっぷりとります。

時は金なり!の都会生活から、
時は思索なり!の田舎暮らしですから、
たっぷり取る分だけ、お金になる仕事をしないわけです。

その分、都会生活ではお金を出して買っているものを、手作りです。
生活の基本は食べ物。
お野菜やお茶、これなんか手作りの代表ですね。
それから魚介類の加工品はやめて素材で仕入れる、それも良質で安いもの。
主食になる、お米とか小麦は農家から直接お買いする。
調味料、味噌とか醤油ですね、これも自分で作りたいところですね。

どうしてもお金は要ります。
完全自給自足は、不可能にちかく難しいです。
でも、最小に抑えることを考えてみるんです。

あ、お金たっぷり余裕があって田舎暮らしをする人は対象外です(笑)
そんなに蓄えなくて、なのにサラリーマン生活をやめて、
つまり失職状態になってしてでも田舎暮らしを・・・という人対象です。

田舎暮らしに借金(ローン)があっては、気が落ち着かないですから、
サラリーマンやめるときに、これを清算し、プラスマイナスゼロスタート。
清算してプラスが多いほうが、当然いいですけどね。
たとえ貯金なく、生命保険なくても、やっていける家計を考えるんです。

田舎暮らしを考え、実行するのにお金の計算か~?なんて思わないで。
お金の計算こそ、重要なポイントなんですからね。
財産ある人は、だいたい田舎暮らしなんて考えないでしょ?
金なく、地位なく、ただの人。
この人こそ、本気で田舎暮らしを考えることができる人かも知れないです。

December 10, 2004
田舎暮らしの方へ-8-
田舎に暮らし始めると、なにかと人と人との交流が必要になります。

都会暮らしの場合、大半は、お金にまつわる関係が中心になります。
会社勤めも、自営業を営むも、これは貨幣経済中心なんです。
その観点からいうと、田舎暮らしとは、人と人の関係の中心は、
お金ではなくて、こころ、気持ち、といったものです。
貨幣経済ではなくて贈与経済という言い方がありますが、それです。

言い方変えて、アーバンライフという言い方でいうと、
その場は、お金、プライベート、個室、孤立、という場です。
そこでルーラルライフのイメージを作り出すと、
ルーラルライフとは、お金が介在しなくて、共有化、共同化、共生。
このようにイメージできるかと思います。

このように分けてくると、都会に住んでるから、田舎に住んでるから、という。
この地理的所在だけでの判断ではできないです。
田舎暮らし、という人と人の関係は、都会地でもありますし、
逆に、都会暮らし、という関係は田舎地にもあるわけです。

このように、人と人の関係をベースにして、その関係のありかた。
その上にさまざまな現象を乗せて考えるとわかりやすいですね。
トップの写真は、白菜と大根です。
このお野菜は、贈り物、頂いたものです。
ただし、そのお返しに、こちらは別のものをあげます。

ここには貨幣は存在しません。
あるのは、生産する人、それと交換する相手です。
物と物、物と労力、物と気持ち、その交換が基本形です。

ここでは、田舎暮らしの、概念を捉えておきます。

December 24, 2004
田舎暮らしの方へ-9-
田舎暮らしスタイルで大事なのは、気持ちのあり方だと思っています。
今日では、里山、田舎といえども生活の根底は都会生活と変わらないです。
大部分に貨幣経済システムが浸透しきっています。

水光熱の需要にしても、
川から水を汲んできて、ランプを灯して、薪を焚く生活なんて、
そんなことしていませんからね。

それならどこが違うかといえば、生活する気持ちのあり方です。
個人での自給自足が可能かどうかなんていえば、不可能ですしね。
とはいえ、自給できることはしたい、ですね。

最近はエコ生活ブームで、自然のエネルギーを生かすことがゆわれています。
でも自然エネルギーを作り出すには、それなりの金銭が必要です。
お金をもって使えるひとは初期投資されればいいんです。

でも初期投資するお金がないとしたらどうします?
田舎暮らし考えても、初期投資なしに作り出すこと出来ない仕組みですから、
どっかで妥協して、文明の真っ只中を享受しながら、
自分の理想にちょっとでも近づける工夫しかないようですね。

山菜や木の実を採ってたしなみますけれど、
これも気持ちの上で、少しは自然人生活をやってる!程度の自己満足です。
で、なるべくお金を使わない方向をめざす!
山ですから魚介類を買い求めるんですが、なるべく新鮮で廉価なものを探します。

そんな気持ちのあり方が大事なことだと思います。

January 09, 2005
田舎暮らしの方へ-10-
サラリーマン稼業をリセットして、田舎に住みたい欲求があります。
このとき経済的とゆうか金銭的なハードルはクリアーできたとします。
それで田舎暮らしが実現する、となったとき何を考えますか?

ボクがここで提案したいのは、単なる職種転換ではない、と云うことです。
アーバン生活とルーラル生活の根本的な違いは、生活根拠のあり方なんです。
ボクたちの生活と云うのは、はまったく経済システムに組み込まれています。
で、ここで田舎暮らしの方へ、って云うとき、
この経済システムからの脱却を少しでも目指すことだと思っているのです。

今日の生活スタイルを支えている経済システムですが、つまり貨幣経済構造です。
このことへの反態度が、アーバン生活に対応するルーラル生活の、
根底にならないと意味なさないんじゃやないかと思っているんです。

そうはいっても、実際は経済システムから逃れえることができないんですが、
少なくともそのような発想または思考が必要だと思うわけです。

サラリーマンやめて農業をする!
その気持ちは十分にわかります、実際のボクの経験もありますから・・・
でもともすれば職種変更にしかならない、かも知れない思考はどうなんでしょ?
じゃあ、どうすればいいのかな~、これが必要なんです。

January 26, 2005
田舎暮らしの方へ-11-
田舎暮らしの方向は、貨幣経済から遠ざかっていく方向です。
貨幣経済の渦中にいて、競争社会の渦中にいて、
そこでの勝った負けたの判定基準じゃなくて、
もう少し違う位相で生きることの意味をつかみとっていくことです。

ボクはこの方向が見出せないで、単に農村に住むことだけでは、
田舎暮らしとはいえないと思っています。
たしかに見た目、表面的には都会じゃなくて山川ありの田舎地だったとしても、
生活の基本的構造が同じでは、田舎暮らしの意味が見出せないです。

現代のボクたちの思考方法といったら、お金儲けていくらの価値を見出すことにあります。
お金があれば何でも買える、だからお金を儲けよう!です。
で、そこからの思考方法の変換ということでいえば、
都会に住んでても田舎暮らし思考が出来ることになります。

そうなんです、ボクの思いでは、都会に住んでいて田舎暮らし思考が出てきて、
そこから具体的な、田舎地への移住思考が始まっていくように思います。
時間をお金換算する思考から、そうではない思考方法への変換です。
自分の生きていく意味を問い始めていくプロセスのなかに、
この思考の変換が出てくるんです。

田舎暮らしをしてお百姓をして、のんびり暮らそうなんて思ってても、
発想の転換、思考方法の変換が起こらないと意味を持たないんです。
都会のなかで隠居をするかわりに田舎で隠居をしようではダメです。
これでは元の木阿弥、居住の場所が変わるだけのことです。
こころの開放にはいっこうにつながっていかないように思います。

February 17, 2005
田舎暮らしの方へ-12-
田舎暮らしへの方向は、自分の経済規模の徹底的縮小への方向でもあります。
貧乏せよ!なんてこといいません、金持ち・貧乏、とゆう区分の枠外にでる方向です。
つまり田舎暮らしをめざすのは、心の開放をその目的とするからです。
心の開放とは、理想的にいえば、グローバル化経済構造からの脱却です。

生活者が心の負担としてきたことって、お金にまつわることが多いです。
いや、もう、人間関係に金銭が介在する。
家族の絆も、恋人との関係も、お金の多寡によって左右されるんですものね。
お金を多く持っていれば価値があって、少なければ価値がない。
この価値尺度の変換を自らやっていくことがルーラル化への向き方です。

実際、こんな理屈を言っていてもなにも始まらないですね。
実践していくことからしか始まらないんです。
ボクのほうは、ぼちぼち実践はじめてから、かれこれ3年がたちました。
いま職業肩書きはフリー、自由業です。
世間のコトバでいえば、失業ご未就労者です(笑)

リスクヘッジの社会保障とかを全部削ぎ落としての、いまです。
いまある姿は、経済活動に参列していた生活時に貯めこんだ結果です。
つまり、悠々自適の隠居生活の部類にはいるのかも知れません。
前に、田舎暮らしをするのも初期投資資本がいることを申しました。
その結果として、いまボクがここにいることを自覚しています。

あい自然学校なんて枠をつくっていますが、この学校の課題は、
初期投資資本がなくても、田舎暮らしをはじめることが出来ないか、です。
たとえば若い世代のフリーターが、初期投資なしに快適田舎暮らしが出来ないか。
土地家屋&預貯金なしの生活者が、快適田舎暮らしを手にすることが出来ないか。
このようなヒトの実践ノウハウを作り出せないかとゆうことです。

田舎暮らしは、趣味道楽ではありません。
世の価値観、自己の価値観の変容させていくプロセスです。
その中心は、心の開放、あらたな人間関係の創生です。