光の玉手箱(5)2005.8~
むくむく叢書のご案内

2005.10.19
地上と地下
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地上には光があたり、草木が茂り、木の実ができる楽園がある。
動物や植物が繁殖するために、生を営むために食べ物をむさぼる。
これらは地上における光のあたる場所にて、おこなわれる。
地下には何があるか。
地上を支える土があり水があり栄養素がある。
こうして地上と地下が一体となって生命体を維持させてくれる。

さて、ヒトのいる場所において、ヒトには身体と情がある。
身体の地上は、日々生活のための活動である。
じゃ~身体の地下は何だろう。
生殖行為の場、それが地下の行為であろう。

情の地上は何だろう。
目の前の光景に感動することに違いない。
じゃ~情の地下は何だろう。
生殖行為の場における情の在処といえるかも知れない。

地下は見えない場所である。
ヒトは見えない場所を見たいと思う。
じゃ~見せてあげよう!といったとき、そこには蓋が施されてある。
もんだいは、その蓋をどこまで開くことができるのか?!

地下を地上に引き上げる。
つまり蓋を開いて地上にしていく。
身体と情が共にある場所。
それは生殖の現場だ。
生殖は非生殖の場となり地下に封印されてきた。

さあ、この地下の封印を解いてあげよう。
地下を地下たらしめる蓋を開けて光を浴びさせてあげよう。
いいかね、これが大事なことなんですよ。
地下室の手記(ドストエフスキー、1864)の時代から一世紀半。
いまこそ、<地下室のエロス>の出番なのだ。
いいかね、これが大事なことなんですよ。

2005.11.11
恍惚と憂鬱

心の動きを見つめていくと、恍惚となる状態があるかと思えば、憂鬱になる状態があります。恍惚と憂鬱、エクスタシーとメランコリーです。
ヒトの気持ちって、この間を揺れ動く振り子のようだな~と思ってしまいます。そして、この領域は感情の領域です。

未来科学では、ヒトの感情がコントロールできるようになる。喜怒哀楽が作れるようになる。そんな時代に入っている現代だ。
エクスタシー状態とは、性欲が昂じていくさま、代表的にはそのように考えます。そうするとメランコリー状態とは、性欲が抑制されていくさま、このように考えることがあります。
ヒトの生存の最中には、食欲と共に生殖欲求が大きな比重を占めていると考えています。
恍惚と憂鬱が、この基本欲求を満たすか満たさないかにかかっているのです。

芸術が、写真や映像が、文学が、これから求めていくテーマとして、ボクは恍惚と憂鬱のレベルで、感情を喚起させる内容のものが、現れると推測しています。
感情のレベル。快・不快とともに、恍惚・憂鬱という感情のレベルです。
物語は、いまや浪漫自然主義とでも言えばようのでしょうか。
そういう時代に突入しているな~と思っています。

セックス産業が盛隆する。
何時の時代においても多かれ少なかれ、産業となるかならないかは別として、このことが大きな感心事でした。
いま、インターネットの環境を眺めると、迷惑メールという大半がセックス関連です。18禁アダルトサイトと呼ぶ、セックスサイトが膨大に拡大している。
この本質になにが隠されているのかを考察なしに、禁止だけ唱えても解決にはならない。
一方で自爆テロと呼ばれる戦争行為がある。これなど日本の60年前に、特攻隊だとか人間魚雷だとかと同じだ。ただ戦争が軍人対軍人に納まらなくなっただけのことなのだ。
きな臭い現場と、エロ臭い現場が、共に隠蔽されて世の外側に置かれていく状況に、これを注視しないわけにはいかない。

物語が浪漫自然主義の中にある、というのは、この両極を内に含みこむ物語であることだ。いま芸術が求めているのは、この領域を描き出すことなのだ、と考えるのです。

2005.11.22
磔刑のキリスト

イタリア旅行中、深い印象に残り、また感動した光景を記すとすれば、磔刑のキリスト像であります。自分の気持ちに、背筋がゾクゾクするほどに、染み入ってきた光景でした。
ボクはキリスト教徒ではない。宗教心が無いとはいえない。でも無神論を貫いてきた何十年かがある。
文学では、太宰治、遠藤周作という作家の小説を読んできた。太宰は18歳から20歳前半だたし、遠藤は50歳半ばだった。
今回の旅行中、聖堂めぐりのなかで、愛読した小説と絡めて、ボクの気持ちを枠つければ、小説と現物のなかで、揺れ動いたと思っている。

写真は、ミラノのドームの中にあった磔刑のキリスト像。照明され、ローソクを捧げる台があった。

たとえばジッドの小説に「狭き門」という作品がある。信仰することの意味を書きあらわせた美しい小説だ。あるいは人間の理想を説く作品だと思われる。
あるいはドストエフスキーの「地下室の手記」という作品がある。人間の内面を書きあらわせた美しいとはいえない告白小説だ。
それに呼応するかのようにして、ボクは「愛物語」&「地下室のエロス」を書く作業中だ。

人の内面にある思いを、符合させるイメージとして、磔刑のキリストに救いを求める。あるいは人のこころの枠を作る作業としての磔刑のキリスト。

ボクの感動を、この磔刑のキリスト像に符合させたとき、信仰の意味が掴めたような気分になった。

2005.11.30
紅葉する京都

秋も終わりの今日は11月30日です。数日前に、紅葉を見に行くともなく行った先で、紅葉を見た。
春の桜、秋の紅葉!
あらためて京都を捉える視点のひとつとして、桜と紅葉を想い描いた。
春夏秋冬、ヒトの季節を感じる感じ方のなかに、自然の風物があるとすれば、この自然風物こそ、植物群と密接に関係していると思われるのだ。

ところで、桜といい、紅葉といい、これは人工的に作られた文化の一端である。もちろん山へ行けば、自生の桜や紅葉があるけれど、これを文化の中に持ち込んだ気持ちは、すでに文化のなせる技である。
京都をどのように捉えるか。このテーマがボクのなかにある。ボクの生まれ育った生活環境そのものが京都である。その生活者の視点で、自分自身を捉えていく枠として、京都という枠を考えているのだ。

紅葉を見る場所は、社寺の境内が多い。とはいえ行った先は、宝ヶ池の子供の楽園、南禅寺境内だった。具体的には、11月27日と28日であり、宝ヶ池は孫たちと妻と一緒に、南禅寺は妻と一緒だった。家族と一緒に行った先での、紅葉鑑賞、写真撮影ということだった。

2005.12.4
真弓

庭に真弓の木を植えて10年になる。
春に新芽がでて小さな白い花が咲き、そうして青い実ができはじめるのが夏。
秋から冬には赤く色づいて、実がぱちんと割れてきます。
真っ赤な種が顔をだしてくる様は、風情があります。

真弓の幹はしなやかです。
そのしなやかさで、昔から弓をつくってきました。
そしてこの実、風情があるじゃないですか。
こころの原風景のような気がします。

2005.12.18
雪が降る

冬になれば雪が降る。自然現象です。ぼくは京都生まれの京都育ちだから、雪が降る光景には、憧れに近いまなざしがあります。寒いところ・・・・、向かう方向を言い当てるなら、南方よりも北方へ、暖かいところより寒いところへ、という感じでしょうか。
学生のころ、もう遥か昔のことだけど、旅をするならシベリア経由で西欧へ入る。そんな夢想を抱いたものでした。

南方系、北方系、そんな分け方があるとしたら、ぼくは北方系ということになるのかも知れないですね。やっぱり、どうも南方には興味が湧かないんです。バリ島に行ってみたい、という気持ちも無くはないですが、むしろ東欧の国々へ行ってみたいという気持ちの方が強いですね。

ヨーロッパへはこれまでに二回旅行しました。最初は1998年、ドイツ、オーストリア、オランダの三国、そしてこの11月、イタリア。どちらかと云えば明るい雰囲気だったアムステルダム、ナポリ、というよりも、リンツ、ミラノ・・・ちょっと陰鬱な街の方が印象深いです。

ぼくの生活空間は、京都ですが、そのことを念頭において感じてみると、東京より京都を好みます。ということは、ウインよりもリンツ、ローマよりもミラノ、首都よりむしろこじんまりした歴史ある街ということになるのかも知れない。

やっぱり田舎より街だな~と、自分の好む風景を確認してしまう気持ちです。
雪が降る日の午前です、手持ち無沙汰な時間だ、何気なく、ふ~っと思うことを文章にしています・・・。

2005.12.30
年賀状

年末年始がやってきた。
今年の反省と来年への抱負。
毎年この時期になると決まって嗜まれるのが年賀状。

ボクはこの10年余り、年賀状を書かない、出さない。
年賀という風習は認める。
としてもこれを年賀状という郵便はがきにしたためることをしない。

昨年からWEB年賀状をやりだした。
経費がかからないからです。
ボクの思考のなかに、貨幣からどこまで遠のけるかというのがある。

だれにも強要はしない。
自分だけの実行です。
そういうことで郵便はがきの年賀状は出していません。

2006.1.6
雪のお正月でした

昨年からお正月にかけて、雪が降り積もって、例年になく大雪でした。今も断続的に寒波に見舞われ、北麓から東北にかけて雪が降っている。
お正月は元旦から4日まで、金沢の家へ、家族共々いきました。
雪が1m弱でしょうね、積もってました。
子供達と一緒に、かまくらを作ろうと、雪を積んで中を掘って・・・。
出来上がった雪の穴に、子供達が入って、大はしゃぎでした。

京都に住むボクには、雪は日常でないから、けっこう嬉しがってしまいます。でも雪国の光景は、嬉しいどころではなく、苦難です。日常の生活が乱れてしまいます。写真や文学の上では、雪はけっこういい素材になる。でも生活者の目には、いいものではない。ボクの思いは、生活者の視点だ。そうすると、同じ光景も違った意味に見える。違った意味として、見なければならないのだ。さあ、ここからですね、始まりは・・・。

2006.3.4
私性のこと

東京都写真美術館から特別鑑賞会の招待状が届きました。「私のいる場所-ゼロ年代の写真論」とゆう展覧会が、この3月11日から開かれるといいます。ここでは「私性」プライベートが全体テーマだとゆうことです。

私にこだわるということは、全体が拡散してしまったと思われる時代の、私を確認する方向として意識されるテーマです。それを写真や映像で、表現物として作るわけだから、フィクションではあるけれど、ここ近年、クローズアップされてきています。

プライベートということ、写真でいえば、プライベートドキュメントです。少し前の状況でいえば、かなりセクシュアルな自分の生活現場を、開示する方法で写真が撮られた。あるいは私性の表現として、それらは有効だったと思う。

個人の内面というのは、感情に満ち溢れ、感情の源泉にはセクシュアルな要素が潜んでいます。この内面を見つめていくと、これまで特殊な領域に押し込まれていたセクシュアルが、特殊な領域ではなくて、社会認知されるための表現として意識される。

まあ、ドキュメント論でいえば、外に向かっていた作家の意識が、内側へ向かってきた結果として、いま、「私性」プライベートドキュメントなんです。全体が拡散してしまったように感じられる世界の、唯一の確証えられる場として、自分を見つめていくという作業が、浮上してくる。何も信じられなくったって、せめて自分だけでも信じてあげよう。そんな感じかな、と思います。

そういうわたしも、私性にはかなり強いこだわりがあるところです。

2006.3.15
日々過ぎる

日々過ぎるの早し、なんていいだすと余りにも通俗すぎる。
一日一日が過ぎ去るのを、早く感じるのは、同じことの繰り返しをしているからだと思う。最近だと、これもそうだけれど、HPとブログに記事を書く。作ったHPとブログが多くて、一日では当然書ききれない。でも、これは自ら課した労力だ。どこまで多岐にわたって切り替えさせあっれるか、なのです。

そうこうゆううちに、二十数年前に巡りあったメンバーで、先日、記念写真を撮ってもらった。
写真ワークショップ京都という写真を学ぶ枠を作って運営しているんですが、その前身、フォトハウス京都の写真ワークショップです。
1985年に写真ワークショップを主宰したときのメンバー3人が、ふたたび集まったというわけです。

日々過ぎるの早し。もう20年も過ぎてしまったのだ。二十歳の受講生がいるけれど、その人が生まれたころに、もう会ってしまったメンバーなんです。
それぞれに年輪を重ねて、再び新しい枠で、なにかをしようとしている。思うと感慨深い気持ちになります。ああ、人生・・・なんて感傷的になったりしてくるんですね。