光の玉手箱(16)2007.5.11~
むくむく叢書のご案内

ゆれうごく(1)
2007.5.11
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風が強い日です。風に揺すられる物音が、聞こえてきます。雨戸がガタガタ、木の葉が揺すれる、それに風が空気をまさつする音。ぼくのこころもゆれうごいている。風のなせる技のように音は立てないけれど、かなりゆれうごいている感じがして、こんな時には気晴らしのために外出するのがいいのだと思うけれど、腰があがらない。こんな状態をなんといえばいいのだろう。かなりデリケートになっているんですね。うん、鬱状態とは認定したくないけれど、こんな状態をそうゆうのかも知れないですね。光溢れる外気に、心を晒したいと思う。ふつふつとわきあがる感情を、晒したいと思う。前に向いているときには、そこそこ晒せる心の内も、どうもバリアーをはってしまう心境ですね。

源氏物語を読んでいます。瀬戸内寂聴さんの源氏物語です。空蝉の一節に、「女は、はずかしさとくやしさで、死んだようになっていました。ひと晩じゅう源氏の君がいくらやさしくなぐさめても、愛をちかっても、ただ泣いていました。」とまあ、こんなくだりがあるのですが、こんな一節の中味が、そこそこの分量で小説として描けないものかなぁ、と思ってみます。絵巻にしても文にしても、どこまで細部描写が許されるのだろうか、とも思ってみたりします。源氏物語から千年を経たいま、表現の底辺はどこまで許されるのだろうか、ぼくの関心ごとでもあります。こころゆれうごきます。

ゆれうごく(2)
2007.5.12

風になびくようにゆれうごく心があります。ふらふらと、おもむくままにゆれうごいています。無理に静止しようと思っても、無駄な力が必要だから、成り行きまかせでいい、とは思えどもゆれうごいています。かのパスカルは、パンセのなかで人間は考える葦だと書きましたけど、その前段なんて悲痛たるもので、死にいたる血みどろのたたかいなんだとか。まあ、血みどろには程遠いぼくの心理心境だけど、こうしてゆれうごくこころは決してうれしいものではありません。

生きている証ともいえるえろすな心がたなびいているわけで、その境界線をいったりきたりしていて、タブーの領域へとおちていきそうな気配がしてきて、これではあかんと思って平常心をこころがけているふりをしてみます。なんだか滑稽な感じがして、自分で笑ってしまうところです。まあ、笑えるというのは、まだ救いようがあるんでしょうね。自分ってなんなんやろ、なんてそんなことを考え出すとにっちもさっちも行かなくなるので、そこそこにしとかないとあかんね。

ゆれうごく(3)
2007.5.16

ゆれうごくときには神頼み、なんてこといいますけど、神さまにお願いするには抵抗している自分がいます。そうですね、すっかりすがりついてしまえばいいのかも知れないけれど、そうゆうことが出来ない時代のひとだから、他のひとがすることにはとやかく言わないですけど、やっぱり自力でいきたいと思います。

ゆれうごいているのは、バリアーをはずしているからだと思っています。既存の枠組みのなかにしっかり根付いていて、なんのアンチも感じないし考えないのなら、それはゆれうごくものじゃないと思うけれど、どうも<悪の華>じゃぁないけれど、ちょっと足を滑らしてしまいそうな不安定のなかにいるんですね。

聖なる場所-1-
2007.5.24

<雨宝院境内>
人間なんて、とくにぼくなんて俗っぽい人だから、聖なる場所にあこがれるのかも知れない。神聖なる場所と云ってもいいのだけれど、神聖とすると神がいらっしゃる場所となるから、聖とだけにします。イメージとしては、魔の領域と聖の領域が隣り合わせ、というより混在する感じで、べつに言葉遊びをしているわけではないけれど、ズキンと感じる場所のことです。最近は町のなかにいてもズキンと感じるから、つまりこの世の出来事にズキンズキンと感じてしまうわけです。

ズキンと感じる風景を、聖域と俗域に便宜上わけて、どっちみち目の前に現れる光景には違いないのだけれど、カメラで写し取っておこうという魂胆です。ズキンと感じる直接の動機は、どうも記憶にかかわっているようです。そうして過ぎ去った年月、日々への欠落した空白を埋める作業として、写真記録をおこなっているんだと思っています。縁すくなかったものを、残りの年月、日々に取り込んでおこうと思っているのでしょうね。

生きることは<えろす>です。聖域も俗域も<えろす>を感じさせます。えろすを感じるということは、こころが豊かになる感じ方です。悲しみとか苦しみとか、つまり四苦八苦ではなくて、喜怒哀楽の喜びと楽しみでありますけれど、それはまた哀しみの心情でもあるんです。写真は、浄福寺通りの上立売りにある雨宝院の一角です。ほんとうは鳥居の向うが聖なる場所なのでしょうね。先月、桜の終わりごろに初めて這入った場所でした。今回は二回目の侵入でした。なんとなくえろすちっくに、ズキンと感じたわけです。

聖なる場所-2-
2007.5.31

<今宮神社境内>
聖なる場所と俗なる場所の境界線は、鳥居とか注連縄(しめなわ)とかで区切られていて、こちら側が俗なる場所で、むこう側が聖なる場所なわけです。なんでも区切りたがる人間の習性ですね。まあ、区切り境界線があると、何かと便利なわけで、むごう側が聖なる場所だと認識するところです。聖なる場所といっても想像空間なわけで、思い込みように委ねられる代物です。

浄化された空間だから、不浄なことはやったらあかん。おしっこなんかしたらあかん。男と女のことなんか考えたらあかん。俗なる欲望は封印せんとあかん。まあ、人間が日々営む生活と情念から飛翔する場所。そうゆうことでいえば、ぼくなんてほんと俗っぽい人間だから、鳥居をくぐっていくというのは、ほんとにくぐってええのかなぁ、なんて思ってしまいます、ほんとですよ。

聖なる場所-3-
2007.6.3

<北野天満宮境内>
北野天満宮、俗称天神さんです。ぼくの近所にあり、子供の頃からよく遊んだ場所でもあるから、特別に聖なる場所という感覚にはなりにくいのですが、あらためてここにこうして聖なる場所として認知すると、ここは聖地として偉大な場所だと思います。門前町の原形が形成され、庶民信仰の中心的存在として、今に至っています。 不運のヒト菅原道真を祀ったお宮ですが、学問の神様として、受験生などがお祈りにくる。

科学先行のこの時代だから、神さまに祈るなんてことに何の意味があろう、なんて思っていたわけでしたけれど、最近は、心の依存所としてこうゆう場所があるのだと、マジ思うようになっています。若い女の子がおみくじを引いて、こっそり隠れて熱心に見入っている姿を見かけると、心の時代、拠所を求めている様子が見えてくるように思います。困ったときの神頼み、なんてこともあるし、心の救済を求める気持ちも分らなくはない近頃です。

聖なる場所-4-
2007.6.12

<わら天神宮境内>
こどもを身ごもったおなごが、安産の祈願に訪れる場所として、わら天神宮があるとゆうのです。安産祈願です。祈願したあと、腹帯をもらい占いもどきの数センチ藁が包まれたモノをいただく。藁に節があれば男の子、節がなければ女の子。ウソかマコトか知らないけれど、わが家もわが子の誕生まえに、ここへ祈願にきました。

厄病封じとか、願掛けとか、心の救済を求めるとか、祈願の目的はいろいろありますけれど、ここはむしろハッピーな出来事、祈願の目的からして、明るいお宮といったイメージです。たぶん認知されたおとこおんなの行為のあと、妊娠身ごもりの祝いを兼ねて、安産祈願に参拝するわけですから、この世のハッピーな男女の出来事の延長線上にありますね。

聖なる場所-5-
2007.6.13

<玄武神社正面>
ぼくはここの氏子です。氏子であることを意識しだしたのは、かなり最近のことです。意識の中味は、氏子とはいったい何なんやろなぁ、どうゆう関係なんうあろなぁ、といったぼくの存在の起源にかかわることなのです。まあ、生まれ住んだ場所が、たまたまこの神社の区域に入っているわけで、母を選べなかったと同じくらい、選択の余地がないことでした。

氏子の区域でゆうと、かなり縁です。北野神社の氏子境界線に近いから、意識のなかでは、玄武神社は遠い存在でした。もともと玄武の名は、北面の鎮護神に由来しているわけで、ぼくは京都の北に位置する俗域にいるわけです。この地域は織物の産地ですが、この産地図からいえば縁になります。 うん、ぼくはどっからゆても地縁的にはヘッジにいるとゆうことになります。

聖なる場所-6-
2007.6.15

<平野神社境内>
遠い記憶がよみがえってきます。小学生の何年ごろか思い出せないけれど、この神社の森にまつわる記憶です。近所の中学生が、この森を探索するというはなし。なにを探索するのかといえば、使い棄てたティッシュペーパーを探すというのです。当時にはティッシュペーパーなんて言葉はなくて、ちり紙、はな紙、そういう呼び名でした。しわしわになって薄汚れたちり紙に、なにやらべっとり滲みこんだあとがある。そうゆうティッシュペーパーです。そういえば、おとことおんなが寄り添って、この神社の森へ這入っていくのを見かけたことがあります。

汚いちり紙をひろげて見入る中学生のやっていることが理解できないぼくに、中学生はいろいろ教えてくれたように記憶しています。おとことおんなが、抱き合って入れあって、おまえ、入れるほうやぜ、おんなは入れられるんや、神さまもしたんやぜ、なんて講釈だったかどうかの記憶はないけれど、まあ、そうゆうたぐいの講釈でした。聖なる場所にて聖なる行為をおこなう。なんやアオカンというやりかたやないかなんて、いまは思う。

聖なる場所-7-
2007.6.19

<釘抜地蔵尊境内>
なんてったって庶民であるぼくは、庶民信仰の場所としてある<釘抜きさん>へ、よく連れていってもらいました。連れていってもらったというのは、まだひとりで町を徘徊できない幼年のころ、うんうん、高校1年のときに死んでしもた祖母に連れられていったのです。釘抜きって板に打ちつけた釘を抜くペンチですけど、ゆうてみれば人に似ています。頭、首、胴体なくて足二本。からだを病んで痛いところがあると、ペンチの痛むからだの部分をお擦りして、自分のからだを擦ります、そうしてお祈りお願いするんです。

それと願掛け、お百度ってのがあります。本堂の横に竹棒の入った箱があって、どうするんやろ、手に何本も握って、本堂一周するたびに、竹棒を箱にもどしていくわけです。大切な人のために、願掛けしてあげる。自分のからだが健康でありますようにではなくて、大切な人の病気が治りますように、ってお願いしながら、まわるんです。でも不祥者ぼくは、願掛けをやった記憶はありません。ううん、センス悪い、ダサい、田舎イメージ、中学になると、都会へ東京へと憧れが昂じてきますから、そのころには寄り付かなかったですね。

俗なる場所-1-
2007.6.20

<映画館/千本日活>
ぼくが立ち振る舞う場所を聖・俗とゆうイメージで分けていくと、聖なる場所がおおむね神域、俗なる場所がおおむね歓楽街、という分け方ができるんですね。京都には北野天満宮ってのが造られていて、この神社界隈に町ができた、つまり門前町ってゆう町です。この認識なんぞは、小学校の社会で習った知識やとおもうけれど、折に触れこの町のありかたに興味をもって、あれこれ考えてきたんです。手許にはないのだけれど、この界隈の古地図をみせてもらったことがあります。京都の北西の地域に、この町があります。

ぼくの北野門前町の辿り方は、参拝にくる人とは逆になります。参拝とゆうと千本中立売あたりから北上して北野天満宮に至る道筋ですが、ぼくは南下して千本中立売に至ります。ぼくの位置からいえば南端に、参拝者の位置からいえば入り口に、たった一軒残った映画館があるんです。たった一軒残った映画館という表記は、かっては何軒もの映画館があった、ということなんですけれど、ううん、この映画館の前に立って写真を二枚撮ったんですけれど、懐かしいような空しいような、そんな気分におそわれていました。

このシリーズ<俗なる場所>を、ぼくの記憶をたどりながら、千本界隈を探索してみて、写真と文章で書き起こしていきたいと思っています。その一回目が、いまはエロ映画、いいえ日活ロマンポルノ、いまもこの呼び名があるのかどうかわからない知識ですけど、その映画館千本日活の前です。こうゆう場所に立つと、もう半世紀もまえになるぼくの記憶がよみがえってきてしまいます。自分のアイデンティティ探し、なんてこと言いますが、たぶんこのシリーズは、そのことだと思っているんです。あああ、年取ったなぁ、つくづく・・・。

俗なる場所-2-
2007.6.22

<喫茶店/マリヤ>
俗なる場所なんてタイトルつけて、京都は千本今出川から中立売界隈を歩くと、映画館の次には喫茶店とゆことにしたくなった。とゆうのも、ぼくが子供のときからあり、いまもなお営業を続けている場所っていえば、そう多くは見当たらないからです。どっちかゆうと甘党喫茶、つまり、おぜんざいとか、あんみつとか、そういった類のメニューで、そのころにはまだ珍しかった喫茶店なのです。

そのころの千本通りは、西陣の織物産業がまだ活性化していたので、若い織子さんなんぞで、この商店街が賑わったと思うんです。人がいっぱいいた。そんな記憶のイメージがあります。このお店は、西陣京極の入り口にあって、映画を観たあと、家族でぜんざいとかケーキとかを、食べたんです。そんな家族の記憶が、ぼくには濃厚な場所なのです。

この喫茶店にしても、連れられていくのはいつも天神さんの日でした。毎月25日に、天神さんの縁日があって、夜に家族連れで、お参りしたあと露天の店が並ぶ沿道を下がり、下の森から千本中立売へまわって、休憩です。そこで甘党の喫茶店へ入ったとゆうわけです。うんうん、もう半世紀もまえのお話ですけど・・・。

俗なる場所-3-
2007.6.25

<歓楽街/西陣京極>
西陣京極と名づけられた露地のような道筋には、映画館が三軒ありました。東映、大映、それに洋画をやってる映画館だったと記憶しています。それにストリップ劇場がありました。ぼくがよく連れられていったのは、東映の封切り映画館で、いつも満員でした。押し合いへしあいという言い方しますけど、超満員状態でした。中村錦之助とか大川橋蔵とか、そんな名前の俳優に、美空ひばりが出ている時代劇が多かったですね。

テレビなんてなかった時代だから、映画を観ることは、健全な大衆娯楽だったと思えます。俗なる場所、なんてゆうともっとエログロなイメージがつきまとってくるんだけれど・・・。ああ、そうか、ぼくが小学生の子供だったから、そうゆう場所へは行かなかった。そうゆうことですね。カウンターの飲み屋が並び、ストリップ小屋があり、遊郭址があり、となるとそこはやっぱりエロスチックな場所だった。大人になるころには、もうこの界隈へは行かなかったから、親と一緒に小学生が立ち振る舞えた場所。これに限定されていただけなのです。

京極というのは、京都の端っこということで、だいたいが隅っこイメージで、どろどろねちねち泥沼、沼地。寺町通りに並行する三条から四条までを新京極とゆう名で、いまも修学旅行の生徒でいっぱいな場所がありますが、これに対抗したのでしょうか西陣京極と名づけられた場所。西陣の織物産業が衰退していくるとここも衰退してしまう、つまり西陣の織物産業に支えられた歓楽街だったんだと思います。

俗なる場所-4-
2007.7.5

<飲み屋/千本中立売>
この世にある場所を、聖俗概念で括って、俗なる場所というのはどうゆう場所なのかを表そうとしているわけだけれど、そんなにかんたんに括れるものじゃないことが、この章を立てているなかでわかってきたことです。たまたまこの場所は、飲み屋が何軒か並ぶ小路です。飲食する場所が俗なる場所なのか、という問いが発せられます。飲食することは、聖なる行為なのか俗なる行為なのか、なにか価値軸の本質的なところに触れてきそうな気がしてきます。

たとえば高級レストランで食することが聖なることで、場末の飲み屋で食することが俗なることだ、なんて区分することは、実はナンセンスなわけで、でもこのナンセンスなことが聖俗の区分であるかのように振舞っているのも現実だと思います。

俗なる場所-5-
2007.7.6

 <てんぷらうどん>
食べることが聖なることか俗なることかと問うているわけで、まあ、俗なる場所という枠に飲食店の店先を写真に撮って載せているわけだから、この飲食店は俗なる場所として認定しているわけです。食べ物の店、レストランであったり食堂であったり、呼び名はさまざまありますが、要はお金を払って食べる場所です。聖とか俗とかに分けることじたいが意味を成さない、とお考えの方も多々いらっしゃることと存じます。でもしかし、そうではないことをそうであるかのように、分けることで新たな意味がでてきそうにも思いませんか。

漠然と、聖なる場所、俗なる場所と分けだして、聖とは何か、俗とは何か、このわけること自体について考えなければならないようになってきて、なぜてんぷらうどんが俗なるものなのか、を証明しなければいけないのでしょうね。なんだか迷宮入り様相を帯びてきてますね。まあ、欲望を満たす場所が俗なる場所だ、といってしまえば、食欲を満たすあらゆる場所が俗なる場所になるわけで、そういえばそうかも知れない、食べ物をつくる場所とゆうのは、俗なる場所。食べて腹を膨らして満足を得るという行為、プロセスそのものが俗なることなのですね。

聖なるえろす・・・
2007.7.10

<お守り>
えろすに聖とか俗とかつけて、聖なるえろす、俗なるえろす、なんていってみたところでなんの役にもたたなくて、聖も俗もあったもんじゃなくて、えろすはえろす。ところで、えろすとは何ぞや、あらためて問わないといけませんね。そうして、それを聖なるえろすとしなければいけないようにも思えてしまうのです。

徒然えろす日記とゆうけれど、ちっともエロティックなことあらへん、と誰かが言ってましたけど、それは期待しすぎってゆうもんで、こんな公の場所で、期待するようなエロティックなえろすを、表現できないじゃぁ、ありませんか。とゆうのも、この記事は顔見知りとか友だちとか、とくに女性なんかがいらっしゃるんで、そんなに露骨なことなんていえないわけですよ。

ちょっと中途半端やなぁ、と自分でも思っているわけで、理屈ばっかり捏ねててもエロティックちゃう。そうこう思いながら、それらしいことをそれらしく言って、すませてしまおうとしています。写真なんかでも、ずばり裸写真がえろす、エロティックという狭義でとらえるよりも、もっとおおらかにとらえて、ほんわかエロスティックもええんとちゃうやろか・・・。

俗なるえろす・・・
2007.7.15

<食べる>
えろすに聖も俗もないとはいえ、食べることを神聖なりとは言いがたく、食べることは俗世界の出来事なのであります。 食べることはえろすの典型です。えろすとは生きることを象徴するわけで、なにより食い気です。非常に健全極まりないえろすなのです。神さま拝んでも腹ふくれないですけど、食料品はなにより満足を与えてくれます。なにはともあれ、生存の基本的条件は食べることなわけです。

ホットドッグ、パンにウインナをはさんで、スパイスにケチャップとマスタードです。なにやら昔、とはいっても50年ほど前のことですけど、ミニバントラックのホットドッグ売りが町角に出没して、腹は減った夜な夜なに、買って食べたものです。それを連想してしまうホットドッグです。うん、ウインナソーセージとゆうのは、やっぱりエロティックな食べ物だと思ってしまいます。個人的にそう思うだけで、一般ではないですけど、やっぱりエロティックなんです。