徒然日記・雑記帳「徒然日記-3-」
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2011.12.6~2012.9.14
近況&徒然に

近況-27-
もう12月、早くも一年が過ぎ去る。
この「早くも」という実感は、年々実感として感じます。
感じなんですよね、きっと。
年齢を経ると、そのように感じる感じ方。

いま、ベートーベンのピアノソナタを聴いています。
パソコンにダウンロードしたもの、29番。
29番といえば、ハンマグラービア、ですね。
なにかしら、ぼくの人生に関わっている感じ。

父が死んで、三か月が過ぎて、もう忘れてしまった。
喪中だというのに、喪に服していない。
なんと非常識な自分だろう、と思います。
ことごとくが、そんなお年寄りになっていく自分。

まあ、人生。人の生き方に、定型はあるようでない。
自分流、生き方。
それもままならないではないか。
どうすれば、自由が得られるのか。

-28-
大晦日、2011年の終わりです。
今年一年、なにがあったのか。
あっちもこっちも、その話題に尽きています。
ここも、そうゆうことで、締めくくりましょう。

身内的には、父の死、8月20日。
なにより、大きな出来事です。
東北大震災、これは大きい出来事。
こころ痛みます。

自分的には、パソコンを買った。
ブログとホームページを作ってきている。
来年に向けて、新しい枠組み。
花、京都、愛の巣、この三つをリンクさせます。

表現、自分とは何か、なんて。
写真と映像と文章で表す。
65才になって、老人日記の部類です。
来春は66才、いやはや、どうしたことか。

-30-
2012.1.6
あけましておめでとうございます。
ことしもよろしくお導きください。
昨年は、喪中でしたけど、今年は晴れています。
お正月早々は、毎年、金沢シフトです。
昨年は妻が入院で変則でしたが、今年は例年とおり。

元旦に京都の家をでて、娘夫婦の家へいきます。
そこから金沢へ出発です。
高速道路を使って、行きます。
タダにするって、うそつくな、って思ってしまいます。
幻滅しますよね、公約反故にしたら、信頼ゼロですよ。

なにかしら、むなしいのは、そんな政治のせいもあります。
それだけじゃないけど、気持ち、むなしいです。
今年66才、ええ年ですよね。
ひと昔なら、もう寿命が尽きるって年代ですよ。
いやはや、だから、なにが起こるかわからない。

先が見えないから、どうしたらいいのか。
といいながら、続けるしかありませんね。
今年は、京都と花、それに愛の巣、三つのHP制作。
リンクさせながら、ぼくの制作物としたい。
ということで、よろしく、ね。

-31-
調子に乗って、文章と写真をまとめようと意気込んでいます。
現代写真の視座1984、これはドキュメンタリー論です。
表題にもあるように1984年に書いたからおよそ30年前。
それから、写真への手紙・覚書、これは写真論。
1988年から1994年にかけて書いた写真論です。

どうしていまごろになって、そんなものを。
つまり、見直し、自分の痕跡確認、そんなもの。
京都を取材してきたのが2007年から。
いちおう取材終了としたのが2011年。
でも、あらためて、京都の写真をまとめています。

次から次へ、自分の中で、企画が起こってきます。
すこしづつ、新しい方へシフトしていくわけです。
京都、花、愛の巣、この三つのテーマをHPに立てた。
それぞれをリンクさせながら、新しい作品群をつくる。
さて、そう見栄を切ったが、はたして、どのようになるのか。

問題は、愛の巣とタイトルした領域のことです。
公然と表に出すにはおこがましい内容です。
といいながら、公然化させてしまったわけです。
中味をどのように公然化させるか。
まだまだ、未定形の中味です。

-32-
このまえに、ここに近況報告をしたのが1月16日。
それからひと月半のごぶさたでした。
きょうは2月29日、うるう年です。
せめてひと月に一回の記事をアップする。
やめられないなら、それぐらいしなきゃあ。

今年になって、ぼくの動向が変化してきているんです。
気持ちの在りようで、写真とか文章とか、してるわけです。
なので、その時々の興味の在処が、中心になるんです。
釜ヶ崎の写真を、フィルムからスキャンしています。
66才になる年齢で、これまでのものを整理しておこう。
こんな気持ちになってきている。

新しい論を書く、少しこの作業を少なくして、温故知新。
そのためにも、古き自分の著作を再現する。
15年ほど前に、ファイルを作ったのがある。
でも、いまやパソコンでネットで、デジタルデーターで。
この流れに沿って、データーを作っている。

現代写真の視座・1984、ドキュメンタリー写真のゆくえ。
写真への手紙・覚書。
釜ヶ崎の写真と文章。
まだまだ、デジタルデーター化するのがある。
できるところまで、やっていこうと思う。

徒然に-1-
徒然日記にあやかるわけで、タイトルを「徒然に」とした。
2012年3月4日、きょうの日付です。
東日本大震災から一年、2011年3月11日。
この最近、一年ってゆう単位が、非情に短い。
年取ると、年月過ぎるの早し、というけどほんとですね。
あれよあれよで10年が過ぎる。
中学校を卒業して半世紀が過ぎた。

今朝、ブラームスのハンガリー舞曲集を聴いていた。
聞き覚えのある音の連なりが、思い出をよみがえらせる。
思い出をよみがえらせる光景より、感情、感覚、ですね。
なんといえばよいか、ノスタルジックな感覚とか。
その当時の感覚ではないと思うが、その感覚とか。
いろいろ思い出すこと、いっぱいあります。

思い出は、思い出だから、いまさらどうすることも。
いやな思い、いい思い、全部含めて、いま、ここに、いる。
まだ五体満足、あたまがちょっとボケてるかな、くらい。
いつまで続けられるんやろ、これが不安種です。
過ぎ去ってきた時間からみて、あと少ししかない。
そう思うと、整理しておくことは整理しておく。

釜ヶ崎というところに撮影に入ったのが1978年ごろ。
それから35年近くが経ってしまいました。
稲垣氏の勧めで、ネガを掘り起しています。
フィルムスキャナーでスキャンして、調整して。
釜ヶ崎ドキュメントとして、まとめています。
全駒からピックアップしたのをランダムにならべています。
いつまでかかることか、はじめています。

-2-
あれから一年、早くも過ぎ去りてきました。
東日本大震災のニュースでにぎわっています。
被害にあわれた当事者の方の心中を察します。
身内を失われた方のこと、思うだけで、切なくなります。
でも、一年、過ぎていく、過去になっていく。

ここを、徒然に、というタイトルでシリーズしていこうとしています。
でも、なかなか、この文章を書く作業が、ちょっとめんどくさい。
つまり、別のところに興味の中心があって、そこ優先するから。
だから、なんか、義務化してるんです、ここなんか。
過去を整理できない性格のぼくは、切り捨てられない。

今日は、岩波講座の日本歴史の本を4冊ごみに出した。
古本屋さんに売るのは、気持ちで、できないから、ごみだ。
そういえば、転向三冊は、前々回、前回から日本歴史。
過去を切って、整理して、身軽になる。
そのようにも思うが、いざとなるとできにくい。

最近は、Facebook、フェースブック、これが情報交換の中心。
知った他人さまとつながっている感覚は、気持ち安定します。
そういえば、社交クラブ、そんな感じですね、フェースブック。
人恋しい気持ちは、年寄りになって、社会から切れつつあるから。
やっぱり、人は、他人様と一緒でないと、生きれない。

-3-
もう4月の終わりかけ、ごぶさたしていました。
明日、4月28日はぼくの誕生日、66才。
それと結婚記念日、1970年だから42年目。
最近は京都写真学校、も8年目を迎えました。

1946年生まれ。
いつの間にか66才。
あとどれほどの時間、年月が残っているんやろ。
それを思うこのごろ、そんなことばっかり。

文章を書き連ねるのがけっこう億劫です。
写真、これは撮って整理して載せる。
比較的簡単に処理しています。
込み入ったことはしない。

京都の写真集を作っている。
どのようにまとめるのか、まだできない。
できないけれど、撮って連ねて、見せてる。
日本の絵巻物とか、歳時記とかのまとめ方。

絵巻物が参考になります。
写真は絵巻の現代版だと思う。
内容は、雅のなかの京都。
対語で鄙(ひな)という概念を持ち出した。

まだまだ制作意欲は衰えていないなぁ。
でも取材するのが億劫になってきた。
どこまでいけばいいのか。
今日は、別件、過去の写真、釜ヶ崎。

釜ヶ崎ドキュメント、撮ったコマをスキャンしている。
モノクロフィルム、400本ほどスキャンした。
あと300本ほど残っている。
そのあとには、京都、白虎社、その他がある。

-4-
2012.6.13
世の中、物騒なことばかりが起こっています。
日本を含む世界で、悲しいことばかりが起こっています。
ぼくは感情的に、良し悪しを判断しようとしています。
しょせん専門家じゃないから、感情のレベルで、判断します。

原発の問題。
これは廃止すべきです、ぼくの感情です。

消費税アップの問題。
消費税アップには反対です。
生活者として反対です。

経済危機の問題。
つけがまわってきてるんだからしやないですね。
なるべく経済活動から遠ざかろうと思っている自分。
自己矛盾を抱えながら、存在している自分。

なにかしら、むなしい気持ちになってきます。
民主党、約束を守れよ!
選挙では投票しなかった。
実践活動してる党の候補者に投票しました。

なんか枠組みが崩れていく感覚ですね。
世界の枠組みが、壊れて、再生される。
どっかで、断ち切って、新生世界を、ですかね。
いまって、おおきな変化期なんでしょうね。

-5-
1984年に書き起こした「写真ノート」を再録しはじめました。
このブログじゃないけど、別のブログです。
1984年といえば、およそ30年ほど前になります。
ちょうどぼく自身にとっても過渡期な時期。
釜ヶ崎、白虎社、京都と取材をしてきて、終える時期。

そのころからフォトハウス構想の具体化を目論みます。
まあまあ、出発するんですけど、今に続きますけど。
紆余曲折、いろいろあったなぁ、ですわ。
写真を撮らなくなって、ワークショップを目論みます。
年齢としては、三十代の後半ですね。

今年になって、フィルムスキャンをしています。
釜ヶ崎取材のフィルムを、デジタル化しています。
すでにキャノンのアルバムに載せていて、目下制作中です。
と同時に、その後に書いた写真評論、メモ、を整理中。
順次ブログに書いていて、まとめていこうと思っています。

過去のことにこだわるのは、新しいネタがないからです。
ついに自分も、ここまで来たか、って感じ。
振り返る、そんな時もあっていいだろう、なんて。
結局、自分が成してきたものを、整理している。
死に際に至って、自分を記憶しておくために、かな。

ここに掲載する写真は、直近のを使おうと思っています。
タイトルとか、撮影場所とか、つけません。
イメージだけを載せていく予定です。
まあ、これも、コンセプトかなぁ。

-6-
いま、このブログフォーマットとともに音楽が聴こえます。
朝に、パソコンの前にすわって、音楽を選定しているようだ。
今朝は、どうしたことか、チャイコフスキー。
交響曲第四番、このあと五番、六番、およそ三時間。
作業をしながら、音楽を流しておく。
ボリュームを上げたり下げたり。

チャイコフスキーの四番は、ファンファーレから始まります。
高校生のことかなぁ、千円のディスカウント盤を買って、聴いた。
懐かしいですね、懐かしい。
懐かしがるのは、先が短い、とか。
1946年生まれ、先日、中学の同窓会幹事が集まった。
半世紀、五十年が過ぎているんですよね。

別のブログに、かって書き残した文章を掲載しています。
なにより、自分の過去を、思い起こすため、みたい。
この先が、見えない、ええ、自分の先が、です。
写真を撮ってる、今日は午後から、京豆庵の商品写真撮り。
これはお金もらうの拒否しています、ボランティア。
お金もらわないのは、責任逃れ、これですね。

半世紀の記憶を、前後左右させながら、辿っていく作業。
ここに、こうして、書いているのは、現在そのもの。
現在に立って、過去をふりかえって、今を書く。
かって書いた文章を載せるのは、その時代の風潮のなかで。
まあ、自分だけの思い入れ、ですけど、見せる、見てもらう。
他者の目を意識して、作業を続けてきていますねぇ。

せんせ徒然日記-1-
2012年7月10日。
これが今日の日付です。
暦ってゆうものがあって、それにしたがって年をとる。
混沌とした世界イメージから、クリアーで透明な世界。
その透明な世界を、区切っていく暦。
自分には自分の区切り方がありますね。

ひとそれぞれに、個別、そのひとだけの体験の連なり。
ぼくにはぼくの、あなたにはあなたの、個別。
その個別の体験を、整列させてくれるのが暦。
ぼくなんかもう66年も生きてるから、それなりに長い。
履歴ってゆうのも、けっこうたっぷりあって、いろいろ。
個人史なんてこと目論んだって、なかなか出来ない。

あれこれ、過去のことを書くのは、おこがましい。
今と未来について語ろうと思う。
ところが、どっこい、すぐに過去を語りたがる。
過去を語るってゆうのは、おおむね自慢話。
そんなの、だれも聞いてくれへん、って。
といいながら、過去にこだわってしまう習性がある。

年寄りは、老い先短いから、長い過去を語りたがる。
小学校や中学校の同窓会なんて、半世紀も昔の話。
あたかも、いま現在のように、語っています。
時代がちゃうやろ、めちゃくちゃ違うやろ、半世紀やぜ。
年と共に、時代区分とか、年月とか、関係ない感じ。
ふうううっと空へ舞いあがって、いってしまう、そんな感じ。

-2-
2012.7.11(水)。
ここをぼくのメインにしようと以前から思っていました。
でも、なんていうか、扱いにくいんですね、なんとなく。
それにアクセス数も少ないんです。
ほかにアメーバーとか楽天とかのブログもあります。
でも、まあ、なんてゆうか、ここがメイン。
というのも、いまプロバイダー契約は、ここですから。
そのほかは、ぜんぶ、無料で使っているんです。

無料で、といえば、ブログにしろホームページにしろ。
それからアルバムですね、これも無料。
無料であることは、広告がついてくる。
広告をつけて、走ってるみたいなもんだ。
ええ、宣伝してあげてるんです、お礼に、です。
いいじゃないですか、そうゆう世の中だから。

でも、無料で作ってるホームページ。
これは、更新しても、なかなか画面が変わらない。
遅いときには、数週間とか、それ以上とか。
うたい文句は、500メガまで、とか、1ギガまでとか。
そんなの、たしかにそうかも知れんけど。
100メガ超えてしまうと、使えないと言いながら。
使っているんですけど、その奥には、有料がある。

保険とかサプリメントとか、勧誘電話がかかってくる。
原則、いや全面に、電話勧誘は断ります。
その奥に、なにがあるかわからない。
悪徳業者がいるかも知れない、だから。
ぶっそうな世の中、信じられない世の中。
なんか、そう思うと、この世の中、どうにかならないか。
そんなこと、思うこと自体、もう、つまらない。
でわ、また、愚痴を書いてしまいました。

-3-
暑いさなかですが、ここにいます。
30年前撮影の釜ヶ崎、そのスキャンが終わった。
大阪梅田界隈から釜ヶ崎の奥まで、6年間の撮影。
1978年から1983年ごろまでです。
まだ、最後のスキャン分、五千カットは、未整理。
これから、セレクトして、修正して、まとめます。

スキャンしながら、画像を見て、思い出すことしきり。
いっぱい思い出が詰まっていて、甦ってきます。
写真とは、そうゆう存在なのでしょう。
記憶を甦らせてくれます。
一段落、そんな気持ちですが、次は京都です。
京都、西陣、釜ヶ崎の後半と平行して、取材したネガ。

釜ヶ崎も京都も、いまにつながっています。
1984年からフォトハウス構想を立てて、実行。
これもいまにつながっています。
なんかしら、人生って、けっこう連続している時間だ。
時間といえばスパンが短い感じ、年月がふさわしい。
年月、生まれてきてこのかた66年がすぎた。

一昔なら、もう人生が終わっていた年齢ですね。
それがいまや、まだまだ終わらないじゃないですか。
でも、いつ終わるわからない、これ実感です。
ぐるぐるまわる回り灯篭、幻、そんな光景が、目の前です。
まもなくお盆、今年は、どうするんやろ。
まだ、未定、取材するかどうかも、未定。
父親の一周忌をしてあげないといけません。

-4-
むかいのおばさんが亡くなられた。
99歳と半年、来年早々には100歳という。
長寿、ほんとに長寿の時代。
ちょうどお盆が近くなって、霊を迎える頃。
ぼくは、無神論者のつもりだったけど。
今は、信じてないけど、不思議、霊感とかはあるかも。

人間って、柔くって脆くって浮き沈みする感情です。
それにからだ、肉体ってのがくっついている。
肉体が先で、感情はそのあと、肉体ありきですね。
そんな肉体を意識しだしたのは、最近のことです。
老いていく自分、年寄のからだになっていく自分。
精神だって、からだの老いにしたがっている感じ。

若さの残滓が、もう初老でもない自分をせめます。
つくづく、肉体があって、精神があることを実感です。
でも、物忘れしたり、想像力が弱ったりしても、です。
意識が広がる、高みから見れる、なんでも許す、みたいな。
ふわ~っとした、ああ、これが仙人の境地なのか。
なんて、少しだけ、思えるような感覚もある。

性欲、食欲、何々欲、人間って欲望のかたまりだ。
その欲望が希薄になっていくってのが老いかもしれない。
だいぶん、そういうことでは、希薄になってきたと思う。
ひとのためになるのなら、できるだけのことをしよう。
必要としてくれる人がいるなら、尽くしてあげよう。
なんかしら、仙人の訓示みたい、笑えちゃうね。

-5-
お盆が終わった。
いつもお盆の時期になると写真取材のことを思う。
お盆行事を追って、夢幻舞台を制作するためです。
夢、幻、その舞台。
舞台とはこの世のこと、夢と幻のこの世。
今年は、どないしようかなぁと、迷っていたけど。
8月7日、六道まいりの道を、撮影した。

思い起こせば、もう30年ほどまえのことです。
写真と文章を載せた夢幻舞台って小冊子を出した。
その年、瀬川恵美って子が、亡くなったその鎮魂。
昔、撮ったフィルムをスキャンしているんですが。
その瀬川恵美、出てきたんです、かなりの枚数。
ほとんど記憶になかったフィルムに、驚きました。
昔のことを、記憶をたどって、まとめようとしています。

66歳になって、いまならできる、そんな気持ちです。
まあ、4~5年、70歳前後、これが目安ですね。
それと最近また文章を書けるようになってきたみたい。
文章を書く循環ってのがあるんでしょうかね。
ここ数年、あんまり文章が書けなかったのに。
そのぶん、写真が撮れなくなった。
被写体に迫れない、距離をとってしまう。

父の一周忌の法事をすませて、やれやれ。
気にかかることは、一応クリアーした感じ。
あとは、ちまちま、好き勝手に、できたらなぁ。
宝塚メディア図書館、SVTPにボランティア。
畑さん、中島さん、あとは若いスタッフばかり。
関西写真史を書くのに、刺激をもらえそう。
お人好し父ちゃんの登場、でいいんじゃない。

-6-
あれから11年目、2001年9月11日、思い出しました。
ニューヨークのWTCビルへ飛行機が突っ込んだ日。
午後10時過ぎ、タクシーのなかで声のニュース。
自宅に入ってテレビの画面、二機目が突入するとき。
テレビでライブ、目撃しました。
なにが起こってるのか、わからなかった。

翌日の早朝には、関空からグアムへ家族旅行。
家族は準備をして、MKが迎えに来るだけ。
JTBへ問い合わせると、飛行機、飛ばないとのこと。
旅行中止、そうやったなぁ、思い出します。
前便は、着陸できず途中で関空へ戻ったとか。
でも、具体的な悲劇性は、伝わらなかった。

悲劇であることは、感情がゆすられてくること。
時間の経過とともに、何とも言えぬ滅入り感を意識します。
1年半前のあの地震と津波。
悲惨さは、映像見るたびに、いまもって甦ります。
テレビとか、見ちゃおれないから、逃避します。
人が死ぬなんて、耐え難い気持ちになります。

まあまあ、ほんとに、わが身でなくてよかった。
こんなこと言っちゃあかんと思うけど。
ほんと、悲しい出来事、自分の家族でなくてよかった。
せめてもの追悼は、こころのなかで、行います。
ぼくは悪人じゃないです、善良な市民です。
ほんとです、閻魔様。

-7-
世の中の動き、あわただしいです。
すべてリセットして、戻ればよろしい。
どこまで戻るかって?
そうやね、縄文時代あたりまで!
そしたら、みんな幸せな気持ち?

気持ちでいえば、30年前くらい昔。
それでも1980年、それなら半世紀前。
それやと1960年、長生きしてるよなぁ。
縄文時代に戻るというのは比喩ですけど。
何もない、目の前に食べ物だけ。

そんな時代が来るような予感。
まあ、実質、はりぼて捨てたら、それだけ。
からだと、着るものと、食べるもの。
それに寝るところ。
男には女が、女には男が必要。
それぐらいシンプルにしないとあかん。

そんな夢ばっかり見ている昨今。
どっちゃみっち、金なんてない人生。
これから、どうしようか、生きる中身。
お金ではない、価値観、ああ、無情。
言葉知ってるから、こんなの書いてる。
突然ですが、バッハ、いいですね。