徒然日記・雑記帳「徒然日記-4-」
むくむく叢書のご案内
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2012.10.2~2013.3.18
徒然にっき

徒然にっき-1-
最近の出来事では、政治の世界、党首が変わった。
政治のことは、ブログでは触れないようにしています。
でも、まあ、なんていえばいいのか、だましですね。
ぼくなんか、もう年金生活だから、左うちわ。
なんて思っていたら、年金だって変動するんですね。

まあ、いいや、生活していけるから。
かって働いたおかげで、年金積立したから。
いま、三カ所から年金もらっています。
国家公務員共済、私学共済、厚生年金です。
フリーター諸君ぐらいの収入です。

内閣総理大臣は民主党の野田さん。
昨日、内閣改造で、メンバーが入れ替わった。
もう、どうでもいいけど、嘘つくの、やめてね。
恥ずかしいこと、しないでください。
嘘ついたあかん、これ子供でも知ってる。

なんか、こんな話題は空しいです。
だから、そっから逃げて、愛の話しとか。
愛と癒し、なんて内心、笑いながら、ですけど、
政治とか経済の話しをするより、癒されます。
なんとか、ならへんのかなぁ。
では、また。

-2-
今年ぼくの年齢は66才。
もう老体だけど、最近の感覚では、まだ若い。
若いといっても、この先、知れてる。
なによりも、このままの健康を維持できるか。
いつ切れてもおかしくない年齢だと自覚します。

ここにこうして文章を書いている。
このことが突然できなくなるということが。
そういうことでいえば、いつも刹那です。
わかいころには、年老いの実感なんて知る由もなし。
年相応なんてゆうけど、それなりに老化が進んでいる。

健康保険は、三割負担だけど、行政が二割負担してくれる。
つまり、ぼくは、65歳をすぎて、収入が少ないから、減免処置。
なるべく医療費は使わないでおこうなんて思っているんですけど。
高い保険料払っているから、使わにゃ損損なんて思う。
年金収入の一割が健康保険料として払ってるかな?

こんな現実的な話をしても、生産性低いですね。
さりとて、理論、理屈なんて、もう御免こうむる。
感情、これは豊かにして、喜怒哀楽、感じたい。
生き方そのものが、変わってくるんですね。
つまり社会生活に生産活動に参加してないからか。
むつかしい話は、しないでおきましょう。
でわ、また。

-3-
ノーベル賞の発表があって、京大の山中教授が受賞。
とっても喜ばしいことです。
昨夜から今日の朝は、この受賞ニュースでいっぱい。
ぼくなんかやと、大江健三郎さんの受賞が浮かびます。
でも、大江さんの名前、出てきませんねぇ。
ニュースのなかで川端康成でてきたけど、です。
まあ、それぞれ、放送意図があってのことでしょうかね。

すっかり秋。
さわやか、いいお天気、朝なんか肌寒い。
古いフィルム、ネガをスキャンしています。
釜ヶ崎のスキャンが終わって、いま、京都。
釜ヶ崎の写真は、アルバムにしてあります。
スキャンしてデジタル化して、アルバムにする。

フィルムからデジタルへ、です。
記録の方法が、媒体が、変わっていきます。
発表の方法も、変わってくる筈です。
ギャラリーで展示から、ネット上で展示へ。
発表媒体の枠が拡がるってわけですね。
これからも、ハード環境はまだまだ変化しますね。

テレビモニターが、薄型になって、廉価になる。
額装のプリントから、デジタルデータ表示へ。
写真のギャラリーは、展示する方法が変わる。
展示内容を支えるハード環境が変わる、が正解。
あたらしい時代がきて、新しい表現方法も来ます。
まあ、欲望を満たす道具として、昔の比ではないですね。
この内容は、また。

-4-
2012.10.19
岩波講座「哲学」を少しずつゴミに出しています。
1968年から配本された全18冊。
ぼくの手元にあった岩波講座の最後です。
日本歴史、文学、それにこの哲学です。
まあ、もう、ぼくは哲学はいらない。
そんな感じですね。

だんだんと学問の成果とか、受けてるけれど。
いまさら、学問なんて、いらないと思ってる。
ただし、感覚的には、研ぎ澄ましておきたい。
といいながら、感覚だって鈍ってくるってもんだ。
いやいや、多感な頃に受けた感性が、そのままだ。
だから、時代が変われば、感性もかわる。

考え方とか、構想力とか、想像力とか。
これらだって、その時代の空気みたいな感受性。
そっから生じてくるんだ、としたら。
やっぱり、年代が変わると、これも変わる。
そう思うと、老体は、いまの若い人とは、ちがう。
いつも、若い世代の感性が、中心です。

もう30年とか50年とか、年齢の差。
一世代15年区切りだとすると、です。
そうすると、二世代、三世代、違うことになる。
つまり、理解しあえない、感性の交換ができない。
本当か嘘か知らないけれど、ぼくは信じない。
信じないけれど、本当のような気がする。

-5-
寒くなってきて、ストーブ入れだしました。
ぼくの部屋には、灯油ストーブ。
灯油の値段が上がって、㍑95円とか。
ひところは、電気よりガスより灯油が安い、と。
どうなんでしょう、いまなら、ガスが安かったり。
必要経費だから、しかたないけど。

電気の節約ということで、夏にトライした。
関西電力からクオカード1500円分送ってきた。
節電トライ、昨年比11%でした。
そういえば、昨年の夏は途中から節電モード。
昨年に節電したあとの節電だから。
昨年同月比5%ほど減でした。
6月が26%ほどの節電になっていたから全体で11%。

まあ、まあ、電気を使う生活になっている。
なんでも電気を使うようになってきている。
ひところの電気消費に抑えれば、いいのに。
便利な便利な電気、なんてほんとかな?
これから先、これでいいのか、と思う。
政治も含め、これでいいのかなぁ。

-6-
まあ、無責任に生きよう、なんて。
だいたいここのタイトル、徒然にっき。
これがイージー否めない。
タイトルないのと同じですよね。
それと写真を貼り付ける。
写真もイージー極まりない。

文章書くのは、面倒です。
でも写真は、とってもイージーです。
撮って、パソコンに吸い上げて、保管。
選択して、処理して、保存しておきます。
ブログなんかに使うときはここから出す。
写真は、とってもイージーだ。

イージーさが売り物の写真。
だれでもカメラマン、写真家。
携帯、スマートフォーン、デジカメ。
高級一眼なんて、いらない。
コンパクトデジカメを使っているぼく。
今年は、写真集を12冊を作っています。

ますます写真を作ることが簡単になる。
そうなると苦労して作ることに意義がでてくる。
苦労して写真をつくる、手作り。
なんか、手間と価値は、相関関係になるのかも。
そういえば会席料理だって、そのようだ。
苦労して、時間をかけて、写真を作ろう、ですね。

-7-
音楽、おんがく、さまざまな音楽ジャンルがあります。
ぼくは、クラシック派でしょうね。
表向き、公式には、クラシック音楽。
バッハ、モーツアルト、ベートーベン。
それに最近は、ヘンデル、ハイドンが加わった。
つまり西洋音楽の古典派の作曲した音楽。

小さいころから、ピアノとかに興味があった。
学科の中で、音楽は得意な科目でした。
中学ではブラスバンド、クラリネット。
中三のときには、パレードの指揮をしていた。
高校では、二年の時にブラスバンドを作った。
高校を卒業して十字屋に入社した。

音大へ行きたいと思っていて、ピアノを習った。
二年間、二十歳になるまで、ソナチネまで弾けた。
そうして、その後は文学へとすすんできました。
音楽は、ぐるっとまわってベートーベンに帰り着きます。
演歌も好きですね、日本の演歌、ぐっときます。
西洋音楽のほうは、ぐぐっとくることはないですけど。

かって買いためたCDから、パソコンに取りこんで聞きます。
宝塚メディア図書館にあるクラシックCDから、コピー。
畑由美子さんが所蔵されていたCDであります。
なにやかや、パソコンに取りこんで聴ける。
たまにオーディオで聴くと音響はやっぱり、いい。
でも、便利な時代になったものだ、パソコンです。

-8-
もう30年以上も前のことになるんですね。
釜ヶ崎を取材していたころ、1980年前後。
いまも、稲垣さんとは懇意にしてもらっています。
今日、京都まで来てくれました。
デジタルビデオのSDカードからDVDデスクに転写。
ぼくは、初めての経験だけど、できました。

釜ヶ崎の職安、あいりん職安ですけど、就職斡旋しない。
そのことに対して、問題化しているのが稲垣さん。
その稲垣さんの闘志というか、継続の強さに敬服します。
いやはや、40年、釜ヶ崎でがんばっておられます。
炊き出し、もう40年も続けられているんです。
なかなか、できることじゃないですよ、ほんと。

そんな稲垣さん、昨日、いっしょに「ふえろう村塾」へ。
ふえろう村塾の代表はいま、三浦さん。
どうも昔釜ヶ崎で会っているようです。
ふえろう村塾。
養豚で、豚肉をつくって、販売しています。
それは経済の商売のことで、ほんとうは。

本当は、コミューン建設、仲間、共同体。
ぼくらの世代、その上の世代が、ある意味、理想とした。
それが、いま、ぼくの目の前に、現われ出てきたんです。
なんだか、縁というか。
別に関係ないといえば関係ないんですけど。
仲間っていっても、ぼくなんか、ちゃらんぽらんやし。

なにかしら、最近、昔がよみがえってきている感じ。
宝塚メディア図書館にしても、です。
この時代、人間の関係が粗末になっている時代。
それなのに、結ばれていく感じは、うれしいかぎる。
呼ばれたら行きます、呼ばれないところにはいきません。
これが処世術、ラッキーな処世術だと思えています。

-9-
写真図書館がオープンしたのが1992年でした。
それから20年が経過しました。
やっぱり長い年月です、20年、ふた昔。
いま、宝塚メディア図書館という名称です。
NPO法人になってから10年少しが過ぎたところです。
南森町から中津、南港WTC、万博公園、そして宝塚。

なによりの功労者は、畑祥雄氏です。
ぼくが所有の写真集等と畑氏が所有の写真集&カタログ。
この二人の所有物を公開したのが、写真図書館。
それから、ぼくは写真の専門学校の副校長になりました。
これも畑氏のあっせんによって実現したものです。
良くも悪くも、ぼくはその世界へ本職として踏み出した。

いま、宝塚メディア図書館へ来ています。
この7月中旬から毎週金曜日に来ています。
今年度いっぱいは、来てみようと思っています。
いろいろなころがあったから、思い出します。
この思い出すこと自体が、ナマしいこともあるから。
良し悪し、いろいろ、思うところです。

IMI、インターメディウム研究所、いまや昔のこと。
そこを最後に、退職してから早10年が経った。
大石氏と先ほど顔を合わせました。
OICP写真学校の校長さん、スタジオの経営者でした。
ぼくの年齢がただいま66才、大石氏は少し上、畑氏は少し下。
いずれも、還暦過ぎた年代です、この先は、いかに。

-10-
12月になると、気持ちがあわただしくなります。
世間があわただしくなるからかも知れない。
なんとなく、そわそわ、落ち着かない。
今年なんか、総選挙っていってるから、なおのこと。
じつは60歳になるまで、選挙へは行かなかった。

20歳になった時の最初の選挙には行った。
それ以来、選挙に行かなかったけれど、心変わり。
体制から逃れることなんてできないんだから。
せめて権利を行使して、義務を果たそう。
そう思ったわけで、心がとっても従順になった。

年金生活がベースにあって、それに依存してる。
基本的に、日本国国民として、権利義務を行なっている。
なんだかんだと言っても、しょせん枠の中。
なんとか楽して生き延びよう。
それが生活の知恵というものだ。

気ままに、好きなこと、好きなように、したい。
ストレスのたまることはしたくない。
正義の味方なんてちゃらちゃらおかしくって。
悪の華みたいな、あだ花、せせら笑って、なんて。
遠回りしながら、人生の最後のあだ花、咲かせようか。

-11-
12月になると、気持ちがあわただしくなります。
世間があわただしくなるからかも知れない。
なんとなく、そわそわ、落ち着かない。
今年なんか、総選挙っていってるから、なおのこと。
じつは60歳になるまで、選挙へは行かなかった。

20歳になった時の最初の選挙には行った。
それ以来、選挙に行かなかったけれど、心変わり。
体制から逃れることなんてできないんだから。
せめて権利を行使して、義務を果たそう。
そう思ったわけで、心がとっても従順になった。

年金生活がベースにあって、それに依存してる。
基本的に、日本国国民として、権利義務を行なっている。
なんだかんだと言っても、しょせん枠の中。
なんとか楽して生き延びよう。
それが生活の知恵というものだ。

気ままに、好きなこと、好きなように、したい。
ストレスのたまることはしたくない。
正義の味方なんてちゃらちゃらおかしくって。
悪の華みたいな、あだ花、せせら笑って、なんて。
遠回りしながら、人生の最後のあだ花、咲かせようか。

-12-
師走、12月、今日はその13日目、木曜日。
一年の過ぎるのが早く感じます。
毎日、こうして、パソコンに向かっています。
単調な日々だから、早く感じるのかも知れない。
今年66歳、来年67歳、自分で信じられない。

今年は、7月だったかに、宝塚メディア図書館へ。
目下、毎週金曜日に、通っています。
いつまでも続けているわけにもいかない。
引き際を思い描いて、どうしょうかなぁ、です。
いま、いちばんの懸案です。

陶芸は6年目かなぁ。
ちまちまと月に2回ほど、通って続けています。
自分が使う食器のほぼ九割が自作の食器。
ここまでこれたとは、自分でも驚き、継続の結果です。
自分と他者、いい関係だけ、これからはそれでいこう。

京都写真学校、これは9年目を迎えます。
来年の入学問い合わせが今のところない。
毎年、問い合わせが少ないけど、開講できている。
不安だけど、開講できるかどうか、です。
入学者がなかったら、開講できない、ということです。

そんなこんなで、一年が終わっていきます。

-13-
毎年のことながら、この時期、気が急きます。
大晦日まであと一週間。
それから新年です。
2013年、平成25年。
もうそんな年になるんですね。

記憶をたどっていくことが多い昨今。
同窓会の集まりで、昔の美男美女に会う。
いまも美男美女だけど、老齢者になった。
淡い、十代のころの思い出が通り過ぎます。
今年は、そんなことで思いにふける。

もう会えないと思っていた人に巡りあう。
まだ巡りあっていない会いたい人もいる。
人のつながりって奇妙な縁ですね。
けっきょく、つまり、ひとは一人で生きれない。
同好の集まり、写真、これも人との交流。

それでいいのだ。
人と接することが、社会とのつながりです。
接せられるということが、ラッキーなことです。
いくつかの社会と接しているけど、大事にしよう。
なにかのご縁、なんて、いいじゃないですか。

-14-
2012.12.28
総選挙が終わって、自民党が独り勝ち。
なんてこった、このざまは、って感じです。
元の木阿弥、元に戻った、とは言ってないけど。
何の変化もないままに、継続されていく世の中。
そんな時代に、どのように生きるのか。

ぼくなんかは、もう社会人終えて隠居の身。
なんだかんだで年金生活、これで確定。
だから、もうあくせくしない、のほほん生きる。
でも、まだ、稼いで生活をしていく人は大変。
先が見えないから、それに辛い時代です。

自分が生きてきた年月、その中にあった辛いこと。
いやいや、いろいろ、ありましたよなぁ。
でも、過ぎ去ったこと、いまは悠々自適です。
あとは消えゆくまで、なにをするか、です。
パソコンで、カメラで、遊んでいる自分。

社会との接点が、少なくなってきているから。
社会との接点を、大切にしていきたい。
時代感覚でいけば、生活実感が乏しい。
流動的な世の中に、自分を泳がせている。
はたして、これでいいのかと、問うこともなく。

-15-
写真家東松照明さんの訃報に接す。
2012年12月17日、沖縄の病院にて死去。
死因は肺炎、82歳。
人間は死ぬ、いつの日にか死ぬ。
1930年生まれの東松照明さんでした。

彼が京都取材のために京都へ来た1981年年末。
1982年の正月、京都に来てた彼から電話があった。
三条河原町の六曜社で待ち合わせ、午後9時。
それが東松照明さんとの最初だった。
その後三年間、京都取材が終わるまで取材に同行した。

ぼくの最近は京都をテーマに写真を撮っています。
先輩東松照明さんの京都を意識しないわけはありません。
桜にしてもそうでした。
東松さんの「桜」は、風景を取りこみます。
ぼくは、桜の花そのものをクローズアップ。

彼の京都は有名人を撮って並べる。
ぼくは無名の人を撮って並べる。
いえいえ、彼には及ばないかも知れない。
ただ、通りすがりの彼とは違う、ぼくは地場です。
通りすがりの方がいい写真が撮れるかも、とは彼の弁。

三年間、二人だけのワークショップ、セッションをしてもらった。
西井一夫さん、平木収さん、東松さんを通じて、知った。
東京のマンション、代々木、中野、千葉の一軒家へ、赴いた。
妻と一緒に千葉の家へ行ったのは1994年だったか。
思い出尽きない東松照明さん、ありがとうございました。

-16-
このまえに東松照明さんの訃報にふれました。
弔いの気持ちを持ったまま、あれこれ考えていました。
そうしているうちに大島渚さんの訃報です。
大島渚さんとは、ぼくは直接の面識はありません。
でも映画監督として興味ある方でした。

若松孝二さんでしたね、そのころエロ映画の監督。
そうゆうことでいえば大島さんは「愛のコリーダ」。
DVD版で見たけど、これには影響受けます。
愛欲シーンがたっぷりあるじゃないですか。
刺激的な映像、色彩もまた、素晴らしい。

ぼくの人生、その年月の長さは66年強です。
いつのころからか文章や写真や映画の濡れ場に興味を。
ぼくのできないもうひとつの表現世界だと、思ってきました。
そのころの作家さん、おおむね性の解放運動。
人間の本能、欲望、満ちる情と欲、その世界です。

東松照明さんだって、本音、撮りたいと言ったんです。
でも、作品の流れ上、作品にはできなかったと思う。
縛りやりたいねぇ、なんて酒の場で聞いた。
京都を継続されておれば、その領域に至ったかも。
いすれにしても、彼らは逝ってしまわれた。

残された者は、何をと思う。
その継承者たらんとするかぁ。
ねじまげて継承しないと二番煎じだ。
東松さん、大島さん、ありがとうございました。
三辺さんのお葬式の時、大島さんに会いました。

-17-
冬はどうもこもりがちになっていけません。
こころが萎えるってゆうか、鬱になるってゆうか。
外の世界がこわいようにも思えて、おびえています。
自分のいる場所が、明確にならない感じです。
分裂してる、自意識とか、視線とか。

過去の文章をあらためて書き起こしています。
デジタルデーターにするための作業です。
没頭するというほどではないけど、時間をかけてる。
昨年のいまごろに、フィルムスキャンを買って一年。
釜ヶ崎、京都、とフィルムをスキャンして、いま白虎社。

フィルムで撮っていたころのこと、思い出します。
1977年ごろから本格的に撮りだして1984年に終わる。
自分の写真をといえば、釜ヶ崎、労働者の写真。
いま、ブログに、アルバムに、発表しているところです。
まだまだ、これからの作業になると思います。

それらと並行して、その当時に書いた文章を再録。
むくむくアーカイブ<物語と評論>目次ページ
いま、写真行為とは何か、現代写真の視座1984、写真への手紙・覚書。
いくつかの残りを、これからも再録していくつもり。
まあ、命あってのことだから、いましかできない。
そのように思っているところです。

-18-
ウエブ上で写真集を構成しているところです。
この写真集には、HPで、ブログで、フォトアルバムで。
フォトアルバムは、容量が大きいから、使いよい。
ぼくの場合、キャノンとニコンのアルバムを使っています。
カメラメーカーのアルバムの他に、ピカサとかも使います。

最近、昨年はキャノンのアルバムがリニューアル。
今年になってニコンのピクチャータウンがリニューアル。
ニコンイメージスペースということになった。
容量がニコン製品を使っているから20ギガにアップできた。
ところがアドレスが変わったから、組み直しを迫られて。

ウェブ上で提供されるフォトアルバム。
パソコンとかウエブの環境によって変更される。
バージョンアップだから、文句はいいません。
それを承知で利用させていただいているから。
時代の要請、最新の形になっていくんでしょう。

写真のアップ枚数、京都関連一万枚を超えた。
2003年末からはじめたデジタルカメラでの撮影。
それらをウエブアルバムに収録して公開していきます。
かって1980年前後に撮ったフィルムのスキャン。
スキャンをはじめて一年になります、これもまとめます。

作家を名乗っていませんが、作家しています。
テーマは京都、どのように撮って表現するか、です。
今年になって、ふたたび京都撮影にチャレンジです。
東松照明さんの京都ではない「京都」です。
67歳になる今年、もう少し頑張ろうと思う。

-19-
二月が明日でおわっていきます。
早いですね、日々過ぎるのが、とっても。
意識するから、よけいに早く感じるのかも。
少年の頃は、そんなに年月を数えることもなかった。
未来がいっぱいあって、数えきれないんだね。

最近、未来において、なんて数少なくて。
過去が、どうだったのかとの、懐古趣味。
昔を懐かしがるわけではないけれど。
生きてきて、生きてる証をなんて、キザに思う。
そうそう、井原西鶴、どんな男子だったのか。

元禄六年、五十二歳で逝去したとゆう西鶴さん。
浮世草子、写実小説だとゆうじゃありませんか。
ぼくは、古典読めないから、解説書で読むだけ。
写実といえば、写真じゃありませんか。
リアリズムとでもいえばよいか、写実主義。

その時代、浮世絵とか浮世草子とか、浮世もの。
歌舞伎も浄瑠璃も、浮世のこと。
浮世とは、この世のこと、生きてるこの場。
いよいよぼくだって、老いの境地に至らないと。
いつまでも浮世では、死にきれないよなぁ。

<京都>を作品に仕上げようとの無謀な試み。
写真をもって作るから、その時代の絵巻物風。
21世紀洛中洛外光絵図、なんてサブタイトルで。
写真集<京都>を模索しつつ制作中です。
エンドレスですねこのテーマは、いつまでも中途半端です。

-20-
あれっ?、徒然にっきがここにもあった。
アメーバの花のワルツってブログで連載中。
ここは、ブログの名前が、徒然にっき。
吉田兼好さんの徒然草からの引用です。
ピアノの曲、ベートーベン、ワルトシュタイン。
その第二章ですが、ここでは音を再現できない。

パソコンに取りこんで、メディアプレイヤーで聴いています。
なかなか、いい音で聞こえますよ。
田舎では大きなスピーカーで聴くときがあります。
やっぱり、音質が違うけど、これはこれ。
なんといえばいいのか、こころむしられる。
ピアノの曲には、けっこう思い入れがあるから。

最近のことですが、けっこう忙しい?
作業を抱えすぎてるのかもしれない。
此処へは、なかなか来れない。
文章書くのが、なかなか重いんです。
別バージョン、小説については精力的に。
つまり、興味の対象が、いまは、別にある。

来月満67歳になる。
自分で信じられない。
体力落ちてきた、老体になってる。
でも、気持ちは、どうなんやろ、変わった?
精力なくなって、エロさもなくなった?
ほんとかなぁ、ここでは真相を語れないけど。

なんやかやゆうても、真相を語れない。
言論の自由とはいっても、枠がある。
ネットは公共の器だから、ガイドラインに従う。
しかし、こころは、いつも逸脱していくんです。
井原西鶴、ベルメール、モリニエ、谷崎、永井。
なんてったって、文学者であり芸術家ですね。
ぼくもその境地へ行きたいです。

-21-
視力が落ちています。
この時間、この作成画面の文字が見えにくい。
使いすぎなことは、わかっているけど。
パソコンの画面を一日何時間見てる?
ほぼ12時間、そんなにも見てないけど8時間以上。
やりたい作業がいっぱいあるから、です。

4月に出品する展覧会の写真をまとめる。
フォトコンプレックス第五回展です。
USBに入れて、パソコンで見せる。
12作品全部を混合して、流す。
スライドショーするのに、今年はパソコンで。
まえのバージョンのパソコンがあるから、これ。

IMIOBの三木さん、葛城さんが作ってるフォトマガジン。
港さんと勝又さんが作家、三木さん編集、葛城さん発行人。
東京発、新しい試み、料金は月600円+消費税。
毎週木曜日にメール配信される、というもの。
カード決済ではなくて、特別に振りこみにしてもらった。
ネットでクレジットカードを使いたくなくて、です。

寫眞、その他のアート潮流、その現状をどうつかむのか。
ネットで情報が得られるとはいえ、やっぱりこの目で見る。
いま宝塚にあるメディア図書館へ、毎金曜日、行ってる。
そこには情報がいっぱい、それを体感します。
情報は魔物で、知る必要があるのかないのか。
なくても良いけど、なければ何かしら不安になる。

あれから10年を超えた。
あたらしい流れがぼくのまわりに起こっている。
昔の知り合いと会うだけが目的ではなくて。
功名心を得たいと思うわけでもなくて。
なにかしら、得体のしれない空気が、ぼくを連れて行く。
あと何年、このようなことができるのだろうか。