徒然日記・雑記帳「愛と癒しの-2-」
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愛と癒しの-2-
  8~16  2012.10.27~2012.3.1

-8-
写真とか映像とか、そのイメージについて。
ぼくは日本の風景、日本の精神風土が好き。
ひところ、欧米のイメージに気持ちがなびいていた。
いまでも欧米の光景には一種の憧れがある。
でも、最近、日本の風景に魅入っています。

神社、赤い鳥居、着物、和服。
家屋だって瓦屋根とか。
そんな光景に触れていると、心が和みます。
年とったせいかも知れない。
日常の光景が、愛おしい。

日常の生活空間で、写真を撮る。
まあ、たまたま京都育ちだから、京都。
被写体が京都の光景となる。
ごちゃごちゃした場所で生まれ育ったから。
西陣の路地なんか、愛着を覚えます。

-9-
ハイドンの音楽、古典派の作曲家。
いま、そのハイドンの弦楽四重奏曲。
これ、聴いています。
バッハ、ヘンデル、ハイドン。
そのあとにモーツアルト、ベートーベン。
中学生のときに覚えた名前です。

西欧音楽の古典派の作品。
なんか馴染みがなかった。
でも、ベートーベン、これは聴いた。
その後、モーツアルト、バッハを聴く。
最近、ハイドンの音源をUSBにゲット。
パソコンに取り込んで聴いています。

子供のころに覚えた記憶は消えない。
でも、ハイドンを聴いた記憶がないんです。
だから老いて新曲を聴く。
いいですね、年のセイかもしれません。
ストリングの音、音響いいわけないけど。
それは構わない、高級オーディオはいらない。

音楽の中味、旋律とかテンポとか。
ちょっと明るいですね。
バッハのほうが陰ですかね。
そのときの気分によって好き嫌いが変わる。
音楽って、愛と癒しの、その中身かも。
音が語りかけてくる気がします。

-10-
11月は七五三の月ですね。
天神さんへ行ったら着物を着た子が。
七五三、七歳、五歳、三歳。
ぼくらが子供だった頃ってなかった?
なかったわけではないかもしれないけど。

いまの時代、豊かなのか、貧しいのか。
なんかしら、せちがらい世の中。
幸福とかには、縁遠いような気もします。
総選挙、衆議院議員ですけど、シラケです。
シラケる必要ないけど、なんじゃいなって感じ。

世の中、そんなんちゃうよ、もっと深刻よ。
釜ヶ崎、むかしの釜ヶ崎が全国化した感じ。
世の中、矛盾だらけ、どうするん、借金漬け。
国債発行残高のことです。
国の予算のことです。

ここ、愛と癒しってことテーマにしています。
でも、愛と癒し、空しいですけど、愛と癒し。
癒しは、この時代だから、必要。
愛だって、この時代だから、必要。
必要だけど、なんだか、空しい。

-11-
かって、街の中でスナップしていたとき。
写真に写ってくれた女子です。
お名前も、住所もしらないままです。
あらためて、お名前がわかりません。

写真を撮るって、様々な制約があります。
肖像権なんてことがあるから、むやみに撮れない。
でも、やっぱり、写真に撮ってしまう。
それがいけないんですね。

なにかとぶっそうな世の中。
なにがよくってなにがわるいのか。
その区別判断がつきにくい世の中です。
衆議院総選挙、なんかしら、お笑いイベントですね。

-12-
12月になると年の瀬とか言って第九を演奏する。
第九ってベートーベン作曲の交響曲第九番のこと。
今朝、CDをパソコンに入れて、聴きました。
なんだか毎年同じようなことを繰り返しています。
日常の光景。

人間って、安定を求めているんですよね。
昨日と今日が大きな変化もなくつながっていて。
今日思う明日は、今日と変わらない日であること。
変化があると言っても、それは想定内のこと。

愛とか癒しとか、なんて言ってるのも安定がベース。
安定しているように思えるから、そんな言葉が連ねられる。
本当に愛とか癒しが必要な人には、そんな言葉はいらない。
言葉より、その気持ちが持てるかどうかでしょ。

まもなくお正月、2013年ですね。
今宮神社へ行ったら、もう新年の用意が。
来週には選挙があったり、あわただしい日々です。
愛と癒しの、なんてこと言ってる時じゃないのかも。

-13-
一年が終わっていきます、2012年、平成24年。
さようなら、いろいろありましたね。
思うようにいったり、思うようにいかなかったり。
いろいろなことが起こって消えて、起こってきます。
最近なら、衆議院選挙のこと、困ったことです。

オリンピック、これも今年ありましたね。
金メダルに、ハラハラドキドキ、しましたね。
それから、それから、いまテレビで総集編。
さてさて、ぼくじしん、なにがあったのか。
ふたたび宝塚メディア図書館へ行くことになった。

なにもかも、巡りめくってくることを受け入れます。
なんでも受け入れると気持ちが楽です。
呼んでもらえるなんてラッキーじゃないですか。
それから、写真集12冊作りました。
これだって時期が熟したのかも知れません。

ラッキーと思うかどうかは捉え様でしょうね。
ぼくは先天的に楽天家であった、と思おう。
せっかくの人生、悲観なんかしたらあかん。
なんでも受け入れて、ひろげていけばいい。
そんなこんなで、一年が終わって、また始まる。

-14-
アルジェリアで日本人が殺害された。
10名の命が奪われた。
非常に悲しい出来事で沈痛な気持ちです。
世界の政治的な出来事が次々と起こる。
そんな出来事には触れないようにしています。

触れだしたらきりがない。
それだけではない、悲しいです。
愛とか癒しとかの反対概念です。
いや、それらがあるから愛と癒し。
それにしても悲しい出来事です。

世の中、対立ばかりが目立ちます。
融合、共存、共同、包み込む良心。
そんなふうにはならないのかなぁ。
甘いっていわれようと、それは困ります。
現実はそんなに甘くはないというけれど。

どうしたらこの世が愛と癒しに満ちるか。
ぼくの周辺に様々な仏像があって神の証がある。
写真機をもって、それら化身を写しています。
仏像とか神の証が目に見えるのは人間の希求。
特別な形にして、ぼくらを迎えているのかも。

-15-
かって集めた音楽CDをパソコンに取りこんで聴く。
クラシック音楽を中学時代から聴いてきたから。
聴くのはクラシック音楽が主です。
しだいに古い作曲家の曲に惹かれています。
バッハ、ヘンデル、ハイドン、モーツアルト。
それにベートーベンです。

古典派といわれる作曲家たちの曲。
もちろんそれ以後の作曲家の曲も聴きますが。
ああ、聴くというより、バックミュージック。
ショパンであったり、ブラームスであったり。
でも、やっぱり、ベートーベンに戻る。
今日はピアノソナタを聴いています。

ベートーベンのピアノソナタ全32曲。
シュナーベル、バックハウス、アシュケナージ。
三つの全集を手元に置いていたけれど。
アシュケナージさんのんをよく聴く。
なんなんやろね、音楽、ピアノ曲、その心。
バイオリンもチェロもいいです、とっても。

ジャズもポップも演歌もいいですね。
演歌なんて聴くとうっとりしちゃいます。
記憶に結びついているんですかね、音楽。
思い出を呼び起こしてホロリとしちゃう。
そうゆう甘い世界がいいのかも、愛と癒しと。

-16-
今日から三月、午後から雨の日です。
地下室の図書館にいるから、外のことはわからない。
さっき、お昼ご飯を食べに行って帰り、雨でした。
なんとも気象のことを話題にして導入をはかる。
この手の書き方ってのが、お定まりになってきた。

まったく、本質にふれずに、周辺を詰めている感じ。
この先、どうする?
なんてことを、思ってたりして、ここにいる。
67才になるってゆうのに、この先、なんて。
もう一回きり、淡々と年月が過ぎていく。
その年月時間を、どこでどのように過ごすか。

写真を撮って、ブログとかアルバムに載せる。
この文章だって、ブログに載せてるわけです。
かって書き溜めた文章を、再録しています。
時代の変化で、表現媒体が変わります。
ネットに配信、それがあたりまえになった。

昔のことをいったら、若い人はついてこれない。
だから、いまの状態を、いまの姿として、享受する。
最高だよ、こんな時代になるなんて、と思う。
夢のような時代なのだ、と思う。
こんな世に、いつまでいられるのだろう。
カメラを持って、街を散策、いいですねぇ。