ものがたり・日々雑感「気ままな日記-2-
むくむく叢書のご案内
2015.10.9~2016.12.19
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気ままな日記-2-

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2015.10.9
最近は、文章を読む気力がなくなってきたなぁ、と思っています。小説とか評論とか、そんな硬い文章だけではなくてかなり軽い文章も、読まない。もともと、落ちついて読書にふけるといった性格ではないから、うわべだけ取り繕うといった感じで、蔵書はあるけど、読みこなしてないというのが実態です。ここで話題にしている書籍なんかは、読みこなしたほうだと思っているけど、それは自分でも定かでありません。目をあげると目の前の本棚の並んでいるのが、最後の画家たち(伊藤俊治)シュールリアリズム宣言★溶ける魚(アンドレ・ブルトン)我が心は石にあらず(高橋和巳)日本近代文学の起源(柄谷行人)狭き門(ジッド)面白い程よくわかる仏像の世界(田中義恭)この六冊です。シュールレアリズム宣言は、かなり前に文庫本で読んだような記憶があるけど、内容の細部は覚えていません。シュールリアリズムというキーワードが、最近、ぼくのなかにも浮上していて、おぼろげながらその領域・世界のイメージを抱いていたのを思い出し、そこからの脱却、お百姓、という自分の精神史のながれをつないでいるところです。自分には終わった感覚の領域ですが、ロマンリアルなノベルを書いている自分としては、それはシュールリアルな現象を綴っているようにも思えてきています。ちょっと小説を書くことも中休みしている感じのいまです。

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2015.10.13
手元に「わが解体」という本があります。これを引き出してみて、写真に撮ってここに載せようとして、やっさもっさして、ようやく貼り付けることができました。なんで、いま、この本なの?という基本的なことから書かないといけないのかなぁと思って、書き出しますが、高橋和巳という作家の最後の著書ではなかったと記憶していますが、自分を解体する、わが内なる告発・・・・、なんて言葉に猛烈なノスタルジーを感じているのです。手元に置いてますが、1971年8月5日、子供が誕生した日、この本のなかに詩を書きとめてあるのです。いま、忘れかけていた感覚、解体という感覚がよみがえってきています。なんともいえない虚しいきもちが湧いてきています。文章を書く人間は、どんなときでも文章を書く努力をしなければいけません。それにのっとり、ぼくはここに文章を書いているわけです。お恥ずかしい話です。いま、自分を、あらためて、解体したいと思う気持ちが湧いてきています。これまであった恥ずべく自分を解体し、きたるべく自分のために、時を過ごしていかなければならない、なんて考え思っているわけです。陳腐な話しです。昨日、長澤氏と最近オープンしたという丸善へ行きました。先般亡くなられた鶴見俊輔氏のコーナーがあって、同志社の講義を受けに行ったよなぁ、と懐かしんでいたところでした。今朝、ぼくに変調がきたして、巡り巡ってこの文章になっています。わが解体、手元に置いて、少しばかり平常な気持ちになってきたように思います。色褪せた本を写真に撮って載せました。

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2015.10.18
昨日、論を構成させていたブログを三つ、閉鎖しました。まだいくつものブログが残っていて、このブログも残っているひとつです。どうしたことなのだろう、認知症とかの症状がでてきたのだろうか。古希を迎えていて、話しに聞くとそういうことも多いらしい。論を形成しづらくなってきているぶん、イメージが旺盛で文字にしていくこともできている。読む人からみれば支離滅裂な文かも知れないが、自分の中では、描けているように思える、と思うのがきっと錯覚なのかも。この10年、大量の文章を書いてきて、ネット上に残っています。小説あり、雑文あり、まるで壮大な世界があるようにしたいとの野望もあって、そうしてきたわけだけど、結局、破たんに終わる、という結末です。あの世とこの世を行き来する心情とイメージ、これは夜と昼のイメージだ。竹取物語、かぐや姫があらわれる、その物語はしらないけれど、輝く姫が年寄りの目の前に現われる、アピアランス、おったまげて、眩しさに目をみはる。そんな光景がイメージの中にあらわれて、現実のものとなったと錯覚したとき、それは恋心、上を見て仰ぐ、天上の人、赤いセーターを着ていた、または紺色の、黒色の、白色の、ううっ、天使さま。そとが明るくなって、ディスカウが歌う曲が「鬼火」、そろそろぼくは立ちあがり、顔を洗いに降りましょう。

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2016.6.23
ヨハン・シュトラウスといえば軽やかなワルツ曲ですね。
いまウイーン気質と題された曲が聴こえています。
雨が降っているので気分転換にいいですね。
音楽の音色とかテンポとか楽器の組み合わせとか。
気分が浮かれたり沈んだり嬉しくなったり悲しんだり。
ああ、これって、やっぱり、芸術なんだ、と思います。
逆に、芸術ってなんだ、という問いかけも起こります。
ほんとうは、こんな詮索は、どうでもいいことかも知れない。
感じて、感じて、感動して、感動して、感謝の気持ちをいただく。
人間業の極みを表現されることをもって芸術と言っていた。
でも、いまは、そうではない、芸術は関係性のなかに置かれる。
関係ないけど、ウインナーワルツ、そのメロディーは軽やかですね。

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2016.7.6
ブログ名を「気ままな日記」としました。
最近、論理的に文章を書くという作法ができなくなってきた。
そのように思うことが多々あって、ブログ名を戻した。
そもそも、こんなブログをたくさん作っているということ。
そのことが、いつまでも続けられることでもないなぁ、と思うところ。
ただ、これまでに書いてきたものがあるから、継続してる。
いけないな、文章を書くことに拘束されすぎている感を否めない。
現状を縮小して、ほかに手をまわして、自分を解放してあげようか。
そういう時期に来ているのかも知れないなぁ、と思ったり。

さてさて掲載の写真は、堀辰雄全集についていた月報です。
1954.3とあって全集の第一巻発行に添付、堀の死後です。
全集を手に入れたのは大学生になるころだから1966年ごろです。
ぼくの文学への傾斜のなかで、まだ初心者のころです。
堀辰雄のファンでした。
でも、そのころの状況でいえば、必然的に政治に巻き込まれていった。
近年「風立ちぬ」というアニメがつくられ、同名なので注目された。
高踏派といったか詩の領域でセンチメンタルな感じだったか。
ちょっと高いところから世の中を眺めている、って感じですね。
いま、また、そういう傾向、美しい生活指向かな、そんな気がします。

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2016.7.9
堀辰雄という名前がこの前からぼくの気持ちの中に浮上しているんです。
前回には月報のコピーを載せたところですが、今朝は一冊の本のコピーです。
「聖家族」という表題の、昭和25年に発行された作品集です。
ルウベンスの偽画、不器用な天使などの小作品、詩、懐かしい文字ばかり。
思い出しているんですが、高校生、一年生から二年生にかけての頃のこと。
この本を手に入れたのは、かなりあと、古本屋さんで見つけて買った。
大阪、天六あたりの古本屋さんで百円のなかに光っていたのを思い出す。
ぼくは高校二年生の秋から冬、「そなちね」という詩集を三号まで発行します。
なんだか、その頃には、堀辰雄の名前に傾斜していたように思い出します。
ぼくの文学へのとっかかりが、たぶん、堀辰雄、風立ちぬ、だったと思う。

堀辰雄の文学にふれながら、アポリネールとかの詩人を知るようになる。
西欧の詩人をしることから日本の詩人を知るようになる。
啄木は中学生のころに読んでいたけれど、藤村若菜集、光太郎智恵子抄など。
詩人の作品は、こうしてその作家の周辺知識へと及んでいくのでした。
作家研究とまではいかないけれど、興味の範疇で私生活を垣間見る感じです。
高橋の邪宗門が朝日ジャーナルに連載されていたのではなかったかと思う。
これは文庫本になってから、読んだけれど、もう二十歳を過ぎていました。
高校二年生のころまでは、当時の現代作家の小説は、まだ読まなかった。
大江健三郎全作品が手元にあるけれど、高校卒業した頃に手に入れたものだ。
音楽から文学に移行していく自分の思春期から青春期のことを、思い出しています。

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2016.8.30
すっかり涼しくなった、とたんに蚊にかまれた。
あちこちが痒い、いま、いまの出来事です。
写真は浄土寺に置かれた遊女観世音菩薩の像です。
最近、京都のことを考えていて、西陣を想うことが多いです。
水上勉の文学には触れてないけど、土を喰らう、を読んだ。
ぼくが生まれ育ったあたりが、水上の生活の場でもあった。
そういうところでの近親感だといえなくもない。
五番町というのは西陣の郭の区画でした。
そこはかとなく悲しい出来事が女子の身に起こっていた場所。
京都をみつめる視点には、花街のことなしには済まないと想う。
風景論を書いていこうかと模索しているところですが。
その内容にもそのことが記憶としてよみがえってくるかも知れない。

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2016.9.8
大阪は道頓堀を歩いてみた。
行ったり来たりを数回繰り返した。
その目的は何かというと写真撮影のため。
風俗を撮りたい、現在の風俗論を作りたい。
一方で風景論を始めたところ、これと対をなす。
風景論と風俗論、その中身はなんぞや。
イメージをかさねていってなにを感じるか。
新しい自己表現の方法として、それはある。

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2016.9.18
日曜日の朝、雨が降っていたけど今はやんでいます。
パソコンには午前9時23分と表示が出ています。
少し蒸し暑い感じでクーラーを入れたが、いまは止めました。
今、モーツアルトの音楽を聴きながら、明るい喫茶店を思い出します。
庭がある、といえばイノダの本店か、でもない、寺町の御池にあった店。
それは思い出、そこには彼女がいて、まだ若かった、半世紀も前になるか。
いちおう心のキリがついたから、いま、淡々に近い気分です。
図書館運営もおしまいにして、あとは文筆とカメラ作業、これに専念しよう。
あたらしい自分の環境がはじまります。
新しいといっても新しい何かがあるわけでもなく、組み直しだけだけど。
淡々として、残りを生きていこうと思います。

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2016.9.27
早朝から身の回りの整理といったら変な言い方ですが、これをやっていました。
これまでに集めてある写真イベントなんかの資料を見ていたと言うわけです。
1970年代後半から1990年代までの資料を保存していて、それを眺めていた。
図書館のスタッフを辞してフリーになるんですが、次の作業の模索です。
資料を見るにつれ、気持ちは穏やかではありませんが、記憶を辿っています。
中途半端になっている関西写真史、これをもう一度書き足していこうかと。
発表するのはブログとホームページから始めますが、レクチャーもやりたい。
これまでいた図書館では、実現しないことが分かったので、別の場所になります。
この別の場所は、まだ白紙ですが、希望的観測もあります。
1979年の、飲み屋聖家族での個展からはじまる行為を、まとめていくこと。
少し時間をかけて、文筆を進めていきたいと思うところです。
聞いてくれて、読んでくれる人がいることも分かったので、その気になった。

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2016.9.28
シュナーベルのベートーベンピアノソナタを聴いています。
1934年とか、そんなに昔なんですね、いま、iTunesで聴いています。
あのエンジェルの赤盤全集の音源と同じはずです。
音が硬い感じですが、当時の録音技術はどんなレベルだったんでしょうね。
このデジタルは今年手に入れたんですけど、レコードは1965年、19歳の春。
十字屋の河原町店にいらした文字さんの勧めで、全種を買いました。
上下で15000円、月給がこの金額、もらったの全部で払ったように思う。
この文字さんが今春お亡くなりになられたと弟さんから聞きました。
先日、天神さんへ行ったら、写真のような古物が売られていました。
昭和14年とありますが、西暦1939年でしょうか、そのころですか。
今日で図書館はおわりです。
次にくる日々のことは、まだ未定ですが、勤めはなくなります。
好きなことに没頭できたらいいけど、どうなるかな。

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2016.10.3
この前、金沢で義理のおじいさんとおかあさんの50回忌法要がありました。
まだぼくが二十歳の頃になくなられたんですが、一度お会いしています。
もう50年以上のまえのことですが、記憶は鮮明です。
古い人が次々と亡くなられて、まもなく自分たちの番になる。
法要が終わって、近くの料理屋で、宴席がもうけられました。
京都の料理と違って、一品一品の量が多い、とにかく多い。
値段も京都からみたら、ものすごく安い、味は、変わらないなぁ。
京都の料理についてはまた、別途、書きたいが、腹が立つ、といえばよいか。
京都の料理、京料理の会席って、なんなんやろね。

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2016.10.6
どうも調子が乗ってこないのは、文字がうまく入力できないというのもある。
書こうと思って、かっこいいフレーズが浮かんできて、書く段になるといけない。
でも、なんだかんだといいながら、つまらないことばをならべて、お茶を濁してる。
つぎには何をなすべきか、なんて思う反面、何もしなくていんだよ、と返ってくる。
捨ててしまって、次の戸が開けられるかといえば、それはなんとも言えない。
ひとつひとつ可能性を探っているけど、まだ頭の中にあるだけ、実行してない。

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2016.10.13
寒くなってきて、ストーブを出してきて、部屋を暖めています。
一気に寒くなった感じで、気候の変わり目って、こんなことかと思うところです。
iPhoneをやめて、持たないでおこうかと思ったけど、持つことになりました。
区切りをつけて、乗り換えというやつでした、グーグルがやっているやつ。
auの店で勧められたのが、けっきょく、アンドロイドでした。
風景論の継続はいったん中止して、スマホで写真を撮るのも少し控えよう。
ネットで展開している活動も、一定、見直しをしていくべきかと思う。
ちょっと混乱している自分の内面ですが、静かになるまで、待つしかない。
これまでのこと、終わったと思っています。

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2016.10.16
おととい、文字清さんに連れてもらってキトラ古墳を見にいきました。
古墳の中の壁画が、はがされ、修復されていたのが完成したので公開となった。
公開は事前予約制で、定員制、文字さんが連日電話をかけたが繋がらなかった。
一週間ほどして繋がったけど、予約できなかった、という人気のスポットです。
現地を見るだけでもいいか、と思って二人で、遠路、行ったところが、入れた。
キャンセルがあって、うまいぐあいに、行って直ぐに入れた、ラッキー!
考古学に、それほどの熱意もないぼくだから、どっちでも良かったんですが。
レプリカではなくて本物が見れるとあって、展示室に入って、見せてもらいました。
写真は、整備されたキトラ古墳の、現在の外形です、素っ気ないですが。
まもなく観光スポットになるんでしょうね、周辺が整備されていました。
いまある文化の、いにしえのところを、見ていくのもいいかと、思いだしています。
なにかしら、あたらしい自分の気持ちが、生成されてくるような気がしてきます。
万葉の頃の相聞歌なんか、紐解いてみたいなぁ、と思っても、無理無理いまさらぁ。
まあ、気分だけでも、感じながら、記憶の中に埋めこんでいこうかな。

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2016.12.2
紅葉が光ってみえる田舎の風景がありました。
デジタル時代に、デジタル写真を、パソコンからネットにあげる。
スマホに対応するブログもあるけど、ぼくはおおむねパソコンです。
文字を入れるのに、スマホでは、うまくいかいからです。
そのスマホは、アンドロイドにかえて、タブレットを手元に。
昨日のはなしです、12月1日。
スマホが動かなくなったので、auのお店で治してもらった。
その時に10インチのタブレットをすすめられたので購入しました。
三種の神器みたいな、スマホとタブレットとパソコンです。
なんだか、生活が一変していくみたいで、ついていけるかなぁ。
最新についていこうと思っているのは、頭の方、感覚の方です。

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2016.12.4
日曜日の朝、シュナーベルが弾くピアノを聴いています。
ベートーベンのピアノソナタ、いま22番が流れてきます。
ピアニスト、シュナーベルといえば1930年代の演奏です。
アルバムを買ったのが1965年、十字屋のレコード部でした。
エンジェルの赤盤なんて、LPレコードの全集でした。
いま、その全集はメディア図書館に寄託してあります。
レコードを聴くブームになっているそうですね、聴けます。
明るい光が窓辺からこの書斎の机の上にきています。
少しボリュームをあげて、コーヒーを飲みながら、過ごします。
気分は、落ち着いてきています。
23番、熱情、アパショナータ、聴き慣れたメロディーです。
少しづつ過去になっていく感じで、まだ少し時間がかかりそうです。
次には、フォトハウスの原点に戻って、回想しようと思っています。

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2016.12.10
土曜日の朝、寒い日みたい、冷たい風が吹いています。
心が折れるなんてことよく聞きますが、その心がわからなかった。
でも、たぶん、こういう心のことを言うのだろうと、思っています。
昨夜に続いて弦楽四重奏、ストリングカルテット第七番とでています。
ヴァイオリンの甘ったるいような淋しいような音色が沁みますね。
写真は、昨日、DOTで西川さんの個展会場で、撮った写真です。
タブレットですね、これを持ち出して、そのカメラで撮ったもの。
なにかと便利なツール、新しい時代がすでに来ていて、それに乗る。
自動車もハイブリッドから電気だけ、自動運転、そんな時代。
テレビは4Kから8Kといって実験していますね。
過去しか持たない人には、なかなか理解できない時代感覚です。
たぶん、ぼくなんかも、理解できない部類に入っているんだろうな。
そう思うと、億劫になって、心が折れる、身も枯れてきているなぁ。
聖家族の本の写真が5時間前にぼくのフェースブックに載っています。
どうしたことか、転載した覚えがないのに、一年前に載せた?
堀辰雄の小説、夢中になっていたころ、高校二年生17歳でしたか。
遠くへ、いってしまって、思い出も少ししないけど、詩集を出していた。

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2016.12.19
雑文を書きながら、本論を書こうとしてみるけれど、気分がのらない。
アメーバからジュゲムに書いてここもまた雑文のブログ、楽天ブログです。
何処かを消して、単純化して、手に負える範囲で、楽しんでいけばいいのかも。
といいながら、踏ん切りがつかない、迷い系です。
枠を広げすぎたから、収拾がつかなくなってきているんだな。
まあいい、醜態を見せながら、オープンで仮想の人格を創っていく場。
ウエッブサイトをそのように認知して、この10年余り多重人格を心がけました。
いま原点に戻そうと思っていて、これまでの集積をどう処理しようか。
写真は下鴨神社の参道です。