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むくむく通信 VOL 004
2004年冬号
編集発行:むくむく通信社 発行人:中川繁夫
2005年1月1日発行
新しい生活スタイルの情報を集めて紹介・批評などをおこなっていきます
生活情報・アート情報・写真情報・文学情報・農業情報・その他
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季刊むくむく通信 2004年冬号:目次

むくむくの話題
記事1 京都農塾たより-04-
記事2 アートとはなにかということ-連載4-
記事3 むくむくネットワーク
記事4 写真ワークショップ京都が開校しました
記事5 食と共同農園について

むくむくの話題

こんにちわ!むくむく通信社です。

  
自給自足のための食料、くり、くるみ、みょうが

最近のニュースでは、台風による被害、地震による被害があります。
京都府北部の由良川の氾濫がありましたし、
新潟県中越地震では土砂崩れによって、
車ごと生き埋めとなってしまわれた母子の悲惨なニュースがありました。

世界では、イラク、アラブ情勢が流動的、
イラク地域ではアメリカ軍を中心とした軍事作戦もなかなか思うようにいかないみたいですね。
イラクへは、名目はともあれ日本の自衛隊が派遣されていますね。
つまり日本は実質の参戦国なんですね。若い青年が犠牲になりました。

自然災害と人間災害。
台風や地震というのは人間の科学では、まだまだ手に負えない自然の姿です。
戦争というのは人間の意志ですから、手に負えます。
その気になれば戦争は無くすることができる災害です。

ひとり一人は無力なんですが、戦争を無くする方法を考えることが必要ですね。
ボクは無力なひとりですが、戦争はダメです、と宣言します。
そのためには何をすればいいのか?
何か有益なことをすれば戦争に加担する結果となります。
そうしたら当面は、無益なことをするか、何もしないか、ですかね~。

むくむく通信社は、何かをしています。
何をしているかといえば、情報を収集し発信しています。
そうすると発信する情報の内容が、無益となる情報であることですね。
でも究極これは不可能です、とすれば・・・・。
せめて害になること、背をむけるようなことをしていく!
さあ、ホントにそんなことができるかな~。
2004.11.10 nakagawa shigeo

記事1 
京都農塾たより-04-


京都農塾は京都・園部で共同作業で野菜とお米を作る学校です。

はたけでは有機肥料による無農薬栽培をしています。

個人が生産にたずさわる第一歩です。

春から始まった実習が半年を過ぎて、塾生の交流も盛んになってきました。

京都農塾作業日 2004.11.27
  

  

  
京都農塾は花盛り、共同作業はヒトとヒトのネットワークです。

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秋は収穫のときです。
この日の収穫は、九条ネギ、青首大根、サトイモ。
お昼ごはんは収穫祭!
メニューは、ここで採れたお米のご飯、
それに採れたて野菜の豚汁とお漬物。
2004年11月27日の作業日にて
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京都農塾作業日 2004.12.18
  

  

  
ジャガイモの収穫、お餅つき、人が集まり歓びを共有します。

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この日の収穫はジャガイモでした。
ほうれん草、みづ菜、小松菜の畝には、
寒冷裟をかけてあげて冬の寒さに備えました。
お餅を丸めて、みんなでお昼ごはんを食べました。
新しい人も加わってきましたね。
2004年12月18日の作業日にて
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記事2 
アートとはなにかということ-連載4-

  
写真ワークショップ京都のセミナー風景

アートの枠組みをどのように捉えるのか、というのがここでの主題です。
前回では、アートは経済システムに内在していますが、
ヒトのこころのはみ出し部分である、と仮説を立てました。

ヒトのこころのなかにある欲望といえばいいのでしょうか?
なにかやりたい!っていう行動するエネルギーがありますが、
このエネルギーとしての情動が根底にあるように思います。
このエネルギーは生きる力です。
生きる力は生産する力を生み出します。
その根本は、食物生産と子孫生産、つまり、食べることとセクスです。
この二つの欲望をからだが求めるのです。

この欲望を実現するために、知恵が働き、想像力が育まれます。
この想像力というもの、こころの働きです。
だから、アートというのは、欲望実現のこころが成せるものだと考えています。
アートとは、基本的にこのような性質をもつものですから、
ヒトの生涯における成熟過程で、だれもが持っている資質だと思うわけです。

でも、このような欲望があったとしても、この欲望をなにかの形にしなくては、
アートとしての形になりませんね、つまり表現の形です。
からだという道具を使う表現に、身振り手振りのパフォーマンス、声楽(歌)。
これは時間のなかに生成し時間のなかに消滅します。
からだの外に道具を求め、この道具を使ってなにかを作る。
この場合は、時間のなかに生成して、時間を超えて残ります。

このふたつ、時間のなかに生成し消滅するものと、消滅しないもの。
これが原形です。
太古の時代を想像してみます。
何かへの儀式でパフォーマンスをおこなう、踊りです。
それと洞窟などに描かれる痕跡、絵です。
いまだから「アート」という言葉を使っていますが、まだそんな言葉がなかったころです。
アートという言葉はなかったとしても、ヒトの欲望を満たす行為はあった。

その行為は、ヒトの進化とともに原形を保持しながら、
さまざまな工夫と技術が付加されて進化してきます。
パフォーマンスにおける化粧や衣装。
音を出す楽器。
絵を描く絵の具類。
さらにその欲望をとどめておく支持体、つまり紙とか舞台とか・・・

こうして外形は変化してきますが、その根底のヒトのこころの欲望は、
大きくは変わっていないと考えています。
ただ、新しい道具が開発されてきますし、世の中の仕組みが複雑になってきますから、
それに伴って、こころの欲望を紡ぎだす手段や方法や道具が多様化します。

現代、直近の例だと、デジタル技術の開発により、
この技術を応用して欲望を満たす手法が発生してきました。
としても、これは道具が変容しているだけで、根底は連続しています。

ヒトだれもが持っている欲望の発露の形としてのアート。
この欲望の発露に対して、経済システムが組み合わされることで、
アートの表層概念が作られてくるわけです。
つまり、アートの価値が経済価値の中に組み込まれ、イコールとなるんです。

ここで重要なポイントは、既存の経済価値から逸脱することを志向するとき、
アートの価値というものを、経済価値から切り離してしまうことだと、考えることです。
nakagawa shigeo 2004.12.11

記事3 
むくむくネットワーク

むくむくネットワークは人と人のネットワークです。

  

むくむく通信社では、
生産と消費、そして生活者のネットワークを考えています。
それらの情報を共有していくために
10月20日 ☆むくむく新聞☆ を創刊しました。


日刊むくむく新聞では、
生活に密着したブログを結んで情報ネットワークを創っています。
日々の生活情報は豊富です。
写真、文章日記、などを結んでいきましょう!
あなたのホームページをリンクしていきましょう。

これからの生活スタイルを考えていきましょう!
自然を愛する情報を発信しています。
2004.12.12 nakagawa shigeo

記事4 
写真ワークショップ京都が開校しました。


2004年10月10日、
写真学校/写真ワークショップ京都が開校しました。
開校場所は京都・下鴨にあるギャラリー・DOT。

写真ワークショップ京都では、毎月1回、セミナーを開催しています。
通信制あい写真学校が4月に開校しましたが、写真ワークショップ京都は通学制。
2005年4月からは、毎月1回開催されるセミナーに加え、
◎綜合ゼミ、◎特別ゼミ、◎ゼミ、◎テクニカルレクチャーの4講座が開講されます。

  
写真左:10月10日ガイダンス 写真右:10月24日第一回セミナー

   
4人のアドバイザー 左から ・里博文 ・石川大恵 ・岡田悦子 ・中川繁夫

京都に写真を学ぶ場所が必要だ。
写真ワークショップ京都の写真表現を学ぶカリキュラムは
写真表現の入り口から専門レベルまでをカバーする学校です。

写真ワークショップ京都は
1984年に活動を開始したフォトハウス京都(中川繁夫主宰)と
ギャラリー・DOT(岡田悦子主宰)が共同企画でリニューアルさせた写真学校です。

デジタルカメラが主流となってきた状況を鑑みて
フィルム写真のより高度な技術修得と理論
デジタル写真の将来的展望を論じながらの作品制作
このメディア再編の時期に的確な勉強ができるようにしていきたいと思います。

通信制あい写真学校と通学制写真ワークショップ京都
デジタルネットワークと現場を結んでのワークショップです。

2005年4月からのカリキュラムはそれを具体化したものです。
nakagawa shigeo 2004.12.16


記事5
食と共同農園について

食べることは、生きることの基本です。
自分の食べるものを自分で作りだすことを提案します。
つまり自分のための生産活動をする、ということです。
自分と自分たち、個人と共同体。
遠い関係じゃなくて、近い関係をつくりだしていきましょ!

  

  

食べるものって生きていくのにいちばん大切なものですよね。
この大切なものを自分たちの手で作り出すということが必要だと思うんです。

というのもぼくたちは消費者です。
生産は大きな資本の手に集約されていきつつあります。
地球規模で生産と流通システムが進んできていますし、
このままではいっそうの集約化が進んでいくのではないでしょうか。

生産の手段を自分の手に持つということは、
自分が自立するということの基本だと思うんです。

こんなこと言い出すと、
なにか難しいことを考えてるように思う人がいるかもしれません。
そんな人が悩んでいます「私のいる場所は何処?」なんて思ってますね。
私のいる場所を作り出すんです。
探していたって悩みが増すだけ、なんの解決にもなりません。

一生懸命働いてお金を稼いで生活してるんですけど、
食べるために働いてるみたいで
働いていることに歓びが見出せない、なんてね。

 

そこで提案
食べるものを作り出しましょ!
生産することを手がけだしましょ!
ひとりで出来ないなら共同でやりだしましょ!

生産すること、このことの提案なんです。
すでに生産することや消費のための流通のところで、
いろいろな試みがあります。
今年の春からいままでに、ぼくが知ったところでは、
京都農塾、NPO京都自給ネットワーク、るり渓やぎ農園
このようなグループがありますね。

ぼく自身はこの3年間自分で少しのはたけを耕してきました。
そこで分かってきたことが、個人でやるより共同でやるほうがいい!
このことなんです。

生産と消費のネットワークを自分たちで作り出すこと、
その関係のなかで自分の生活基盤を作り出すこと、
このように思いだしています。



先にいいました「自分のいる場所」を作り出すんです。
大きな資本に集約されていく中で「自分のいる場所」を探したって、
こころの深くまで満たされることはないと考えています。
つまり消費者であるかぎり「自分のいる場所」は見つからない。
生産することを自分のものにしていくことで「自分のいる場所」を作り出せる。
このような思いが強まってきて、いまは確信するようになりました。

少なくとも自分が生産と消費のサイクルに携わることで、
これまでよりは確かに「自分のいる場所」が確保できるように思えています。

むくむく通信社のコンセプトは、このことの情報を提供することだと思っています。
自分の食べるものを作り出すことを始めていきましょ~!
nakagawa shigeo 2004.12.28