中川繁夫写文集

中川繁夫の写真と文章、フィクションとノンフィクション、物語と日記、そういうところです。

カテゴリ: 気ままに書きます

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現代表現研究所のHP
先日、京都の北、西賀茂方面へ行ってきました。
五山送り火のひとつに、船の山があるんですが、その麓へです。
住宅があって、登り口もわからなくて、うろうろするばかりでした。
なにか、カフカの物語、題名忘れた、を読んで覚えたような感覚になります。
なにしてるのか、わからない、うろうろ探して、遠くから見えた光景を記録に。
川向こうの山並みに、とんがった山があるので、それが神山だと思うのでした。
ここから加茂川の橋を渡って、柊野別れに出て、上賀茂神社まで南下しました。

ここへ行く数日前には、玄琢から山沿いに歩いて、この近くまで来ていました。
この界隈を歩くのは、初めてのことで、どんなところなのか、興味がありました。
京都北物語というフレームを考えていて、その一環として散策しているのです。
いま、フォトハウス表現塾の拠点を、アマノコーヒーロースターズさんの置いています。
北大路堀川からバス停でふたつめ、東高縄町の前にある処です。
カフェ&プレス、月例会ですが、この4月から第三土曜日に開催しています。
この場所が京都の北にあたるので、ここを中心にして、物語を作ろうと思っています。

フォトハウス表現塾のHP
現代表現研究所&フォトハウス表現塾の主催
<カフェ&プレス>
いまのところ毎月第三土曜日に開塾しています。
時間は、午後2時~午後5時
開塾場所は、アマノコーヒーロースターズ
参加費500円(コーヒー代+) 
制作の根源になるコンテンツを引きだすための頭の体操かな。
ぜひ、来てくださいね、お待ちしています。

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現代表現研究所のHP
昨日、ここに、嵯峨野古墳群のことを書いていて、気になることばかりでした。
たしか立命館の京都文化講座のシリーズに、論文があったと思って見てみました。
掲載した写真は、相沢池の水面ですが、古墳群はもっとそこよりも奥の方のようです。
長刀坂、なぎなたさか、と読むのかどうかわからないけれど、この池の奥になるらしい。
図表を見てみると、嵯峨野古墳群の長刀坂支群と表記されているところがそうらしい。
たしかに石碑だったか、グーグルのマップだったか、長刀坂、という表記がありました。
でも、一人では行けないな、道に迷いそう、迷って帰ってこれなくなるかも知れないな。

朝から、「京都・嵯峨野の古墳と他界観」和田清吾文学部教授の論文を読んでみました。
古墳時代の中から後半になるらしいのですが、嵯峨野一帯には沢山の古墳群がある。
特別に、古墳に興味があるわけでもないので、これ以上の詮索はしませんけれど、です。
奈良の桜井市にある箸墓古墳が、古墳の最初だそうですが、嵯峨野は数百年後です。
まだ平安京造営のかなり前のこと、西暦600年前後、七世紀のこと、広隆寺が建立される。
広隆寺って、日本で最初の寺院と書いてありますが、本当ですかね。
北野廃寺が白梅町あたりにあって、今の太秦に移され、名称が広隆寺になる。

その頃の京都イメージを頭の中に描いているところですが、これまでに見た図版ですね。
知識の集約といっても、言葉が、絵とか像とかに結びついて、イメージ化されている。
あらためて、ぼくという思考の構造をみているわけで、コンテンツ作りにつながるのか。
表現というその表出された内容の、基底にあるイメージを創造すること。
これが、このことができること、これが基本だと思っているところです。
その部分に触れていかないと、新しいコンテンツは生まれてこない、のではないか。
解決しないといけない問題、いっぱいあるなぁ、つくづく思うところです。

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現代表現研究所&フォトハウス表現塾の主催
<カフェ&プレス>
いまのところ毎月第三土曜日に開塾しています。
次は三回目で、6月16日です。
時間は、午後2時~午後5時
開塾場所は、アマノコーヒーロースターズ
参加費500円(コーヒー代+) 
制作の根源になるコンテンツを引きだすための頭の体操かな。
ぜひ、来てくださいね、お待ちしています。

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現代表現研究所のHP
三月の終わりだったかに散策した嵯峨、広沢池から大覚寺までの道を久々に歩きました。
市バスの山越えで下車、そこから広沢池の西縁を歩んで山手まで行きました。
この山手の奥に古墳群があるとの話なので、そこへ行きたいのです。
棒で閉鎖されている道しかなくて、道といってもなんとか歩ける道、何の表示もない。
ひとつだけ、帰りの道に迷わないように、記憶を確かにして、進んでいく。
池がある、相沢池がある、とスマホのマップに表示があるので、そこまで行く。
アンドロイドのマップは、方向が、わかりにくいですね、見方がわるいんですね。

ともあれ、ひとりで山の中、昼下がりだから怖さはないけど、迷宮ですね。
写真を撮って、なんとか帰還してきて、アスファルト道を歩いて、外れます。
古墳らしき盛山があるので、電柵をよけながら、そこへ辿りつき、のぼりました。
掲載の写真は、それで、遠方左側に広沢池の山、その右手の遠方に市街。
少し広角なので、パースペクティブを見た目のくらいに調節して撮影です。
まだ平安京以前のころの古墳だと思うんですが、このように京都市内が見える。
ふむふむ、昔のひとは、このような遠近感で風景を見たんだ、とおもうところです。

しばらく日本の風景として、奈良県の方に気持ちが行っていたので、京都に戻る。
大和三山の山中の風景を撮った写真を連載しています。
いいえ、決して芸術写真じゃありません、自然のままのスナップです。
香具山、耳成山、畝傍山、神武天皇陵、橿原神宮、ひとまずここまで。
ほかにも纏向方面、聖徳太子の墓地とか、連れて行ってもらいました。
まだまだ、イメージトレーニング中ですので、入り口に立ったところですが。
それらを、京都につなげてきたいと思っているところです。

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いまのところ毎月第三土曜日に開塾しています。
次は三回目で、6月16日です。
時間は、午後2時~午後5時
開塾場所は、アマノコーヒーロースターズ
参加費500円(コーヒー代+) 
制作の根源コンテンツを引きだすための頭の体操かな。
ぜひ、来てくださいね、お待ちしています。


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昨日、5月28日、音楽家の文字さんと、畝傍山をのぼってみようと行ってみました。
どこからのぼろうかと詮索しながら、やっぱり橿原神宮からのぼろうと決めました。
懸案、昨年、香具山、耳成山、それから今回の畝傍山と大和三山を巡るつもりが。
丁度一年前くらいに、麓までいったのに、のぼれなくて、神武天皇陵でストップ。
今回は、だから、橿原神宮からの出発としたけれど、全部、まわれなかった。
いくつか神社があるのだけれど、そこへは到達できなくて、でも頂上へのぼれました。
掲載の写真は、橿原神宮の本殿前ですが、ヒトがいない、参拝者がいませんでした。

そもそもなぜ大和三山巡りなにか、ということです。
先っ飛鳥の地から、明日香、藤原京、と古の跡を巡っているところですが。
どうして、こういうことを、するようになったのか、古寺巡礼じゃないけれど、です。
寺というより神社の方へ、興味がわいきて、かれこれ10年くらいです。
あんなに宗教を否定していたのに、歳と共に肯定する気持ちになってきています。
信者じゃないですが、その精神性というか、人間の心境について、同化する感じ。
それが、最近は、かなり明確にイメージできるようになってきた、と思えるんです。

京都に至るその前の、大きな歴史の流れを、自分の中にイメージしています。
そのことが、写真や文章、はたまた映像に、まとめることができるかどうか。
作品に昇華させていくための、イメージトレーニングしているところ、です。
たぶん、永遠に終わらない、イメージの展開ですが、作品にしたいと思っています。
なのに、その片鱗すらつかめていないように感じられている、いまです。
それでも、大和三山の写真が、そろったところです。
日本の風景、その精神性なる感覚を、提示できればと思うところです。

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毎月第三土曜日に開塾しています。
次は三回目で、6月16日です。
時間は、午後2時~午後5時
開塾場所は、アマノコーヒーロースターズ
参加費500円(コーヒー代+) 
サービス満点、ぜひ、来てくださいね。


_20180523_165316
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いい天気になりましたね、午後にはもっと暑くなるとの予報です。
昨日は、久々に日帰り温泉、仁左衛門の湯、へ行ったところです。
帰りには吉野家で鰻を食べようと、計画的に思っていたところで、これです。
ええ、けっこう高いんですよ、これで1220円だったか、50円の割引券がありました。
吉野家はTポイントのポイントがもらえるお店で、5ポイントが付きました。
ええ、これで、けっこう満足しているんです。
区切りにしようと思って、その区切るために日帰り温泉に行って穢れを洗い落とす。
でも、ね、日々は連続していて、繰り返し繰り返し、螺旋階段みたいにぐるぐる。
あがったり、さがったり、あっちへ、こっちへ、前向きなのか、後ろ向きなのか。
内面ってこんなもんだろうと思うけど、これは隠していかないと、やられる。
ぼくなんか、あけっぴろげだから、だまされっぱなしですね。
身ぐるみ剝がれされた感じもするけど、家族と家が残っているから、まだましか。
でも、生きれてるから、それでいいと思って、自由気ままに生きたいと思うのです。
肩書ってゆう名誉もいまさらどうでもいいし、肩書がないと評価されないのも事実かも。
人の見る目って、肩書を見てその人を評価する、でも、これ、もう過去の評価基準です。
肩書のある奴って、悪徳ですよ、人をだまして、自分を正当化する、そんなのいけません。
吉野家鰻重二枚重味噌汁セット、ひとりで、内緒で食べたのを、インスタで暴露して。
ここに、こうして、暴露して、五千円の鰻重とどこが違うのか、ぼくは、こだわりません。

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時間は、午後2時~午後5時
開塾場所は、アマノコーヒーロースターズ
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サービス満点、ぜひ、来てくださいね。

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現代表現研究所のHP
先日行ったカフェ&プレスのなかで、話題にしたのは掲載写真のこの展覧会のことでした。日本の写真状況の1970年代において流行った「コンポラ写真」の原点になった展覧会カタログ。直訳で「今日の写真家たち、社会風景に向かって」展、ネイサンライオンズ編集の五人展でした。この写真展は1966年に、ニューヨーク州イーストマンハウスにて開催された写真展です。そのカタログが日本に入ってきて、写真家、写真愛好者らに興味を持って受け入れられたという。コンポラ、その内容について、少しは勉強しておかないと、いま、写真について、語れないよなぁ。このように思う次第で、ぼくが提案して呼びかける<カフェ&プレス>の最初の勉強会テーマです。

この写真展に出品する5人の写真家は、1930年代の生まれのようだから、1966年当時は30代の男子です。2018年の今から俯瞰してみると、その前、その後、その横つながり、いろいろな視点から、その時代というものが語れるのではないかと思います。半世紀が過ぎた今ですから、世界構造や社会環境が大きく変わっていて、まさに歴史として定着させる距離になっていると思うのです、なおかる今に至る、今の原点が少なからずそこにあるようにも思えるのです。そもそも、写真の制作態度とか被写体選びとか、作者のその時代の立ち位置とか、テーマそのものが、それまでとは違って、同時代の人の共感を持つ感覚的なこと含め、新しい内容を呈しているものであろうと思うのです。1966年、これを記述しているぼくは、1946年生まれだから20歳のときの展覧会です。自分史を捉え、自分の感覚と、その写真の感覚との整合性を見つめます。とはいっても、ぼくの居た環境と、五人の写真家が居た環境とは、違います。
(続く)

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