中川繁夫写文集

中川繁夫の写真と文章、フィクションとノンフィクション、物語と日記、そういうところです。

カテゴリ: むくむく叢書(5)

ものがたり・日々雑感「ものがたり-1-」
むくむく叢書のご案内
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ものがたり

-1- 2016.5.30
心象風景を画像にするとしたら、どのようなコンセプトが必要か。
ついつい物事を難しく考えたがる世代なのかも知れない。
資本論なる書物を手放すことにした。
愛着があったというより特別記念物みたいな書籍でした。
まだ二十歳になるまに部分読みしているけど、全部は読んでいません。
なんだか生きていくための底本みたいに思えていた書籍、全四冊です。
行き先が決まって、記念写真にしてあげたところです。

-2- 2016.5.31
共同幻想論なる単行本が出た。
1968年だったか大学紛争の最中でした。
何かを得ようとむさぼり読みしていたようにも思います。
当時の愛読書といえば太宰治とか高橋和巳を読んでいました。
それらから半世紀が過ぎて、まだ生きています、懐かしい。

-3- 2016.6.17
1974年だからもう40数年前のことですが、次女が生まれた。
生まれた日に買って一句書き留めておいた本がこれ。
福永武彦氏に小説「廃市・告別」でした。
書架に収められて長年、色褪せてくるまで眠っていました。
整理のつもりで記念すべき本を写真に撮って残す。
そういう作業を進めだしているところです。
本のどこかに日付とともに文を残しているのが何冊かあります。
それはまた別の機会に載せようと思います。

-4- 2016.6.20
ワグナーの楽曲
リヒャルト・ワグナーの藝術、という分厚い書籍が手元にありました。
何十年もぼくの手元にあった本ですが、ほかの音楽書籍と一緒に処分しています。
その本のイメージははっきりと思い出すことができますが、中は読めていない。
ワグナーの音楽もほとんど聴くことがなかった作曲家、オペラ曲でしょうね。
そのワグナーの楽曲をアイチューンのプレイリストにまとめました。
総時間19時間ほどあり、トリスタンとイゾルデ他全四曲あるのですか。
意識して聴くのは初めてです。
戦争を賛歌する音楽として使われた?というような記事を読んだ記憶があります。
だから、あまり、話題にはならない、演奏も行われない、ホントかウソか。
いまさら、この歳になって、じっくり聴き込むには、時間が無いです。
十代の終わりごろに聴いていた曲は、いまでも聴きなれていて、親しみがあります。
親しみがあるというより、こころを締めつけられる記憶の淵へと誘われます。
いいです、いま、聴きだしたところですが、バックミュージックにいいなぁ。
十代の頃、指揮者になりたいと思っていて、気持ち的に音大をめざした日々。
茨木の音楽教室へピアノを習いに二年間、週に一遍、レッスン通いしました。
暗い、街灯がなくて暗い街かど、国鉄の快速電車、冬の特急白鳥、ピアノ。
いまさら、どうなるものでもないけれど、記憶の淵に立たされるそれら楽曲群。
ワグナーは、そのころから聴いていた仲間に入れてあげてもいいのかな、と思う。
レコードも、書籍も、おおよそ処分した後だけれど、まだぼくの人生続くから。

-5-
音楽・音の連なり
そういえば、音楽を聴くという習慣は、父親に教えられたのかも知れません。
小学生の頃には、レコードプレーヤーを真空管ラジオにつなげて聴いていました。
78回転のSPレコードで、軍歌やワルツや軽いクラシック音楽、でした。
ドナウ川の漣とか、シュトラウスのワルツとか、軍歌もありました。
別のところで只今「記憶の記録」作業をやっていますが、この記事はその関連です。
またここでは「京都物語」作業をすすめていますが、それらはいずれも写真付きです。
音楽のここでは関係ある写真イメージがないから、ここにその一環を書いています。
音楽のことを書くには、イメージや言葉ではないから、ブログ記事にはふさわしくない。
そう思いながら、音楽にまつわる記憶をたどって、年寄りをやろうとしているんですね。
高校を卒業するころ、18歳のころ、ぼくは音楽学校へ行きたいと思っていました。
音大へ行って作曲とか指揮法などを学びたいと思っていました。
どこまで本気だったのか、でも二年間、音楽教室へピアノを習いに行きました。
音大入試のための必須科目が、ピアノソナタが弾けること、だったと思います。
それからもう半世紀にもなりますが、生きてきたことと音楽とは切り離せない。
自分の崩壊感覚を下支えしてくれていたのが、音楽・音の連なりだったと思う。
文学と音楽、社会生活する、生活のための仕事・金儲けを支える精神ツール。
いま、そのことに、気づきます。
芸術を享受することは、生活を支える経済活動の周辺に必要条件としてあるのです。
でもぼくは、享受するにとどまらず、その芸術を制作しようと思っているんです。
そのための模索を、やっていると思っているんですが、たわごとでしかないのかも。

-6- ものがたり
1979年の夏だから、もう37年も前のことですが釜ヶ崎で青空写真展を開催しました。
それは日替わりで、今日撮ったものを明日展示する、という写真展でした。
四日間で総計千枚を超えた記憶がありますが、釜ヶ崎当地で撮った写真展示です。
そのころはフィルムで撮影、現像、プリント、と徹夜に近い四日間の作業でした。
ふっとそんなことを思い出しながら、それに近いことはできないか、と模索。
iPhoneで撮った写真を、写真店の自販機で本に仕上げる、即日性に至りました。
昨日、実験的に、iPhoneをもってヨドバシのプリントコーナーへ行って本を作成。
ここ数日に撮った写真から12点を選んで、自動編集にかけ、製本まで1時間半。
<写真集「風景論001」>と名付けられたオリジナル2冊の写真集を完成させました。
ひところ<写真行為論>なるものを考えていたことがありました。
写真を撮る行為と表出される写真、写真の意味を行為と共にとらえる、ということ。
撮る行為から完成させるころまでの総体として、写真の在処を探ってみる、ということ。
もちろん、一枚一枚の写真の意味を求めることは必要、そこにプラス行為で包み込む。
アクティビスト、行為者、写真行為とは何か、それの現代版といえばよいか。
多岐にわたる意味論のひとつとして、この行為が成立してくるとしたら、いいのだが。
まあ、まあ、まだ身体が動くから、動かせられるから、この行為ができるというものだ。

-7- 夢・幻
今年も夏、8月にはいりました。
日々、過ぎていくのが早い気持ちです。
もう、ここへ、来ることも、どうしようか、と思う。
思い出が詰まったブログだからです。
振り返ってみて、まだ、過去にはなりきっていない。
もたもたの人生、うろたえてしまう。
いったい、なに、してる、んやろう。
何かに駆り立てられて、作業をすすめています。
iPhoneで撮った写真、空の写真、これ、載せます。
写真集を作っていて、風景論、4号まで発行したところです。
二部だけの限定だから、手元と図書館に一冊ずつ、です。
ツイッターとフェースブックに投稿しないを選びました。
ここだけの、記事です。

-8-
今日は8月15日、お盆の真っ最中、終戦の日、です。
敬老プレゼントを町内からもらう歳になっています。
このあともらいにいきます。
歳とともに、瑞々しいことに、興味が向いてきています。
枯れていくからだが、瑞々しいからだを追い求める。
いけないこと、と思う反面、衝動的に撮ってしまう。
いつか、どこかで、訴えられるのかも知れない。
なにをしているのか、自分でわからないのが、現代の人間なのか。
現実と非現実のはざまで、夢幻のなかにいる気分なのだ。

-9-
お盆が終わって、夏が終わったという感覚です。
今日は文字さんとあべのハルカスへ行くことになっています。
家を出るまで少し時間があるので、これを書いています。
思い出す、あれから一年、みゆき、いま、なにを考えてるの。
いろいろと思うことがあるけれど、もう、終わったとおもうけど。
終わったとおもうことが、辛い気持ちにさせる。
ここにあげた画像、二枚、パソコンで編集した最後のもの。
iPhoneで撮ってネットにあげることが多くなっています。
写真集を作っていて、五冊目をおととい作った。
私家版、知った人だけに見せて、見てもらう。
今回は三冊、図書館、ギャラリー、自分の手元、とした。

-10- 2016.8.23
久しぶりの日記
暑くて午後は外出
ビブレに来て散髪してもらう
イタリアントマトでコーヒータイム
思い出すけどもう大丈夫です
今日は休みかもしれないですね
会いたい

思い出すのは一年前の出来事たちです。
思い出すと同時に感情がついてくるから困ります。
ぎゅ~っと心を締め付けられる感覚です。
恋してた、その痕跡が残っている。
そうなのかも知れない、未練でしかないですね。
いまさら、どうにかなるものでもない、ですよね。
涼しくなった。
もう8月が終わる。

あれから一年、一年が過ぎる。
まだ、過去にはなっていないようだが。
記憶が迫ってきたり遠くにあったり。
もう、会うこともない、とは思いたくない。
また、会える、なんてことも起こらないだろう。
町中で見かけるよく似た子、今の流行の子なのか。
夏が終わり、風景論を語らなければいけない。
風車、水子のところにあるイメージなのか。
やっぱり其処だった、松ヶ崎大黒天の境内。
今日、第六号をヨドバシカメラで作成してきた。
ここ一年は、この制作を続けようと思う。

-11- 2016.9.14
美しいお姿をしていらしゃる。
いよいよ、もう終わりに近づきました。
さようならをいう時なのかもしれません。
あれから一年がたちます。
アルバムにあなたの写真がありました。
もう過去のこと、とも思える気持ちです。
区切りをつけないといけませんね。

2016.9.19
気分転換にアイチューンでマーラーの交響曲を流しています。
ほとんど聴いたことがないマーラーですが、スケールが大きい。
ぼくとしては、バッハ、ベートーベンといった処だから、領域が違う。
結局、音楽家になんてなれなかったけれど、聴く、愛好家ですね。
嵯峨野のブラバン、音楽家文字さん、近くになったとはいえ、です。
70歳になって、区切りをつけて、再出発です。
その最初に、音楽はマーラーのシンフォニー、これは一番だとか。
このブログには、いろいろと心のケアをしてもらったと思っています。
辛かったときのつぶやく場として機能してもらったと思う。
その子のことは、もう、終わったから、心の中でも終わる。
図書館の辞任は、その子との思い出を消すため、ともいえる。
それが踏ん切りの大きな要因なのかも知れない。
新しい日々をつくっていこうと思う。

-12-
17日の土曜日、新しくギャラリーがオープンしました。
ギャラリー176という名前で、主宰者は友長勇介さん、IMIの5期生。
知らなかった、そんなこと、知るひとなどいないだろ、どうしようか。
招待してくれたのは杉さん、知合いのような知合いでないような女子。
ちょうどぼくは今居る処から新しい処へいこうと決意したところです。
とはいっても、そこへ参入することなどは考えていいないけれど。
いろいろと自分の過ごしてきた出来事を思い出すところです。
京都ではDOTでやっている京都写真学校、二年間ブランクですが。
25日にはセミナーを開催、今回は結局、あの子へは呼びかけていません。
あの子のことが、忘れられないという底流があって、ぼくの行動がある。
図書館を辞める、たしかに、彼との確執があるからではある。
でも、一番深いところでは、あの子がいない処には、もういられない。
それほど切羽詰まった気持ちではないから、いまなら辞められる。
辞めたときには、あの子にもお知らせしておかなければいけないな。
図書館へ来るかも知れないと、待ったが、来ないから、あきらめです。
もう、会うこともない、と思っているほうがいい、まだ未練があるのか。
新しいギャラリーに行ってみようと思う。

-13- 2016.9.28
梅田に出てきて、ヨドバシでアルバムを作っている。
時間待ちで天丼を食べてコーヒータイム。
終わりの日です。
最後の日です。
あなたとも、終わりにします。
虚しい気持ちばかりでしたね。
恋の終わり、ありがとう。
さようなら!

2016.9.30
あれから一年、最後にお会いしてから半年がたちました。
その思い出残る場所から、ぼくは昨日立ち去りました。
これですべてが終わったのだと思います。
あなたがいない場所、あなたがこない場所、もう会えない場所。
なにもかもが終わって、あなたのことも終わって、過去となる。
あなたに恋したのだと思っています。
あたらしいところへあなたが行ったように、ぼくも行きます。
思い出のなかに、あなたの最後に向きあった、姿を残します。
黒いワンピで向き合ったギャラリー、さようなら、あなたは。
そうでしたね、憂えたような表情で、ぼくを見つめていた、と思う。
静かな朝です、静かな音楽が流れています、ヴァイオリン。
つらくなるから、もう、このへんで、書くのを止めます。
さようなら。

-14- 2016.10.3
おわってしまって、それでも思いだしてしまいます。
時間が、月日が、過ぎることで消えていくと思うけど、まだ、だめ。
一年、半年、そうして、あなたといた処から、ここに来ています。
あなたのまえに、いくつかのベールがかぶさるようになりました。
今朝は、このベールが剥がれてしまって、あなたのお顔が浮かびます。
なにしてる?、今日は月曜日、仕事はお休みか?
会いたい、顔を見たい、会いたさに、こころ迫られます。

お元気にしていらっしゃいますか。
ぼくは9月末で図書館をやめました。
あなたがいらっしゃらない所にとどまっていられない。
あれから一年、最後にお目にかかってから半年。
少しずつ、あなたを思う気持ちも、静かになってきています。
思い出をいっぱい、ありがとうございました。
またお会いできるかと思ったりしましたが、終わりにします。
あなたの前途、幸せな人生を、歩んでくださいね。
ありがとうございました。

ほんとうは、とっても苦しくって淋しいんです。
でもそんなこと言葉に出して言えないじゃないですか。
ぐ~っと詰まって固まったような感覚が満ちてくるんです。
あの人のお顔がちらちら脳裏にあらわれて消えていきます。
いけない、16歳の感覚と同じ質のように思えます。
疼いているんだ、こころが疼いているんですね。
恋して、もう頭の中いっぱいで、何も手が着かない恋のすがた。
原因があるとは思うけど、結果として失うしかなかった。
成熟させられないから、いっそう深く恋したのかも知れない。

この一年と半年、なにしてのだろうと思った。
とくにこの一年、なにをしていたんだろう、もう終わり。
仕切り直しのとき、あたらしく始めようと思う。
これまでのことは、これまでのこと、気持ちを改めます。
アイフォーンをやめる、やめればいいと思う、その気になった。

-15- 2016.10.16
なにしてるんやろな、意識がはっきりしない、というか混沌。
価値観が総崩れという感じで、とっても不安定な気分といえばいいか。
ピアノの音を大きくして聴いています。
ベートーベンのピアノソナタ第二番とか、聴き慣れてない。
あのいまわしい出来事から、こころは落ち込んで、締めつけられています。
気を紛らわすことができるなら、それもしたい、あれもしたい。
スマホを新しいのにして、なにが変わるのか、変わるのは自分だ。
風景論の制作は中断、エロス系ブログも中断、そのほかも自粛です。
ちょっと自分の時間を見つめなおすのがいいと思うようになった。
今日は、このあと、金沢へ出発します。


ものがたり・日々雑感「ものがたり-2-」
むくむく叢書のご案内
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16~35 2016.10.19~2016.12.12
-16-
ベートーベンのピアノソナタを先ほどから聴いています。
なんだろう、こころに滲みますね、音の連なり、ピアノ。
載せた写真は、壺坂寺駅前の食事処、昭和の匂いがしてます。
なんだろう、70年も生きてきて、記憶が一杯あるんですね。
この記憶が、さまざまに邪魔しているのかも知れない。
あの子のこと、忘れるために、過去にするために、全て辞めた。
思い出だけが、残っているから、これを時間とともに消さなければ。
ノスタルジックに、あとの人生を過ごしていくには、辛いけど。

-17-
写真は9月24日にオープニングレクチャーがあったギャラリー176の光景。
ギャラリ-の主宰者は友長氏、IMIの修了生、昨日、個別に話をしました。
つぎになにができるか、を模索している自分との相性というもの、合いそう。
今朝の目覚めは、とっても安定しています、希望にふるえるくらいです。
写真ワークショップの可能性、写真学校の可能性、写真を中心に考える。
もっと枠をひろげて、文学校、自然学校、写真の枠をひろげて、全人的に。
つぎの世代をつくっていける人たちに巡り会えたと思えます。
IMIのクオリティー、IMIのメンバーを軸に、高度なレベルをつくりだす。
古きにこだわるといけないが、古きは参考になる、フォトハウス企画など。
ぼくが、提示できるものといえば、経験からくる枠組みということになる。
作家、批評家、場の運営者、揃い始めた新しい枠組み、うきうきしてきます。

先に書いた文章を送信しようと思ったら凍ってしまいました。
やむなく電源落として立ち上げたところ、前のは消えています。
そういうことが起こってしまうけど、それはその記事がふさわしくないから。
そう思って、あきらめることにしています。
気分おだやか、友長さん、ありがとう。

18-
彼の恋心は、かなり激しい恋だったと思います。
ストーカーまがいのことを起こしてしまった彼を責められません。
でも、結果は、だから、終えるしかなかったのです。
それから一年が経ったところで、彼はすべてをクローズさせました。
共にいた場所から、身を引き、そこへは立ち寄らないことでの終焉でした。
それが激しい恋の結末でした。

それからの彼は、どうしていくのだろうと、思います。
恋した彼女のためには、なにもできないことですが、消息も知らせない。
このまま霧のなかへ静かに埋没させていけば、いいのだと思うのです。
まだまだ、未練があって、心のなかではお別れできないところです。
それは、時間が経てば、心は鎮まり、思い出となっていきます。

-19-
2016.10.27
朝に目覚めて、さて、どないしょうかな、との思いが交錯します。
あらたな枠組みで写真塾を開催できないか、と思っているところです。
三木学さんがデジタル写真の近未来、紙焼きでない、と言っています。
ぼくが10年前から主張していることと軸を同じにしている、と思う。
新しい概念に基づく写真の制作、静止画の映像的表現、といえばいいかも。
非デジタルの写真は、手作りとなる紙に像を定着させる、ということに。
ブルックナーの8番ってのを聴いています、聴けています、いいですね。
それと、ここの写真、大きく載るようになったんですかね。
これ書いて、顔を洗って、朝にしようと、思う。

-20-
2016.10.28
聴いているプレリュードはピアノで演奏されています。
作曲者バッハの当時はハープシコードで演奏されたのでしょう。
ハープシコード、チェンバロはもっともっと繊細な音に違いない。
アンドロイドのスマホは電池の消耗がiPhoneにくらべて早い。
一日といっても12時間は持たない、そういうものらしい。
facebookの検索であの子の名前があがってきた、びっくりした。
そうして、思い出した。
忘れようと思って、心機一転したところなのに、どうしてか。
たぶん、その子だと思う、ともだちにはならないと思う。

-21-
2016.10.30
先日、マクドナルドでハンバーガーを食べました。
これにホットコーヒーをつけてもらって400円でした。
最近、昔のことをよく思い出すから、このときもそう。
これなんか、当時の物価でいえば40円相なんだなぁ、と。
そもそもそういうことを想うというのが、化石なわけですね。
世界は、自分の位置とは全く違うところで、動いているんだな。
そう思っているのが、得策なのかもしれませんね。

なにをしたらいいのか、わからないまま、ここにいます。
山茶花が咲いて、写真にしたのを載せます。
文章は、なにを書こうかと迷っているところです。
この一年、ちょっと疲れたな、その結末がいま、ここにいる。
思い出になっていく過去、もう、現在とは断絶しなくちゃ。
時間の経過って、けっこう大切なんですね、次第に過去になる。
神社巡りをして、写真を撮って、いにしえを想おうかなぁ、と。
昔のフィルムのスキャンを再開しました、1976年とかに撮影。
京都のホームページ、追加して仕上げなければ、と思っています。
ここ数か月は、あたらしい領域への移行期だと思っていきます。

-22-
2016.11.1
どうしたことかと、立ち尽くしてしまう。
もう会うこともない人たちの顔が浮かんで消える。
11月、月が替わって新しい気持ちになろうと思う。
どうしたらいいのか、この先、気持ちの在り方です。
地に落ちて、地下に潜っていくような気分です。
どこで浮上するか、この先のことはわからない。

-23-
2016.11.3
振り出しに戻って、フォトハウスを再興させていこうと思う。
写真塾、写真ワークショップ、名称はいろいろ考えられる。
問題は内容をどうするか、ということに尽きると考える。
枠づくりは、これまでのノウハウでたやすいことだ。
いま、必要とする、技術とコンセプト、これをどうとらえるか。
どうとらえてカリキュラム化するのか、というところだ。
ベーシックに、ネット環境とデジタルをキーワードに、ベーシック。
だいたい、見えてきたように思う、振り出しに戻って、再出発だ。

-24-
2016.11.9
いま、朝、8時27分です。
今日は10時に同窓生の上田精治さんと会います。
白梅町のハーバーカフェ、おとといは長澤さんと会いました。
これからのこと、いろいろと思って、考えて、友長さんにメールした。
次の土曜日、ギャラリー176へ行って、すこし話をします。
新しい写真を学ぶ器つくり、といえばいいかと思っています。
フォトハウスの小さな学校つくり、表現することを深くでとらえられる講座。
まだ、頭の中にイメージとしてあるだけですが、テキスト化しないといけない。
そのまえに、学ぶ講座つくりに、興味を持ってもらえるか、ということです。
友長さん、杉さん、それにギャラリーメンバーの人たち、合意が必要です。
講座は塾、学校というより塾、定員は5名くらい、経費も安くしたいところ。
いろいろと思うところ、まとめていかないといけないだろうな。
久々、これまでのノウハウで、フォトハウス再興、前向きに、作っていきたい。

-25-
新しく学校をつくる方向で話が進みだしました。
ギャラリー176、豊中の服部天神の駅前にあるギャラリー。
オーナー友長さん、世話する杉さん、昨日、会って概略を話しました。
どうなっていくかは、これからのことですが、ぼくとしてはうれしい。
つぎの居場所ができる、そのことが一番のうれしさにつながります。
これまでの経験値を出して、彼らに委ねて、いけるところでいかないと。
なかなか思うほどには環境はやさしくなくて、厳しいかもしれない。
飽和状態の写真を教える器、大阪の現状、そうではなくて、どうするか。
気持ちは、図書館でのこの一年半が過去になっていく感じでうれしい。
こうしてふんぎれていくので、いいのだと思う、みゆきさん、はたさん。

-26-
2016.11.18
もたもたしています。
稲垣さんの応援にいきます。
裁判に訴えている稲垣さんの手法をとやかく言わない。
からだをガンに侵されながらがんばる姿に感動です。
畑さんからメールが来た。
のる気にはなれないからパスしようと思う。
何も言いませんが、もう、関係を終わろうと思います。
友長さんはギャラリー176のオーナーで、IMI出身です。
新しい学校企画をここで展開できないかと模索中です。
新しい居場所になると思う。
欲をださないで、淡々とやっていくのがいいと思う。
たくさんの方と知り合って、でもあの人とは会えない。

-27-
2016.11.27
使い方がわからなくて画像を二枚張りつけました。
上、サムネイルなし、下、サムネイル400ピクセル。
今日は大八木さんと神戸へいくことになりました。
高濱さんの展覧会を見に行くのに誘いました。
facebookを見ていて、なんだか、おいてきぼり感です。
アイチューンでベートーベンのピアノソナタを流してる。
バックハウスの演奏、1960年代です、録音音がいいです。
新しい枠組みで動こうと思っていて、それが未定だからの感覚。
ひとりぼっち、みたいな感覚、世界は遠い向こう、みたいな。
いったいなんだったんだろう、自分の人生、生きてきたこと。
写真を撮った場所は、大将軍八神社の境内。
なにしてるんやろ、どうしたら気持ちが落ち着くのか。

-28-
206.11.22
弟とビッグボーイで昼食をとった。
唯一の身内ということになる、なにかと兄弟仲良くしないと。
あんまり人を大切にしてこなかったから、反省することしきりです。
もう、むかしのことだけど、後悔しても戻らない、すまない気持ち。
これは家族にたいして、そう思うところだけど、家族はそう思っていない。
なんかしら、団塊の世代、家族との絆というのも曖昧です。
こんなことを書こうと思ってここを開けたわけじゃない。
久しぶりにH小説を書いたりして、新学校企画内容は、まだ書いてない。
そうだね、人との交流がなにより、図書館が気になるけど、断ち切ります。
ここまできて、ぼくの人生、なんだったのか、後悔ばかりですが。
後悔していてもきりがないから、自分の仕事を残していこうと思う。
掲載の写真は松尾大社で撮った神さまへのお供え見本。

-29-
2016.11.23
ここにこうしていると、遠くの方の出来事のように感じます。
いま、運命、ベートーベン、第四楽章でしょうか、胸、詰まります。
70年も生きてきたんだと、これから先のことを想う。
何してきたんだろう、いけないな、このままで死ねるかとの想いです。
いろいろあった、思い出すと泣けてくることがままあります。
未知の未来に向けて、なんていったって、いまさらという感じだけど。
もう一回、新しいことにチャレンジできる、その可能性あり。
悔しい思いをしていても、腹を立てていても、そこからは始まらない。
結局、自分のことをやっていくしかない、それしかない。
もうそろそろ新しい気持ちに切り替えて、切り替えられてきたと思える。

-30-
2016.11.26
あてずっぽうに写真イメージを探してみて、これを載せる。
1950年代のころの風俗雑誌といえばいいかと思う。
なにかしら、奇譚クラブというのが、ぼくの眼に触れた。
小学生のころ、ひそかに見て、読んだことを思いだす。
ぼくの趣向がいまあるのは、そのあたりからの影響かと思う。
こんな話は、裏話であって、表に出すものではない、とも思う。
だけど、人生の多くの時間を、このあたりに頭を使うのだから。
いまどきの記録の方法として、そこへも及んでいかないと、と思う。

-31-
2016.12.2
なにをどうしたら気が済むのか、いら立っている自分。
ゆっくりして、自分のことに専念したら、と自分で思う。
他人のことは、他人のこと、自分のことだけに専念したらいいのでは。
とはいいながら、気になることばかり、気にしない気にしない。。
空しいんだろうな、淋しいんだろうな、認められないことにです。
この写真は、稲垣氏とサイデリアで食べたハンバーグセット。
稲垣氏とは、懇意になって、心許せる関係になっていると思う。
このまえは、むかしのことを話題にして、食事をした。
1969年の東京での出来事、稲垣氏の体験、ぼくの体験。
昔のことばかり思うのは、もう年老いて、先が短いからでしょう。
あまり、よろしくないな。
未来のことは、成り行き任せ、相手次第というところでしょう。

-32-
最近、神社の入り口になる鳥居を写真に撮っています。
鳥居の位置は、神の社の外になる処で、神域ではない。
神域ではない俗世から、神を眺めるという気持ちです。
ぼくの生まれは1946年、昭和21年のことで、神不在時代。
最近の傾向として、再び神国日本みたいなムードが興っています。
神不在時代の人間は、拠って立つ場所を喪失しています。
そのようにも思えるようになってきて、ここにいます。
新しい<ものがたり>を創っていきたいと思うところです。

-33-
2016.12.6
昨日、今日と大阪地裁へ裁判傍聴に行ってきました。
釜ヶ崎の労働者をめぐる裁判です。
裁判所の中では撮影禁止なので写真はありません。
その法廷の事務員さん、あの子に似ている、驚きです。
思い出してしまいます、あれから一年が過ぎてしまった。
カメラを貸してあげようかと押しつけたあの日が昨日でした。
というのも遠くから撮ったあの写真があらわれてきたからです。
掲載している写真は、10wギャラリーの「ラブホ図鑑」展。
中村喬さんの写真展示の様子、ブックレットを買いました。
ぼくはこの先、どうしようかなぁ、と思案に暮れるところです。

-34-
2016.12.10
今日は上御霊神社へ行ってみました。
写真は下鴨神社の境内ですが。
神社巡りをしている感ですね。
インスタグラムで鳥居を撮ってSNSにアップします。
自分が廻ったという痕跡を残しておこうと思っています。
神頼み、というか、神への興味、というべきか。
神社ってゆうのは日本独特の風物じゃないですか。
精神風土の根底をなしているといっても過言ではないです。
何故訪ねるのかと問われれば、何と答えようかと迷います。
でもその行為によって心が落ち着くのではないか、との思い。
そうなるかどうかは、未定だけれど、人間、罪作りだから。
罪を認めて、浄化させていく、とでもいえばいいかと思う。

-35-
2016.12.12
シューベルトのピアノソナタ#20とでています。
ウイリアムケンプさんの演奏によるものです。
かなり夜更けになっていて、朝とは違う感じに聴こえます。
受け止める感情のところが、朝の始まりと夜の帳で違うのかと。
ほんとうは、もっと本音のところを、具体的に記しておきたいのです。
でも、具体的に書けないから、言い回しばかりになってしまうのです。
ころころと転げるようなピアノの音です、いいですね、うっとりです。
ピアニスト、ジャズピアニスト、なりたいと思ったのは18歳、少しだけ。
それから文学に移行し、写真に移行し、もたもた人生で、ここまで来た。
後悔はしないけど、別の人生など考えないけど、これでよかったとは思えない。
まだやり残しがたくさんあって、それをどうしていくのか、罪だね、やっぱり。



ものがたり・日々雑感「気ままな日記-1-
むくむく叢書のご案内
2015.5.10~2015.10.2
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気ままな日記-1-
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2015.5.10
気ままな日記、ほんとうは気儘って感じを使いたかったけど。
ちょっと読みずらいと思うから気ままにしました。
まあ、思いついたこと、無難に書いていこうと思う。
あんまり難しいことは言わないようにと思っています。
卑怯でしょ、主体にならなくて従です、従うんです。
そのかわり、あんまり、文句もいいません。
生きていることに感謝!!、なんて思いたいからです。
気持ちが空しくならないようにしたいと思っています。
それは、どうしたら克服できるのか、それが問題です。
というところで、気ままな日記、始めていきたいと思います。
写真は、この前行った立山博物館の前で、撮ってもらった一枚です。

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2015.5.17
おはようございます!
朝から、CDを聴いています。
ルービンシュタインが弾く即興曲。
どうもシューベルトの曲のようです。
このあと幻想曲が演奏されるようになっています。
懐かしいメロディなのです。
胸が詰まってきます、涙がこぼれそうです。
中学三年、高校一年だったか、ピアノ曲のレコードを買った。
そのなかにこれらの曲がはいっていました。
国連の難民支援のLPレコード、千円でした。
胸ときめかせて、学校では聞かなかったピアノ曲を聴いた。
どれほどの回数、聴いたんだろう。
あ、いま、幻想曲、ひらひらひらひら、って感じ。
音楽って、聴くと、その頃のことをよみがえらせます。
半世紀以上もまえの出来事を、まるで映画のシーンのように。

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2015.5.22
されどわれらが日々、という小説があります。
1964年の夏、芥川賞の作品、作者は柴田翔さん。
ぼくが高校三年の夏休み、文学に興味を持ちだしたころ。
たまたまだったと思う、文春ですかね、月刊誌、買って読んだ。
リアルタイムに文学作品に触れた最初の小説です。
ショックを受けた、ぼくのなかで大転換が起こります。
友達の誕生日に、この本を贈り、それが手元に帰ってきて、恋人の手に。
単行本には、1964.10.7の日付と昭和40年5月4日の日付とが。
そのそれぞれにぼくのメッセージが、文章が書かれています。
内容は、恥ずかしいから伏せておきます。
いま手元にあって、捨てるに捨てられない一冊です。
年老いて、ささやかに小説を試みているけれど、原点です。
あれから、すでに半世紀が、経っているんですね。

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2015.5.23
わが解体、というフィクションなのかノンフィクションなのかわからない小説があります。作家は高橋和巳、死にいく彼の最後のほうの文筆、途中から闘病日記になる文章です。1971年の春に発行され、その後に病で他界された。年齢は39才でした。この文章は、彼の勤務先京都大学の学園紛争に交わった自分(彼自身)を内省したものです。わが解体、なんというか、魅了された言葉です。ぼくは結婚していて長女が生まれた記念に、この単行本を買って、わが子へのメッセージを書きつけています。かなり、その時代を、闇と感じていたようで、闇の中へ、ということばが何度も書かれています。高橋が死んだという報は、大学の講義のさなかに教壇に立った先生が、報告してくれた。なにごともなかったようにその講義の時間はすぎたが、ぼくのショックは大きかった。そのころの愛読書は高橋和巳と太宰治といってもいいほど、愛読していたようです。我が心は石にあらず、とか、散華とか、明日への葬列とか、なんだったんでしょうね。

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2015.5.29
福永武彦全小説第六巻、廢市・告別、手元にある小説集です。
昭和49年4月23日の日付で、一片の詩が書かれています。
わが子、二番目の娘が誕生した日に書いたメッセージです。
内容は、恥ずかしいから書き上げませんが、父28才とある。
70年安保を経て、社会の表面が平和一色になったころ。
ぼくの気持ちも、おだやかな家庭生活を想っていたように感じる。
個人的な営みとしては、文学にいきづまり、悶々していた頃。
福永武彦氏の死を報じた新聞と同じ誌面にぼくが載った。
1979年8月、釜ヶ崎で青空写真展を開催の記事が朝日新聞に載った。
そのとき、ぼくは、福永武彦さんの死を知った。
小説の内容にはふれられないけど、心に沁みる題をつけられますね。
掲載写真は1964年女生徒を背中に18才のぼくが写った写真、記念碑。

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2015.6.18
あのドイツの名指揮者カラヤンが日本にやってきたのが1966年でしたか。ベートーベン交響曲の生演奏があって、FM放送では録音したものを1番から9番まで全曲を流すというのです。ぼくはテープレコーダーで放送を収録するというお手伝いをした記憶があります。そのころ高校出たてのぼくは十字屋楽器店に勤めていました。音楽愛好家の方と知りあいになって、お宅へ訪問させていただいて、高価なステレオのオーディオセットを見せてもらっていました。そのオーディオからの録音で、テープレコーダーといっても、当時はオープンリールでした。SONYのテープレコーダーがありましたが、高価でぼくなんぞの手に入る品物ではありません。そのFM放送があって、まもなくカラヤンのベートーベン交響曲全集がグラモフォンから発売されて、それを購入しました。給料の一か月分ほどの値段でした。いま、パソコンからベートーベンの交響曲、第五番運命の第三楽章、バイオリンのピチカート部分が流れています。レコードの全集はその後なくしてしまいましたが、40になってCDの全集を買いました。いまはCDで再生するよりもパソコンのメディアプレーヤーで再生リストにしておいて、クリックだけで聴けるようにしています。最近は、とってもよく聴く音楽となっています。ベートーベン、長年放浪してきて、来着いたところは、ベートーベンの音楽ですね。

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2015.6.14
日曜日ですね、早くに目が覚めてしまって、自分のいる位置がわからなくって、寝ていても気持ちがかなり動揺していて、起きて、もたもた小一時間パソコンの前で、気持ちが落ち着くのを待って、いま、キーボードを打ちだしたわけです。この情報が、いまはまだ閉じられているけれど、公開するを押すと不特定のステージへと公開される。つまり公開される日記を書いているわけで、秘密でもなんでもなくて、だれか他者とつながりたいという気持ちが、そうさせているのだと思う。こんなわけで、かってなら書き留め置かれた鉛筆書きのノートが、いまはだれかに宛てた公開文なのです。世の中は、公開情報が飛びかう時代です。かってなら、手紙か葉書で特定の個人に宛てていたことが、いまなら、こういうブログなるものに書き物をして、もちろん相手のお顔が浮かんでは消えていくのですが、そのこととは関係なしに不特定多数に公開するわけです。こうしているうちに、気持ちが落ち着いてきて、自分のいる位置というか場所の確認ができるような気持ちになって、安定してきます。あやふやで、あぶなげな、時間から抜け出して、現実の時間のなかへと入っていきます。

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2015.6.25
今日は天神さんの縁日で、茅の輪が出ている月です、水無月。夏越の祭りで茅の輪をくぐり、水無月というお菓子を食べる。日本の風習というか風俗です。日本の文化のなかで耽美系、シュールリアリズム系の作家達といえばいいのか、世界にその一群がおられます。日本では渋沢竜彦氏が評論しておられた世界で、奇妙に心を揺すぶられる領域です。その領域を扱っていた書房が、アスタルテ書房、京都のど真ん中、三条御幸町上がるのマンション二階にあります。ここのオーナーが佐々木さん。享年61才で先日6月15日にお亡くなりになった。昭和の終わりごろ、ジュエリービル二階のアスタルテ書房へ行きました。まだ開店してそんなに経っていない時期です。懇意になって、書籍や版画を買い求めました。お金が捻出できなくなって訪問を差し控えた経緯があるから、個人的な人間関係というより顧客としての存在だったと思います。貴重な書籍を買って読み、芸術の分野を理解するのに役立ちました。それからもう30年近くが経ちます。40前後だったぼくもまもなく70才になります。とはいっても、年下の方が亡くなられるというのは、とっても切ない気持ちになります。冥福を祈ります。

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2015.7.2
京都では、祇園祭の行事が始まりました。ほぼ毎年、宵山風景と山鉾巡行に立会い、写真を撮って、動画を撮って、保存しています。写真集「京都」をウエブ上で作っていて、その写真をアップして、ページを作っています。昨年から後の祭りが行われるようになって、二回の巡行です。今年は、最初だけ、立ち会えそうです。写真を撮るといっても、一般の見物者ですから、撮るアングルも限られています。腕章をまいたカメラマン、それに警備の警察官がいて、歩道から車道の巡行を撮るには、邪魔なことが多い。ぼくは、最近は、アポをとって撮影に入るということはありません。一般の観光客が見るのと同じ目線で、生活者が見るのと同じ目線で、見られる範囲で見ています。生まれて育った内在者の目線、とはいっても、それが通用するのかどうかです。まあ、最前線のテーマで撮影していると、自分では自負しているんですけど。

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2015.7.7
書斎部屋の書棚の整理をしようとして、一冊の文庫本に目がとまりました。ジッドの狭き門。有名なフランスの小説です。本を手にしています。1923年に日本語訳されています。1909年に発表されています。日本でいったら漱石が小説を書いていたころだったか。ジッドのこれは、そんなに古い小説なのだ、といま思うところです。小説の題名は高校のときに知っていたけれど、ぼくが読んだのは青春の頃ではなくて壮年になってからです。登場人物のジェロームを身近に思ったことを思い出します。主人公はアリサ、細部は思い出せないが、信仰に向かうんですね。ジェロームとの愛は地上の愛、天上の愛に向かっていく、とでもいうのでしょうか。ジッドって大戦後ノーベル賞を受賞しているんですね。なにかしらこの小説のなかの男女のことが気がかりになって、手にしたのでしょう。アリサは死んでしまう。その死後にジェロームは、アリサが自分を愛していたことを知る。やっぱり死という断絶が強い印象を与えるのか、と思う。密かに小説を書いていて、愛を扱っているのですが、死を意識しながらも死は遠くにおいています。死を描いてもいいのかも知れないね。失楽園のように。いやいや、愛はもっとハッピーだ。

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2015.7.17
このまえの日記から十日が過ぎています。今日は祇園祭の山鉾巡行、撮りにいくつもりをしていたのに、雨と台風のせいもあるんですが、撮ってどないするん、撮っても中途半端やろ、と、戸惑い、迷いながら、結局、行くのをやめました。そのかわり、というわけではないけれど、このまえ図書館で複写したオキーフのポートレートを修正し、ここに載せれるサイズにしました。ええ、ステーグリッツが撮ったオキーフのポートレート。もう百年も前の撮影です。いや、いまもって新鮮です、正面を向いたオキーフさんのポートレート。この子が写った写真をみたとき、あ、オキーフの写真、って感じで思い出したのです。まるで物語のような筋書きですが、この子に、オキーフのポートレートを見せてあげました。なにを思われたのかはわからないが、ステーグリッツのオキーフに向けるまなざしに、やわらかい感動を覚えられたのではないか。きつい雨が降っています。台風の風はおさまったものの雨が降ってきているんですね。京都の自宅周辺では、水害になるほどのことではないと思うけれど、各地で水害のニュースが流れてきます。

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2015.7.20
金沢市内から富山の砺波から白川郷方面へいく街道の途中に「宝乗寺」というお寺があります。ここに世間では有名な天女さまがいらっしゃる、という話を以前から聞いています。十数年前の大晦日には、このお寺で元旦を迎えました。このお寺は法華宗、いや加賀地方は浄土真宗ばかりかと思いしや法華宗で、なにやらそれなりに有名なお寺のようです。金沢の家と同じ町内なので、何度も行っていますが、なかへ入ったのは一度だけです。大晦日から元旦になったとき、奥の院といえばいいのか、長い廊下をあがっていくと祠のような本殿があって、そこで噂の天女さまにご面会させていただいた、というわけです。そのときぼくには、その天女さまが正確には見えませんでした。たぶん、ちいさなお人形さま、でも明確な姿が浮かんできません。祠の内部は記憶に残っています。神仏混合の飾り、鎌倉時代に建立されたようです。樹齢800年とかの杉の大木があります。肝心な処だけ記憶が飛んでしまって空白、ってことままあるじゃないですか。どうもぼくはその気のようでした。ぼくがここで話題にする興味は、この祠に祀られる天女さまの役割、意味、ということなのです。法華宗だから本拠地は身延山にあるんですが、そのバックヤード、背後の守りをする子、つまりその天女が祀られている、というのです。左甚五郎が刻んだという狛犬がいるといいます。平地から山間の祠へ導く案内犬、だったようです。ぼくの興味は、その天女さま、ご本尊を守る子がそこにいるという地理感覚、距離感覚、イメージの世界のことです。この子のイメージとダブって見えてきて、いま、このような話題となるわけです。

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2015.8.2
8月に入りました、なんだかあっけなくです。暑い日が続いています。今が一番暑い時期、体調崩さないようにしなくちゃいけませんね。7月はあまり写真撮影ができていなかったので、この間、植物園、街中、と写真を撮ってきました。なんだか、熱中している間というのは、汗かいても、苦にならない。かなり汗をかいているのに、です。植物園へは年会費を払っているのでフリーパスですが、来年からは、年会費がいらなくて敬老扱いになります。こうして日々がすぐに過ぎてしまう。なのに、なにを考えているのでしょう。心がゆすられる光景に会いたい。いえいえ、遭遇しても、いまさらどうにもならないじゃないですか。でも、歳とともにナイーブになっていくようにも思います。みずみずしいことにあこがれます。瘋癲老人日記って谷崎の小説ですが、あんなの読めないよ、といいながら、そういう年代になっている自分。この日記は、フィクションでないから、そういうたぐいにはならなくて、ちょっとイラッとします。明日から、また二泊で金沢へ行きます。

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2015.8.11
夏の暑い盛りに寒い冬の光景を思い浮かべる。なんだか突然に、松本清張の「ゼロの焦点」を想い起こしてしまって、書棚を見たら、この文庫本がなくて、だれかに貸してあげてそのままになってしまったのだろうと思いながら、テレビで見た映像の光景を思い起こしながら、小説のイメージとだぶらせ、そこからスキャンした画像を開いて、ここに能登金剛と思われる海の写真を載せようと思ったら、1.3メガの画像がとりこめなくて、どないしょうかと狼狽しながら、この文を書いているところです。写真は別の内灘を使うことにして、アップしたところです。現在は、この内灘からなぎさドライブウエーといって、自動車で砂浜を走れるようになっていて、その先が能登半島につながります。「ゼロの焦点」は東京からみれば、遠い遠い辺鄙な荒海の海岸が登場します。ぼくが高校を卒業するときの2月、この辺鄙な能登の海岸に行ってしまって写真を撮った。もう半世紀以上も前の出来事を思い出しているわけだけれど、それは鮮明に想い起こすことができます。羽咋まで鉄道で行って、そこからバスで海岸へ行きました。荒々しい外海をバスを乗り継ぎながら輪島まで行って泊まりました。ひとりで旅館に泊まった最初です。凍てついた道路、波の華が舞う海岸。そんな光景を思い出してしまうのも、何かの縁、なんてゆうんだろ、シンクロしてる、交叉してるのかも。とんでもない展開になってしまうこの日記、後から読んで、自分の航跡を留めていることに気づいています。内灘の話しは、別途、することにします。

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2015.8.15
この気ままな日記では、記事はべたで段落なしで書き進めています。読み辛いのは承知で、内容が内容なので、読んでくださる人が少なくて、それでもいいかと思っています。今日は敗戦の記念日、8月15日です。社会の関心ごとは、戦争への道、新たな段階に入ったということで、それを阻止できない苛立ちが、過半の人々の心だと思います。ぼくだって、それは、そういうことで、戦争への道、危惧していますけど、反対の戦力にはなれてないなぁ、と思うところです。ぼくの興味は、もっともっと小さなこと、矮小化された現実、とでもいえばいいかもしれない。自分の欲望。古希を迎えているのに、若いふりして、小説を書いたり、恋心を体験していたり、悪さばかりの日々なのです。戦争を遂行していく輩よりははるかに、比較にならないほどに善良だと思うけれど、そこから見れば悪の華を咲かせてる、と思われるのだろうな。耽美、エロス、タナトスではなくてカロス、この世界を具体的なイメージに昇華させたいと思っているけど、そんなの無理です。でも、あきらめない、いけるところまでいくのがいい。そう思って今日もフィクションしていこうと思います。敗戦記念日のメモです。

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2015.9.1
柄谷行人さんの「日本近代文学の起源」の目次を見ると、風景の発見、内面の発見、告白という制度、病という意味、児童の発見、構成力について、とあります。1980年前後に書かれたこの本を読んだのは、十数年前のことです。日本の近代文学史で、冒頭は夏目漱石という人名から書き出されています。ぼくはこの本を、日本近代文学の基本的な構造を立体的にとらえられた論文だと思っています。久しぶりにこれは講談社文芸文庫の一冊ですが、取りだしてみました。というのも、唐突かもしれませんが、古屋誠一さんの写真集「メモアール」の構造を考えてみたいと思ったからです。古屋さんの奥さん、クリスティーネさんが自死してしまうわけですが、この彼女との出会いから死をこえてそれらを過去としていくある種、私物語なのですが、どうもこの構造を語るにあたって、柄谷さんの論を引き合いにだしてみたらどうだろうかと考えているのです。ぼくの勝手な推論で、私にとっての彼女がこの世からいなくなる、という虚構を作品の形にした小説では堀辰雄の「風立ちぬ」写真では荒木経惟の「センチメンタルな旅冬の旅」それに古屋誠一の「メモアール」あたりを思い浮かべるのです。なぜぼくがこのことにこだわりだしたのか、といえばこの子が古屋誠一さんの写真集を見ているからです。ぼくが解説できるようにこころの準備をしようとしているわけです。今日から9月、新しい月がはじまりました。

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2015.9.10
司法試験で大学院の教授が教え子に問題を教えた、ということで話題になっています。昨日には教授の名前も公表されたところです。あほやなぁ、とぼくはつぶやいています。そんなのしたら、ばれたらあかんことぐらい知ってるやろ、なんていってあげても、教授の心情を憶測していくと、その心情がわかるといえば、叱られるかもしれないけれど、わかる気がしています。もう半世紀もまえの芥川賞に選ばれた柴田翔氏の「されどわれらが日々」のなかに書かれたF教授と前川和子だったかの関係を、思い起こしてしまったのです。詳細は控えますが、その小説のなかのエピソードを、最近、ふっと思い出してしまって、それは優子という名前だったと思っていたけれど、そうではなくて、和子という名前でした。うんうん、そういうこともあるんだ、とは思うけど虚構と現実を混同してはいけません。写真は、ぼくが高校三年のとき、九州へ修学旅行に行ったときの、そのころ、神戸から別府へ、何時間ぐらいかかっていたのか、関西汽船のデッキでの写真です。その小説を読んだのは、このころのこと、夏休みのことです。どっかで文学遍歴を書きたいと思いだしたけど、無駄なことかもしれません。

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2015.9.20
今日は9月20日で彼岸の入りです。彼岸とは向こうの岸、あの世のことらしい。じゃこっちは、この世、煩悩の多い世界のことらしい。こっちとあっちの間には川が流れていて、その川を渡るのに釈迦さんは「六波羅蜜」を極めろと伝えたそうです。六波羅蜜とは六つのなにやらを悟ることらしい。法華宗の開祖日蓮は「南無妙法蓮華経」と唱えるだけで彼岸に渡れると説いたそうです。ええ、今日、秋季彼岸会施餓鬼法要というのがあって、そこで住職さんが法話してくださったというわけ。その話を、いまここに書いているというところです。なぜこんな話をここに書くのかという必然について触れておかなければいけないと思うんですが、特に必然性があるわけではない、とも思っています。今日あったことを日記にしておけば、記録として残り、のちのちには記憶としてよみがえってくることを、知っているからです。そう、煩悩の意味を引用してみます。
<?仏? 人間の心身の苦しみを生みだす精神のはたらき。肉体や心の欲望,他者への怒り,仮の実在への執着など。「三毒」「九十八随眠」「百八煩悩」「八万四千煩悩」などと分類され,これらを仏道の修行によって消滅させることによって悟りを開く。染(ぜん)。漏。結。暴流(ぼる)。使。塵労。随眠。垢。>
この煩悩なるものがぼくの心にあって、それを払い除けたいと思うから、このことを話題にしているようなのです。成熟しない恋はもう終わりにしなければいけません。この天の声に対して、ぼくは悩むわけです。煩悩を断ち切りたい、そう思うわけです。最近、かなり肉食が増えてきて、生きてる証拠をつかみたいと思う反面、つかんじゃダメだという声も幻聴します。いやはや、この世は煩悩でいっぱいじゃ!

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2015.9.23
運動不足のせいなのか、からだが重くて痺れる感じがしてならない。運動をするとあとがだるくて筋肉痛になったり、腰痛になったり、気にしだすと、気になって仕方がなくなります。じっとしていてパソコンの画面ばかり見ているから、目が疲れて、目を閉じたくなります。頭が朦朧としてくるのは、酸素不足じゃないかと思ったりします。まあ、こうして体調の悪さを書いていても仕方がないけど、だんだんと年寄り身体になってきているのだと思う。若い身体が欲しい。もういざというときに役に立たない身体では、悲観しか立ち昇ってこない。万歩計は18歩を示しています。早朝からパソコンの前に座って、キーボードを操作して、マウスを操作して、外とつながっています。ブログ、フェースブック、記事を書いても、反応がないからやめようとおもうけれど、中毒みたいになっていて、止められない。

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2015.10.2
我が心は石にあらず、という小説のタイトルが奇妙に気になりだして、いま、書架から手元に置きました。高橋和巳の小説です。なんか壊れていく主人公の知識人の話しだったか、と思いながら、うっすらと描かれた光景がよみがえってきます。何度か読み直した小説です。高橋和巳、昭和6年生まれとあります。1931年生まれだから、生きてられたら84才というところです。若くして逝かれた、たしか39才、まだぼくが大学に通っていたときのことで、彼と同僚の先生が西洋哲学かの講義で教壇にたたれたなかで、高橋の訃報を聞いたのでした。いやはや、「我が心は石にあらず」という小説、成熟しそうで成熟しなかった愛(恋)、ものがたりのなかにそんな場面があったよな、と思いだしたわけで、ふっとこの小説を思い出したというわけです。この気ままな日記も、そろそろ終わりにしようか、と思うところです。こころが折れてしまって、書いていくのが辛い。この10年の総決算で、成熟しなかった自分の構想に、別れを告げてもいいのかも知れないと、思う、今日、今、です。修正なしでアップします。



ものがたり・日々雑感「気ままな日記-2-
むくむく叢書のご案内
2015.10.9~2016.12.19
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気ままな日記-2-

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2015.10.9
最近は、文章を読む気力がなくなってきたなぁ、と思っています。小説とか評論とか、そんな硬い文章だけではなくてかなり軽い文章も、読まない。もともと、落ちついて読書にふけるといった性格ではないから、うわべだけ取り繕うといった感じで、蔵書はあるけど、読みこなしてないというのが実態です。ここで話題にしている書籍なんかは、読みこなしたほうだと思っているけど、それは自分でも定かでありません。目をあげると目の前の本棚の並んでいるのが、最後の画家たち(伊藤俊治)シュールリアリズム宣言★溶ける魚(アンドレ・ブルトン)我が心は石にあらず(高橋和巳)日本近代文学の起源(柄谷行人)狭き門(ジッド)面白い程よくわかる仏像の世界(田中義恭)この六冊です。シュールレアリズム宣言は、かなり前に文庫本で読んだような記憶があるけど、内容の細部は覚えていません。シュールリアリズムというキーワードが、最近、ぼくのなかにも浮上していて、おぼろげながらその領域・世界のイメージを抱いていたのを思い出し、そこからの脱却、お百姓、という自分の精神史のながれをつないでいるところです。自分には終わった感覚の領域ですが、ロマンリアルなノベルを書いている自分としては、それはシュールリアルな現象を綴っているようにも思えてきています。ちょっと小説を書くことも中休みしている感じのいまです。

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2015.10.13
手元に「わが解体」という本があります。これを引き出してみて、写真に撮ってここに載せようとして、やっさもっさして、ようやく貼り付けることができました。なんで、いま、この本なの?という基本的なことから書かないといけないのかなぁと思って、書き出しますが、高橋和巳という作家の最後の著書ではなかったと記憶していますが、自分を解体する、わが内なる告発・・・・、なんて言葉に猛烈なノスタルジーを感じているのです。手元に置いてますが、1971年8月5日、子供が誕生した日、この本のなかに詩を書きとめてあるのです。いま、忘れかけていた感覚、解体という感覚がよみがえってきています。なんともいえない虚しいきもちが湧いてきています。文章を書く人間は、どんなときでも文章を書く努力をしなければいけません。それにのっとり、ぼくはここに文章を書いているわけです。お恥ずかしい話です。いま、自分を、あらためて、解体したいと思う気持ちが湧いてきています。これまであった恥ずべく自分を解体し、きたるべく自分のために、時を過ごしていかなければならない、なんて考え思っているわけです。陳腐な話しです。昨日、長澤氏と最近オープンしたという丸善へ行きました。先般亡くなられた鶴見俊輔氏のコーナーがあって、同志社の講義を受けに行ったよなぁ、と懐かしんでいたところでした。今朝、ぼくに変調がきたして、巡り巡ってこの文章になっています。わが解体、手元に置いて、少しばかり平常な気持ちになってきたように思います。色褪せた本を写真に撮って載せました。

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2015.10.18
昨日、論を構成させていたブログを三つ、閉鎖しました。まだいくつものブログが残っていて、このブログも残っているひとつです。どうしたことなのだろう、認知症とかの症状がでてきたのだろうか。古希を迎えていて、話しに聞くとそういうことも多いらしい。論を形成しづらくなってきているぶん、イメージが旺盛で文字にしていくこともできている。読む人からみれば支離滅裂な文かも知れないが、自分の中では、描けているように思える、と思うのがきっと錯覚なのかも。この10年、大量の文章を書いてきて、ネット上に残っています。小説あり、雑文あり、まるで壮大な世界があるようにしたいとの野望もあって、そうしてきたわけだけど、結局、破たんに終わる、という結末です。あの世とこの世を行き来する心情とイメージ、これは夜と昼のイメージだ。竹取物語、かぐや姫があらわれる、その物語はしらないけれど、輝く姫が年寄りの目の前に現われる、アピアランス、おったまげて、眩しさに目をみはる。そんな光景がイメージの中にあらわれて、現実のものとなったと錯覚したとき、それは恋心、上を見て仰ぐ、天上の人、赤いセーターを着ていた、または紺色の、黒色の、白色の、ううっ、天使さま。そとが明るくなって、ディスカウが歌う曲が「鬼火」、そろそろぼくは立ちあがり、顔を洗いに降りましょう。

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2016.6.23
ヨハン・シュトラウスといえば軽やかなワルツ曲ですね。
いまウイーン気質と題された曲が聴こえています。
雨が降っているので気分転換にいいですね。
音楽の音色とかテンポとか楽器の組み合わせとか。
気分が浮かれたり沈んだり嬉しくなったり悲しんだり。
ああ、これって、やっぱり、芸術なんだ、と思います。
逆に、芸術ってなんだ、という問いかけも起こります。
ほんとうは、こんな詮索は、どうでもいいことかも知れない。
感じて、感じて、感動して、感動して、感謝の気持ちをいただく。
人間業の極みを表現されることをもって芸術と言っていた。
でも、いまは、そうではない、芸術は関係性のなかに置かれる。
関係ないけど、ウインナーワルツ、そのメロディーは軽やかですね。

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2016.7.6
ブログ名を「気ままな日記」としました。
最近、論理的に文章を書くという作法ができなくなってきた。
そのように思うことが多々あって、ブログ名を戻した。
そもそも、こんなブログをたくさん作っているということ。
そのことが、いつまでも続けられることでもないなぁ、と思うところ。
ただ、これまでに書いてきたものがあるから、継続してる。
いけないな、文章を書くことに拘束されすぎている感を否めない。
現状を縮小して、ほかに手をまわして、自分を解放してあげようか。
そういう時期に来ているのかも知れないなぁ、と思ったり。

さてさて掲載の写真は、堀辰雄全集についていた月報です。
1954.3とあって全集の第一巻発行に添付、堀の死後です。
全集を手に入れたのは大学生になるころだから1966年ごろです。
ぼくの文学への傾斜のなかで、まだ初心者のころです。
堀辰雄のファンでした。
でも、そのころの状況でいえば、必然的に政治に巻き込まれていった。
近年「風立ちぬ」というアニメがつくられ、同名なので注目された。
高踏派といったか詩の領域でセンチメンタルな感じだったか。
ちょっと高いところから世の中を眺めている、って感じですね。
いま、また、そういう傾向、美しい生活指向かな、そんな気がします。

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2016.7.9
堀辰雄という名前がこの前からぼくの気持ちの中に浮上しているんです。
前回には月報のコピーを載せたところですが、今朝は一冊の本のコピーです。
「聖家族」という表題の、昭和25年に発行された作品集です。
ルウベンスの偽画、不器用な天使などの小作品、詩、懐かしい文字ばかり。
思い出しているんですが、高校生、一年生から二年生にかけての頃のこと。
この本を手に入れたのは、かなりあと、古本屋さんで見つけて買った。
大阪、天六あたりの古本屋さんで百円のなかに光っていたのを思い出す。
ぼくは高校二年生の秋から冬、「そなちね」という詩集を三号まで発行します。
なんだか、その頃には、堀辰雄の名前に傾斜していたように思い出します。
ぼくの文学へのとっかかりが、たぶん、堀辰雄、風立ちぬ、だったと思う。

堀辰雄の文学にふれながら、アポリネールとかの詩人を知るようになる。
西欧の詩人をしることから日本の詩人を知るようになる。
啄木は中学生のころに読んでいたけれど、藤村若菜集、光太郎智恵子抄など。
詩人の作品は、こうしてその作家の周辺知識へと及んでいくのでした。
作家研究とまではいかないけれど、興味の範疇で私生活を垣間見る感じです。
高橋の邪宗門が朝日ジャーナルに連載されていたのではなかったかと思う。
これは文庫本になってから、読んだけれど、もう二十歳を過ぎていました。
高校二年生のころまでは、当時の現代作家の小説は、まだ読まなかった。
大江健三郎全作品が手元にあるけれど、高校卒業した頃に手に入れたものだ。
音楽から文学に移行していく自分の思春期から青春期のことを、思い出しています。

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2016.8.30
すっかり涼しくなった、とたんに蚊にかまれた。
あちこちが痒い、いま、いまの出来事です。
写真は浄土寺に置かれた遊女観世音菩薩の像です。
最近、京都のことを考えていて、西陣を想うことが多いです。
水上勉の文学には触れてないけど、土を喰らう、を読んだ。
ぼくが生まれ育ったあたりが、水上の生活の場でもあった。
そういうところでの近親感だといえなくもない。
五番町というのは西陣の郭の区画でした。
そこはかとなく悲しい出来事が女子の身に起こっていた場所。
京都をみつめる視点には、花街のことなしには済まないと想う。
風景論を書いていこうかと模索しているところですが。
その内容にもそのことが記憶としてよみがえってくるかも知れない。

-28-
2016.9.8
大阪は道頓堀を歩いてみた。
行ったり来たりを数回繰り返した。
その目的は何かというと写真撮影のため。
風俗を撮りたい、現在の風俗論を作りたい。
一方で風景論を始めたところ、これと対をなす。
風景論と風俗論、その中身はなんぞや。
イメージをかさねていってなにを感じるか。
新しい自己表現の方法として、それはある。

-29-
2016.9.18
日曜日の朝、雨が降っていたけど今はやんでいます。
パソコンには午前9時23分と表示が出ています。
少し蒸し暑い感じでクーラーを入れたが、いまは止めました。
今、モーツアルトの音楽を聴きながら、明るい喫茶店を思い出します。
庭がある、といえばイノダの本店か、でもない、寺町の御池にあった店。
それは思い出、そこには彼女がいて、まだ若かった、半世紀も前になるか。
いちおう心のキリがついたから、いま、淡々に近い気分です。
図書館運営もおしまいにして、あとは文筆とカメラ作業、これに専念しよう。
あたらしい自分の環境がはじまります。
新しいといっても新しい何かがあるわけでもなく、組み直しだけだけど。
淡々として、残りを生きていこうと思います。

-30-
2016.9.27
早朝から身の回りの整理といったら変な言い方ですが、これをやっていました。
これまでに集めてある写真イベントなんかの資料を見ていたと言うわけです。
1970年代後半から1990年代までの資料を保存していて、それを眺めていた。
図書館のスタッフを辞してフリーになるんですが、次の作業の模索です。
資料を見るにつれ、気持ちは穏やかではありませんが、記憶を辿っています。
中途半端になっている関西写真史、これをもう一度書き足していこうかと。
発表するのはブログとホームページから始めますが、レクチャーもやりたい。
これまでいた図書館では、実現しないことが分かったので、別の場所になります。
この別の場所は、まだ白紙ですが、希望的観測もあります。
1979年の、飲み屋聖家族での個展からはじまる行為を、まとめていくこと。
少し時間をかけて、文筆を進めていきたいと思うところです。
聞いてくれて、読んでくれる人がいることも分かったので、その気になった。

-31-
2016.9.28
シュナーベルのベートーベンピアノソナタを聴いています。
1934年とか、そんなに昔なんですね、いま、iTunesで聴いています。
あのエンジェルの赤盤全集の音源と同じはずです。
音が硬い感じですが、当時の録音技術はどんなレベルだったんでしょうね。
このデジタルは今年手に入れたんですけど、レコードは1965年、19歳の春。
十字屋の河原町店にいらした文字さんの勧めで、全種を買いました。
上下で15000円、月給がこの金額、もらったの全部で払ったように思う。
この文字さんが今春お亡くなりになられたと弟さんから聞きました。
先日、天神さんへ行ったら、写真のような古物が売られていました。
昭和14年とありますが、西暦1939年でしょうか、そのころですか。
今日で図書館はおわりです。
次にくる日々のことは、まだ未定ですが、勤めはなくなります。
好きなことに没頭できたらいいけど、どうなるかな。

-32-
2016.10.3
この前、金沢で義理のおじいさんとおかあさんの50回忌法要がありました。
まだぼくが二十歳の頃になくなられたんですが、一度お会いしています。
もう50年以上のまえのことですが、記憶は鮮明です。
古い人が次々と亡くなられて、まもなく自分たちの番になる。
法要が終わって、近くの料理屋で、宴席がもうけられました。
京都の料理と違って、一品一品の量が多い、とにかく多い。
値段も京都からみたら、ものすごく安い、味は、変わらないなぁ。
京都の料理についてはまた、別途、書きたいが、腹が立つ、といえばよいか。
京都の料理、京料理の会席って、なんなんやろね。

-33-
2016.10.6
どうも調子が乗ってこないのは、文字がうまく入力できないというのもある。
書こうと思って、かっこいいフレーズが浮かんできて、書く段になるといけない。
でも、なんだかんだといいながら、つまらないことばをならべて、お茶を濁してる。
つぎには何をなすべきか、なんて思う反面、何もしなくていんだよ、と返ってくる。
捨ててしまって、次の戸が開けられるかといえば、それはなんとも言えない。
ひとつひとつ可能性を探っているけど、まだ頭の中にあるだけ、実行してない。

-34-
2016.10.13
寒くなってきて、ストーブを出してきて、部屋を暖めています。
一気に寒くなった感じで、気候の変わり目って、こんなことかと思うところです。
iPhoneをやめて、持たないでおこうかと思ったけど、持つことになりました。
区切りをつけて、乗り換えというやつでした、グーグルがやっているやつ。
auの店で勧められたのが、けっきょく、アンドロイドでした。
風景論の継続はいったん中止して、スマホで写真を撮るのも少し控えよう。
ネットで展開している活動も、一定、見直しをしていくべきかと思う。
ちょっと混乱している自分の内面ですが、静かになるまで、待つしかない。
これまでのこと、終わったと思っています。

-35-
2016.10.16
おととい、文字清さんに連れてもらってキトラ古墳を見にいきました。
古墳の中の壁画が、はがされ、修復されていたのが完成したので公開となった。
公開は事前予約制で、定員制、文字さんが連日電話をかけたが繋がらなかった。
一週間ほどして繋がったけど、予約できなかった、という人気のスポットです。
現地を見るだけでもいいか、と思って二人で、遠路、行ったところが、入れた。
キャンセルがあって、うまいぐあいに、行って直ぐに入れた、ラッキー!
考古学に、それほどの熱意もないぼくだから、どっちでも良かったんですが。
レプリカではなくて本物が見れるとあって、展示室に入って、見せてもらいました。
写真は、整備されたキトラ古墳の、現在の外形です、素っ気ないですが。
まもなく観光スポットになるんでしょうね、周辺が整備されていました。
いまある文化の、いにしえのところを、見ていくのもいいかと、思いだしています。
なにかしら、あたらしい自分の気持ちが、生成されてくるような気がしてきます。
万葉の頃の相聞歌なんか、紐解いてみたいなぁ、と思っても、無理無理いまさらぁ。
まあ、気分だけでも、感じながら、記憶の中に埋めこんでいこうかな。

-36-
2016.12.2
紅葉が光ってみえる田舎の風景がありました。
デジタル時代に、デジタル写真を、パソコンからネットにあげる。
スマホに対応するブログもあるけど、ぼくはおおむねパソコンです。
文字を入れるのに、スマホでは、うまくいかいからです。
そのスマホは、アンドロイドにかえて、タブレットを手元に。
昨日のはなしです、12月1日。
スマホが動かなくなったので、auのお店で治してもらった。
その時に10インチのタブレットをすすめられたので購入しました。
三種の神器みたいな、スマホとタブレットとパソコンです。
なんだか、生活が一変していくみたいで、ついていけるかなぁ。
最新についていこうと思っているのは、頭の方、感覚の方です。

-37-
2016.12.4
日曜日の朝、シュナーベルが弾くピアノを聴いています。
ベートーベンのピアノソナタ、いま22番が流れてきます。
ピアニスト、シュナーベルといえば1930年代の演奏です。
アルバムを買ったのが1965年、十字屋のレコード部でした。
エンジェルの赤盤なんて、LPレコードの全集でした。
いま、その全集はメディア図書館に寄託してあります。
レコードを聴くブームになっているそうですね、聴けます。
明るい光が窓辺からこの書斎の机の上にきています。
少しボリュームをあげて、コーヒーを飲みながら、過ごします。
気分は、落ち着いてきています。
23番、熱情、アパショナータ、聴き慣れたメロディーです。
少しづつ過去になっていく感じで、まだ少し時間がかかりそうです。
次には、フォトハウスの原点に戻って、回想しようと思っています。

-38-
2016.12.10
土曜日の朝、寒い日みたい、冷たい風が吹いています。
心が折れるなんてことよく聞きますが、その心がわからなかった。
でも、たぶん、こういう心のことを言うのだろうと、思っています。
昨夜に続いて弦楽四重奏、ストリングカルテット第七番とでています。
ヴァイオリンの甘ったるいような淋しいような音色が沁みますね。
写真は、昨日、DOTで西川さんの個展会場で、撮った写真です。
タブレットですね、これを持ち出して、そのカメラで撮ったもの。
なにかと便利なツール、新しい時代がすでに来ていて、それに乗る。
自動車もハイブリッドから電気だけ、自動運転、そんな時代。
テレビは4Kから8Kといって実験していますね。
過去しか持たない人には、なかなか理解できない時代感覚です。
たぶん、ぼくなんかも、理解できない部類に入っているんだろうな。
そう思うと、億劫になって、心が折れる、身も枯れてきているなぁ。
聖家族の本の写真が5時間前にぼくのフェースブックに載っています。
どうしたことか、転載した覚えがないのに、一年前に載せた?
堀辰雄の小説、夢中になっていたころ、高校二年生17歳でしたか。
遠くへ、いってしまって、思い出も少ししないけど、詩集を出していた。

-39-
2016.12.19
雑文を書きながら、本論を書こうとしてみるけれど、気分がのらない。
アメーバからジュゲムに書いてここもまた雑文のブログ、楽天ブログです。
何処かを消して、単純化して、手に負える範囲で、楽しんでいけばいいのかも。
といいながら、踏ん切りがつかない、迷い系です。
枠を広げすぎたから、収拾がつかなくなってきているんだな。
まあいい、醜態を見せながら、オープンで仮想の人格を創っていく場。
ウエッブサイトをそのように認知して、この10年余り多重人格を心がけました。
いま原点に戻そうと思っていて、これまでの集積をどう処理しようか。
写真は下鴨神社の参道です。

ものがたり・日々雑感「気ままに-1-
むくむく叢書のご案内
2015.10.20~2016.12.20 photo 2018.11.3_20181103_144928
気ままに-1-

-1-
2015.10.20
ちょっと気分を入れ替えて<気ままに>です。
これまでの記事を消そうと思ったけど、まとめて消せないですね。
それよりこのブログを廃止しようと思ったけど、廃止できないんです。
特別に主義主張があるわけではありません、のらりくらり、です。
話題は、なんでもあり、です。
その時の気分によって、文が変奏していきます。
成り行きまかせですが、イリュージョン的なのを書きたいです。
えろすかろす、ろまんりある、なんか平仮名で書いたら、変ですね。
たとえば、平成古事記、なんていいんじゃないですかね。
暗闇が明るくなってきて、天と地に分かれるところあたりから、です。
でわ、そうゆうことで、リニューアルです!

-2-
写真や動画を、ネットにアップして、閲覧にかける。
ネットでなければ、展示、上映会、という手段です。
ネットで展開するむきに、賛否ありますが、ぼくは賛成派。
デジタルという新しいツールは、ネットにつなげる。
写真をプリントするなら、フィルムを使えばよろしい。
賛否両論、でも、フィルムはプリントしてなんぼ。
デジタルはモニターで見るのがよろしい。
ネットにつなげば、もっとよろしい。
知的環境の最前線は、デジタルネットワーク環境です。
最前線カメラと最前線ネットワーク環境をつなぐのです。
以前から理屈はこねていたけれど、その世界へ入ろうとしています。
カメラワークと発表ツール、撮って、見せて、という展開です。
さて、なにをどのようにできるのか、いろいろ試していきます。
は~い!

-3-
朝にベートーベンの交響曲一番から聴きだしました。
ええ、パソコンの前に座って、作業をしながらですが聴いています。
それがいま、第六番、田園交響曲の第一楽章です。
もう子供の頃から、ラジオからキリスト教の時間に流れていた曲です。
運命と田園、親しみやすいシンフォニー、誰もが聴いた記憶があるのでは。
ポップスもいいけど、クラシックがいいですね。
ぼくは、ベートーベンが一番好き、といってもいいかと思う。
聴きなれた、といえばいいのかも知れない、これは習慣ですかね。
最近は、宗教に関していえば西洋よりも日本のに惹かれます。
仏像とか、禅宗の庭とか、神社もですが、お寺さん。
とはいっても、テレビ番組、BS放送で京都が話題になっています。
それは、京都のお寺をテーマに、有名人が訪問するといった番組です。
ヨーロッパの古い町並みもいいけれど、京都がやっぱりいいです。
今年になって金沢が話題です、北陸新幹線開通をうけたキャンペーン。
京都に住み、金沢に別荘を持つ身には、おもはゆい感覚です。
まあ、ここまできて、感覚の深みが身に沁みる感じがしています。
写真は吾輩の手捻り陶器です。

-4-
2015.11.4
このブログに書くことは、他人に見られ読まれることを前提にしています。
だからプライベートなことは、つまり本音のところには、触れない。
もう、それらしい言い回しというのも、やめようと思う。
公式、表向き、フィクションとノンフィクションの間を行ったり来たり。
昨日は、細見美術館へ琳派の陶芸家、尾形乾山の陶器類を見に行った。
なにより絵が上手い、ぼくなんか書けないから敬服します。
土をこねて器にするのは、やっぱり精巧に作ってあると感心します。
琳派400年、鷹峯の光悦村、この芸術村ができて400年といいます。
ぼくの生活空間の範囲に、彼らが活躍した空間があります。
ぼくの菩提寺は本阿弥家の菩提寺でもあります。
文化の継承者として、なんの縁もないけれど、ぼくは受け継いでいる。
そのように自負している古希老人だ。
それらの心の真髄を、ぼちぼちと明らかにしていきたいと思う。

-5-
Instagramの写真サイズは正方形ですかね。
iphoneで撮影して、色変換などして、そのままアップロードです。
すぐにネットへアップロードするというのが魅力ですね。
ライブ感がします。
ひところのフィルムではそんなことできない。
1979年の釜ヶ崎写真展、あれは翌日渡しでした。
デジカメになって、撮影して家へ持ちかえって、そこからアップ。
かなり時間短縮できて、ライブ感がありました。
でも、それ以上に、その場でネットにつなげるという即時性ですね。
この即時のなかで集積されるイメージが作品にならないか。
作品にしていくことを予測して、写真を撮る。
いやはや、そのうち、動画にして、アップしていくかも知れない。
静止画と動画を使い分けながら、作品つくりができればいいですね。
でも、見かけより、なにを撮るのか、そのことが大事だということ。
これがおろそかになりがちだけど、意識しておかなければ。
各種媒体を使ってみて、作品呈示をおこなっていきたい、と思う。

-6-
もう50年も書架に仕舞われている書籍なんですか。
棄てられずに置かれたままです。
だいぶん処理したのに、まだまだ棄てられない。
ようは、自分のこだわりだけの問題なんです。
無くすとアイデンティティーとやらが壊れる気がする。
もう、いまさら、読むことなんてないのに、何にこだわるのか。

-7-
やっぱりテーマは、日常の光景に向きあう、ことかな?
自分と自分の気持ちを、自分が撮った写真で向きあう。
ナルシストな感覚、自己満足、自己欺瞞、自分と向き合う。
そういう対象物としての自分の身のまわり、生活の欠片。
いまさら、おげさな賞をねらうとかの気持ちは、ないです。
あきらめ、そんな感じだけど、意識が確かな自分を見つめる。
その意識ってことは、確かなのかどうか、自分ではわからない。
古希をこえる自分の枠組みを、自分で見定めていく、ということか。

-8-
撮影する画角サイズを4:3から3:2に変更しました。
3:2というのは、35ミリフィルムの画角サイズなんでしょうね。
少し横長のサイズです。
デジタルカメラを使いだして12年位になります。
その最初が4:3サイズだったから、そのままここまで来ました。
心境の変化というか、リニューアル、一新するための処置。
スマホを持ちました、パソコンを最新にします、カメラも買い替え。
制作環境を変えてみて、あたらしく取り組むテーマは??です。
??がまだ未定、お迷い系にはいっています。
モデル撮影をしたいと思っていたけど、それはできないことに。
日常といっても、どう絞り込むか、あまりプライベートはできない。
きょうはいいお天気、弟とハーバーカフェに行きました。
写真は、嵯峨野へ行った時のもの、2015.11.13。

-9-
2015.11.18
植木等がスーダラ節を歌い、無責任時代を表現してたのは何時?
もう半世紀ほどもまえのことじゃないかなぁ?
というのも、わたし、いま、この、無責任そのものだと思う。
フランスで、パリで、テロが起こったというけど、わたし無責任。
人が死ぬなんて、真剣に考えたら、いてもたってもいてられない。
沖縄、辺野古にしても、わたし無責任。
どう責任をとれるのか。
デモに参加したら、責任とったことになるのか。
あんまし、もう、おおきなことには、口挟まない、無責任。
ちいさなことを、真剣に追求して、時間稼ぎしている感じです。
人間は、些細なことで悩むのだ、心を痛めるのです。
身近な、身近な処で起こることに、心を使うのですね。
なに書こうとしてるのか、わけわからへんやつが、ここにいる。
わけわからへん、考えたら考えるほど、訳が判らなくなります。
写真を載せます、アイフォーンのプロカメラで撮ったやつ。

-10-
ふがいない自分がいて、古希だとゆうのに行先定まらないです。
この世にいて、あの世のことなんて考えてもしやないけど、いろいろ思う。
訃報に接することがけっこうあります。
いずれ自分の番だと、最近は、とくに思うようになった。
どんなふうになるんやろ、なんて結構真剣に思ってしまう。
ひとのせいにしたらいけないけれど、自分だけがわるいとも思えない。
心許せるひととしてのイメージ、観音さま、助けて、と思ったり。
迷い、迷い、迷い、いまさら、迷ってもしやないのに、迷う。
このまえ、嵯峨野へいったときに撮った写真を載せます。

-11-
11月の月末、明日から12月、師走となる。
明日と明後日、一泊で鳥取のほうへ温泉旅行だ。
JP労組OBの親睦旅行、費用25000円です。
気乗りしない、無理に断れなかったから、行きますが。
いけば、嬉しいこともあるかも知れないけれど。
旅館でしょ、畳部屋、相部屋、和食、なんかうんざり。
こんなこと言ってたら申し訳ないとはおもうけれど、本音です。
企画して、支部に参加人員割り当てて、なんていうこっちゃ。
参加者は年寄りばかり、自分を自慢ばかりする人がいるから、嫌やなぁ。
まあ、どうしてJP労組OB会の支部役員になったのか、そこです。
頼まれて、断る理由もないし、引き受けたものの、連合の選挙対策。
そういう世界があって、かって、そういうところにいた、という自分。
人生、あっちにもこっちにも失礼ばかりしてきたからの、お返し。
それにしても、日々過ぎるの早し、もう一年が終わっていきます。

-12-
2015.12.7
今日から新しいパソコンで作業をしだしています。
再出発、リスタート、環境を変えて、がんばってみようと思うところ。
iPhoneを使って、写真を撮って、フェースブックにまとめる。
アルバムも新しい場所で作ってみて、これまでとは違う感覚です。
これまでニコンとキャノンのアルバムで、作品展開してきたけど。
Flickr、Instagram、Google、このアルバムを使い出しました。
iPhoneでは、カメラで色変換とかできるので、作品が今どき流儀で。
まあ、いいじゃん、自分で惚れてるんだから、それでいいじゃない!
女神様には、こんなスタイルになった自分を知ってもらいたいなぁ。
気分かなり楽になってきましたけど、もうひとふんばりです。

-13-
2015.12.23
年末恒例となったかの第九、いま終わりました。
続いて皇帝、エンペラーが演奏されています。
このまえから、第九交響曲、合唱、聴きたいなと思っていました。
何度か聴き出したけど、途中で止めてしまうはめになっていました。
今日は第七番から流し出して、作業はファイル整理してました。
祝日なんですね、エンペラーの誕生日です。
もう、ぼくには、祝日も日曜日も関係ない立場です。
パソコンのこの前買ったスピーカーから流れ出てきています。
合唱も胸にきたけど、ピアノ協奏曲、なかなかいいですね。
掲載の写真は、ハーバーカフェのモーニング最上のセットです。
先日、同窓の友だちと待ち合わせて、食べた。
モーニングといいながら昼食、たまに、贅沢に食べます。
いいですね、なかなか、人生にうっとり、ほんと、うっとり。
でも、どうしようかな、この先、どうしたら、なんて思いも。

-14-
えんま様、お許しください、反省しています。
年の瀬だから、こころのなかで、つぶやいています。
あんまりいいことしてないなぁ。
わるいことばっかり、してる、そんな感じがしています。
天使さまが降誕されて、こころが入れ替わったけど、です。
けっきょく、もとのもくあみ、漢字で書けないが戻った感じ。
普通の、ごく普通の、市井の生活人、高齢者、男、です。
まあ、来年は、いいこと、したいなぁ、とおもうところですが。

-15-
2015.12.30
夜中に三度ももよおして、目が覚めてしまった。
もう起きる時間かと思って時計をみると七時前。
すぐさま、ここに、います、まぶたが重い。
頭の中は、それなりに冴えていて、イメージが次々と。
年末の気分でしょうか、荘厳ミサ曲をひらいて聴きだしました。
かなり大きめのボリュームで、いま、合唱部が流れ出ています。
もう、今日と明日、今年という一年がおわって、来年がはじまる。
ふと、生きてられるかしら、と思ってしまったり、します。
壊れてしまったなぁ、身も心も、そんな感じがしてしまった今年。
価値が崩壊し、目の前に刹那のイメージだけが流れていきます。
iPhoneを手にして、その刹那のイメージを停止させようとしてる。
荘厳ミサ曲って、ベートーベンが厳かな気持ちにさせてくれるんだ。
静謐といえばいいのか、早朝のまだ目が覚めない頭脳に滲みてきます。
そしてその太いイボイボ棒は何に使うんだろうと想像してしまいます。

-16-
2016.1.1
2016年1月1日、新しい年の幕開けです。
なにが起こるんでしょうか、今年は、いかにして過ごすか。
もう、文章も、ひと頃ほどには書けない、目が疲れる。
肉体的にも老体になってきているから、疲れやすい。
持続がないんでしょうね、枯渇、からだの中が枯渇してる?
枯渇してるから、最後のあがき、というか未練たらたらです。
なりふりかまわず、老体体験を書き綴っていけば良いのかも。
性欲のことなど、興味あるところですが、これはちょっとまずいか。
生きてる限り、命があって、性にまつわる事があって、食がある。
食べること優先だ、なんてことは逆転、本音は、性が先で食は後。
これが文化のなせる技の、本音のところだと、考えています。
年齢を重ねるとともに、精子を作り出す能力がなくなってきます。
これが直裁てきな性欲から、空想性欲へと変容していくみたい。
おおきくなる力がなくなるけれど、全くなくなるわけではない。
まあ、こんな内容のことを、書いていけば、いいのかも。

-17-
2016.1.7
新しいパソコン、ウインドウ10にして一ヶ月ほどになります。
iPhoneを手にして三ヶ月ほどになります。
この二つのツールで、ぼくの頭の中が、もたもた状態です。
写真・静止画を撮ってウエブにて作家活動をしていこう。
そう思って、使いこなそうとしてるところですけど、ようわからん。
これまでの知識で思ってた以上に多様化してるんですね。
その細部がわからなかったり、限界がわからなかったり、です。
パソコンの中に保存している写真や動画が、まとめられていきます。
勝手に、といったら失礼ですけど、ソフトが勝手にやってくれます。
そうして使っている本人にプレゼンしてきます。
本人にプレゼンされた内容が、それが、どこまで公開されてるのか。
わからん、やばい、どないしょ、そんな気持ちに、満ち満ちです。
富士通のパソコン使ってるけど、フォト、全部、アルバムで可視化。
グーグルのアルバムでも、全部、集めて、アルバム化、ですね。
iCloudってゆうのは、アップルが集めてくれるアルバム。
マイクロソフトのはoutlookって言ってるのがこれでしょうか。
ネット運営側が用意してくれた枠組みは、現在、全部まとめて!です。
フリッカーというアルバムサイトだって、全部集めていますね。
これには公開するかプライベートにするかの選択がありますね。
いやはや、わけわからん状況になってきていますね。
自分の内側を外に媒介するパソコン、iPhone、その全体をわかりたい。
わかったうえで使うと、これからの作品作りの形態が、わかってくる。
もたもた、どうしたらええのか、いっしょに研究できる相棒がほしい。

-18-
何やってるんだか、よくわからないままの日々、2016年です。
パソコンにiTunesをダウンロードして、音楽データを聴けるようにしています。
つい数日前からですが、池田さんのHDからコピーさせていただいたのです。
膨大な音の群れ、音楽の楽節がいっぱい詰まっています。
どこから、どうして、手をつけようか、うんうん、フルトベングラー。
フルトベングラーさんは指揮者で、ベートーベンの交響曲とかコピーしました。
自分の残された人生の時間のなかで、どこまで聴けるのかなぁ、と思いながら。
うんうん、熱中することで、忘れたいことを忘れてしまうから、いいです。
熱中したいこと、そのことに熱中、いまは写真撮ることより、なんやろ?
70年も生きてきて、過去がいっぱい詰まった頭んなかを、からっぽにしたい。

-19-
寒い日になりました、寒波到来、京都市内は寒いばかりです。
金沢の方は雪が降っているんでしょう。
部屋にこもって、池田さんから預かったクラシック音源を入れています。
バッハが多い、ベートーベン、シューベルト・・・・。
いま、シューベルトの弦楽四重奏、スピーカーから流れてきてます。
やわらかい、やさしい、シューベルトの面影が浮かんでは消えていきます。
美しき水車小屋の娘、とか、歌曲は冬の旅、なんかしらほろっとしてきます。
もう、そとが暗くなってきました。
どないしてますか、お元気ですか、笑顔がふ~っと浮かんで消えていきます。
ストリングのはかない音色のように、です。
さようなら、そうしないといけませんね。

-20-
2016.2.1
今日から2月、なにかと月が変わると区切りたくなる心の節目です。
少し早めに花の写真を探してきて載せます。
何年か前の4月に撮ったやるですが、目にとまったんです。
ほんとうは花の話なんてどうでもよくて、原発再稼働のことしゃべりたい。
でも、しゃべりませんよ、そんなの、むなしくって、だめです。
とろけて崩壊しそうな脳、シュールリアルな感覚、世界がとろける。
もうこの年になってきて、自分で分析らしくものするんです。
自分研究といえばいいのか、自分を自分で検証する。
自分学とでも言ってあげれば学問の仲間入りするのかも知れない。
AM6:17,そとはまだ暗いです。
耳にはシューマンのシンフォニーの音律がはいってきてます。
目はこのパソコン画面をみているエロサイトじゃありません。
あたまんなかは、渦が巻いてる、ぐるぐるぐるぐる、上滑りです。
感情ってんがあって、感じて情、なさけ、情け無い、とほほ、です。
とっても豊かな感情なんですが、恥ずかしくって、顔を上げれません。
身体が枯れれば枯れるほど、感情はみずみずしく、瑞瑞しい。
もうやめよう、コーヒーを入れなくちゃ、朝の珈琲、です。

-21-
2016.2.8
269gのブログが閉鎖されるとあります。
食物図鑑と気儘日記の二つを持っていますが。
閉鎖されればそれはそれでいいと思っています。
ほかにも最近封鎖されたブログがありますが。
これもこれでいいと思っています。
使い勝手のよいブログとそうではないブログ。
収益があがる運営会社とそうではない会社。
淘汰されより効率よく儲かる方へと組み直される。
そういうなかで自分をつくって発表すること。
なんだか仕組まれた罠だなぁ、と思ってしまいます。
新しいサービスが増えてきて、古い形式はなくなる。
そういう時代にはそれにそぐっていくしかないですね。

ものがたり・日々雑感「気ままに-2-
むくむく叢書のご案内
2016.2.15~2016.11.30 photo 2018.9.1
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気ままに-2-

-22-
2016.2.15
布団から出たのが4:40、パソコンはベルディのレクイエム。
聴き惚れていきます、でも、あたまのなかは別の音楽。
中島みゆきの別れ歌でしたっけ、道に倒れてだれかの名を。
呼び続けたことがありますか、このフレーズが昨夜から。
その光景がイメージが、あたまのなかを駆け巡っている感じ。
壮絶な、恋するこころの終わりを受け入れる光景、でしょうか。
この歌はもう当分は聞かない、ここにあるのに、聴けないなぁ。
撮った写真をセレクトしなくちゃ、一週間分ほどたまってる。
今日は陶芸へ行ってみよう、昨年10月だったか以来だ。
もたもた、この数か月、いや半年、一年、何してるんやろ。
浮遊した、乖離した、へんてこな精神、精神なんて言葉じゃなくて。
お叫びでもなくて、こころのさま、見えないけど見える様。
壮大なレクイエムの音を聴きながら、夜明け前の朝を迎えています。

-23-
春らしい光なのにまだ寒さが残っています。
こころが開放されていくのにうら悲しい淋しさに見舞われます。
青春ならぬ晩年なんでしょうね、肉体晩年心青春、そういうこと。
晩年というと太宰の処女作品集じゃないか、晩年、死のうと思っていた。
それはべつにいいとして、結局のところ、精神の本質は情でしょう。
情なんて、若きも老いもなく、混沌としていて、つかみどころなし。
情は成熟するんでしょうか、純粋な情は、身体の成長にゆだねられる。
ほんとうかな?ほんとうかもしれない、うそかもしれない。

-24-
今朝は起きようとおもいながら起きられなくて二度寝でした。
バッハのオルガン曲
Bach: Leipzig Chorale, BWV 662, "Allein Gott In Der Hoh Sei Ehr"
ずっしりとした音色、オルガンは重たくってあまり聞かないんですが。
昨日の写真は弁財天、今日の写真は鬼子母神、いずれも大徳寺で撮影です。
気分が落ち着かないです、そわそわしてる感じに思えます。
どないしょうかなぁ、なにを?どないするん?、なんてことを。
わけもわからず、思案にくれる、だめですよね、こんなことでは。
ああ、もういちど、やりなおしたい、10年前に戻れるか。
切羽詰まってきて、過去の出来事ばかりがよぎります。
これはフーガ、ぐるぐる、ぐるぐる、まわっている感じです。

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なんかしら、もう、しんどなってきたわ、なんて思ってしまう。
八方ふさがり的な感覚になっていて、立ち尽くしてしまう。
別離、別れ、お別れ、そうして再開できる日が、可能性としてある。
生きている限り、可能性はある、とはいえ、ほぼありえない。
ベートーベンの曲にも、別れのタイトルがあった、あじゅあX。
中平卓馬の本のタイトルになってたやつ、あばよ、さようなら。
まるで喜劇の中のセリフのように、わらって、あばよ、ですよね。
では、また、お会いできたら、お会いしましょう、あばよ!

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2016.3.4
もう3月、はやいなぁ、これが口癖、早いなぁ。
なにしてるこっちゃ、わけわからん、なんて言葉がでてきます。
生きてるんです、命を保っているんです、生きているんです。
なに、あほなこと言ってるん、なに考えてるん、なんて問われてる。
小説とか、非小説とか、文字を連ねていこうと思っているん。
それに静止画イメージ・写真を連ねて物語にしようと思ってる。
このことを、だれかと共同作業にしたいと思ったり.
刹那、という二文字があって、このイメージが不思議を醸します。
瞬間とか、あっと思ったとか、刹那、せつな、切ない、ではない。
あらかじめ予定されて、想定されて、そのように作っていく。
これの真逆といえばいいか、制作の手法の話ですが、刹那的な。

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このさきどないしょうかと途方に迷う。
とはいってもからだの行動がかわるわけではなくて。
こころの成り行き、そうしたらいいのか、途方に暮れる。
消滅しそうなこころ、激しい下痢が止まらない。
思い悩みによる体調の変調なのか、これまでにはなかった。
古希という年齢からくる鬱とでもいえばいいのかもしれない。
体調の変化を、つまり老化していくからだを感じます。
こんなこと言っていても始まらないけど、言うことで救われる。
イメージ的には下支えする器、とでもいえばそれが消滅していく。
泥沼へぶすぶすと沈んでいくような感覚、いけない、いけない。
こうしてここに書くことで、かろうじて均衡が保てる感じ。
黙っているのが辛くって、こうして吐いていくことで救済される。
カレンダーには次々と予定が記入されていくのに、こころが迷う。
まだ、だいじょうぶ、雲隠れするほど弱ってはいないから。

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優しさの美学、なんて言葉がぽろっと出てきたりしてます。
虚構の彷徨だったか、間違ってたらごめんなさい、太宰の小説。
心中しようとして海に入ったけれど、女が死んで男が生き残った。
男は警察の取り調べとかに対応するんですが、なんともみっともない。
光景を想起しても、滑稽というか悲惨というか、なんとも言えないけれど。
生き残ったという男の心情を想定して思ったら、これは優しい男の悲惨な美学。
胎内に、羊水に包まれたからだ、海はそれを想起させます。
生と死、愛するやつが死んで、おれは生き残った、海から上げられたからだ。
哀れといえばこんなにも哀れな男はいないやろなぁ。
でも、現実に、心中ではなくても、こういう事態はままあり得ます。
優しさの美学は、哀れさ、悲惨さ、心の崩壊を感じさせるんですね。

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2016.3.14
ということで、マーラーのシンフォニーを聴きだしてています。
スケール感がありますね、スケールを容量といいかえましょうか。
器が大きい、たくさん入る、ビッグ、そんなイメージでしょうか。
でも、音楽について、言葉を連ねるなんてばかげたことですよね。
音楽は音楽、イメージはイメージ、言葉は言葉で、それぞれ表現。
音楽を聴きながら、自分の中に蘇生してくる感覚が、言葉があります。
なんかしら、もういちど、最初からやり直し、自分構築をと思うんです。
昨年から今年にかけて、自分の枠が崩れていくのを確認した感じです。
その崩壊感覚を、つなぎ合わせて次の器に盛っていかなくちゃ。
そんな前向きな意識が、今朝、芽生えてきているのを感じます。

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いよいよ桜の季節がやって来るんですね。
巡り巡って一年、京都では三月の後半には桜が開花します。
昨年の写真を使って、前宣伝、ことしもまた桜の季節です。
毎年、毎年、桜の季節ですが、身の回りが変化しています。
気持ちのあり方も変化しています。
谷崎の細雪でしたか、桜をめでる光景がありましたね。
大覚寺の大沢の池?でしたっけ、姉妹が和服でお花見。
桜の花、お花見が楽しみです。

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今日は春分の日の振替休日とカレンダーに書いてある。
青空ですけど、時折、強い風が吹いています。
今日は、これから、お出かけします。
アベノハルカス、大阪へ、いきます。

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思い出は狩りの角笛、風のなかで声は死にゆく、なんて句が脳裏をかすめる。
されどわれらが日々、という小説のなかに紹介された詩句でした。
アポリネールだったか、正確には思い出せないが、詩人の詩の部分です。
高校三年生の時に、芥川賞に選ばれた柴田翔氏の小説です。
感動したというか、びっくりしたというか、現代文学に触れた最初。
なんでいまこんなことを思い出すんだろ、そうしてここに書いているんだろ。
どうしてだかわかららないけど、ノスタルジックに、感傷的になっています。
おわり、おわる、おわった、そうしてはじまる、そんな予兆です。

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2016.3.23
やばい、やばい、ちょっと言葉が多すぎます。
悲しみを隠そうったって、そうはいかないからね。
悲しみという字より哀しみ、川端康成風がいいかも。
そういえば、川端康成氏はノーベル文学賞を受賞されています。
なんとなくムード的な哀しみといえばいいのかなぁ。
といってもそんな感覚になっていく、論理的ではない。
やばい、やばい、というのは、論理的をめざしている感じだから。
それがやばい、って思っているわけです。
論理を抜いたところで成立する交感を求めたいのに、です。
ずっと、ベートーベンのシンフォニーが聞こえています。
これは、第三番、英雄、エロイカっていうんですね。
なんだか悲しいです。

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2016.3.26
安部公房っていう作家の小説に「燃えつきた地図」というのがあります。
なぜ、いま、突然に、こんなタイトルの本を思い出したのか。
都会の真ん中、行き先を失った青年?
公衆電話ボックスの中、青年は救いの言葉を発信しようとしていたのか。
作中のイメージがよみがえってきて、どうしたことかとうろたえます。
地図が見えなくなった、読めなくなった、ふっとそんな気持ちになります。
フォーレのエレジー、悲歌って表記すればいいのか、聞こえています。
バッハのパルテータに切り替えました。
相野さんっていらしたんですけど、お亡くなりに成られた、と聞いた。
アルバムを見ていたら、彼とのツーショット写真が見つかりました。
もう20年ほどもまえのショットですが、どこかのギャラリーで撮られた。
迷路にはまってしまったいま、どないしてこの後の地図を作成しようか。
もう、そんなに、時間がないんだから、との思い。

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2016.10.19
高さ20メートルの石で作られたお釈迦様、インドから運ばれて来られたとか。
明日香のはづれになるのでしょうか、壺坂寺の境内に設置されている石像です。
とにかくスケールが大きいこと、ぼくの好みではないんですが。
個人差があるかと思いますが、こころ癒される仏像は、もっと小ぶりな方です。
半跏思惟像とか、十一面観音贈とか、阿弥陀如来像とか、人間の大きさ程度。
ちょっと、仏像の名前とか、神様の名前とか、知らないなぁ、不見識ですが。
人間性を入れ替えて、もっとまともな見識を持った老人にならないといけない。

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秋晴れで、散歩にと思ってバスに乗り、広沢の池で降り、そこから北嵯峨へ。
行き当たりばったりですが、ひとつの目的があったといえばありました。
高校三年の深い秋の夜、単車の後ろに彼女を乗せて、家まで送った記憶です。
北嵯峨名古曽町、地名は京都市広報版があって、その下部に住所が書いてある。
それが見つからなかった、それにしても、もっと山際だと思っていたけど。
古民家で藁葺ではなかった瓦屋根だったと思うけど、そんな感じの家でした。
どないしてるんやろ、あれから半世紀以上が経ったわけで、生きてるのかなぁ。
学年がちがうから、消息をたどることも困難、当時の顔だけが浮かんできます。
そういえば11月には同窓会がある、出席する、旧友と顔を会す、それだけですが。
当時のマドンナ、高嶺の花だった女子と、その後、話ができるようになった(笑)

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2016.10.27
このまえ、壷阪寺へ行って撮らせてもらった仏像のひとつです。
怖い顔してる方ですが、お名前がわかりません、ごめんなさい。
スマホはアンドロイドのほうに変えたけど、電池の消耗が早い。
半日、持たなかった、昨日は、午後二時ごろに、使えなくなった。
それと、写真を撮るのに不自由なので、撮るのを控える。
風景論の写真集は、24巻の予定でしたが、第9巻で終えました。
中川繁夫のホームページです
ホームページの表紙も変わっています、もっと変えたい、単純化。
2004年ごろから構築してきた内容を、見直してリニューアルしたい。
ブルックナーのシンフォニー、スケールが大きいね、

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終わって始まる。
世界の転換点に立っている自分を見つめます。
なにができるか、新たな世界のはじまりです。

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2016.11.4
ぼくらの世代を団塊世代とゆうみたいです。
でも厳密にいえば団塊世代まえですが戦後生まれです。
なにが欠落していた時代かといえば信仰心が欠落の時代かな。
日本の風景、その感性が形成される時代の底流、ぼくの底流。
戦前なんて神の国として教育されたってゆうじゃないですか。
戦後、ぼくの小学校入学は1953年じゃないかと思うんですが。
むしろそのころってぼくの環境はむしろ左翼的だったように思えます。
神の領域を右翼なんていわないけれど、いまは、そこに興味がある。
脈々と流れてきたこの風土の底流としての感性は何か、という問い。
日本という範疇は、ネット時代で国境ボーダーレスになっていくことでしょう。
その一線に枠をはめる作業として、アイデンティティというか、です。

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アメリカの大統領にトランプさんが当選したというニュースで賛否両論です。
マスコミ含めトランプさんが悪者のように扱っていたふしを感じます。
未知のものに警戒する保守そのものじゃないですか。
変動してる世界情勢です。
なによりも虐げられる人々がなくなる政策を実行してほしい。
載せた写真とは、関係のない話かもしれませんが、巫女さんです。
神頼みとはいわないけれど、神に頼むことがあるんじゃないですか。
やばいですけど、ね。

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2016.11.14
突然にヘビーなイメージの写真を貼りつけてしまったけれど。
悪夢を見ていたのか目が覚めて無性に空しい感覚に襲われてきたんです。
昨夜は頭がふらついて、倒れてしまうのかと、安静にしていたところ。
夜が眠れなかったような感覚で目が覚めたら六時半それからもたもた。
フォトアルバムをめくっていたらこのイメージに出くわしてしまった。
コピーして、ここにアップして、際立たせてしまおうとの魂胆。
これは1979年の2月でした西成市民館前での夜の炊き出し光景です。
ことばに詰まってしまいます、顔を洗って朝にしようと思います。

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鳥居のある風景を、最近、撮りだしています。
これまでにも神社を撮ることが多々ありましたが、その延長です。
神社を撮るといっても、そこにあるものしか撮れないんですが。
なにか我らの、自分の、こころの原点を、そこに見出そうとする。
そういう魂胆でもあったけど、そんなの、できないよなぁ、と。
日々、いろいろと思うところですが、カメラはあるものしか撮れない。
鳥居を撮るということは、神社の外にいる立場で、撮っている。
わけのわからない日々を、つくづくと感じながら、撮りだしたようです。

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朝からもたもた、なにをしてるのかといえば、整理をしている。
音楽はフルトベングラー指揮のベートーベン交響曲一番から順次かけている。
これは第三番、英雄、沈思黙考してるイメージ、迷ってるんだな。
ここのタイトルやプロフィールを変更しておりました。
個人的な、プライベートなことだけど、この後どう生きていこうかと。
昨日先輩大八木さんと神戸のギャラリーから異人館のところへ行った。
ギャラリーで展示してるひとは高濱さん、どうしても行きたかったから。
写真も撮らせてもらったし、ちょっとつながった気もして、ほんわか。
撮った写真の整理が進んでいない、最新のがここに載せられない。
新しい学校の企画を作ろうと思って、頭の中だけ動いてる。
今年は流動的な年、世界が揺らめくようにぼくも揺らめいている。
あと40日もすれば今年が終わるじゃないですか、早いですな。

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スマホの写真、いまauとsonyでコマーシャルのエクスペリア。
これの写真かも知れない。
iPhoneでは撮った画像をUSBコード挿し込めばパソコンに取り込める。
アンドロイドでは、これができない、グーグルのアルバムからダウンロードです。
それにしても、便利というか、簡単というか、最先端、すごいと思います。
京都市美術館で二科展を見に行きました。
絵画部の絵画と写真部の写真、ポスターなどを見ました。
写真では知った名前が偉い人になっておられて、飾られていました。
そういう世界もあるんだ、と思う次第で、自分が情けなくなりました。
ということで、つまらないことをつぶやいて、頑張っている人に申し訳ないです。

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2016.11.27
なるようにしかならない、少し、ゆっくりと、気を落ち着けてみようと思った。
もたもたと思う感覚を、ゆったりしてるという感覚に変えればいいのだと思う。
あせったって、死に急ぐだけだったら、一日一日をかみしめて、生きていこう。
雷鳥は国鉄の北陸本線を走っていた電気特急でした。
大阪発で金沢や富山方面へ行っていた特急列車でした。
いまはサンダーバードで、金沢止まりです。
なつかしい国鉄時代、それからJRになって、あまり乗らなくなった。
高速バスの便があり、乗用車で動くようになったから、です。
そろそろ年だから、またJRの電車に乗って行こうかな。

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2016.11.30
まるで別の世界へ誘われたように思います。
昨日は11月29日、奈良は大和三山のひとつ天香久山へ昇りました。
音楽家の文字さんに導いてもらって、山の中を巡りました。
載せた写真は国常立神社の祠です。
古事記に描かれるイメージ世界が、目に見えるようにされている感じ。
国常立と書いて「くにとこたち」と読み国土形成の神といいます。
この祠に並んで、「おおたかかみ」という竜王神、これは水の神かな。
この神のもと、手前には伊弉諾神社、伊弉冉神社という祠もありました。
国造り神話を信じてるわけではないけれど、イメージとして感動もの。
とはいえ古事記という書の記述は、権力を正当化するということのようです。
それはともかく、我らの精神文化を形成する枠組みが、ここにあるとも思います。
もうあんまり難しく考えないで、感覚の流れるままに、東松さん流でいこうか。
俗世のことがうとましい、隠居しようか、それがいいのかも知れない。

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