中川シゲオ写文集

中川シゲオの写真と文章、フィクションとノンフィクション、物語と日記、そういうところです。

カテゴリ: 気儘にっき

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ここ何日か空が真っ青、雲一つない青空の日が続いておりました。
今日は雨模様で、いまの時間、風と雨の音が聞こえています、朝です。
夢を見て、うつろな気持ちで起き上がって、もたもた時間が過ぎてしまいました。
八方ふさがりな感じで、この先、どうしようかなぁ。
こんな思い、あまり深刻ではないけれど、身の置きどころがない気持ち。

今日は外出、岡崎の近代美術館へ、文字さんと見に行く予定です。
人と会えるから、この友とは、苦痛でなく、喜びの時間が過ごせます。
鬱にさせる具体的なことは、いまここには羅列しませんが、重なったようです。
希望の糸が、ぷつん、ぷつん、と切れてきて、失望ばかり、パンドラの箱ですね。
何人もの人の顔が浮かんでは消えていきます、自分に原因があるように思えます。

生きていくかぎり、家族以外に、なにかないと、生きていけない感じがします。
この、なにかがなくなっていく、という感覚が、ここ数日の気持ちです。
写真は、青空風景ですが、下部の家屋が、ぼくがいる部屋の外側になります。
文学学校の入学案内を閲覧しておりました、でも、やっぱり、入学にまで至らない。
表現学校を広報しているけど、このホームページでは、人が来るわけないなぁ。


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懐かしくてフィルム時代の写真を整理していたら、出てきたコマがあったので保存しました。
古い写真をみると、そこから記憶がよみがえってきて、記憶をたどってしまいます。
もう人生を終えてきて、あとは残された日々を、どう作っていくのかと考える日々。
この写真を自分の痕跡として残していくのには、躊躇する気持ちもあります。
懐かしい気持ち、いまさら戻れないところで、記憶は途切れてしまいます。

昨日は令和の天皇のパレードが行われて、テレビ中継を見ておりました。
まったく逆らう気持ちは毛頭ありませんが、祝賀の世界には入りきれません。
反権力、なんていっても、体制のなかにいて老いていく身に、それは虚しい。
権力の体制を容認するとしても、やはりこれも虚しい気持ちに見舞われます。
こんなことしてる自分は、やっぱり恥ずかしいことしてるのかも知れません。

太宰治の小説を読んだのは19歳の時からで、高校時代にはまだ読みません。
高校時代は、世の中が推奨する文学作品、小説と詩を読んでおりました。
堀辰雄のファンで、風立ちぬ、なんて何度読み返したかわからない。
このことでいうと、されどわれらが日々、なんかも何度も読み返しました。
どちらの小説も、節子という名前の女性が主人公で、その後節子さんに恋します。

恋を終わらせるために、プロジェクトを終えて、こころの修復に向かいます。
だいたい10年に一度の割合で、そういうことが起こっていて、方向転換しています。
恋した人のその後の消息を知りたいと思って、まだわからない方がいます。
知りたいと思っても、それは偶然に、また、知りえることを待つしか、ありません。
もう、こころの整理はついたと思っていますが、それはいつでも覆ります。

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寒くなりましたね、朝の気温は10度以下のようですね、こちらは京都です。
なにやら夢うつつ、なんどか目覚めて、すっきりしない気分のまま、お昼前です。
毎日、なにをしていることか、と自分を見つめて、反省して、いろいろ思うところです。
最近は中学生の頃へと記憶が戻っていって、自分史はこの辺りを思い出して書いています。
といってもなかなか執筆の気分になってこなくて、自然体に任せようか、とも思います。

ひと頃なら、前へ進めることが前提だったプロジェクトでした。
その気分が、いまこの歳になって、減退している気がします。
だから、もう、無理しないで、という内なる声があって、これが自然体ですね。
体力もやっぱり減退してる、気力もそれに応じて減退してる、って感じです。
でも、終わりを待つばかり、というのは嫌ですね、まだ気分に若さが残っている、ですね。

朝、目覚め、身体を起こし、フェースブックをひらけ、ストーリーズに写真と短文を載せる。
写真は、ここに使ったような樹木の写真を多用していて、撮影数日後には載せます。
インスタではライブというか、撮ったその場でアップすることにしています。
ブログに載せた写真と文は、フェースブックに載せて、自分のまとめにしています。
まあ、自分のためにやってるというのも、虚しいもので、どうしようかと思い迷います。

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11月1日、ここのブログは、カレンダーの月を11月にするには、記事を書く必要があり。
ブログによっては、記事を書かなくても、カレンダーが自動更新されるのもあります。
けっこう細工しながら、無料でブログを書いているから、広告付きです。
ライブドアさんのブログ広告は、最新記事の下につくだけで、あまり目障りではないです。
それと広告とは関係ないですが、広告を消すには、有料で使うことになります。

あまり広告には惑わされないようにしないと、いけません。
記事だって、お金をもらって書いている人もいるようだから、信用できません。
以前、雑誌で広告を出すのに、記事に書いてもらうページを買う、をやりました。
記事広告ってやつ、ネットになって雑誌の代わりにブログとかSNSが使われる。
なんでも金でまわる時代だから、良心的なひとは、惑わされないようにしないと。

京都市がお笑い芸能人にツイートしてもらうのに1回50万円を払ったといいます。
フェースブックで会のページに記事を載せると、しつこく広告を勧めてきます。
広告は載せないことで突っぱねているけれど、アクセス増やすには広告ですか。
事業するひと、だましたらいけません、張りぼて宣伝、誇張広告、いけません。
といいながらも、こっちも誇大広告にならないよう、心がけなくちゃね、では、また。

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10月28日月曜日、もう10月が終わっていきますね。
十月は31日まであるから、あと三日あります。
明日は京都新聞のツアーで奈良方面へ小旅行します。
30、31、は予定が入っていないので、フリーディーです。

25日(金)はギャラリーDOTで辻中育子さんの個展を見にいきました。
26日(土)はギャラリー176で鈴木郁子さんの個展を見に行きました。
27日(日)昨日は、京都自由学校が主催の集まりに参加させてもらいました。
終わってから米田さん瀧井さんとともにDOTへ行き、辻中さんの写真展を見ました。

合間見てブログを書いて、ブログに写真を載せて、ちまちま現役作家をしています。
作家といっても世間が認めてくれてるわけではないから、自称作家です。
夏ごろから近辺が目まぐるしく変わってきていて、自分の居場所が分からなくなる。
既存と新規、新規には未知の部分があるから戸惑う、というのも年齢のせいかな。

今日のことを書いておかなくちゃいけませんね。
朝からブログに連載小説のひとつを書き、午後からコナミスポーツジムへいきました。
体力維持のため、筋トレして水泳してサウナで汗流して約2時間です。
コーチなしの気儘な運動ですが、これでいいのだと、思っているところです。

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雨降りで午後からの外出は控えていてブログの更新をおこなっております。
二か月に一回、健康診断をかねて診療所へ行って血圧の薬をもらっています。
最近、悪玉コレステロール値が高くなっていて、どうしたことかと思っています。
適度な運動、適切な食事、ということですが、食事療法をしていかないといけません。
年取ると代謝がわるくなって、エネルギーにならなくて、体重が増えてきています。
健康のことは、わかっているけど、その通りになっていないので、困っているのです。

毎日が休みのような休みでないような、もたもたの日々を過ごしております。
好きなことだけをすればいい、そういう立場になっていて、好きなことしかしない。
社会正義がどうこうとか、世の中のためになることを、とかはあまり考えません。
悪徳はしておりませんが、悪の華じゃないけれど、悪の領域に降りていきます。
生きること、身体が生きることと精神が生きることとの整合性とでもいえばいいのか。

年取って、肉体が萎えてくると、精神が高揚してくる、肉体と精神が反比例していく。
文学のテーマとして、性をテーマとする、文学の領域をそこまで拡大しないといけない。
浪漫派というか、耽美派というか、ぼくなんか自然主義を学んだが、いまは耽美主義。
生きていくのに、もうそんなに時間がないんだから、もっと色艶の世界に生きたい。
<花と小説>というホームページを運営しているところですが、行き先は如何に、です。

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