中川繁夫写文集

中川繁夫の写真と文章、フィクションとノンフィクション、物語と日記、そういうところです。

カテゴリ: 写真・文学・アート

頭くらくら心臓どきどき-1-
2006.6.30~2006.7.19
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激しい頭痛のあと、くらくらする感覚が、わたしを包んでいます。ドッキンドッキン、どきどき心臓の鼓動が、内側から聞こえてきます。ああん、なんとゆう状態なんだろう。浮遊したこころとからだ感覚じゃないですか。ああん、もう、くらくら、どきどき、してる。疲れてんだよ、きっと・・・。そんな慰めのような声が、聴こえてくるような・・・。いよいよご臨終まえなんだよ・・・。そんな脅かしのような声が、聴こえてくるような・・・。

枠組みに沿った意味というものが、突然に消失してしまう。からだが昂奮しているんだ。ぐじゅぐじゅとした内分泌物が、汲みだされてくるような、そんな感じだ。極めてえろす的な感触だと思う。蠢くからだの細胞が、器官が、肉体がここにあります。境界は皮膚です。指があり目がある。いま、パソコンに向かって、指でキーボードを打ち、マウスでクリックする。目はTV画面をとらえて、言葉を読み取っている。

極私的くらくらどきどきを、メディアを通して発信していく。極めて政治的な闘争だ。既存の言葉が醸すイメージを発し、既存のイメージを定着させた画像を組み合わせて、発信していく闘争だ。ええっ?闘争って?ちょっと過激だよね。でもさ、ねえ、一方では戦争状態なんだ。ドンパチやってるんだ。アートが静観できるわけないじゃないですか。どうしてもそれを引き受けたうえで、アートを展開しなければ、いけないんだ。

あたまくらくら心臓どきどき-2-
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<男と女と・・・その境界線>

いやぁね、リアルな状態で、男と女の違いといったらさ、まづからだの構造が違うから、裸になってみりゃぁ判別できちゃう。でもからだは外面だから、こころの中、つまり感受性なんてレベルだと、どうなんでしょ?ややや、明確な境界線なんて、無いようなんですね。

バーチャルな状態で、ってゆうとネットワーク、インターネット、ホームページとかブログとかのなかで、男と女の違いといったら、そのなかで男か女かを名乗ることで、男か女に区分されちゃうような感じですね。男とも女とも名乗らないこともあるわけで、そういうときには、書かれた文体とか内容とかで推測していきますね。

男とおもえば女が群がるし、女とおもえば男が群がる。ちょっとゲスなはなしだけれど、男が女を求め、女が男を求める構図が、リアルでもバーチャルでも同じように起きる現象なんですね。そりゃぁ、そうですね。バーチャルな状態といえども、参加する主体は個体の男か女なんだから、客体に男女の別を求めるのもしやないなぁ~。

男のような文体をつくる女があり、女のような文体をつくる男があり、そいで男か女かの性別を表記してあれば、それはそれでそれなりに納得できて、男は女の表記に群がり、女は男の表記に群がる。そこで、現代ヴァーチャルアートの意匠を被せて、男が女を名乗り、女が男を名乗ると、どうなるか?

男が理想とする女を演じ、女が理想とする男を演じる。さて、 そこで標記の境界線の問題が提起されるのです。いいえもう、男も女も混合ミックスで、あっちへ行ったり、こっちへ来たり、つまり、男と女を行ったり来たり、まあ、こんな現象が起こっているのではないのかなぁ~と推測するわけです。

あたまくらくら心臓どきどき-3-
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わけがわからないときってあるじゃないですか。記憶の糸がぷっつんと切れてしまったような、白日夢の感じで、目の前の光景がゆらめく。そいで、いったい私とはなんなのよ、って感じ出して、頭がくらくらしてくるわけです。心臓がどきどきと高鳴ってるのが、意識できて、ああ、倒れるぅううっ、って思っちゃう瞬間のことです。

体感したことがあるんですけど、貧血状態になって倒れていくときの数秒間ってのが、こんな感じでした。真っ白になるっていいますけれど、目の前が真っ白になって視覚がなくなってくるんですね。そうそう明るい霧の中を彷徨う感じで、目の前が真っ白になってきます。ひとつの比喩でいってますけど、そのような状態になったときに、こっちへ戻ってくるのか、あっちへ行こうとするのか。

うわ~ぎゃ~そんなのいやぁ~!なんて目を瞑ってしまうとき、それは自己保身本能が働いて、感受性をセーブしようとするんでしょうかね。で、その向うは破滅の世界だぞ!って文化の枠組みが刷り込んできた結果なんですね。咄嗟の私の判断ってのは、そういうことに基づいてると思う。

私の心のなかっていうのは、あっちへいったり、こっちへきたり、その全体なんだよね、そのように感じます。そうして見えないバリヤー、あるいは境界線を意識しちゃうんですね。

あたまくらくら心臓どきどき-4-
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とある状況に追い込まれてしまって、ああ~あっちへ行ってしまいたい、って思う瞬間を経験したことがあるヒトには、わかりやすいかも知れないですが、そんなときは異常心理状態です。時間とか場所とか、目の前のヒトとか、ふつうは自覚して確認できるようになっている心状態ですけれど、あるとき、それが判らなくなる。思いつめてるときとか、錯乱してるときとか、そうゆう言い方もあるかと思いますが、ボクはその状況を、頭くらくら心臓どきどき状態だと思っているのです。

ええ、みずからの体験を振り返っているんですけど、その別世界は、エロスに満ちており、タナトスを予感させる世界だったと思っています。生と死の境界線。生への渇望はエロスであり、死への恐怖はタナトスです。

日常的には、頭くらくら心臓どきどき状態にならないように、自己防衛をしているようだけど、とある状況におかれると、そのバランスが崩れてしまうのじゃないかと思うわけです。バリアーの外側なんていえばいいのかも知れないその世界です。いいえ、ね、何を云おうとしているかといえば、究極アートの世界を想定しているんです。

アートが、日常ではない、つまり非日常の心、心理状態を誘発する装置だとしたら、この頭くらくら心臓どきどきの状態を、いかに創り出すかという装置でもあるわけです。予定調和的美の極みを表出するのがアートだ、なんてことは云いません。心の基層をなすエロスとタナトスがあるとすれば、アートは。エロスの極みを表出させなければ、ならないのです。エロスの極みは、ヒトを救済すると思うからです。さて、でも、具体的な作品は、となると・・・。それは世の習いからはみ出してしまうかも知れないですね。

あたまくらくら心臓どきどき-5-
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かってのわたしなんぞは、もう自分のことが、いや~でいや~でしかたがなかったんですよ。足は短いし、胴はずんどうだし、背は低いし、見た目にカッコいいわけないじゃないですか。鏡を見るなんて、それこそ、もう許しがたいほど、屈辱な感じがして、いたたまれなかったんですよ。それにね、こころのなか、ふしだらなことばっかり妄想しちゃうじゃないですか。こころのなかを映しだすテレビなんて発明されたら、どうしょうなんて思うと、もう夜もゆっくり眠れないって感じでしたね。

まさにこれは自己嫌悪ってゆう習性だったと思うんですけど、その反面、自分が可愛くってしようがないって感じに見舞われることも、たびたびありましたよ。いいえ、自分を第一に、安全なところへ置いておきたいと思っていたんです。自己嫌悪、自己陶酔、サディストなわたしと、ナルシストなわたしが、同居しておったわけです。いいえ、こんなときは、頭くらくらなんてしませんし、心臓どきどきなんてこともありませんでした。

ところがね、ある時期、開き直ったかのように、もうええやん、どうにでもして、恥じも外聞もあるもんか、ってね、尻捲くる、なんて言い方あるとおもうんですけど、そんなふうな時が訪れたんです。そんなときだったんですね、頭くらくら心臓どきどき、なんにも怖いもんなんてない、そんな感じで、開きなおったってわけです。頭くらくら心臓どきどきってのは、あっけからんとして、なんでも受け入れちゃおうなんてバリアーを外していったときに、ね、起こってきたんです。

単純に、体が疲労してたってこともあったと思うんですよ。錯乱してたなんて思いませんでしたけど、目の前におこっていることの文脈がつかめない、狐に抓まれた、っていう状態ですね。地下鉄のホームでさあ、後ろから電車の音が、耳つんざくような轟音に、寸でのところで風圧によろめきそうになって、頭くらくら心臓どきどき、乗ってから、降りる駅を間違えて、いつもと違う駅の容姿が、狐に抓まれた感じで、わけわからなくなったり・・・。その後ですね、からだとこころのね、ぐじゅぐじゅな感じがね、まさに生きてるって感じで訪れてきたんですよ。

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洞窟の奥は闇
2006.7.28~2006.8.18
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地球ってゆう物体の表面にぽっかりあいた穴があり、そこへ這入っていくとね、光が届かない、闇になっていくとゆうじゃありませんか。そんなのを洞窟って云ってるんですね。ものの本によると、そんな洞窟にね、手形(ネガティブ・ハンド)とか、動物の絵(馬とかビゾン)とかがあるといいます。それらが描かれたのが、いまから2万5千年ほど前のことだとゆじゃありませんか。南仏にあるアルタミラやラスコーなどの洞窟で、旧石器時代の出来事だとゆうじゃありませんか。

その洞窟の内部は、光が届かない闇です。当時のヒトが、火を持って這入って、描いたのだといいます。わたしが、興味をもって驚くのは、そうゆうことをしたということ、それ自体なんです。その行いは、ヒトの心が形成されてくる、最初のころの出来事だともいいます。わたしはいま、想像力をはたらかせて、そのころのヒトの心を知ってみたい気持ちにさせられています。いいえ、わたしは、そのころのヒトになってみたいと願望しているのかも知れないです。

混沌としたヒトの内部意識は、洞窟にたとえられると思っています。表面、光が届くところは見える、意識できる。でもね、だんだんと光の届く量が少なくなって、ぼんやり、うっすら、そうして闇になる。その闇を見てみたいな~っと思うわけです。見えないから闇であって、見えるところは闇ではない。意識できることは、闇ではない。心のなかにイメージをつくることは、闇ではない。それでは、闇というものは意識できないから、無いのだとは言い切れない。有るとも無いとも・・・。

有るけれど無いとしか思えない処は、闇、ヒトの中にある洞窟の奥です。わたしが存在する証である身体。有機体として生理活動をおこなっている身体。この身体細胞に依存する物質が、寄り集まって、心にイメージを立ち昇らせる。そんな作用を起こすのだともいいます。目の前にあるモノを見たとき、音を聞いたとき、匂いを感じたとき、触れて感じる感覚。そういうときに反応する物質が、闇のなかに漂っているのかな?

そうですね、いま現在だったら、デジタル電子信号がメモリーに蓄積されていて、ある操作によってモニターに現れる、そんなことと類似なんですね。いやはや、メモリーに蓄積されたデジタル信号は、わたしの身体、特に脳に集約されるグジュグジュ物質の、もうひとつの、別の塊だと思えばいいのかも知れないですね。で、其処は闇、有るけれど無い処だとはいえませんか。

闇からの声
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闇からの声が聴こえるということが、ホントにあるのかウソなのかはわかりません。でも、ヒトのこころに闇があり、その闇を鎮めるかのように、善行を尽くし、手を合わせて祈る、ってことをするじゃありませんか。とある場所に赴き、魔界に入り、そうしてインスピレーションってゆうか、闇の彼方からの声と交信する。このように感じられることがあります。

この世は色で埋め尽くされて、心はぐじゅぐじゅ、生きることじたいが苦るしみだ。なんて思うときがあります。闇というと地獄とか、地の底とか、洞窟の奥とかのイメージです。それじゃ~天上の彼方からは、光が降り注ぐイメージで、あこがれ、ひたすら祈り、恩恵を待つ・・・。ボクは、夏の日々になると、魔界といわれる世界に棲むようになります。いいえ、心が傾いていくとでもいえばいいのでしょうかね。この文化土壌から刷り込まれた宗教儀式を、よみがえらせていくのです。

お盆です。ボクには、闇からの声として、それらの日々に聴こえてくる感覚があるのです。決して天上からの光が見えるのではなくて、地下から、いいえ洞窟の奥から、悪夢のような声が聴こえてくるように思えるのです。生への渇望はえろすです。この色に満ちたえろす感覚を、消滅させていくその奥に、闇がお控えなすっているのですかね。きっと闇ってゆうのは、ヒトの気持ちを、恐怖と畏怖を混ぜ合わせたような、感覚にさせてしまう代物なんですね。

闇の声へ
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もうこの話は50年も前の出来事ですが、ボクは拝みやさんの護摩焚き神事の真っ只中で、奇妙な声を聴いたのです。<心配せんでもよい>という女の太い性質の声でした。当時、ボクは小学生低学年だったから、1950年代初めごろです。

拝みやさんというのは、金閣寺の裏、衣笠山の麓にある身代不動尊から、一年に一度、自宅神棚の下で、ホウラクに積み上げた護摩木を燃やして魔よけをするのです。白装束のおばさんが、呪文を唱え、ええい、やあぁ~!って大きな声を出すのです。組んだ手指を人差し指だけ合わせて突き出し、ええい、やあぁ~ってやるわけです。そのとき声が聴こえてきたのです。ボクは、狐に抓まれたという表現のとおりに、狐に抓まれたようなのです。

参考のために記しておきますと、この神事で燃え残った護摩木の炭を、大事に保存しておいて、熱が出たとか、腹痛とかが起こると、おばあちゃんは黒炭を砕いて、ボクに飲ますのでした。小学生だったボクには、そのありがたさが判らなかったけれど、薬として飲みました。ええ、もちろん熱が下がり、腹痛が治ったのだと思います。炭素を腹に入れて、自力で治っただけでしょうね、ホントはね。

その声(女のヒトの声でした)が、幻聴だったのかどうなのか、ボクにはわからない。しかし、たしかに聴こえたのです。このはなしを同席していた叔母に言うと、叔母は、笑ってこのはなしを真剣に聞いてくれなかったのですけれど・・・。ボクには確かに聴こえた、と今でも思い出したかのように思います。

今日、ぼくはその拝みやさんが住んでいた場所へ行ってみました。50年ぶりのことです。記憶の谷間から光景が滲みだし、そうしてボクは祠のある場所で写真に撮ったのです。そこは氷室と呼ばれる処です。かって池があったところは、小学校の運動場になっています。ボクは原谷へつながる道路から、小学校の縁を辿って、裏手へまわり、そうしてその場所へいきました。衣笠山身代不動尊です。うんうん、記憶のままに祠があって、ちょっと不気味な感じの、霊界です。かなり朽ちているから、今はもうだれもいないのかも知れない。信者さんが細々と管理していらっしゃるのかも知れないと思ったのです。

祠の周辺を写真に収め、自動車道路に出たころから雲行きが怪しくなり、それから金閣寺の前まで歩いて戻ってきたときに、雷がごろごろ鳴りだし、大粒の雨が降ってきました。ボクの記憶は、不動さんの小屋へ行ったとき、激しい雷と夕立に見舞われた記憶。少年だったボクの夏の日のことを思い出しているのでした。

心の感情帯へ
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<心>と書いて<こころ>と読む。この心の問題です。生体としての脳作用をもって、心を解析するなんてことではなくて、感情を含む総体としての心、とくにその感情というものを考えてみたいと思うのです。感情の種類として、喜怒哀楽とは、実にうまく表現したものだと感心します。 この世にヒトの感情として、大きくはこの四つの種類に分類されています。で、この喜怒哀楽という感情は、自分の外界に対して感じる感情だといえます。

ここではもっと身体的というか、内発的というか、外界からの刺激に対して起こる感情ではない、身体欲求において発生する感情について解き明かしたいと思うのです。食欲、性欲、それに伴う快感感情、充実感情、つまり満ち足りた感情といった類の感情を有する心のことです。

というのも小説を書く、写真を撮る。そうして出来上がった文章や画像を触媒として、身体欲求をどこまで喚起させることができるか。ボクは、この問題に立ち入ってしまったようにも感じているのです。食欲を喚起させても腹を満たす代替はできないことです。で、性欲においてはどうだろうと考えているのです。ひょっとすると、これの代替は可能かも知れない。小説を書き、写真を撮る。そうして自分を含む他者への提示は、この代替作用を代替でなく、ホンモノとさせることにある。これが究極の目的だと考えているのです。

主客転倒、小説も写真も、現実、現物ではない。いずれも疑似体験させることで、現実、現物以上の感情を喚起させることができるかも知れない。この<かも知れない>可能性に向けて、ボクは小説が書かれ、写真が撮られるのではないか、と思うわけです。読んで、見て、感情を疑似体験させるだけにとどまらず、まさにナマ体験そのもの。いいえ、バーチャルなナマ体験として、ホンモノ体験をさせることができるかどうかなのです。

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愛と美について
2006.8.26~2006.11.2
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まあ、なんて滑稽なタイトルなんでしょうね、愛と美だなんて・・・自分でもそう思ってしまうほどに、古いフレーズですよね。なんか、ふっと記憶の底から湧き出てきた言葉、そういえば太宰治って作家のタイトルに「愛と美について」なんてのがありましたね。太宰治って本屋さんへ行けば、文庫本でお勧め小説として並んでいるから、いまもって古典的現役小説なんでしょうね。そういえばボクだって、ええっ、40年前になるんかいな、ファンといえばファンでありました。その当時、筑摩書房から太宰治全集が出るっていうので、発売を待ちうけながら、貪り読んだって記憶がよみがえってきますねぇ。

愛と美について、まあ、そんな記憶があって、そういえば自分流に、愛と美について・・・、なんて呟いているんですね。ううん、最近、この愛と美っていうイメージについて思うことが多くなってきているんです。あっちゃ流に言い換えれば、エロスとカロスについて・・・。このブログのタイトルを「徒然えろす日記」なんて付けてるから、そうゆうことで言い換えれば「徒然愛日記」ってことになるんですね。まあね、愛って概念も漠然としていて、愛とは何?ってことも考えたいな、って思っているところです。

かって転向なんてことが文学研究の対象になっていたことがありました。亀井勝一郎なんて文学者が、左から右へ転向してしまうってことがあったと思うんだけど、ボクも、いま、ひょっとしたら転向しだしてる。転向というより、基から資質としてあった日本的な美が、賛美とはいわないけれど、素直に気持ちに直結してきたな、って思うんです。谷崎とか川端とか、昔読んだままだけど、彼らの晩年期のエロっぽさに、なんとなく理解できるよなぁ、って感じで、愛と美について、ボクがこれから知りたいイメージの大きな枠が、これのようにも思っているのです。

えろすという愛
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「えろす」という言葉を、国語辞典で引いてみると<ギリシャ神話の恋愛の神>と書いてあり、<愛>とあります。ボクが愛用の国語辞典は、中学生になったときに買ってもらった辞書で、昭和31年に初版、角川国語辞典です。えろすの隣に「えろちっく」 という言葉があり<性的。扇情的。肉感的>とあります。また、「愛」という言葉を国語辞典で引いてみると<かわいがること。大切にすること。いつくしむ心。男女が思い合うこと。>とあります。

愛と美について、なんて言葉を思い出したかのように話題にしてから、ボクが最近頻繁に使う「えろす」という言葉のイメージを明確にしたいと思いだしているのです。自分自身に引き寄せて思うと、ボク自身の肉体的衰えを日々感じてしまうことの反動として、意識してしまうのだと感じています。

ボクとしては、おおきなテーマとして<愛>というイメージを、文章とか写真に置き換えていきたいという想いがあるんですね。だから、その外枠を自分ながらに作っておきたいと思うわけです。たぶん、愛という形のなかの部分として、「えろす」という愛の形があるようですね。愛イコールえろすではなくて、愛にはいくつかの形がある。このように、いま、思っているわけです。

にっき20060930
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ケン・ウイルバー著・万物の歴史の序論冒頭に、セックスとジェンダーの話が記されているんだけど、単の読者をひきつけるためのテクニックということじゃなくて、知的興味の先端がここに行き着いてきているんだ、と思っているわけです。単純ではないけれど、ぼくもそのように思っているところがあるから、ここに話題として書いているわけで、顕在化させていこうとしているのです。

ぼくはまったく専門家でも運動家でもないので、野次馬なんだけど、セックスという言葉、ジェンダーという言葉、を読んだり書いたりするときって、けっこう複雑な心境にいるんです。このブログタイトルも、徒然えろす日記なんてつけて、なんとなく人の興味をひきそうな感じがして、でもちょっと後ろめたい感じもあって、複雑な環境に置かれてしまうわけです。

つまりここでゆう「えろす」領域について、非常に現代的な未来志向のテーマだと思っているんですが、どのように地図を描けばいいのか、まだ未確定で、ゆらゆら揺れているところです。数日前から、美しい○○、なんて言い触らしだされたけれど、それをも包みこんでしまう「えろす」なんだといっておきます。

えろすは生きる力
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けっきょくえろすとは何かといえば、生きる力そのエネルギーの発露だと思えています。生命力そのもの、からだが生き生きと成熟しているさま、イメージとしてそのように思えてきます。いま、このようなことを、ここに書いてる自分という器は、そのエネルギー減退の危機にさらされているからに他ならないと思っています。からだに若さがあったころ、あえてこのようなことを書かなくても、十分にえろす、つまり生きる力に溢れていたように思います。ところが歳を経るにしたがって、昔ならこの世とおさらばする歳になって、えろす恋しや、の気分が起こってきているのだと思うのです。減退していく生きる力に掉さすために、まあ、こんなタイトルをつけているわけですね。

気分入れ替えて
    800hana1102210011
気分を新たにして、ちょっとぶつぶつ呟いていかんとあかんなぁ、って思い出して、久々、記事を書いてやろうと思った。字を並べて、意味不明にしてもいいかなぁ、なんて思ったりして、あんまり深刻にしてもおもしろうないし、ええかげんにえかげんなことを、ええかげんにしていこう。とゆうのも、しょせんええかげんなんだと思うから、論理詰めていこうとしても、しょせんええかげん、にやったら、ええかげんなこと書いて、まあ、お遊び気分がええのやろなぁ。

というのも、気分、気持ち、情、この揺れ動きに注視していて、それを言葉にしていくことが至難のワザだと思いだし、ちょっとこのかたご無沙汰していたところでした。どっちみち汚していくだけやから、ここは、あっけからん、いいたいこと言って、っていっても言いたいこと言えないんだけど、そこそこごまかして、乗り切っていくか~!これが気分の入れ替えってことだと思っています。

えろす気分
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熟した柿を二つに割って、中を覗き見る。
じゅるじゅるに熟した柿の味はえろす気分を味わっている感じです。
生きているという現象のなかに、気分としてこの柿の中味のような感覚があると思っていて、なんだか湿っぽい体内が疼いているような気になっていきます。
視覚と味覚はえろすの代理体験なんだと思います。

色写真
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写真機をもって30年を越えたんですけど、3年前にキャノンのデジカメを買って撮影再開、いっぱい撮りだしたんです。ええ、カラーフォト、色写真です。昔なら天然色写真といってた代物ですね。いろ、色、色彩、いいですねぇ。モノクロ、ゼラチンシルバー、白黒、経費的にそれしかできなかったころからみると、いいですねぇ。

色があるということは、この世の色を感じるということにつながって、この世の色が、色艶につながって、色艶の領域を<えろす>と規定して、色写真を撮ろうと思って、世間的にもボク的にも、色艶写真を集めだしたとゆうことです。歳とって色艶に魅了されだしてきたのは、そうやねぇ、からだが侘び寂びてきたからなんやろなぁ。

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芸術に向かう心
2006.9.30
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ぼくには、芸術というと、なにか高尚な精神の産物というイメージがあるんですけど、どうなんでしょうね。高尚な精神なんてゆう表記も、ちょっとおつでおすましかげんのかっこよさ、みたいなイメージですけど、心のおもむくままに深いところへ落ちていく道筋だ、なんてことをイメージしてるんです。

水平垂直のはなしで、垂直が自己超越と自己崩壊で、芸術はやっぱり自己崩壊の深みだなと思ってしまうんですね。そうすると自己超越とは、宗教だね。

高尚な精神の反義語は、お下劣な心、とでも定義しておきましょう。いいえ、内側でね、見つめていくとね、このお下劣な心ってのが垣間見えるのですよね。高尚な精神を求めて宗教、お下劣な心を求めて芸術、っとまあ、こうゆう図式になるんだとぼくは思うんですね。

文学も美術も、宗教に交わることで営まれてきた精神だったと思うんだけど、それを切り離してしまう現代といえば、芸術は、お下劣な心の具現化だ、なんて思ったりして、崩壊の道筋をたどっている感じ・・・。

そういえば最近
2006.9.29
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なにかしら終わったな、って感じがしてきて、それで文筆がすすまないのかも知れないですね。

引用;すべてのホロンは全体/部分なので、それらはさまざまな「引き」を受けるのです。全体であらせようとする引き、部分であらせようとする引き、引き上げ、引き下げ、すなわち、エージェンシー、コミュニオン、超越、崩壊です。(P41)

これに則していうと、水平的なエージェンシー、コミュニオンが縮小し、垂直的な超越、崩壊のほうへきているのだと思います。
超越は、より高いレベルへの移動・自己超越・崩壊は、より低いレベルへの移動・自己崩壊。

なんだか、どっちかいうと自己崩壊の方へ向かってしまったのかも、なんて思ってるしだいで、うようよしてる感じですね。いったん崩壊させてしまえば、ふたたび高いレベルへのぼっていくようになるのかも知れない。でも、まだしばらく、低いレベルのところで、うろちょろしてしまう感じですね。まあ、待つしかないんでしょうね。

秋めいて
2006.10.26
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日時の過ぎるが矢のごとし、いつになく早く過ぎてしまうような感じがしてくるのは老いのせいだと思います。日々、なにかに追い立てられてるような気分のなかで、あれもこれも、と思いをはせて、けっきょくできることはたかが知れているんだから、ゆっくり地に足着けてやればいい、と言ってあげているんですけど・・・。

なにに追い立てられているのかといえば、命の終わりが迫っているという切迫観念です。


2006.12.4
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この海は、越前海岸の海です。京都と金沢へ往復するときに通る越前の海です。京都に生まれ育ったぼくには、海は日常の光景のなかにはない光景です。たまたま写真を撮るようになって、いま、越前のこのポイントに立って、通るたびにカメラを向けてシャッターを切っています。この海の向こうに朝鮮半島があります。このポイントに立つたびに、ぼくの記憶はとおい処へ誘われてしまいます。

小学6年生のときだったか、クラスの友だちがその半島へ帰っていったのです。それから50年ほどの歳月が過ぎてしまったわけですけれど、最近、むしょうに思い出してしまうのです。その友だちの家は理髪店をやっていて、ぼくの母が理容師の免許をもっていたので、毎年、年末の繁忙期に仕事をしていたのです。理髪店はぼくの友だちの兄がやっていて、ぼくはよく遊びにいってたんです。いま、友だちの家族の顔をふつふつと思い出しながら、この海の写真を載せ、文をしたためています。それはまた、母への追憶でもあるのです。

鏡石
2006.12.7
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京都は鹿苑寺(金閣寺)の北方向、山沿いに歩いて5分ばかりの処に「鏡石」があります。山際に露出した石です。昨日のことですが、その鏡石を写真に収めようと思って、出かけたのです。自宅を出て、いくつか道草を食いながらたどり着いた鏡石。どこが鏡なんよ、ただの山肌に露出した石じゃないか。

念のため、聞き伝えですが、かって地殻変動によって京都盆地が形成されたときに、地すべりの結果、岩が切り落とされて鏡の面のようになったといいます。ボクには、鏡石はその痕跡だという認識です。

子供のころといっても小学生も上級のころだと思いますが、自宅から遊びに行く最北端が、この鏡石でした。ボクの推測ですが、鏡石の前の通りは、千束&鷹ヶ峰に通じ、そこから山越え(京見峠)で山国、美山へ、そうして小浜に抜けていく街道です。そんなことを思い浮かべながら、子供のころの記憶へと入っていくのでした。

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アートのかたち-1-
2006.6.6

アートまたは芸術と言われるものに、今様の形を当てはめるとしたら、どうゆう形がのぞましいのだろうと、考えてしまうわけです。というのも、かってあり、今もあり続けるアート作品または芸術作品と言われるものの、その制作プロセスを思うとき、世の中のツールが変化した現在、新しいツールをもってアートの形が生じると思うからです。

インターネットに代表されるコミュニケーションツールがあります。双方向のネットワーク、リアルタイムのネットワークです。これが最新のツールです。かってあったアートの形は、個人の営みが基軸にあり、個別性を持って作品世界を作り上げてきたものです。制作の現場は、個人の密室だったわけです。

たしかにコラボレーション、共同作業という場がありました。教会建築をはじめ、映画やTV番組や、その他、共同工房をもって作品群を生み出してきた場がありました。しかし、この工房の形は、トップがいて、末端がいるという構造であります。また、役割分担をして全体をまとめるという構造であります。

いま、ここで考察したいのは、インターネットに代表されるネットワーク時代に入り、新しいツールを手に入れてしまった個人の位置の確認作業から、その関係性を見てみたいと思うのです。個を越えるコミュニケーションの形、と表現すればいいかも知れません。

ヒトは個体です。人間関係は個体と個体の関係です。で、この関係を繋ぐものが何かとゆうと、コミュニケーションツールなのです。インターネットツールが、これまであった個人の関係から、関係の場の形が変化したと思うのです。この変化の中味が、何なのかということを、まづはテーマにしてみたいのです。

アートのかたち-2-
2006.6.8

インターネットがリアルタイムのネットワークだとしたら、そこに成立するコミュニケーションもリアルタイムに生成してきます。

かってアートは、成しえた成果物を介在させて、コミュニケーションを図ったものです。あらゆるアートの形が、作品というモノを介在させてきました。手に触ることが出来、見ることができるアート作品、それらは美術館に収められてきました。あるいは出版物として紙の上に書き置かれました。また、ある一定の時間と空間を共有することで、成立してきたアート作品。たとえば音楽、たとえば映画、演劇・・・。これらのアート作品が共有されるとゆうことは、そこに作り出したヒトと享受するヒトが、共感することを意味します。つまりヒトの心と心の共有・共感関係なのです。これはリアルです。

近年には、体感型アート作品というのがあります。ホロスコープとか立体映像とかミラールームといった装置を使った、身体で感じ、五感で刺激を受け入れるといった感じのアート作品です。また、参加者のボディから生じる電気信号を、数値に変えたり、音に変えたり、映像に変えたりするアートがあります。これは無限に、リアルタイムで生成・変化していくアート作品です。これはリアル体験です。

音・音楽・音声といった聴覚において感じるモノ。絵画類・写真・映像といった視覚において感じるモノ。文字という記号で記された文・文章を読むことでイメージ・像を生成させる詩や小説といった類のモノ。おおむねアート作品は、これらを単体または複合させた形で、成立するのです。

さて、この延長線上に、インターネットというツールが出現しているわけで、聴覚、視覚、読み取る、の三つの作業が実現することになります。でもこのツールは、先に見たリアルではありません。しかし、リアル体験は生成させることが出来ます。だとすれば、インターネットならではのリアル体験とは、どのようなモノをいうのだろか。

アートのかたち-3-
2006.6.30

ネットワーク・アートのかたちは、個人内部の営みが表出されて作品が作られるというこれまでの制作過程と作品の有り方とは違って、ネットワークという共同体のなかで形成されていくかたちです。究極には、個人の作品というより匿名性です。とはいえ作業(制作と操作)をする個人がいるわけで、この個人を、コンピュータ(ロボット)が代替していく未来があるかも知れないです。コンピューターがアートするということは、大いにありうることです。

アートのかたちが、出来上がったモノではなくて、制作のプロセスだ!という捉えかたがあります。これは個人の営みの過程そのものを重視する捉えかたです。出来上がってきたモノは結果であって、プロセスに立ち会う個人の心のありかたそのものに重点を置いた捉えかたです。ネットワーク・アートというかたちは、その生成過程に携わる個人の心のありかたを重視する、というヒントを提示していると思われます。

またパフォーミング、演劇舞台、音楽舞台など、上演されている時間をもって、かたちが存在するものもあります。しかし、ここには演じる側と鑑賞する側という区別がなされます。もちろんその場に居合わせる観客をも巻き込んで、かたちになるというのも成立します。かって東京ミキサー計画なんてパフォーマンスがありましたが、これなど典型だと思います。

プロデュースし演じる主体があって、これを個人またはユニットの作品として認めるかたちから、匿名の作品としていく方向が、ネットワーク・アートとしては、いま求められている考え方です。個人の著作権利主体の現行システムでは、これはアートの範疇からはみ出してしまう概念です。アートのかたちが、変容していくとすれば、この匿名性を容認できる心理変容が求められると思います。

このようなネットワーク環境の変化は、一方で、アートという概念を変えていかなければならない時代です。詠み人知らず、作者不詳・・・。かってある作品の制作者が、その後にいたって判らない作品があります。個人名と作品が直結し、ユニットと作品が直結する時代から、いまや匿名性の時代へ、アートのかたちは移行しはじめているのです。

アートのかたち-4-
2006.7.10

ここでの問題は、アートしている場で、個を超えることができるかどうかです。あるいは<個を超える>とはどういう状態をいうのかです。個を超えるとは、トランスパーソナルということです。

この前から、アートのかたちを、想い、考えてきても、基本的には個人が個としてあることが前提の、上位的組み合わせ、あるいは下部的組み合わせの論でしかないように思えています。個を超えるとは、自我を消去することにつながるのだとの想いですが、個という意識のバリアーを外していくことなんですね。もともとこの自我たるもの、これを自分の中に確立した後に、消去していくことになります。こういう論議は、個の内面問題だから、系列化し比較対照し、推し量ることができない領域だと思うんです。

でもヒントがあるんです。つまりトランス状態になった個というもの。この状態をもって、個を超えた状態だと想定することができる。儀礼における特異な心の状態。これなんかが、ヒントになるかも知れないです。それと儀礼行為といえるかどうかはわからないんですが、セクスの最中の心と身体のありかた。トランス状態に入ったような儀礼の場です。

心理的には、日常でない状態にある心の状態。いよいよややこしくなってきたけれど、バランスが崩れた心の状態。もちろん感じるものだから、言葉でいい表すことがちょっと無理目なんだけど、そうゆう状態にあるとき、個を超えている、といえるのかも知れない。

何が言いたいのかといえば、ネットワークアートの生成過程において、結果として個の営みが基底にあるにもかかわらず、この個を消去することができるのかどうか、という問題なんです。アートしている、あるいはアートの真っ只中にいるときの、個のありかたなんです。というのも、現在のアートには、享受者にトランスパーソナルな状態に至らしめることを目的とする形があると思っているんですが、この場合、作り手としてのアーティストは、あいかわらず個としての存在のように察するからです。

では、作り手自身もトランスパーソナル状態になり、享受者もトランスパーソナルな状態になるアートの形とか、どんなものか。とか、このトランスパーソナル状態を、ライブに交信できるアートの形とは、どんなものか、とかを考えているのです。なんやそれやったらセクスの最中が、個を超えたアートやないか、と短絡的にはいいませんけれど、です。

アートのかたち-5-
2006.7.19

<写メールアートの試み>

最新の身近なハード環境を使って、写メール交換をおこなって、そのなかにアート性を見い出そうとの試みを始めています。すでに日常的に、ごく普通になされている行為を、写メール交換者は、これはアートだと思うことで、フィクション化しようとの試みです。つまり、意識的に写メールを交換することになります。

個人が個人の想像により全体を創りだし、それを他者に公表する、発表するということで成立してきたアート作品に対して、写メールアートの形式は、相互交換日記です。作品を構成する作者は、複数です。現在は二つの主体が受発信しています。

この受発信された写メールが、セットになってブログにアップされます。二つの主体間にて交換された画像と文章が、公開されるのです。この受発信された写メールが日々増殖していくという作品です。

ボクは、この写メールアートに参加しながら、その周辺にて批評・評論を試みています。このコーナーもそのひとつです。アートの世界には、作家と批評家、作品と批評、という関係があります。作品に批評が与えられることによって、作品の価値を定着化させる関係です。作者自身が批評者になる。近代アートにおいて、これまであった形式を分解し、ミキシングし、新たに生成させることを目論んでいます。

近代的自我とゆわれる個。この個を超えることができるか、という思いがあります。さて、どうなんでしょうね。自我・個が解体されるとは思えない。むしろ自我・個という自覚をベースに、クロスオーバー、あるいはオーバーラップ現象が生じるかも知れない。そういう予感なわけです。

<リンク>
中川繁夫寫眞集
中川繁夫の寫眞帖
中川繁夫の釜ヶ崎寫眞帖

新緑の季節
  2007.5.8
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年齢のせいもあると思うけれど、四季の移ろいにかなり敏感になってきています。若い時代の頃からみて、という自分のなかでの変化です。そうゆうことでいえば、桜の季節が終わって、新緑の季節という移ろいです。数年前に<わかば>というタイトルで、五月初旬の木立の新芽を撮ったアルバムをつくったんですが、いってみればその延長です。ところで、桜を初めとする四季の移ろいを、自然風景のなかにみるとき、ぼくには二つの系列があるんです。冬がおわり、梅の花、桃の花、そうして桜にいたる花暦ですが、そこからの一つは花の流れ、一つは緑葉の流れです。

植物領域の生命体を、イメージのなかで男系列と女系列にわけています。新緑は男系列イメージです。木立に芽生える葉。黄色をおびた新緑、黄緑から緑に変化していく、つまり成長していくわけですが、その一連の流れに、稲から米へ、山菜とか野菜へとイメージが連なっていきます。まあ、それらを写真にしていこうとしているわけですが、緑というのは、あまりインパクトが少ないです。どちらかとゆうと、花の移ろい系列に興味があります。桜を初めとして、ボケ、シャクナゲ、ボタン、ツツジといった花の系列に、どうも情が移ってしまうのは、ぼくが男生命体だからかも知れないですね。ともあれ、緑、新緑の季節に移ってきて、写真にしているわけだけれど、どうもいまいち、ぱっとしないんですね。これっていったいなんでかなぁ、と思い思いしているんです。といいながら新緑を撮っています。

写真を撮る、このことを考えてしまいます。被写体があって、それをどのように撮るかという以前の、なんで写真を撮るんや、という問題です。実は、この設問のしかたはご法度です。だって、解答の見だしようがない問いだと思うからです。確かに、社会問題にアプローチする写真行為とか、誰かのために撮る写真行為とか、ある目的を実現するために写真を撮る、とゆうのはそれ自体が解答になるわけだけれど、そうではない写真行為とはありうるとしたら、いったい何なんやろ、と考えてしまうわけです。といいながらも、新緑を撮っています。

京都、神社、町角、生活の場ではない・・・
  2007.5.29
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ぼくの写真テーマの主流になってきているのが、京都というイメージにおいてです。かって観光写真ではない京都を、内在者の視線でとらえるという思いで、写真を撮った時期がありました。1980年代のはじめ頃、すでに四半世紀、25年ほど前のことです。西陣という地域に生まれ育った自分を検証するという目的があって、一方で釜ヶ先という流浪の地域を取材していたところから導かれたテーマでした。すでに25年も前のことだから、当時のぼく自身の考え方とか思いとかというのも定かでなくて、いま回顧するなかで、いまのぼくが思う過去にしかすぎない。つまり記憶を辿っているわけです。

そのようなぼく自身の経験前段があって、いま、あらためて京都を舞台に写真を撮りだしているのです。取材の範囲は、京都とはいってもぼくが小学生から二十歳前後の頃に立ち回った区域に、おおむね限定しています。かって、写真は生活現場をとらえるべきだとの考えがありました。だから当時は、なるべく日常生活を営むレベルへ参入していこうとの思いがあって、家屋のなかへと入っていこうとした経緯があります。

現在の京都取材のおもむきは、京都の表層を撮るところから始まっています。神社があり町角があります。かって見知った場所です。撮るために訪れていく場所、場所、場所。いずれも記憶に結びついた路面であり社寺の境内です。それといま初めて訪れる場所というのもあります。観光化された京都のスポットで、かって訪れたことがない場所もかなりありますから、そういう場所へも行っています。まだ始まったばかりの現場です。どのように推移し、どのようにまとまっていくかは未知数です。文章を書いて、思考を重ねながら練り上げていく作業を、ふたたびやりだしているところです。この文もその一環です。

神域、俗域、風景。
   2007.6.15
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京都という地理的場所において、写真を撮りすすめているところですけど、一つの区分け方法として、神域、俗域、風景なる領域を試みています。神域は神社の境内、俗域は町角、そうして風景は街並風景、このように設定して、主には人がいる光景を撮ろうとしています。一方、京都つれづれ日々えろす、ちょっと長めのタイトルですが、ここでは主にはブツ撮りしていこうとしています。まあ、今様京都シリーズとして、デジカメで撮るスナップショットです。

おおよそ100年前、ステーグリッツがニューヨークの町角で、ハンディカメラを携えてスナップショットしたなぁ、というようなイメージがふっと立ち昇ってきて、その真似ごとみたいな方向で、ちょっと京都をやってみるかぁ、ある意味、イージーな考えなわけです。真似ごととは、独自の方法ではなくて、真似するわけですから、気楽といえば気楽です。うんうん、種明かししながら、心では、スタイルだけ真似して、中味は違うものにしたいなぁ、と思っているわけです。

京都を撮った写真家さんに、森裕樹さんがいます、東松照明さんがいます。観光写真の類の撮り方ではなくて、スナップショットスタイルで、です。長年写真に携わっていると、どうも先駆者のイメージが纏いついていて、チラチラとそのイメージが思い浮かべられて、いいものかわるいものか、真似ごとにならないように、とは思いつつ、真似ごとにしか過ぎないかもなぁ、と思うところです。

写真にする立場として、外在の目、内在の目、という言い方がされますが、ぼくは内在者の目として、生活するその範囲において写真にしたいと思っている。いわばこれが新しいスタイルにならへんかなぁ、ということです。いずれにしてもこんな話は、写真の中味ではなくて、外面にしかすぎなくて、写真そのものが現象の表皮をしかとらえられないのに、これはそのもう一つ外側の話なのです。たまねぎの皮を何枚か剥けたかなぁ、と思うところですけど・・・。


自分とゆうことは
  2007.6.28
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自分とゆう物体について、自分の意識がいろいろ詮索しているんだけど、その中心に身体(からだ)とゆうことがあります。意識が生成するためには身体が必要なわけで、これを養ってあげなければならないわけで、養うその中心は食料補給。それとは別個に、自分の場合、たばこってのがあって、じつはこれを今日から止めようとして、葛藤しているところです。最近は毎日写真撮影を手がけていたところでしたが、昨日は撮らなかった。カメラを手許に持ってはみたけれど、撮らなかった。

まあまあ、迷っているわけで、どうしょうかなぁ、どうしょうかなぁ、そんなふうです。ぼくだってそうなんだよ、って言っていることにも、ある程度の作為が見えていて、自分を表現している一端になっていると自分は思っていたりして、自分の見られ方というのを意識しているんですね。誰に見られるんや、とゆうと、見てほしいと思う人がいて、その人たちに見てほしいと思っているんです。その、ぼくとゆう自分を見てほしいと思う人は、第二人称で<あなた><きみ><だれだれさん>とぼくの目の前に顔像が浮かんできています。

けっきょく写真を撮って、ブログやアルバムに掲載して、アクセス数の多さではなくて、誰々さん見てくれてますか、と問うてみて、見てほしいなぁ。つまりコミュニケーションの手段として、写真を掲載して、話題にして、知り合っていることを確認し、自分の気持ちの安定を図る。ぼくがいまブログやアルバムに写真を置き、文章を書き添えるというのは、そのような回路だと思っていて、多分にいま、最前線写真家、ごめん写真のありかただと思っているのです。で、このことじたいが、ほんとかなぁと懐疑的になり、迷うということに他ならない。そして、誰かぁ、一緒にやらへんかなぁ、見せっこしやへんか!なんて考えているんです。

<リンク>
中川繁夫寫眞集
中川繁夫の寫眞帖
中川繁夫の釜ヶ崎寫眞帖

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