中川繁夫写文集

中川繁夫の写真と文章、フィクションとノンフィクション、物語と日記、そういうところです。

カテゴリ: 徒然日記

2011.12.6~2012.9.14
近況&徒然に
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もう12月、早くも一年が過ぎ去る。
この「早くも」という実感は、年々実感として感じます。
感じなんですよね、きっと。
年齢を経ると、そのように感じる感じ方。
いま、ベートーベンのピアノソナタを聴いています。
パソコンにダウンロードしたもの、29番。
29番といえば、ハンマグラービア、ですね。
なにかしら、ぼくの人生に関わっている感じ。

父が死んで、三か月が過ぎて、もう忘れてしまった。
喪中だというのに、喪に服していない。
なんと非常識な自分だろう、と思います。
ことごとくが、そんなお年寄りになっていく自分。
まあ、人生。人の生き方に、定型はあるようでない。
自分流、生き方。
それもままならないではないか。
どうすれば、自由が得られるのか。
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大晦日、2011年の終わりです。
今年一年、なにがあったのか。
あっちもこっちも、その話題に尽きています。
ここも、そうゆうことで、締めくくりましょう。
身内的には、父の死、8月20日。
なにより、大きな出来事です。
東北大震災、これは大きい出来事。
こころ痛みます。

自分的には、パソコンを買った。
ブログとホームページを作ってきている。
来年に向けて、新しい枠組み。
花、京都、愛の巣、この三つをリンクさせます。
表現、自分とは何か、なんて。
写真と映像と文章で表す。
65才になって、老人日記の部類です。
来春は66才、いやはや、どうしたことか。
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2012.1.6
あけましておめでとうございます。
ことしもよろしくお導きください。
昨年は、喪中でしたけど、今年は晴れています。
お正月早々は、毎年、金沢シフトです。
昨年は妻が入院で変則でしたが、今年は例年とおり。

元旦に京都の家をでて、娘の家へいきます。
そこから金沢へ出発です。
高速道路を使って、行きます。
タダにするって、うそつくな、って思ってしまいます。
幻滅しますよね、公約反故にしたら、信頼ゼロですよ。
なにかしら、むなしいのは、そんな政治のせいもあります。
それだけじゃないけど、気持ち、むなしいです。
今年66才、ええ年ですよね。
ひと昔なら、もう寿命が尽きるって年代ですよ。
いやはや、だから、なにが起こるかわからない。

先が見えないから、どうしたらいいのか。
といいながら、続けるしかありませんね。
今年は、京都と花、それに愛の巣、三つのHP制作。
リンクさせながら、ぼくの制作物としたい。
ということで、よろしく、ね。
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調子に乗って、文章と写真をまとめようと意気込んでいます。
現代写真の視座1984、これはドキュメンタリー論です。
表題にもあるように1984年に書いたからおよそ30年前。
それから、写真への手紙・覚書、これは写真論。
1988年から1994年にかけて書いた写真論です。
どうしていまごろになって、そんなものを。
つまり、見直し、自分の痕跡確認、そんなもの。
京都を取材してきたのが2007年から。
いちおう取材終了としたのが2011年。
でも、あらためて、京都の写真をまとめています。

次から次へ、自分の中で、企画が起こってきます。
すこしづつ、新しい方へシフトしていくわけです。
京都、花、愛の巣、この三つのテーマをHPに立てた。
それぞれをリンクさせながら、新しい作品群をつくる。
さて、そう見栄を切ったが、はたして、どのようになるのか。
問題は、愛の巣とタイトルした領域のことです。
公然と表に出すにはおこがましい内容です。
といいながら、公然化させてしまったわけです。
中味をどのように公然化させるか。
まだまだ、未定形の中味です。
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このまえに、ここに近況報告をしたのが1月16日。
それからひと月半のごぶさたでした。
きょうは2月29日、うるう年です。
せめてひと月に一回の記事をアップする。
やめられないなら、それぐらいしなきゃあ。
今年になって、ぼくの動向が変化してきているんです。
気持ちの在りようで、写真とか文章とか、してるわけです。
なので、その時々の興味の在処が、中心になるんです。
釜ヶ崎の写真を、フィルムからスキャンしています。
66才になる年齢で、これまでのものを整理しておこう。
こんな気持ちになってきている。

新しい論を書く、少しこの作業を少なくして、温故知新。
そのためにも、古き自分の著作を再現する。
15年ほど前に、ファイルを作ったのがある。
でも、いまやパソコンでネットで、デジタルデーターで。
この流れに沿って、データーを作っている。
現代写真の視座・1984、ドキュメンタリー写真のゆくえ。
写真への手紙・覚書。
釜ヶ崎の写真と文章。
まだまだ、デジタルデーター化するのがある。
できるところまで、やっていこうと思う。
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徒然に
 2012.3.4~2012.9.14
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徒然日記にあやかるわけで、タイトルを「徒然に」とした。
2012年3月4日、きょうの日付です。
東日本大震災から一年、2011年3月11日。
この最近、一年ってゆう単位が、非情に短い。
年取ると、年月過ぎるの早し、というけどほんとですね。
あれよあれよで10年が過ぎる。
中学校を卒業して半世紀が過ぎた。

今朝、ブラームスのハンガリー舞曲集を聴いていた。
聞き覚えのある音の連なりが、思い出をよみがえらせる。
思い出をよみがえらせる光景より、感情、感覚、ですね。
なんといえばよいか、ノスタルジックな感覚とか。
その当時の感覚ではないと思うが、その感覚とか。
いろいろ思い出すこと、いっぱいあります。

思い出は、思い出だから、いまさらどうすることも。
いやな思い、いい思い、全部含めて、いま、ここに、いる。
まだ五体満足、あたまがちょっとボケてるかな、くらい。
いつまで続けられるんやろ、これが不安種です。
過ぎ去ってきた時間からみて、あと少ししかない。
そう思うと、整理しておくことは整理しておく。

釜ヶ崎というところに撮影に入ったのが1978年ごろ。
それから35年近くが経ってしまいました。
稲垣氏の勧めで、ネガを掘り起しています。
フィルムスキャナーでスキャンして、調整して。
釜ヶ崎ドキュメントとして、まとめています。
全駒からピックアップしたのをランダムにならべています。
いつまでかかることか、はじめています。
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あれから一年、早くも過ぎ去りてきました。
東日本大震災のニュースでにぎわっています。
被害にあわれた当事者の方の心中を察します。
身内を失われた方のこと、思うだけで、切なくなります。
でも、一年、過ぎていく、過去になっていく。

ここを、徒然に、というタイトルでシリーズしていこうとしています。
でも、なかなか、この文章を書く作業が、ちょっとめんどくさい。
つまり、別のところに興味の中心があって、そこ優先するから。
だから、なんか、義務化してるんです、ここなんか。
過去を整理できない性格のぼくは、切り捨てられない。

今日は、岩波講座の日本歴史の本を4冊ごみに出した。
古本屋さんに売るのは、気持ちで、できないから、ごみだ。
そういえば、転向三冊は、前々回、前回から日本歴史。
過去を切って、整理して、身軽になる。
そのようにも思うが、いざとなるとできにくい。

最近は、Facebook、フェースブック、これが情報交換の中心。
知った他人さまとつながっている感覚は、気持ち安定します。
そういえば、社交クラブ、そんな感じですね、フェースブック。
人恋しい気持ちは、年寄りになって、社会から切れつつあるから。
やっぱり、人は、他人様と一緒でないと、生きれない。
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もう4月の終わりかけ、ごぶさたしていました。
明日、4月28日はぼくの誕生日、66才。
それと結婚記念日、1970年だから42年目。
最近は京都写真学校、も8年目を迎えました。

1946年生まれ。
いつの間にか66才。
あとどれほどの時間、年月が残っているんやろ。
それを思うこのごろ、そんなことばっかり。

文章を書き連ねるのがけっこう億劫です。
写真、これは撮って整理して載せる。
比較的簡単に処理しています。
込み入ったことはしない。

京都の写真集を作っている。
どのようにまとめるのか、まだできない。
できないけれど、撮って連ねて、見せてる。
日本の絵巻物とか、歳時記とかのまとめ方。

絵巻物が参考になります。
写真は絵巻の現代版だと思う。
内容は、雅のなかの京都。
対語で鄙(ひな)という概念を持ち出した。

まだまだ制作意欲は衰えていないなぁ。
でも取材するのが億劫になってきた。
どこまでいけばいいのか。
今日は、別件、過去の写真、釜ヶ崎。

釜ヶ崎ドキュメント、撮ったコマをスキャンしている。
モノクロフィルム、400本ほどスキャンした。
あと300本ほど残っている。
そのあとには、京都、白虎社、その他がある。
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2012.6.13

世の中、物騒なことばかりが起こっています。
日本を含む世界で、悲しいことばかりが起こっています。
ぼくは感情的に、良し悪しを判断しようとしています。
しょせん専門家じゃないから、感情のレベルで、判断します。

原発の問題。
これは廃止すべきです、ぼくの感情です。

消費税アップの問題。
消費税アップには反対です。
生活者として反対です。

経済危機の問題。
つけがまわってきてるんだからしやないですね。
なるべく経済活動から遠ざかろうと思っている自分。
自己矛盾を抱えながら、存在している自分。

なにかしら、むなしい気持ちになってきます。
民主党、約束を守れよ!
選挙では投票しなかった。
実践活動してる党の候補者に投票しました。

なんか枠組みが崩れていく感覚ですね。
世界の枠組みが、壊れて、再生される。
どっかで、断ち切って、新生世界を、ですかね。
いまって、おおきな変化期なんでしょうね。
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1984年に書き起こした「写真ノート」を再録しはじめました。
このブログじゃないけど、別のブログです。
1984年といえば、およそ30年ほど前になります。
ちょうどぼく自身にとっても過渡期な時期。
釜ヶ崎、白虎社、京都と取材をしてきて、終える時期。

そのころからフォトハウス構想の具体化を目論みます。
まあまあ、出発するんですけど、今に続きますけど。
紆余曲折、いろいろあったなぁ、ですわ。
写真を撮らなくなって、ワークショップを目論みます。
年齢としては、三十代の後半ですね。

今年になって、フィルムスキャンをしています。
釜ヶ崎取材のフィルムを、デジタル化しています。
すでにキャノンのアルバムに載せていて、目下制作中です。
と同時に、その後に書いた写真評論、メモ、を整理中。
順次ブログに書いていて、まとめていこうと思っています。

過去のことにこだわるのは、新しいネタがないからです。
ついに自分も、ここまで来たか、って感じ。
振り返る、そんな時もあっていいだろう、なんて。
結局、自分が成してきたものを、整理している。
死に際に至って、自分を記憶しておくために、かな。

ここに掲載する写真は、直近のを使おうと思っています。
タイトルとか、撮影場所とか、つけません。
イメージだけを載せていく予定です。
まあ、これも、コンセプトかなぁ。
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いま、このブログフォーマットとともに音楽が聴こえます。
朝に、パソコンの前にすわって、音楽を選定しているようだ。
今朝は、どうしたことか、チャイコフスキー。
交響曲第四番、このあと五番、六番、およそ三時間。
作業をしながら、音楽を流しておく。
ボリュームを上げたり下げたり。

チャイコフスキーの四番は、ファンファーレから始まります。
高校生のことかなぁ、千円のディスカウント盤を買って、聴いた。
懐かしいですね、懐かしい。
懐かしがるのは、先が短い、とか。
1946年生まれ、先日、中学の同窓会幹事が集まった。
半世紀、五十年が過ぎているんですよね。

別のブログに、かって書き残した文章を掲載しています。
なにより、自分の過去を、思い起こすため、みたい。
この先が、見えない、ええ、自分の先が、です。
写真を撮ってる、今日は午後から、京豆庵の商品写真撮り。
これはお金もらうの拒否しています、ボランティア。
お金もらわないのは、責任逃れ、これですね。

半世紀の記憶を、前後左右させながら、辿っていく作業。
ここに、こうして、書いているのは、現在そのもの。
現在に立って、過去をふりかえって、今を書く。
かって書いた文章を載せるのは、その時代の風潮のなかで。
まあ、自分だけの思い入れ、ですけど、見せる、見てもらう。
他者の目を意識して、作業を続けてきていますねぇ。

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 京都で写真を学ぶなら
 <京都写真学校>


徒然日記-1-
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2012年7月10日。
これが今日の日付です。
暦ってゆうものがあって、それにしたがって年をとる。
混沌とした世界イメージから、クリアーで透明な世界。
その透明な世界を、区切っていく暦。
自分には自分の区切り方がありますね。

ひとそれぞれに、個別、そのひとだけの体験の連なり。
ぼくにはぼくの、あなたにはあなたの、個別。
その個別の体験を、整列させてくれるのが暦。
ぼくなんかもう66年も生きてるから、それなりに長い。
履歴ってゆうのも、けっこうたっぷりあって、いろいろ。
個人史なんてこと目論んだって、なかなか出来ない。

あれこれ、過去のことを書くのは、おこがましい。
今と未来について語ろうと思う。
ところが、どっこい、すぐに過去を語りたがる。
過去を語るってゆうのは、おおむね自慢話。
そんなの、だれも聞いてくれへん、って。
といいながら、過去にこだわってしまう習性がある。

年寄りは、老い先短いから、長い過去を語りたがる。
小学校や中学校の同窓会なんて、半世紀も昔の話。
あたかも、いま現在のように、語っています。
時代がちゃうやろ、めちゃくちゃ違うやろ、半世紀やぜ。
年と共に、時代区分とか、年月とか、関係ない感じ。
ふうううっと空へ舞いあがって、いってしまう、そんな感じ。
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2012.7.11(水)。
ここをぼくのメインにしようと以前から思っていました。
でも、なんていうか、扱いにくいんですね、なんとなく。
それにアクセス数も少ないんです。
ほかにアメーバーとか楽天とかのブログもあります。
でも、まあ、なんてゆうか、ここがメイン。
というのも、いまプロバイダー契約は、ここですから。
そのほかは、ぜんぶ、無料で使っているんです。

無料で、といえば、ブログにしろホームページにしろ。
それからアルバムですね、これも無料。
無料であることは、広告がついてくる。
広告をつけて、走ってるみたいなもんだ。
ええ、宣伝してあげてるんです、お礼に、です。
いいじゃないですか、そうゆう世の中だから。

でも、無料で作ってるホームページ。
これは、更新しても、なかなか画面が変わらない。
遅いときには、数週間とか、それ以上とか。
うたい文句は、500メガまで、とか、1ギガまでとか。
そんなの、たしかにそうかも知れんけど。
100メガ超えてしまうと、使えないと言いながら。
使っているんですけど、その奥には、有料がある。

保険とかサプリメントとか、勧誘電話がかかってくる。
原則、いや全面に、電話勧誘は断ります。
その奥に、なにがあるかわからない。
悪徳業者がいるかも知れない、だから。
ぶっそうな世の中、信じられない世の中。
なんか、そう思うと、この世の中、どうにかならないか。
そんなこと、思うこと自体、もう、つまらない。
でわ、また、愚痴を書いてしまいました。
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暑いさなかですが、ここにいます。
30年前撮影の釜ヶ崎、そのスキャンが終わった。
大阪梅田界隈から釜ヶ崎の奥まで、6年間の撮影。
1978年から1983年ごろまでです。
まだ、最後のスキャン分、五千カットは、未整理。
これから、セレクトして、修正して、まとめます。

スキャンしながら、画像を見て、思い出すことしきり。
いっぱい思い出が詰まっていて、甦ってきます。
写真とは、そうゆう存在なのでしょう。
記憶を甦らせてくれます。
一段落、そんな気持ちですが、次は京都です。
京都、西陣、釜ヶ崎の後半と平行して、取材したネガ。

釜ヶ崎も京都も、いまにつながっています。
1984年からフォトハウス構想を立てて、実行。
これもいまにつながっています。
なんかしら、人生って、けっこう連続している時間だ。
時間といえばスパンが短い感じ、年月がふさわしい。
年月、生まれてきてこのかた66年がすぎた。

一昔なら、もう人生が終わっていた年齢ですね。
それがいまや、まだまだ終わらないじゃないですか。
でも、いつ終わるわからない、これ実感です。
ぐるぐるまわる回り灯篭、幻、そんな光景が、目の前です。
まもなくお盆、今年は、どうするんやろ。
まだ、未定、取材するかどうかも、未定。
父親の一周忌をしてあげないといけません。
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むかいのおばさんが亡くなられた。
99歳と半年、来年早々には100歳という。
長寿、ほんとに長寿の時代。
ちょうどお盆が近くなって、霊を迎える頃。
ぼくは、無神論者のつもりだったけど。
今は、信じてないけど、不思議、霊感とかはあるかも。

人間って、柔くって脆くって浮き沈みする感情です。
それにからだ、肉体ってのがくっついている。
肉体が先で、感情はそのあと、肉体ありきですね。
そんな肉体を意識しだしたのは、最近のことです。
老いていく自分、年寄のからだになっていく自分。
精神だって、からだの老いにしたがっている感じ。

若さの残滓が、もう初老でもない自分をせめます。
つくづく、肉体があって、精神があることを実感です。
でも、物忘れしたり、想像力が弱ったりしても、です。
意識が広がる、高みから見れる、なんでも許す、みたいな。
ふわ~っとした、ああ、これが仙人の境地なのか。
なんて、少しだけ、思えるような感覚もある。

性欲、食欲、何々欲、人間って欲望のかたまりだ。
その欲望が希薄になっていくってのが老いかもしれない。
だいぶん、そういうことでは、希薄になってきたと思う。
ひとのためになるのなら、できるだけのことをしよう。
必要としてくれる人がいるなら、尽くしてあげよう。
なんかしら、仙人の訓示みたい、笑えちゃうね。
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お盆が終わった。
いつもお盆の時期になると写真取材のことを思う。
お盆行事を追って、夢幻舞台を制作するためです。
夢、幻、その舞台。
舞台とはこの世のこと、夢と幻のこの世。
今年は、どないしようかなぁと、迷っていたけど。
8月7日、六道まいりの道を、撮影した。

思い起こせば、もう30年ほどまえのことです。
写真と文章を載せた夢幻舞台って小冊子を出した。
その年、瀬川恵美って子が、亡くなったその鎮魂。
昔、撮ったフィルムをスキャンしているんですが。
その瀬川恵美、出てきたんです、かなりの枚数。
ほとんど記憶になかったフィルムに、驚きました。
昔のことを、記憶をたどって、まとめようとしています。

66歳になって、いまならできる、そんな気持ちです。
まあ、4~5年、70歳前後、これが目安ですね。
それと最近また文章を書けるようになってきたみたい。
文章を書く循環ってのがあるんでしょうかね。
ここ数年、あんまり文章が書けなかったのに。
そのぶん、写真が撮れなくなった。
被写体に迫れない、距離をとってしまう。

父の一周忌の法事をすませて、やれやれ。
気にかかることは、一応クリアーした感じ。
あとは、ちまちま、好き勝手に、できたらなぁ。
宝塚メディア図書館、SVTPにボランティア。
畑さん、中島さん、あとは若いスタッフばかり。
関西写真史を書くのに、刺激をもらえそう。
お人好し父ちゃんの登場、でいいんじゃない。
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あれから11年目、2001年9月11日、思い出しました。
ニューヨークのWTCビルへ飛行機が突っ込んだ日。
午後10時過ぎ、タクシーのなかで声のニュース。
自宅に入ってテレビの画面、二機目が突入するとき。
テレビでライブ、目撃しました。
なにが起こってるのか、わからなかった。

翌日の早朝には、関空からグアムへ家族旅行。
家族は準備をして、MKが迎えに来るだけ。
JTBへ問い合わせると、飛行機、飛ばないとのこと。
旅行中止、そうやったなぁ、思い出します。
前便は、着陸できず途中で関空へ戻ったとか。
でも、具体的な悲劇性は、伝わらなかった。

悲劇であることは、感情がゆすられてくること。
時間の経過とともに、何とも言えぬ滅入り感を意識します。
1年半前のあの地震と津波。
悲惨さは、映像見るたびに、いまもって甦ります。
テレビとか、見ちゃおれないから、逃避します。
人が死ぬなんて、耐え難い気持ちになります。

まあまあ、ほんとに、わが身でなくてよかった。
こんなこと言っちゃあかんと思うけど。
ほんと、悲しい出来事、自分の家族でなくてよかった。
せめてもの追悼は、こころのなかで、行います。
ぼくは悪人じゃないです、善良な市民です。
ほんとです、閻魔様。
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世の中の動き、あわただしいです。
すべてリセットして、戻ればよろしい。
どこまで戻るかって?
そうやね、縄文時代あたりまで!
そしたら、みんな幸せな気持ち?

気持ちでいえば、30年前くらい昔。
それでも1980年、それなら半世紀前。
それやと1960年、長生きしてるよなぁ。
縄文時代に戻るというのは比喩ですけど。
何もない、目の前に食べ物だけ。

そんな時代が来るような予感。
まあ、実質、はりぼて捨てたら、それだけ。
からだと、着るものと、食べるもの。
それに寝るところ。
男には女が、女には男が必要。
それぐらいシンプルにしないとあかん。

そんな夢ばっかり見ている昨今。
どっちゃみっち、金なんてない人生。
これから、どうしようか、生きる中身。
お金ではない、価値観、ああ、無情。
言葉知ってるから、こんなの書いてる。
突然ですが、バッハ、いいですね。

 京都で写真を学ぶなら
 <京都写真学校>


徒然にっき
2012.10.2~2013.3.18
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最近の出来事では、政治の世界、党首が変わった。
政治のことは、ブログでは触れないようにしています。
でも、まあ、なんていえばいいのか、だましですね。
ぼくなんか、もう年金生活だから、左うちわ。
なんて思っていたら、年金だって変動するんですね。

まあ、いいや、生活していけるから。
かって働いたおかげで、年金積立したから。
いま、三カ所から年金もらっています。
国家公務員共済、私学共済、厚生年金です。
フリーター諸君ぐらいの収入です。

内閣総理大臣は民主党の野田さん。
昨日、内閣改造で、メンバーが入れ替わった。
もう、どうでもいいけど、嘘つくの、やめてね。
恥ずかしいこと、しないでください。
嘘ついたあかん、これ子供でも知ってる。

なんか、こんな話題は空しいです。
だから、そっから逃げて、愛の話しとか。
愛と癒し、なんて内心、笑いながら、ですけど、
政治とか経済の話しをするより、癒されます。
なんとか、ならへんのかなぁ。

では、また。
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今年ぼくの年齢は66才。
もう老体だけど、最近の感覚では、まだ若い。
若いといっても、この先、知れてる。
なによりも、このままの健康を維持できるか。
いつ切れてもおかしくない年齢だと自覚します。

ここにこうして文章を書いている。
このことが突然できなくなるということが。
そういうことでいえば、いつも刹那です。
わかいころには、年老いの実感なんて知る由もなし。
年相応なんてゆうけど、それなりに老化が進んでいる。

健康保険は、三割負担だけど、行政が二割負担してくれる。
つまり、ぼくは、65歳をすぎて、収入が少ないから、減免処置。
なるべく医療費は使わないでおこうなんて思っているんですけど。
高い保険料払っているから、使わにゃ損損なんて思う。
年金収入の一割が健康保険料として払ってるかな?

こんな現実的な話をしても、生産性低いですね。
さりとて、理論、理屈なんて、もう御免こうむる。
感情、これは豊かにして、喜怒哀楽、感じたい。
生き方そのものが、変わってくるんですね。
つまり社会生活に生産活動に参加してないからか。
むつかしい話は、しないでおきましょう。

でわ、また。
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ノーベル賞の発表があって、京大の山中教授が受賞。
とっても喜ばしいことです。
昨夜から今日の朝は、この受賞ニュースでいっぱい。
ぼくなんかやと、大江健三郎さんの受賞が浮かびます。
でも、大江さんの名前、出てきませんねぇ。
ニュースのなかで川端康成でてきたけど、です。
まあ、それぞれ、放送意図があってのことでしょうかね。

すっかり秋。
さわやか、いいお天気、朝なんか肌寒い。
古いフィルム、ネガをスキャンしています。
釜ヶ崎のスキャンが終わって、いま、京都。
スキャンしてデジタル化して、アルバムにする。

フィルムからデジタルへ、です。
記録の方法が、媒体が、変わっていきます。
発表の方法も、変わってくる筈です。
ギャラリーで展示から、ネット上で展示へ。
発表媒体の枠が拡がるってわけですね。
これからも、ハード環境はまだまだ変化しますね。

テレビモニターが、薄型になって、廉価になる。
額装のプリントから、デジタルデータ表示へ。
写真のギャラリーは、展示する方法が変わる。
展示内容を支えるハード環境が変わる、が正解。
あたらしい時代がきて、新しい表現方法も来ます。
まあ、欲望を満たす道具として、昔の比ではないですね。
この内容は、また。
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2012.10.19
岩波講座「哲学」を少しずつゴミに出しています。
1968年から配本された全18冊。
ぼくの手元にあった岩波講座の最後です。
日本歴史、文学、それにこの哲学です。
まあ、もう、ぼくは哲学はいらない。
そんな感じですね。

だんだんと学問の成果とか、受けてるけれど。
いまさら、学問なんて、いらないと思ってる。
ただし、感覚的には、研ぎ澄ましておきたい。
といいながら、感覚だって鈍ってくるってもんだ。
いやいや、多感な頃に受けた感性が、そのままだ。
だから、時代が変われば、感性もかわる。

考え方とか、構想力とか、想像力とか。
これらだって、その時代の空気みたいな感受性。
そっから生じてくるんだ、としたら。
やっぱり、年代が変わると、これも変わる。
そう思うと、老体は、いまの若い人とは、ちがう。
いつも、若い世代の感性が、中心です。

もう30年とか50年とか、年齢の差。
一世代15年区切りだとすると、です。
そうすると、二世代、三世代、違うことになる。
つまり、理解しあえない、感性の交換ができない。
本当か嘘か知らないけれど、ぼくは信じない。
信じないけれど、本当のような気がする。
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寒くなってきて、ストーブ入れだしました。
ぼくの部屋には、灯油ストーブ。
灯油の値段が上がって、㍑95円とか。
ひところは、電気よりガスより灯油が安い、と。
どうなんでしょう、いまなら、ガスが安かったり。
必要経費だから、しかたないけど。

電気の節約ということで、夏にトライした。
関西電力からクオカード1500円分送ってきた。
節電トライ、昨年比11%でした。
そういえば、昨年の夏は途中から節電モード。
昨年に節電したあとの節電だから。
昨年同月比5%ほど減でした。
6月が26%ほどの節電になっていたから全体で11%。

まあ、まあ、電気を使う生活になっている。
なんでも電気を使うようになってきている。
ひところの電気消費に抑えれば、いいのに。
便利な便利な電気、なんてほんとかな?
これから先、これでいいのか、と思う。
政治も含め、これでいいのかなぁ。
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まあ、無責任に生きよう、なんて。
だいたいここのタイトル、徒然にっき。
これがイージー否めない。
タイトルないのと同じですよね。
それと写真を貼り付ける。
写真もイージー極まりない。

文章書くのは、面倒です。
でも写真は、とってもイージーです。
撮って、パソコンに吸い上げて、保管。
選択して、処理して、保存しておきます。
ブログなんかに使うときはここから出す。
写真は、とってもイージーだ。

イージーさが売り物の写真。
だれでもカメラマン、写真家。
携帯、スマートフォーン、デジカメ。
高級一眼なんて、いらない。
コンパクトデジカメを使っているぼく。
今年は、写真集を12冊を作っています。

ますます写真を作ることが簡単になる。
そうなると苦労して作ることに意義がでてくる。
苦労して写真をつくる、手作り。
なんか、手間と価値は、相関関係になるのかも。
そういえば会席料理だって、そのようだ。
苦労して、時間をかけて、写真を作ろう、ですね。
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音楽、おんがく、さまざまな音楽ジャンルがあります。
ぼくは、クラシック派でしょうね。
表向き、公式には、クラシック音楽。
バッハ、モーツアルト、ベートーベン。
それに最近は、ヘンデル、ハイドンが加わった。
つまり西洋音楽の古典派の作曲した音楽。

小さいころから、ピアノとかに興味があった。
学科の中で、音楽は得意な科目でした。
中学ではブラスバンド、クラリネット。
中三のときには、パレードの指揮をしていた。
高校では、二年の時にブラスバンドを作った。
高校を卒業して十字屋に入社した。

音大へ行きたいと思っていて、ピアノを習った。
二年間、二十歳になるまで、ソナチネまで弾けた。
そうして、その後は文学へとすすんできました。
音楽は、ぐるっとまわってベートーベンに帰り着きます。
演歌も好きですね、日本の演歌、ぐっときます。
西洋音楽のほうは、ぐぐっとくることはないですけど。

かって買いためたCDから、パソコンに取りこんで聞きます。
宝塚メディア図書館にあるクラシックCDから、コピー。
畑由美子さんが所蔵されていたCDであります。
なにやかや、パソコンに取りこんで聴ける。
たまにオーディオで聴くと音響はやっぱり、いい。
でも、便利な時代になったものだ、パソコンです。
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もう30年以上も前のことになるんですね。
釜ヶ崎を取材していたころ、1980年前後。
いまも、稲垣さんとは懇意にしてもらっています。
今日、京都まで来てくれました。
デジタルビデオのSDカードからDVDデスクに転写。
ぼくは、初めての経験だけど、できました。

釜ヶ崎の職安、あいりん職安ですけど、就職斡旋しない。
そのことに対して、問題化しているのが稲垣さん。
その稲垣さんの闘志というか、継続の強さに敬服します。
いやはや、40年、釜ヶ崎でがんばっておられます。
炊き出し、もう40年も続けられているんです。
なかなか、できることじゃないですよ、ほんと。

そんな稲垣さん、昨日、いっしょに「ふえろう村塾」へ。
ふえろう村塾の代表はいま、三浦さん。
どうも昔釜ヶ崎で会っているようです。
ふえろう村塾。
養豚で、豚肉をつくって、販売しています。
それは経済の商売のことで、ほんとうは。

本当は、コミューン建設、仲間、共同体。
ぼくらの世代、その上の世代が、ある意味、理想とした。
それが、いま、ぼくの目の前に、現われ出てきたんです。
なんだか、縁というか。
別に関係ないといえば関係ないんですけど。
仲間っていっても、ぼくなんか、ちゃらんぽらんやし。

なにかしら、最近、昔がよみがえってきている感じ。
宝塚メディア図書館にしても、です。
この時代、人間の関係が粗末になっている時代。
それなのに、結ばれていく感じは、うれしいかぎる。
呼ばれたら行きます、呼ばれないところにはいきません。
これが処世術、ラッキーな処世術だと思えています。
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写真図書館がオープンしたのが1992年でした。
それから20年が経過しました。
やっぱり長い年月です、20年、ふた昔。
いま、宝塚メディア図書館という名称です。
NPO法人になってから10年少しが過ぎたところです。
南森町から中津、南港WTC、万博公園、そして宝塚。

なによりの功労者は、畑祥雄氏です。
ぼくが所有の写真集等と畑氏が所有の写真集&カタログ。
この二人の所有物を公開したのが、写真図書館。
それから、ぼくは写真の専門学校の副校長になりました。
これも畑氏のあっせんによって実現したものです。
良くも悪くも、ぼくはその世界へ本職として踏み出した。

いま、宝塚メディア図書館へ来ています。
この7月中旬から毎週金曜日に来ています。
今年度いっぱいは、来てみようと思っています。
いろいろなころがあったから、思い出します。
この思い出すこと自体が、ナマしいこともあるから。
良し悪し、いろいろ、思うところです。

IMI、インターメディウム研究所、いまや昔のこと。
そこを最後に、退職してから早10年が経った。
大石氏と先ほど顔を合わせました。
OICP写真学校の校長さん、スタジオの経営者でした。
ぼくの年齢がただいま66才、大石氏は少し上、畑氏は少し下。
いずれも、還暦過ぎた年代です、この先は、いかに。


 京都で写真を学ぶなら
 <京都写真学校>


徒然にっき
2012.10.2~2013.3.18
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-10-

12月になると、気持ちがあわただしくなります。
世間があわただしくなるからかも知れない。
なんとなく、そわそわ、落ち着かない。
今年なんか、総選挙っていってるから、なおのこと。
じつは60歳になるまで、選挙へは行かなかった。

20歳になった時の最初の選挙には行った。
それ以来、選挙に行かなかったけれど、心変わり。
体制から逃れることなんてできないんだから。
せめて権利を行使して、義務を果たそう。
そう思ったわけで、心がとっても従順になった。

年金生活がベースにあって、それに依存してる。
基本的に、日本国国民として、権利義務を行なっている。
なんだかんだと言っても、しょせん枠の中。
なんとか楽して生き延びよう。
それが生活の知恵というものだ。

気ままに、好きなこと、好きなように、したい。
ストレスのたまることはしたくない。
正義の味方なんてちゃらちゃらおかしくって。
悪の華みたいな、あだ花、せせら笑って、なんて。
遠回りしながら、人生の最後のあだ花、咲かせようか。
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12月になると、気持ちがあわただしくなります。
世間があわただしくなるからかも知れない。
なんとなく、そわそわ、落ち着かない。
今年なんか、総選挙っていってるから、なおのこと。
じつは60歳になるまで、選挙へは行かなかった。

20歳になった時の最初の選挙には行った。
それ以来、選挙に行かなかったけれど、心変わり。
体制から逃れることなんてできないんだから。
せめて権利を行使して、義務を果たそう。
そう思ったわけで、心がとっても従順になった。

年金生活がベースにあって、それに依存してる。
基本的に、日本国国民として、権利義務を行なっている。
なんだかんだと言っても、しょせん枠の中。
なんとか楽して生き延びよう。
それが生活の知恵というものだ。

気ままに、好きなこと、好きなように、したい。
ストレスのたまることはしたくない。
正義の味方なんてちゃらちゃらおかしくって。
悪の華みたいな、あだ花、せせら笑って、なんて。
遠回りしながら、人生の最後のあだ花、咲かせようか。
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師走、12月、今日はその13日目、木曜日。
一年の過ぎるのが早く感じます。
毎日、こうして、パソコンに向かっています。
単調な日々だから、早く感じるのかも知れない。
今年66歳、来年67歳、自分で信じられない。

今年は、7月だったかに、宝塚メディア図書館へ。
目下、毎週金曜日に、通っています。
いつまでも続けているわけにもいかない。
引き際を思い描いて、どうしょうかなぁ、です。
いま、いちばんの懸案です。

陶芸は6年目かなぁ。
ちまちまと月に2回ほど、通って続けています。
自分が使う食器のほぼ九割が自作の食器。
ここまでこれたとは、自分でも驚き、継続の結果です。
自分と他者、いい関係だけ、これからはそれでいこう。

京都写真学校、これは9年目を迎えます。
来年の入学問い合わせが今のところない。
毎年、問い合わせが少ないけど、開講できている。
不安だけど、開講できるかどうか、です。
入学者がなかったら、開講できない、ということです。
そんなこんなで、一年が終わっていきます。
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毎年のことながら、この時期、気が急きます。
大晦日まであと一週間。
それから新年です。
2013年、平成25年。
もうそんな年になるんですね。

記憶をたどっていくことが多い昨今。
同窓会の集まりで、昔の美男美女に会う。
いまも美男美女だけど、老齢者になった。
淡い、十代のころの思い出が通り過ぎます。
今年は、そんなことで思いにふける。

もう会えないと思っていた人に巡りあう。
まだ巡りあっていない会いたい人もいる。
人のつながりって奇妙な縁ですね。
けっきょく、つまり、ひとは一人で生きれない。
同好の集まり、写真、これも人との交流。

それでいいのだ。
人と接することが、社会とのつながりです。
接せられるということが、ラッキーなことです。
いくつかの社会と接しているけど、大事にしよう。
なにかのご縁、なんて、いいじゃないですか。
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2012.12.28
総選挙が終わって、自民党が独り勝ち。
なんてこった、このざまは、って感じです。
元の木阿弥、元に戻った、とは言ってないけど。
何の変化もないままに、継続されていく世の中。
そんな時代に、どのように生きるのか。

ぼくなんかは、もう社会人終えて隠居の身。
なんだかんだで年金生活、これで確定。
だから、もうあくせくしない、のほほん生きる。
でも、まだ、稼いで生活をしていく人は大変。
先が見えないから、それに辛い時代です。

自分が生きてきた年月、その中にあった辛いこと。
いやいや、いろいろ、ありましたよなぁ。
でも、過ぎ去ったこと、いまは悠々自適です。
あとは消えゆくまで、なにをするか、です。
パソコンで、カメラで、遊んでいる自分。

社会との接点が、少なくなってきているから。
社会との接点を、大切にしていきたい。
時代感覚でいけば、生活実感が乏しい。
流動的な世の中に、自分を泳がせている。
はたして、これでいいのかと、問うこともなく。




京都で写真を学ぶなら
 <京都写真学校>

徒然にっき
2012.10.2~2013.3.18
  PICT0569
-15-
写真家東松照明さんの訃報に接す。
2012年12月17日、沖縄の病院にて死去。
死因は肺炎、82歳。
人間は死ぬ、いつの日にか死ぬ。
1930年生まれの東松照明さんでした。

彼が京都取材のために京都へ来た1981年年末。
1982年の正月、京都に来てた彼から電話があった。
三条河原町の六曜社で待ち合わせ、午後9時。
それが東松照明さんとの最初だった。
その後三年間、京都取材が終わるまで取材に同行した。

ぼくの最近は京都をテーマに写真を撮っています。
先輩東松照明さんの京都を意識しないわけはありません。
桜にしてもそうでした。
東松さんの「桜」は、風景を取りこみます。
ぼくは、桜の花そのものをクローズアップ。

彼の京都は有名人を撮って並べる。
ぼくは無名の人を撮って並べる。
いえいえ、彼には及ばないかも知れない。
ただ、通りすがりの彼とは違う、ぼくは地場です。
通りすがりの方がいい写真が撮れるかも、とは彼の弁。

三年間、二人だけのワークショップ、セッションをしてもらった。
西井一夫さん、平木収さん、東松さんを通じて、知った。
東京のマンション、代々木、中野、千葉の一軒家へ、赴いた。
妻と一緒に千葉の家へ行ったのは1994年だったか。
思い出尽きない東松照明さん、ありがとうございました。
  PICT0470
-16-
このまえに東松照明さんの訃報にふれました。
弔いの気持ちを持ったまま、あれこれ考えていました。
そうしているうちに大島渚さんの訃報です。
大島渚さんとは、ぼくは直接の面識はありません。
でも映画監督として興味ある方でした。

若松孝二さんでしたね、そのころエロ映画の監督。
そうゆうことでいえば大島さんは「愛のコリーダ」。
DVD版で見たけど、これには影響受けます。
愛欲シーンがたっぷりあるじゃないですか。
刺激的な映像、色彩もまた、素晴らしい。

ぼくの人生、その年月の長さは66年強です。
いつのころからか文章や写真や映画の濡れ場に興味を。
ぼくのできないもうひとつの表現世界だと、思ってきました。
そのころの作家さん、おおむね性の解放運動。
人間の本能、欲望、満ちる情と欲、その世界です。

東松照明さんだって、本音、撮りたいと言ったんです。
でも、作品の流れ上、作品にはできなかったと思う。
縛りやりたいねぇ、なんて酒の場で聞いた。
京都を継続されておれば、その領域に至ったかも。
いすれにしても、彼らは逝ってしまわれた。

残された者は、何をと思う。
その継承者たらんとするかぁ。
ねじまげて継承しないと二番煎じだ。
東松さん、大島さん、ありがとうございました。
三辺さんのお葬式の時、大島さんに会いました。
  PICT0467
-17-
冬はどうもこもりがちになっていけません。
こころが萎えるってゆうか、鬱になるってゆうか。
外の世界がこわいようにも思えて、おびえています。
自分のいる場所が、明確にならない感じです。
分裂してる、自意識とか、視線とか。

過去の文章をあらためて書き起こしています。
デジタルデーターにするための作業です。
没頭するというほどではないけど、時間をかけてる。
昨年のいまごろに、フィルムスキャンを買って一年。
釜ヶ崎、京都、とフィルムをスキャンして、いま白虎社。

フィルムで撮っていたころのこと、思い出します。
1977年ごろから本格的に撮りだして1984年に終わる。
自分の写真をといえば、釜ヶ崎、労働者の写真。
いま、ブログに、アルバムに、発表しているところです。
まだまだ、これからの作業になると思います。

それらと並行して、その当時に書いた文章を再録。
むくむくアーカイブ<物語と評論>目次ページ
いま、写真行為とは何か、現代写真の視座1984、写真への手紙・覚書。
いくつかの残りを、これからも再録していくつもり。
まあ、命あってのことだから、いましかできない。
そのように思っているところです。

-18-
ウエブ上で写真集を構成しているところです。
この写真集には、HPで、ブログで、フォトアルバムで。
フォトアルバムは、容量が大きいから、使いよい。
ぼくの場合、キャノンとニコンのアルバムを使っています。
カメラメーカーのアルバムの他に、ピカサとかも使います。

最近、昨年はキャノンのアルバムがリニューアル。
今年になってニコンのピクチャータウンがリニューアル。
ニコンイメージスペースということになった。
容量がニコン製品を使っているから20ギガにアップできた。
ところがアドレスが変わったから、組み直しを迫られて。

ウェブ上で提供されるフォトアルバム。
パソコンとかウエブの環境によって変更される。
バージョンアップだから、文句はいいません。
それを承知で利用させていただいているから。
時代の要請、最新の形になっていくんでしょう。

写真のアップ枚数、京都関連一万枚を超えた。
2003年末からはじめたデジタルカメラでの撮影。
それらをウエブアルバムに収録して公開していきます。
かって1980年前後に撮ったフィルムのスキャン。
スキャンをはじめて一年になります、これもまとめます。

作家を名乗っていませんが、作家しています。
テーマは京都、どのように撮って表現するか、です。
今年になって、ふたたび京都撮影にチャレンジです。
東松照明さんの京都ではない「京都」です。
67歳になる今年、もう少し頑張ろうと思う。

-19-
二月が明日でおわっていきます。
早いですね、日々過ぎるのが、とっても。
意識するから、よけいに早く感じるのかも。
少年の頃は、そんなに年月を数えることもなかった。
未来がいっぱいあって、数えきれないんだね。

最近、未来において、なんて数少なくて。
過去が、どうだったのかとの、懐古趣味。
昔を懐かしがるわけではないけれど。
生きてきて、生きてる証をなんて、キザに思う。
そうそう、井原西鶴、どんな男子だったのか。

元禄六年、五十二歳で逝去したとゆう西鶴さん。
浮世草子、写実小説だとゆうじゃありませんか。
ぼくは、古典読めないから、解説書で読むだけ。
写実といえば、写真じゃありませんか。
リアリズムとでもいえばよいか、写実主義。

その時代、浮世絵とか浮世草子とか、浮世もの。
歌舞伎も浄瑠璃も、浮世のこと。
浮世とは、この世のこと、生きてるこの場。
いよいよぼくだって、老いの境地に至らないと。
いつまでも浮世では、死にきれないよなぁ。

<京都>を作品に仕上げようとの無謀な試み。
写真をもって作るから、その時代の絵巻物風。
21世紀洛中洛外光絵図、なんてサブタイトルで。
写真集<京都>を模索しつつ制作中です。
エンドレスですねこのテーマは、いつまでも中途半端です。

-20-
あれっ?、徒然にっきがここにもあった。
アメーバの花のワルツってブログで連載中。
ここは、ブログの名前が、徒然にっき。
吉田兼好さんの徒然草からの引用です。
ピアノの曲、ベートーベン、ワルトシュタイン。
その第二章ですが、ここでは音を再現できない。

パソコンに取りこんで、メディアプレイヤーで聴いています。
なかなか、いい音で聞こえますよ。
田舎では大きなスピーカーで聴くときがあります。
やっぱり、音質が違うけど、これはこれ。
なんといえばいいのか、こころむしられる。
ピアノの曲には、けっこう思い入れがあるから。

最近のことですが、けっこう忙しい?
作業を抱えすぎてるのかもしれない。
此処へは、なかなか来れない。
文章書くのが、なかなか重いんです。
別バージョン、小説については精力的に。
つまり、興味の対象が、いまは、別にある。

来月満67歳になる。
自分で信じられない。
体力落ちてきた、老体になってる。
でも、気持ちは、どうなんやろ、変わった?
精力なくなって、エロさもなくなった?
ほんとかなぁ、ここでは真相を語れないけど。

なんやかやゆうても、真相を語れない。
言論の自由とはいっても、枠がある。
ネットは公共の器だから、ガイドラインに従う。
しかし、こころは、いつも逸脱していくんです。
井原西鶴、ベルメール、モリニエ、谷崎、永井。
なんてったって、文学者であり芸術家ですね。
ぼくもその境地へ行きたいです。

-21-
視力が落ちています。
この時間、この作成画面の文字が見えにくい。
使いすぎなことは、わかっているけど。
パソコンの画面を一日何時間見てる?
ほぼ12時間、そんなにも見てないけど8時間以上。
やりたい作業がいっぱいあるから、です。

4月に出品する展覧会の写真をまとめる。
フォトコンプレックス第五回展です。
USBに入れて、パソコンで見せる。
12作品全部を混合して、流す。
スライドショーするのに、今年はパソコンで。
まえのバージョンのパソコンがあるから、これ。

IMIOBの三木さん、葛城さんが作ってるフォトマガジン。
港さんと勝又さんが作家、三木さん編集、葛城さん発行人。
東京発、新しい試み、料金は月600円+消費税。
毎週木曜日にメール配信される、というもの。
カード決済ではなくて、特別に振りこみにしてもらった。
ネットでクレジットカードを使いたくなくて、です。

寫眞、その他のアート潮流、その現状をどうつかむのか。
ネットで情報が得られるとはいえ、やっぱりこの目で見る。
いま宝塚にあるメディア図書館へ、毎金曜日、行ってる。
そこには情報がいっぱい、それを体感します。
情報は魔物で、知る必要があるのかないのか。
なくても良いけど、なければ何かしら不安になる。

あれから10年を超えた。
あたらしい流れがぼくのまわりに起こっている。
昔の知り合いと会うだけが目的ではなくて。
功名心を得たいと思うわけでもなくて。
なにかしら、得体のしれない空気が、ぼくを連れて行く。
あと何年、このようなことができるのだろうか。



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